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清朝第6代皇帝乾隆帝の正室です。本名は不明(例によって某ドラマでは容音とか、琅嬅の名前で登場しますが。どれも史実ではない)ただおくり名(崩御後に賜る称号)として孝賢純皇后と呼ばれてるのです。富察氏は満州族では名門中の名門(八旗の上から二番目?鑲黄旗)でした。父親の名前は李栄保と呼ばれてて、現在の内モンゴル自治区あたりの司令長官を務めてました。母は正妻の覚羅氏。弟に傅恒がいて、彼は最初は乾隆帝の侍衛を務め、段々頭角を現して、戸部尚書、軍機大臣、果てはモンゴルの遊牧民族相手の戦(有名なのは
「如懿伝」全87話のうち、今日は第77話。私が見始めた理由は、2番目に皇后として迎えられた如懿が、なぜ、《皇帝への反逆とされる髪を切るという行為》に至ったかを知りたかったからです。いまのところ、皇帝と皇后のズレが広がり、修復が難しい不穏な雰囲気が濃くなりつつあります。よく比較される、登場人物を思い切りカットし、人物像を単純化した「延喜攻略(瓔絡)」にくらべると、史実&些細な小道具にいたるまで本物の再現に力を入れている(お金の掛け具合も半端じゃない)ことは素晴らしいと思います。しかぁ~し
清王朝6代目皇帝乾隆帝の二度目の皇后です。本名は不明(某ドラマでは青桜とか、淑慎とか言われてますがドラマ上の制作です。)。苗字も鳥拉那拉(ウラナラ)氏、もしくは輝發那拉(ホイファナラ)氏といろいろ説があります。今の有力な説は後者のほうですけどね。父親の名前はナルブ(訥爾布)。身分はそれほど高くはなく、佐領(満州八旗制のそれぞれの組織の長のような存在)を長年務めてました。満州八旗制度では一番下?の鑲藍の位でした。15歳の時に即位前の乾隆帝(当時は弘暦皇子、もしくは宝親王)の側福音(側室)