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「中国」という言葉の歴史には、いくつかの側面があり、何を指すかによって「いつから」という答えが変わります💦言葉としての「中国」の起源(紀元前)「中国」という言葉自体は非常に古く、紀元前から文献に登場しています。元々は「世界の中心の国」という意味合いで、特定の王朝の都や、王朝が直接統治する中心地(中原など)を指す地理的・文化的な概念でした。古代の『詩経』や『書経』といった古典にも、この用法が見られます。主権国家の名称としての「中国」(19世紀末~20世紀初頭)近代的な主権国家の「
中国系食材店で謎飲料を買ってみた。大窑(ダヤオ)というメーカーの大窑嘉宾(ダヤオジアビン)という内モンゴル自治区発祥の老舗飲料ブランドのフルーツ味の炭酸飲料だと。パッケージからするとコーラを連想させられる。日本ではもう馴染みのない、プルタブが取れる缶が採用されている。見た目やっぱりコーラじゃないか。飲んで見ると、コーラとは全く別次元のファンタをより甘くした感じで、バナナは使われていないのに何となくバナナっぽい味を感じたのはハチミツとリンゴ、ミカンが合わさったからなのかな。ただ
21世紀初の円安が延々続いてます。ライトも円価格に見合う方策必須。円安・ウクライナ戦争でのアルミ価格上昇・半導体&リチウム電池価格高騰ライトの単価も5年前の2倍超えの価格上昇。高性能・高信頼性は当然です。カラーリング:色・色調も機能/性能並みに重要です、欧州の国境の地域だと直線距離で一桁km違っただけでドイツ文化圏とフランス文化圏/イタリア文化圏とフランス文化圏の違いが出ます。食事の味付け、色の好みが全く違います。例:ドイツ文化圏とフランス文化圏の赤
現在も共産党が一党独裁を続け、10億人以上の人口を持つ大国ながら、言論はネット時代になっても厳しく統制されている中華人民共和国。しかしこの国でも、過去に広く国民の声を集めようとしたことがありました。1949年、毛沢東はソ連のスターリンの協力を得て中華人民共和国を建国。しかしそのスターリンが1953年に死去すると後任のフルシチョフがスターリン批判を始めたことで、中国における毛沢東の独裁体制にも暗雲が。それに危機感を抱いた彼は、今からちょうど70年前の今日・1956年5月2日、最高国務会議の
このブログのAIによる解説音声↓チャンネル登録お願いします1.はじめに:なぜ今、「親中」と「媚中」を考えるべきか「日本人の多数派は平和と日中友好を望んでいる」この一言が、X(旧Twitter)上で「反日媚中だ」という厳しい批判を浴びるのを目にしました。平和と友好を望むことは、本当に「反日」なのでしょうか?この対立の根源は、「親中」と「媚中」、そしてそれに関わる**「親日」「反日」**という言葉の定義が曖昧になっている点にあります。言葉の定義があやふやなままでは、建設的な議論は
中国史って、なんで漢とか唐とか元とか明とか、国の名前が細かく分かれているの?全部合わせて中国じゃあダメなの?中国てのは、少なくとも19世紀までの歴史では、国の名前じゃあないんですよ。秦とか漢とか魏とか唐とか、宋とか元とか明とか清とか、王朝が変わるというときは、支配する民族が変わる、社会構造も文化も全然違う、別の国になってしまうんです。中国人は中国人でしょ、違います。中国人なんていう民族は、そもそもありません。広いユーラシア大陸のあちこちに蟠踞しているいろんな民族のうち、強くなったヤツ