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今回の追分訪問からの第4部です。ここ「追分」は京の都へ向かう中山道と、越後へ通じる北国街道の分岐点にありその地名がついた。「分去れ」は旅人たちが別れを惜しんだ場所として知られ、江戸時代の石碑や常夜灯が残る。今もどこか寂しさを覚える分岐点。今も交通量の多い国道18号(左、旧中山道)と寂しげな旧北国街道が分かれる。「枡形の茶屋つがるや」は、追分宿に三軒現存する江戸時代に建てられた建物のひとつ。宿の西入口辺りに枡形の道と土手を築いて宿内の警備取締りをした。今、その面影を見ることは
目次特急「しなの」の概要・基本情報特急「しなの」の停車駅と路線図特急「しなの」の使用車両特急「しなの」の車内とお勧め座席特急「しなの」の景色の見所紹介・名古屋~中津川【大都会名古屋から一気に郊外へ抜ける】・中津川~塩尻【現代の中山道!急峻な木曽路を振り子全開で駆け抜ける】・塩尻~長野【松本平と善光寺平、長野県の2大盆地の絶景を堪能】総評目次を開く特急「しなの」の概要・基本情報運行区間:名古屋~名古屋所要時間:3時間運行本数:13往復使用車両:383系座
🏢🏢📷🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢🏢📷⑤隠れ古民家とアバンギャルド看板建築前回のシリーズでは日没時間切れのため取材できなかった「八木橋百貨店」の裏手からはじまる旧中山道を散策したあと、今度は国道17号線に上書きされて消えてしまった部分を見ることにしたすると意外なことに国道の西側には、出桁造り商家や凝った造りのモルタル外壁の看板建築など、戦災で焼けたわりには、けっこうな数の戦前物件が残っていて驚くというのも2年ほど前に、古着屋巡りのついでに
久しぶりの土曜出勤、パート休みの妻同行で長野県中信地方に行ってきました。仕事を終え帰路国道19号木曽高速を南下、中山道37番目・木曽福島宿にある信州牛乳パン発祥の『かねまるパン』さんに再訪、お留守番している子供たちにお土産で牛乳パン@260円を購入しました。ふわふわの生地に白い牛乳クリームがたっぷりとサンドされたボリューム満点の牛乳パン。中山道の旅【4日目】上松宿~下諏訪宿で朝食に食べた思い出のパンです。2024年・秋『《オフ折車&ランで行く》中山道六拾九次
おはようございます今日はもう関西に帰る日です。いつもあっという間で、やりたい事の半分も出来てない感じ。また来月です。しかし地震が多いですね昨日の地震は気がつきませんでした。富士山もいつ噴火してもおかしくないらしいし、南海トラフも必ず来る本当に日頃から色々と備えておかないとですね昨日の記事で、上尾市Aの配布場所は上尾市役所と書いたのですが、実際は『上尾市上下水道部』の間違いでした!スミマセン言い訳すると、自分のGoogleマップに配布場所をチェックしてあるのですが、その後配布場所が変
お伊勢詣では二つのコースがあったあきる野市(東京都)には江戸時代に山内村のお伊勢講中(48人)のお伊勢参り道中記が残されている。この道中記を見ると、往路は東海道、帰路は東海道裏街道(中山道)を通っていたことが見えてくる。この道中記を見るまでは、お伊勢参りというものは東海道五十三次を往復していたとばかりに思っていたのが覆されてしまった。また、お伊勢詣では正月26日に出発し、3月15日に戻ってきて50日間かかったことが記されている。石造物研究として不思議なのは、お伊勢詣でを記念した石造物は皆無
中山道37番目の宿場町「福島宿」を散策しました。『中山道37番目の宿場町「福島宿」[長野県木曽郡木曽町]』下諏訪町、岡谷市、南箕輪村でマンホールカードをいただきました。『下諏訪町C&岡谷市&南箕輪村のマンホールカード[長野県](26.3.26)』諏訪大社下社秋宮…ameblo.jp福島宿を歩いていた時はちょうどランチ時で。お腹が空いて来ていたけれど、お店が全然やっていなくてお食事が出来ませんでした。平日は人が少ないのはいいけれど、小規模の観光地だとお店がほとんどやっていなかったり
2026年7月25日青春18きっぷ塩尻編⑦塩尻観光センターで中山道の御宿場印を近隣の宿場も一緒に購入塩尻宿、洗馬宿、本山宿,奈良井宿、贄川宿(にえかわ宿)高札場跡
上松駅長野県木曽郡上松町にある駅です。中山道の宿場町である上松宿がある他、木曽の桟や寝覚の床など木曽路随一の景勝地を要する上松町の玄関口ですが、停車する特急列車の本数はごく僅かで、観光地の玄関口という雰囲気はあまり感じられません。乗り入れ路線・中央本線駅舎。平屋建てのコンクリート駅舎です。木曽路エリアでは珍しいコンクリート駅舎で、他の駅に比べると多少格は上のようです。駅舎内。大きな駅舎の割に旅客スペースは少ないです。切符売り場。自動券売機は設置されておらず、窓口が
ご訪問ありがとうございます6月10日(水)今日は☀️晴れとても良い天気でしたので久しぶりに窓を開けて爽やかな空気を入れました気持ちいい6月6日(土)の記録です駒ヶ根のプレモントホテルでゆっくり朝食をとって出発向かったのは昔の中山道の趣を保存してあります2回目ですが1回目は独身時代ですから40年以上前です馬籠宿は割とはっきり覚えているのに妻籠宿の記憶は…ほぼ無い😥ということで、行ってみました中央駐車場に車を預けて¥500橋を渡って水力発電所かな40数年前
今日は滋賀県草津市にある、草津宿本陣に行きます。JR草津駅を降りると草津宿の道標がありました。駅から西に歩いてすぐで、昨夏に来た時は改修工事中で入れず、今年の春にオープンしたので楽しみにしていました❣️中山道と東海道の分岐点にある草津宿にあるこの本陣↓は、現存する最大級の本陣で、国指定史跡です。街道沿いの間口も長く、奥行きも相当あります。↓下の本陣間取り図の赤○の玄関から入ります。↓玄関広間には関札という、今でもホテルに掲げられている「〇〇ご一行様」と同じような利用者の名を表す札がズラ
🏠🏠💈🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠💈⑥シャタコシウの謎と素敵な理容ホソダ前回の記事の最後に紹介した2棟並んだ戦後型看板建築の左側「寝具柿屋」であるが、Googleマップを見るとよくあるパターンの“Googleも現役かどうか把握していない”ようで、この物件は閉業している可能性が云々……といった記載が出ていたが錆び付いたシャッターや、なんとなく荒んだ気配から廃業して無住のまま放置されているのではないかと思ってよく観察してみると
岐阜県に御嵩町という町があります。愛知県犬山市から名鉄広見線というローカル鉄道でつながっているのですが、その線の新可児/御嵩間は廃止が決まっているのです。乗れるうちにと思って、先日行ってきたのでした。こんばんは。トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。広見線名鉄広見線は、国宝犬山城で有名な愛知県犬山市から可児を経由して御嵩までの路線。いわゆるローカル私鉄で、その可児以遠、新可児/御嵩間は、自治体が支えるのには限界がある…廃止時期については未定のよう
約100年前の古民家を改装した「珈琲刀」宿場の雰囲気が漂う灯籠お店の入口珈琲刀(coffeeKATANA)は、中山道の大桑村野尻宿の中にある。JR野尻駅まで7分余りと至近距離。入口のメニューボード。インバウンドの外国人も多いことから英語表記が目立つ。入って右側にカウンターがある。奥には畳敷きの和室があり、ゆっくりくつろぐことができる。古民家の面影が随所に見受けられ、心が落ち着く。コーヒー紅茶チーズケーキ住所:大桑村野尻1,724番地アクセス:JR野尻駅から徒歩
🏠🏠🐷🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐷⑪商店街キラーに潰された廃墟の並ぶ町並み前回の記事の最後に掲載したカマボコ型平屋建て看板建築のすぐ先は変形十字路になっているが、その十字路の向こう側にある物件が目に入ったとたんに、僕の心拍数はまず間違いなく通常の1.25倍ぐらいに跳ね上がった……はずだ何故ならば交差点の反対側にあった物件が、それほどのインパクトを持っていたからであるなどと勿体つけてもしかたがないから、さっそく僕の視界に飛び込んで来た建物の
熊谷市は埼玉県北部最大の商業都市で、もとは、中山道の「宿場町」です。中山道の「熊谷宿」は、「秩父鉄道/上熊谷駅」に近い「仲町」付近にありました。此の辺りに本陣もあり、「熊谷寺の門前町」として栄えた地でもありました。「八木橋百貨店」の店頭に建つ「旧中山道」の石碑。熊谷市民御用達の「八木橋百貨店」は、中山道のど真ん中に立地しており、つまり、百貨店の店内を「中山道」が通っているという位置関係にあります。百貨店の店内に「熊谷宿」があり、お菓子を販売しています。この「
滋賀遠征のつづきです🔜初日は、日本百名山・伊吹山へ。ここは、花の百名山🌸🪻🌼でもある。しかし、近年はシカ🦌の食害が酷く、山の崩壊も進む石灰岩の山⛰️2023年から通行止めが続き、下から上がる事は出来なくなっているが、本来ならここはイヌワシが生息し🦅お花も沢山咲く自然豊かな場所💖ここからスタートです▶️早速、富山では中々見れないお花の数々に興奮🤩見たかったお花の一つ✨これもステキ💓かわいいこれも見たかったんよ
今から書くのは10月12〜14日に夫と長野に旅行した記録のうち、12日の記録の5つ目です。お部屋でお茶をいただいた後私達は、早速温泉に向かいました♨️ロビーの横にはラウンジがありました。マッサージ機が無料で使えたので、夫と使用しました🎵お釜や焜炉が組み込まれている、大きなガス台のようなストーブのようなものがラウンジに置いてありました初めて見たので珍しかったです。ラウンジには本やピアノやポットが置いてあって、思い思いに寛げるようになっていました💕イ
大吉の窓から夕焼けがとても綺麗に見ることが出来ます。刻々と様子が変わりその夕焼けショーはあっという間に終わります。シャッターチャンスを見逃がす事ないように…