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←クリックしてご覧ください→過去の平成16年から令和元年の一言マクドナルド津島神守店「お久しぶりですね」の一言は、地元のマクドナルドの店長さんの言葉で、基本的には毎日のようにマックを訪れているものの、先週は福祉タクシーの依頼が続いたため、通り道にあるマックに立ち寄っており、地元で一日ゆっくりしていたのは久しぶりであることを自覚させられました。運動不足か72歳の年齢からくる身体の不調かは判りませんが、昨日旧東海道を1万5千歩歩いた疲れが残っており、身体を休めると余計に疲れが出て、何か
「鴻巣びっくりひな祭り」のサテライト会場である「ひなの里」近頃では何でも御朱印を商売にするなか、御宿場印というのは昨年東海道の浜松宿で初めて出会ったけれど、中山道でもやっているのかまあ、見かけた以上、浜松宿と同様に買っていきますがね会場には雛人形がこれでもかとてんこ盛り雛人形だけでなくおとぎ話モチーフの人形まであるんだなさすがにこれはいわゆる“痛車”だよね
後楽園の門今の小石川後楽園は、水戸藩の藩邸のお庭と、後楽園を併せたもので、本当はこの門から入ったところが後楽園でした。三つ葉葵と、六葉葵があるそうで、徳川家の正式な紋が三つ葉葵で、公式な行説でないときは別の紋を使ったそうです。そうしないと代名同士が出会ったとき、籠を降りて挨拶をしないといけなくて、大変だったそう。池の水が鏡のよう。滋賀県の琵琶湖を表していて、お庭全体が、江戸をでて、中山道を通って、琵琶湖のいついて、京都に、という道のりを表しています。得仁堂光圀が感動したという伯夷
冬の中山道を行く・茂田井宿-32026.02.11RicohGRⅣ
🏠🏠🍡🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍡⑬更地だらけの商店街に残るわずかな古民家熊谷駅を出て寂れた商店街を抜けて、さらに先にすすみ目当ての5軒長屋の戦前型看板建築を撮影したので今回の目的のうちのひとつは達成した予定では、そのあとすぐに比較的近くにある呉服屋から発展した熊谷で唯一のローカルデパート「八木橋百貨店」を撮影して、百貨店の先からはじまる“わずかに残った中山道の旧道”の部分に向かうはずであった(ちなみに、旧中山道はデパートの店内も通っているこ
「冬の中山道を行く」シリーズで今季の最後は通い慣れた奈良井宿へ行ってきました。ここも高山や馬籠宿と同じように台湾人が実に多くて、6割がた台湾人、2割は欧米人、2割が日本人という感じでした。いつも奈良井宿へ行くと入っている手打ち蕎麦屋の女将とも話したのですが、やはり中国人と台湾人の見分け方は話声の大きさと云っていました。「中国人の口にはボリューム調整つまみが無いんですよネ」と云ったら笑いながら頷いていました(^O^)。ここで食べるお蕎麦はいつも「鴨ざる」で、厚めにスライ
ごきげんさまです岐阜県大垣市在住やましたひでこ公認断捨離®トレーナー菱田史子ですブログランキングに参加しています。一押し!お願いいたします。にほんブログ村にほんブログ村断捨離に出会って、人生が変わったもし、断捨離に出会っていなかったら――きっと私は、「もう年だから」「今さら何をしても変わらない」そんな言葉を口にしながら、あきらめの中で毎日を過ごしていたと思います。出会った人生と、出会わなかった人生。本当に、天と地の差です。
今回、中山道の本庄〜熊谷を歩くに当たって、、、地図を確認したら、、、こんな所に「ボート」があるとは、思っていなかった。。。^^;そこは、本当に至って普通の「中山道」それも、荒川と利根川の間の丘陵地帯。「本庄市岡部」いやぁ。知っている人は、かなり少ないかも、、、私も、中山道沿いを走る「送迎バス」を見ない限り、気づかなかったと思う。。。ボートレース自体が、あまり、有名ではないですね〜^^;競馬に比べても、目立たない存在です。。。で、競艇場では無い、ボートピアともなると、、、なお
ねこちゃん飼ったことある?▼本日限定!ブログスタンプ飼ったことありますこんにちはドナです関西本線の乗り鉄旅記事書いています続きですここは柘植駅隣に同じ車両が停車していましたこの柘植駅は三重県で最初に作られた駅だそう草津線の起点駅です草津線はここ柘植駅から滋賀県の草津市を結んでいますというか草津線は江戸時代の東海道に沿って敷設された路線なんです今の関西本線は奈良方面に向かいますが熱田から七里の渡しで桑名に上陸した後は関西本線に沿って西に向かい水口から
冬の中山道を行く・茂田井宿-22026.02.11RicohGRⅣ
🏠🏠🍸🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍸⑫割烹待合・湯河原と鋼鉄・田島商店の並び前回の記事の後半で「梅月堂」「きもの清水」などを含む商店街、そして5軒長屋の戦前型看板建築があった商店街など3つの商店街が発生し、そして壊滅に至った経緯を推理したつまり、駅からも中山道、秩父道などの旧道からも外れたこの場所に商店街が発生したのは、近くに片倉シルクの紡績工場があり、その工場城下町として発展したのではないかということだそして、その商店街が壊滅し
我がブログの常連の方々には、申し訳ないほど、、、、いつもの「道」を行く。やはり、この道を行くと、安堵と言う言葉が出てくるし、、、また、「江戸時代以前」、平安時代に定められた「東山道」から離れたエリアのこの「江戸生まれ」の「道」は、、、、それ以前、どうだったのだろうか???そんな疑問符を、大いに思い浮かべてしまった。中山道本庄宿〜熊谷宿を行く。先週一週間、我がブログに「いいね」を、ありがとうございました。本日(2/22)、朝起きた時点の「いいね回数」が「70回以下」で、以前
ごきげんさまです岐阜県大垣市在住やましたひでこ公認断捨離®トレーナー菱田史子ですブログランキングに参加しています。一押し!お願いいたします。にほんブログ村にほんブログ村「今日から3連休」娘にそう言われて「えっ?」最近どうも、曜日と日にちの感覚があやふやです。そうこうしているうちに2月も21日。あと一週間もすれば3月。ついこの間お正月だったような気がするのに、時間の流れは本当に早いものですね。ずいぶん温かくなりまし
冬の中山道を行く・茂田井宿-12026.02.11RicohGRⅣ
ヤフオクに出ている浮世絵~江戸時代の本物ですね。欲しいのだけど残念ながら左下が破れているんです。誠に残念です。この画はなにか?天井川で有名な草津川なんです。正面の山は砂岩で出来たような山らしく、大雨が降ると鉄砲水になって、水と砂が流れて氾濫して随分と人災が出たみたいです。人は、その災害の度に堤防を築いたため川底が平面から画のように高くなったと言う事です。通常は、この画のように水がチョロチョロ流れる程度みたいです。説明文には「草津追分」となってますね。追分とは分岐点の事で
🏠🏠🐷🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🐷⑪商店街キラーに潰された廃墟の並ぶ町並み前回の記事の最後に掲載したカマボコ型平屋建て看板建築のすぐ先は変形十字路になっているが、その十字路の向こう側にある物件が目に入ったとたんに、僕の心拍数はまず間違いなく通常の1.25倍ぐらいに跳ね上がった……はずだ何故ならば交差点の反対側にあった物件が、それほどのインパクトを持っていたからであるなどと勿体つけてもしかたがないから、さっそく僕の視界に飛び込んで来た建物の
ごきげんさまです岐阜県大垣市在住やましたひでこ公認断捨離®トレーナー菱田史子ですブログランキングに参加しています。一押し!お願いいたします。にほんブログ村にほんブログ村この春、私の地元・岐阜県養老町にて、師やましたひでこの講演会が開催されます。会場は、地域に根ざした愛ある医療を実践されている船戸クリニック様。いのちと真摯に向き合う医療の現場で、「イノチの始末」という深いテーマが語られます。イノチの始末―断捨離的・ごき
中山道「桶川宿」の御宿場印です昨日夜勤者検診が終わってから購入しに行きました今回もついで買いです🤭次はどこの宿場かなぁ🤔まだ地元の御宿場印も購入してないや😅今朝はちょっとだけメダカ容器が凍った🥶全容器じゃないけどね明日は仕事だから日曜、月曜で水換えだ〜気温も上がりそうだし
冬の中山道を行く・望月宿-102026.02.11RicohGRⅣ
甲州路と中山道宿場巡り旧中山道・長久保宿から芦田宿石仏&ビックリ下駄^^!ブログ&動画https://ek0901.hatenablog.com/entry/2026/02/20/063000
≪菩薩像が沢山いて、護摩堂に不動明王がいる!真言宗・智山派・宝勝山「南蔵院」!≫真言宗・智山派・南蔵院にやって来ました。江戸時代に創建された寺院住所:東京都板橋区蓮沼町48-8関東三十六不動霊場第十二札所豊島八十八ヶ所霊場34番本尊:十一面観世音菩薩真言宗智山派宝勝山南蔵院山門を潜りましょう!!当初、南蔵院は荒川低地にあった「道生沼」の畔(坂下二丁目二十四付近」に建っていましたが
🏠🏠🍶🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍶⑩5軒長屋の看板建築と3つの商店街の盛衰熊谷駅を降りてJRの線路に近い商店街をすすむと駅から離れるにしたがって、廃業してしまった店舗や更地が目立ち寂れた雰囲気に変わってきたしかし、通り沿いには戦前物件と思われる出桁造り商家などがあり、その界隈が昭和初期頃から栄えていたことが想像できる通りは鎌倉町通りという比較的広い通りと交差していたが、そのすぐ脇にあった豪華な入母屋屋根の商家の横にある暗渠道のような細
岩屋観音堂へ行った後、周辺を散策してみました。すぐ近くを木曽川が流れており、遠くに中央アルプスが遠望できるなどの風景も楽しむことができました。岩屋観音堂の横の崖下に高さ50cmほどの石仏が立っていた。観音堂からの下り階段鵜沼宿(各務ヶ原市)側の入り口に下りる。そこから見る国道沿いの歩道。岩山を削って国道や歩道ができたもので、岩が歩道に覆い被さっている。昔は岩が木曽川へ直接落ち込んでいて、道をつくることができなかったため岩の上に道(中山道)をつくったのだろう。
←クリックしてご覧ください→過去の平成16年から令和元年の一言美濃路冨田の一里塚美濃路冨田一里塚西側の遺構美濃路東側の遺構碑文説明美濃路冨田一里塚西側の遺構起宿(旧尾西市)の近くです案内板昭和15年当時の写真江戸から京の都を結ぶ旧東海道と中山道を結ぶ美濃街道は、織田信長の清州城と秀吉の築いた墨俣城を結ぶ街道で、貼付した冨田の一里塚は起の宿と私の住む津島の街を結ぶ「つしま道」の分岐点でもあり、歌手の島倉千代子さんが少女時代には起にあった劇場で歌を披露して木曽川で遊んでいた
ごきげんさまです岐阜県大垣市在住やましたひでこ公認断捨離®トレーナー菱田史子ですブログランキングに参加しています。一押し!お願いいたします。にほんブログ村にほんブログ村最近がっかりしたこと月一でお世話になってるところ。そこでいつも「断捨離」の話で盛り上がります。でも、何度お伝えしても「断捨離トレーナー」が「断捨離アドバイザー」になっているんです。まあ、毎回のことですが。今回、「今、〇捨離のYouTubeを見て、モ
冬の中山道を行く・望月宿-92026.02.11RicohGRⅣ
🚲🚲💈🚲🚲🚲🚲🚲🚲🚲🚲💈⑨すでに滅びた商店街のイントロダクションところで何度も述べているように僕の散策には、なるべく最低限の知識で行うという鉄則がある何故ならば事前に何処に何があり、何を見るのか決めてしまうと必然的にそれは冒険ではなく観光になってしまう危険性があるからだこのやり方には思わぬ発見や新鮮な驚きというメリットがある反面、肝心の物件を見逃す危険性が伴うことになる。これが近場なら「また行けばいいや」と気軽な対応が可能だ
土田の八幡神社から道を今渡神明の交差点までいきました。この交差点を左折して左側には桜並木の長い坂道下っていくと、正面が木曾川になります。ここを左に下っていくと木曾川沿いに整備された遊歩道が下流に続いています。道を木曾川の上流に進むと今渡の渡し場跡で、一部石畳が残っている道を右側が竹林などになります。ここには宿屋、茶屋が軒を連ねる湊町として賑わっていました。やがて前方に太田橋の南側手前の隅が今渡の渡し場跡になります。ここに下りていくと細長く太田橋近くまであり、木曾川もこのあたりはほんの少し
ごきげんさまです岐阜県大垣市在住やましたひでこ公認断捨離®トレーナー菱田史子ですブログランキングに参加しています。一押し!お願いいたします。にほんブログ村にほんブログ村毎週火曜日夜9時から放送の「ウチ、断捨離しました」(BS朝日5ch)1週間TVerで、ご覧になれます。https://tver.jp/episodes/epjol59i5gやましたひでこ『けれど、人さまのお宅は、一気に解決に導きたくなりますね』ひとりぼっちのコ
冬の中山道を行く・望月宿-82026.02.11RicohGRⅣ