ブログ記事4,003件
皆様、おはようございます小千谷二日目今朝は、珍しくピーカン!ただ、あたり一面には雪が多いです雪の話は後にしてまずはタイトルの件ワイズホールディングスグループ案内が新しくなりました!正確には、新しくなってました・・・それの表紙以前の案内はヤマシナグループだったものをリニューアルヤマシナのロゴカラーも変わってますそして、当社のページ内容は変化ありませんこれより必要部数を発注予定ですでは、話戻って雪の話地元の人は『大したことない!』と、言っていましたが実は大したことあ
上越線の概要上越線は群馬県の高崎から新潟県の宮内を結ぶ路線です。上州国と越後国を結ぶことから「上越」と名乗っています。上越線開業以前は関東と日本海側最大の都市である新潟までを結ぶルートは、信越本線を使用し長野や直江津を経由する遠回りルートしかありませんでした。そこで上越国境に聳える谷川連峰のにトンネルを掘り、関東と新潟を短絡的に結んだ路線が上越線です。上越新幹線開業後線内を走る定期優等列車は特急「草津」を除き全て廃止されてしまいましたが、貨物輸送の大動脈として現在も活躍しています。
こちらは、6月2日に、東日本旅客鉄道(JR東日本)上越線の渋川駅(群馬県渋川市)で撮影した、211系A59編成(高崎車両センター所属)による、普通列車の水上行き(731M)🚋です。この列車は、高崎駅(群馬県高崎市)を10時24分に発車し、途中、高崎問屋町、井野、新前橋、群馬総社、八木原、渋川、敷島、津久田、岩本、沼田、後閑、上牧の各駅に停車してから水上駅(群馬県利根郡みなかみ町)へと向かうことになっており、土休日には、11時39分発の長岡行き普通列車(E129系による運転、越後湯沢駅からは毎日
こんにちは!Hanamiです😊暖かくなってくると旅したくなる!自然豊かな景色が魅力の上越線に乗って、ゆったり旅を計画されている方も多いのではないでしょうか。特に、車掌さんが乗務しないワンマンカーは、自由気ままな家族や夫婦の週末旅にぴったりですよね💖…ただ、実は私、新潟県魚沼地方に住んでいながら、初めて上越線ワンマンと無人駅を利用した時あれ?切符はどうするの?ドアの開け方は?とめちゃくちゃ戸惑ってしまったんです!終点の精算機で「え、お釣りが出ないの!
水上駅到着後はJRバス関東の貸切バスで旧湯檜曽駅、北湯檜曽信号場跡へ今は駅として機能していない危険な場所のため、ヘルメットとチョッキを着用しての見学でした湯檜曽駅は1967年に現在の場所に移転。移転に伴って旧湯檜曽駅は北湯檜曾信号場になりました。1985年に廃止されています。旧湯檜曽駅の入り口。駅だった頃は駅本屋のほか、荷物用のエレベーターが設置されていたとのこと。産婦人科や小料理屋もありましたがこれらは跡形もなく、当時の面影はありません。ホームへ続く通路は薄暗くて狭く、
「FAVORITE115」シリーズ6回目。このシリーズでは風景や季節を重視した写真と、記録を重視した写真に分けている。今回は後者に属する写真、別の言い方をすれば鉄道写真の基本ともいえる編成写真をまとめた。群馬県内各線を走る115系は、3両編成と4両編成があり、3両を2本つないだ6両編成もあった。時刻表には編成の長さは掲載されておらず、長年の経験からどの時刻の列車が何両か予想しながら撮影した。編成写真は簡単そうに見えるが、長さがバラバラ、撮影場所の選定、日差しの向き、背景の処理などを
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線は、アマダの「特急・急行カード」その㊱(特急「とき」)です。小学生の時に駄菓子屋で買い集めた「アマダの特急・急行カード」、50年近く前のものですが、我が家の押し入れの中に眠っておりました。備忘録がてらに整理してデータとして残しておこうと思います。表側です。183系1000番台でしょうか。1000番台はライト周りの塗り分け(上部が斜め)がカッコよくて、個人的には好みの形式です。🤗裏側です。181系?でしょうか。特急「とき」と言えば、子供の
群馬観光の玄関口・渋川駅。上越線と吾妻線が接続する群馬県中北部の鉄道旅の拠点、伊香保温泉や草津温泉を訪れる人が必ず通る駅で、歴史ある風景と現代の利便性が交差する駅です。目次駅舎の歴史と外観の変化駅前の様子周辺観光スポットとアクセスガイド駅舎内部の様子構内の様子と貨物輸送の歴史渋川駅まとめ駅訪問の拠点としてピッタリな渋川駅トレインビューホテル|エクセルイン渋川駅チカホテル|ホテル渋川ヒルズ(BBHホテルグループ)駅・ホテル近くのコンビニ渋川駅情報札幌駅、東京駅、名
ドアイ、と聞いてピンと来た方は相当な鉄道マニアです。土合駅と新清水トンネル土合(どあい)駅、群馬県利根郡みなかみ町湯檜曽にある、JR上越線の駅です。上越線は群馬県高崎市から新潟県長岡市を結ぶ路線です。もともと、このあたりは単線であり群馬と新潟の県境に清水トンネルがあったのですが、上越新幹線も関越道もなかった当時は上越線は移動の大動脈であり、利用増に合わせて複線化するにあたり、新清水トンネルをもう1本少し別の場所に掘りました。ちなみに最初から脱線すると、JRが一時期「大清水(谷
ここしばらく鉄分&煙分のない記事ですみません。5月、7月と鉄旅の予定を組んだものの、事情が変わり、切符を払いもどしました(いずれも「SLばんえつ物語」の乗り鉄)。今年のこの状況では仕方なかったんですが。実家に行っても、秩父鉄道のC58363と会う暇もなく…、今季の運転は7日で終わったみたいです。あ、話題はC58でなくD51なんですが…。高崎の498号機、ご存知のかたもいらっしゃるでしょうけれど、7月半ばから不調に見舞われているようです。初めてGV-E197系と信越線横川への営業運
越後中里行の普通列車にて越後湯沢発車時は乗客は自分だけ越後中里から長岡方面の送り込みも兼ねている列車です。まもなく越後中里に停車車窓には旧型客車の長大編成…到着長岡方面水上方面谷川連峰がそびえる改札内の窓口スキーブーム時は賑わっていたのであろう。今はスキーシーズンでも使われてはいない…と思う。みどりの窓口は以前まであったがすでに廃止済み。1号車スハフ4220672号車スハフ4321663号車オハ472232白い布みたいのがかけ