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息子は今脳腫瘍と闘っています。腫瘍の種類は上衣腫という脳腫瘍に分類されます。正式な病名は、SupratentorialEpendymoma,ZftaFusionPositive,SubclassE(novel)稀な上に診断そのものが2021年に発表されたばかりの悪性脳腫瘍です。これまでの経緯2020.11息子が救急車で運ばれた日①2021.02摘出手術(1回目)2022.11再発手術(2回目)2023.11再発手術(3回目)2023.1
2026年2月25日小学校で感謝の会がありました。この日は授業参観日で、6年生はおそらく最後の参観日。最後に感謝の会という催しがあるそうで、その中で6年生が息子のための時間を用意してくれたのです。妻と一緒に学校に着いて体育館へ行くと、6年生と親御さん達は、隣同士で椅子に座って、ちょうど親子でゲームをしている時間でした。すると担任の先生が私達に気付いて駆け寄ってきてくれ、全体の進行が少し遅れていると教えてくれました。体育館の中に入ってこの雰囲気の中で待つのもなんだかなと思い、
2026年2月7日先週のことです。私の母が足首の手術をすることになりました。左足首の軟骨がすり減って、痛みをともなうようになり、5年ほど前から少しずつ反対の足で庇うような歩き方になっていました。家の家事だけでなく畑仕事もこなす母は誰が見てもよく働く人です。足の疾患も長年自分のことを後に回して周りを優先して生きてきたからなんだと、私はそう思っています。いよいよ痛みが増してきてしまい、入院して手術することになりました。手術で元のように歩けるようになってほしい。県内の病院
2025年3月13日息子が日中3時間くらいかけてSwitchのマイクラで魔剣を作った。右目がぼやけてよくみえないがYoutubeでお手本見ながら大作だった。細部もこだわってかっこいい。ずっと起きて作ってた。そしてそのまま戦車作りへ。これも2時間くらいかけて作ってた。今の息子の日常は昼過ぎ13時ごろまで寝てる。起きて朝ご飯兼お昼ご飯を食べる。口に合った好きなものしか食べない。わかめのスープとゆで卵。ゆで卵は一日で5個ぐらい食べる。ご飯はほとんど
2026年2月8日夕飯の時はテレビを観ながら食べることが多いです。妻と娘は仲が良く、いつもマシンガントークで喋ってます。よくそんなに言葉が出てくるなぁと、私は会話についていけません。ある夕飯の時のことです。娘が変顔やったら、アルパカそっくりでめっちゃ笑いました。娘は変顔をよくやります。写真を撮る時にスマホを向けると、必ず変顔で応じてくれます。息子を撮る時は無表情が多いです。笑ってくれません。性格の違いかな。娘のほうがウケを狙ってサービス精神があるみたいです。その
2025年12月6日先日、息子の四十九日の法要を行いました。私たちの両親、兄妹夫婦と共にお寺でお経をあげてもらいました。法要の最中、気持ちは落ち着いていました。でも一通り法要が済んで最後にお寺の住職が話してくれた法話を聞きながら、息子が旅立った日の記憶が溢れてきてしまいました。その法話の内容を綴っておきます。仏教の世界では、誰もが生まれてくる前は仏界というところにいます。仏界から誰の子で生まれてくるか、子は親を選び、また親も子を選んで巡り合いで生まれてくるそうです。これ
2024年12月27日今日で放射線治療20回目最後の治療になる。でも回数に意味なんてないな。病院のこれまでの標準の放射線治療に沿って決めた線量を20分割しただけだから。19回なら腫瘍が進行してしまうとか、21回治療したら腫瘍が完全になくなるとか、回数の問題ではない。決められた回数が終わるだけ。それともう一つの理由でこれで治療が最後になってしまう。それは息子が受ける放射線量が許容できる量に達してしまい、これ以上放射線治療を受けることができなくなると言う意味での最後。治療の
2024年12月30日今日はよく寝てる。お昼前に妻の父母がパン買ってもってきてくれた。よく息子の様子を見にきてくれるついでに何か買ってきてくれるので本当にありがたい。さすがにお昼なので息子を起こしてご飯にする。息子はチーズのパンと昨日の中華スープ。首と背中が痛いがパン食べて横になる。ご飯の後に妻が出掛けてしまい、これから娘が塾なので送っていかねばならない。息子に一人でだいじょうぶか確認取る。私「これから(娘)送ってくるけど一人で待ってられる?」息子「だいじょうぶ」と息子を一
2025年5月14日夜中に急にお腹が痛くなってトイレに駆け込む話です。私はたまにあります。夜中に目が覚めるときは、なんとなくお腹がギューとかゴロゴロしたとき。トイレに行ってしばらく籠る。お腹がギューとなって痛いので、全部出して痛みが無くなるまで座ってます。こんな時は20分くらい籠ります。いつもより夕飯をいっぱい食べ時、油っこいものを食べた時、デザートにアイス食べた時、原因はたいていそんなものですが、不意に襲ってくるのがいやです。そしてなぜか夜中です。息子は少し便秘
2024年11月15日今日は娘のこと。仕事から帰ったら娘が右手の指を骨折していた。体育の授業のバスケでやってしまったという。ボールが重たいから突き指とか怪我することもあるしなーと思って怪我した時の様子を聞くと友達からボールを取ろうとして手を出したら、運悪くボールに突き指をくらわしてしまったと。よく聞く話だ。その後もずっと痛がっていたので、整形外科に連れて行ったら右手人差し指の剥離骨折。でも怪我したのがバスケの試合中ではなくて、休憩中に友達とじ
2025年2月のある日小包が届く。私「これなにー?」妻「あーそれねー」と包みを開けると中からお札が。妻「待乳山本流院ってとこで祈祷してもらったの」浅草にある待乳山本流院に祀られている聖天様が、めちゃくちゃ力が強くてどんな願いも叶えてくれる最強の神様なんだって。妻「その神様に7日間祈祷してパワーを貰ってきたから絶対だいじょうぶだよ!」そーなのか。妻が噂を聞いて頼んだようだ。待乳山本流院かーへー知らなかった。初めて聞いた。で
2026年2月22日ミラノ・コルティナオリンピックが閉幕しました。いろんなシーンのハイライトを観ていて選手達が競技に臨む姿に胸が熱くなりました。これまでの努力の積み重ねや試練、研鑽を積んできたことを、大舞台のそれこそたった一回、一瞬に100%の力を出し切る精神力に非凡なものを感じました。感動するシーンは沢山ありましたが、私はスキージャンプの二階堂蓮選手と父の学さんのワンシーンに特別な思いを重ねてしまいました。ラージヒルの1回目で大ジャンプを飛び金メダル確実に見えた目前で2位の選
少し前のことです。2026年1月11日妻の父の喜寿のお祝いをしました。個室のある店を予約して、妻の兄弟家族と一緒にみんなで夕飯を食べに行きました。養父は77歳を迎えましたが、足腰もしっかりしていて畑仕事や山へ行ったりして丈夫に見えます。お酒をよく飲みます。人より飲む方で、飲んでも酔わないくらい強かったのですが、最近は量が減り養父曰く「衰えた」そうです。でも5体満足で子供や孫達から祝福されている養父は幸せそうに見えました。次は米寿のお祝いだね。それまで長生きしてね。なんて言って。