ブログ記事583件
2026年2月18日昨日小学校の担任の先生から妻に電話がかかってきました。要件は授業参観のことでした。6年生の授業参観のあと親への感謝の会というのがあり、そこで生徒達が息子のために設けた時間があるそうです。前からその話は聞いていて、感謝の会にだけ二人で参加させて頂くことで返事はしていましたから、その確認の電話なのかなと思いました。確認のための電話ではあったのですが、生徒達に最後に一言お礼を頂けますかとお願いを受けました。学校や生徒達が息子一人のための時間を割いてくれることは嬉しいで
2026年2月13日地元で毎年開かれる厄払いの大祭へ妻と娘と行きました。この厄払いはお寺の地蔵菩薩様が、一日だけ耳を開いて願いを聞いてくれるのです。24時間夜もやっています。縁日で、毎年お寺までの参道には沢山の露店が出ていて、娘や息子はそれが楽しみで、我が家の毎年恒例イベントになっていました。今年も家族4人で、息子は妻のバックに一緒に入って行きました。屋台で夕飯代わりに何か買って食べるのも楽しみの一つで毎年夜に行くことにしているのですが、今年は、運悪く参拝の列が長い時間帯に当たって
2026年2月9日私の実家の父ことです。母は足の手術から10日経ちました。病院でリハビリも始まり、動く活動ができるようになってきました。看護師さんもいるし食事も出来ているから、退院まで心配はなさそう。心配なのは父の方です。今朝は冷え込んでいましたから、妻が様子を見に行ってくれました。その顛末を帰ったら話してくれました。妻が実家に行くと父は居ませんでした。こんなことはしょっちゅうですから、妻もそんなに驚きません。どこに行ったんだろうと思いながら、ふと台所にたったところ、
2026年2月8日夕飯の時はテレビを観ながら食べることが多いです。妻と娘は仲が良く、いつもマシンガントークで喋ってます。よくそんなに言葉が出てくるなぁと、私は会話についていけません。ある夕飯の時のことです。娘が変顔やったら、アルパカそっくりでめっちゃ笑いました。娘は変顔をよくやります。写真を撮る時にスマホを向けると、必ず変顔で応じてくれます。息子を撮る時は無表情が多いです。笑ってくれません。性格の違いかな。娘のほうがウケを狙ってサービス精神があるみたいです。その
2026年2月7日先週のことです。私の母が足首の手術をすることになりました。左足首の軟骨がすり減って、痛みをともなうようになり、5年ほど前から少しずつ反対の足で庇うような歩き方になっていました。家の家事だけでなく畑仕事もこなす母は誰が見てもよく働く人です。足の疾患も長年自分のことを後に回して周りを優先して生きてきたからなんだと、私はそう思っています。いよいよ痛みが増してきてしまい、入院して手術することになりました。手術で元のように歩けるようになってほしい。県内の病院
2026年2月3日今日は節分、暦では立春です。少しだけ日の出が早く、日の入りが遅くなったように感じます。節分の夜すいとんと恵方巻きを食べます。去年は家族皆んなで豆を巻きました。玄関、浴室、リビングと窓がある部屋にいっては、鬼は外!、福は内と言いながら。我が家の節分は、毎年豆撒きと恵方巻きを無言で食べると言うイベントを楽しんでいました。特に恵方巻きを食べる時は、皆んな無言で食べるのがおかしくて、息子や娘はふざけたりクスクス笑いを噛み殺しながら食べていました。そんな
2026年1月28日夕飯の時は家族でテレビを観ながら食べることが多いです。配信アニメを観ながらなんてこともよくあります。配信が止まっていたアニメのいくつかは2026年の新シーズンの配信が始まったものもあります。息子はゲーム好きですが、アニメを観るのも好きでした。毎週新しい配信を心待ちにしていて新着があればすぐ観ていました。私が好きなアニメの一つで「ジョジョの奇妙な冒険」があります。このアニメはシリーズが長くどれも面白いです。2年ほど前のことです。ある朝、私はリビング
2026年1月22日息子が一人で旅立ってから、3ヶ月が経ちました。一人で送り出してしまった長い長い修学旅行です。一人でちゃんとご飯食べてる?寂しくないかい?今日は何のゲームしたの?ゲームばっかりしないでたまには算数とかやりなよ。いつもそんな言葉をかけています。夕飯の時、家族4人がみんな揃って、いただきますをします。息子の分は小さいお茶碗にご飯を盛り、小さいお椀に味噌汁を注ぎ、小さいお皿におかずを乗せて遺影の前にちょこんと置きます。ダイニングテーブルを囲んで私の隣り
少し前のことです。2026年1月11日妻の父の喜寿のお祝いをしました。個室のある店を予約して、妻の兄弟家族と一緒にみんなで夕飯を食べに行きました。養父は77歳を迎えましたが、足腰もしっかりしていて畑仕事や山へ行ったりして丈夫に見えます。お酒をよく飲みます。人より飲む方で、飲んでも酔わないくらい強かったのですが、最近は量が減り養父曰く「衰えた」そうです。でも5体満足で子供や孫達から祝福されている養父は幸せそうに見えました。次は米寿のお祝いだね。それまで長生きしてね。なんて言って。
2026年1月12日昨日の夜空に流れ星を見ました。実際に流れていたのは、星ではなく国際宇宙ステーション(ISS)です。「宇宙兄弟」というマンガがあり、この中にもISSは登場します。家族みんな、このマンガが好きです。娘はいつか宇宙飛行士になって宇宙へ行きたいななんて壮大な夢を、目の前の課題をほっぽり出してよく語っています。そんな娘が、ISSがどうも見えるらしいよ!と興奮気味に教えてくれたのがキッカケです。1月12日18時3分南西の方角に明るく輝くISSがハッキリ見えました。
2026年1月7日新年を迎えるとよく聞くフレーズがあります。それは、「あけましておめでとうございます」です。今日はこの言葉に対する私の感じていることになります。もしかしたら同じ思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、宗教上の思想とか、マナーとか一般的な見解もあるかと思います。読んで気を悪くされたらすみません。毎年、「あけましておめでとうございます」を聞くたびに、私は「いや、めでたくない人もいますよ」なんて、と心の中で一人ツッコミを入れてしまいます。何年か前から、私はこのフレ
2026年1月1日正月の親戚の集まりのことです。毎年の正月は、1日に私の実家、2日に妻の実家に顔を出します。去年は息子の放射線治療を終えたばかりだったのでどちらの実家にも行かず外にも出ず、家族4人で過ごしていました。今年はどうしようか。両方の両親には日頃から会っていますが、お正月皆んなが集まるところに行くか、どうしようかと思っていたら、妻「今年はどっちの実家にも行こうよ」と。きっと息子も行きたがってる。もちろん息子も一緒に連れて行きました。妹達家族や従兄弟の家族も来て子供達もい
2026年1月1日元旦の早朝今年初の朝ランをしました。走って汗をかくと気持ちが整うような感覚があり、ランニングは何年か前から続けています。民家を抜け、少し登って緑が多い道を走ります。早朝のまだ誰もいない道を走ると気持ちがいいです。熊が出てきてもおかしくないようなところですが。今年は娘が初日の出を見たいと言うので、朝ランの後に娘を起こして二人で見に行きました。向かった場所は、近くに眺めがいいところがあり、盆地と富士山がよく見えます。天気予報では6時55分頃が日の出。少し前に到着
2025年12月30日クリスマスが過ぎあっという間に大晦日今年が終わろうとしています。今年は去年できなかった大掃除をしました。何年か振りにリビングのカーテンを洗い、洗濯したおかげで霞んだ色が鮮やかになりました。レールについていたホロリもなくなりスッキリです。去年の29日のことです。29日(日)は息子の放射線治療20回目の最後の治療で病院にいました。本当は27日(金)が治療の最終日だったのですが、装置異常で治療ができず、日曜日に延期になったのです。誰もいない病院の放射線科最後
2025年12月23日今日はM1を観ました。(Tverで)優勝は決まった後ですが、私はまだ誰が優勝したのか知りません。この日は夕飯をたべながら3組が決勝に進出したことろまで観ました。エバーズだけは前回のネタをうっすら覚えていた程度で、他2組(ドンデコルテ、たくろう)は名前を知りませんでした。どの漫才もすごい面白かった。久しぶりにゲラゲラ笑った気がします。芸人さんて頭の回転早いなーと感心します。4分という尺の中に沢山の言葉を詰め込んで、次から次へ話を展開していって、お客さんを
2025年12月22日今日は冬至です。昼の長さが一年で最も短く、夜が最も長い。冬至と言えばゆず湯を連想します。子供の頃は毎年お風呂に柚子を入れてました。自分が大人になってからも、この習慣は続いています。柚子の香りは爽やかで、気持ちが落ち着きます。お風呂でぷかぷか浮かぶ柚子を見ていると、息子と一緒に入って遊んだことを思い出します。湯船に沈ませたり、キャッチボールしたり、ぎゅ〜って絞ったり、私と息子がお風呂を出る時には柚子がボロボロになっていました。息子は色白なので、温まって
2025年12月20日今日は少し早めのクリスマスのパーティーをしました。クリスマスパーティーというほどの特別感はありません。飾り付けはありませんが、息子の遺影の近くには手作りした小さなツリーがあります。ピザを焼いて、ケーキとマックのポテト、それと妻の両親が買って来てくれたモスチキンを一緒に食べました。それとカレーです。我が家はパーティーの時は必ずカレーも作ります。チキンとツリーがあればクリスマスっぽくなります。これでサンタは来てくれそうです妻と娘と、妻の両親、みんなでチキンを食べ
2025年12月19日私は息子の涙を見たことがありません。怒られて泣くとか、悔しくて泣くとかじゃなくて、病気に対しての涙という意味で。一度も弱音を吐かなかった。ベッドに寝ている自分はいっときの姿で、絶対に治ると信じていました。目も見えるようになると。口には出さないけど、元に戻るって。強くて、優しい子です。誇らしいです。ご飯いっぱい食べて毎日お風呂に入って、よく寝れば、絶対良くなる!私や妻が掛ける言葉をずっと信じてくれていました。もしかしたら泣くということに、恥じ
2025年12月17日最近になって、周りの方々から少しは落ち着いた?と聞かれます。その時の反応ですが、はい、まぁ落ち着いた…のかなぁ普段の生活は、落ち着いたと言えばそうですね。なんて曖昧な返事をします。食べて、寝て、仕事に行く、家事をする生活することにおいては落ち着いています。でも心にぽっかり空いた穴は、生きている限り埋まることはないです。心と体が一緒になってない。そんな感じです。ビールも飲みます。家で家族とカラオケも歌います。楽しく飲んでいるつもりでも、息子のこと
2025年12月10日この日は息子が旅立ってから四十九日目でした。この期間、息子はこっちとあっちの世界を行ったり来たりとか、家に居るなんて考え方が仏教にはあるそうですが、私には息子が見えるはずもなく。でもいつもそばにはきっと居て、ニコニコしてるんだろなと思っています。気持ちを少しずつ整える期間とも言われています。心はざわざわ波だっていたのが、今はゆらゆら凪いでいるような感覚です。でも、ずんと悲しみが押し寄せてきて悲しいゾーンに入る時もあります。なぜここに息子が居ない
2025年12月7日日に日に寒くなってきました。私は夏か冬かで言えば冬が好きです。いくつか理由はあります。単純に体が暑さより寒さに耐える方が慣れているから。汗も夏より掻かなくて済むところや、鍋やおでんが食べられるところです。冬の空気は澄んでいて星がよく見えるところもいいです。でも寒くなる時期は息子の病気のことを同時に思い出します。というのも息子の脳腫瘍という病気は、寒い時期になると何か変化が見つかることが多かったからです。初めて自宅の庭で倒れて救急車で運ばれたのは20
2025年12月6日先日、息子の四十九日の法要を行いました。私たちの両親、兄妹夫婦と共にお寺でお経をあげてもらいました。法要の最中、気持ちは落ち着いていました。でも一通り法要が済んで最後にお寺の住職が話してくれた法話を聞きながら、息子が旅立った日の記憶が溢れてきてしまいました。その法話の内容を綴っておきます。仏教の世界では、誰もが生まれてくる前は仏界というところにいます。仏界から誰の子で生まれてくるか、子は親を選び、また親も子を選んで巡り合いで生まれてくるそうです。これ
2025年12月3日今日は夕飯を外で食べました。仕事帰りに妻から連絡があり、娘を学校まで迎えに行って買い物してるので、合流してどこかで夕飯を食べよう。となり、はま寿司に行きました。はま寿司には家族の思い出があります。その前に、我が家の海鮮もの事情ですが、子供たちは海鮮ものは食べません。この辺りは妻の影響が大きいです。私は海鮮全般は大好きなのですが、妻が苦手です。(食べてもマグロとカニくらい)そんなわけで食卓に刺身が並ぶことはなく、子供たちは食べる機会がなく育ってきました。
2025年12月2日最近は仕事から帰ると、妻と娘がSwitchにマイクを繋いでカラオケをしています。2024年の10月から息子の病気と闘ってきて1年と1ヶ月が経ちました。病気と闘う前のそれまで過ごしていた生活が少しずつですが穏やかに戻ってきたように思います。戻った…というのは厳密には語弊がありますが、闘病前の生活に近づきつつあります。息子の病気は2020年に脳腫瘍が発覚。2024年の10月までは5度の手術と陽子線治療、サイバーナイフ治療で乗り越えてきました。手術前後や
2025年11月28日最近ある本をオーディブルで聴きました。それを聴いていて思ったことがあります。母と息子の関係です。母と息子の関係は特別な気がします。父と息子父と娘母と娘どれも特別な関係だと言えますが、母が息子に対する想いってちょっと違う何かを感じます。それが母性なのかな。服のコーディネートはいつも妻がします。息子も着せ替え人形のように突っ立って、妻が決めた服を文句も言わず、着せられていました。学校の宿題や公文の宿題をやらずゲームばっかりして散々怒られた時も妻「もー
2025年11月27日11月は娘の誕生月です。10月は息子の誕生日11月は娘の誕生日12月はクリスマス3ヶ月連続でイベントが続く月です。今月、娘の誕生日パーティーをしました。娘のプレゼントは物欲はあっても具体的なリクエストがないので、数年前から現金になっています。毎年妻の両親がプレゼントを持ってきてくれ誕生日パーティーをするのですが、そのプレゼントも現金です。服や化粧品や欲しいものはあっても決められないからですが、現金だとなんだか寂しい。今年はオードブルとピザとケーキでお祝い
2025年11月23日今朝、息子の夢を見ました。夢というほどのものではありません。どんな内容だったかよく覚えていませんが、黒いパンツに白いシャツ。自然に立っているので、何も不思議に思わずあれ?と思った時に目が覚めました。ほんの一瞬のことです。物語のように続く訳でもなく、会話するでもなく何も喋らず飄々と立っていました。起きる直前だったから覚えていたんだな。こんな感じでした。元気だよ。そー言ってくれてるのか?毎日話し掛けるけどさ、当たり前だけど、お前の声が返ってこない
2025年11月22日今日は雲が一つもない快晴です。夜は星がよく見えました。息子が少し遠くへ行ってしまってから1ヶ月が経ちました。これまでの期間が早く感じたのか、長かったのか、妻も娘も私も感じ方はそれぞれです。仕事や学校、普段の生活日常のサイクルも通常運転に戻っています。毎日笑顔で過ごしています。下を向いて暗い気持ちでいても何もいいことはありませんから。息子の遺影も笑ってる。私たちも笑って過ごそう。寂しい気持ち、悲しい気持ちは、みんなの前では出さないように意識しています。
2025年11月21日覚えている息子の一面を綴っておきます。学校の校外学習などで給食がない日のお弁当についてのエピソードです。娘と息子のお弁当はちょっと違います。おかずが違うのは言うに及ばずそれぞれの好きなものが入ります。娘は、冷凍のグラタンとトマト息子なら、ウインナーとハンバーグと言った具合です。違うのはご飯の方です。娘はお弁当箱の半分か、ご飯用の容器に白いご飯を詰めて、真ん中に梅をのせたり、ふりかけを掛けてもらいます。息子の場合は、絶対おにぎりです。しかもシャケおにぎ
2025年11月19日我が家は4人家族です。長い年月で4という数字に慣れてきました。これからも大事にしていきたい数字です。でも日常のちょっとしたところで、「3なんだな…」と認識するところがあります。身近なところでは、お茶碗とかお皿の数が4セットで揃えてあるのに、3つしか使わないとか。お店で何名様ですか?と聞かれる時とか。書類などで家族の数を書かなければならない時には一瞬ためらいがあります。会社にも扶養家族の変更の手続きをしたり、そういった手続きの一つひとつに、ため息が漏れてしま