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抜港について「抜港」とは、悪天候で定期船が接岸できず、次の港に向かうこと。抜港の原因となる、悪天候には波と風がある。①波について与論には、「茶花港」と「与論港」の2つがある。南からの波やうねりが大きいときは、茶花港を利用し、北からの波やうねりが大きいときは、与論港を利用する。島が防波堤となっている。したがって波やうねりが原因となって抜港することは少ないと思われる。観光ブームの頃、茶花港に接岸している「はいびすかす」
海岸清掃明日8月18日の海岸清掃は、「56.むぬぬし~」です。先頭の数字は大きな地図の番号です。06:00です。海岸は、こちらでも確認できます。海謝美へのお問い合わせは、以下のメルアドへ。yoron.unjami@gmail.com2023年2月27日にKKB鹿児島放送で放送「われ一人やらずんばやまぬ海謝美よ思惑なくにただやるのみぞ川内恵司」海謝美の活動はこちら。
海岸清掃明日8月16日の海岸清掃は、「52.ふばま」です。先頭の数字は大きな地図の番号です。06:00です。「ふばま」とは「小さい浜」を意味するそうです。同じ名前の浜がいくつかあります。海岸は、こちらでも確認できます。海謝美へのお問い合わせは、以下のメルアドへ。yoron.unjami@gmail.com2023年2月27日にKKB鹿児島放送で放送「われ一人やらずんばやまぬ海謝美よ思惑な
ヨロンマラソン2025No3完走パーティフラダンス赤い衣装。「ケイキ」クラスだったのにお姉さんになりました完走後のビールはさぞかし美味しいでしょうMCのおふたり。町長が完走を労うユンヌエイサー「ひまわりおじさん」が「ニアタイム賞」おめでとうございます~ひまわりの笑顔与論献奉大杯で飲み干した希望者に
十五夜踊りの概要No1【歴史・旗の意味等】「十五夜踊り」は花城真三郎(はなぐすくまさぶろう)世之主が1561年(永禄4年)に創始したといわれている。1870年(明治3年)までは旧暦7月17日に一部の「シニグ」で舞われていたので、「シニグウドゥイ(踊り)」と言われていた。また、当時は旧暦8月15日にも行われていて、年2回であった。1871年(明治4年)に明治政府の民俗行事抑圧策により、シニグが廃止されると、年に3回、地主(とこぬし)神社に奉納されるようになった。現在シ