ブログ記事1,218件
八月九日の朝。モンヒーガン島へ渡る船は、メイン州本土の小さな港町、ポート・クライドを離れたばかりだった。テリュースは甲板に立ち、遠ざかっていく海岸を眺めていた。マンハッタンを発ったのは、昨日の朝だ。一日じゅう北へ向かい、夜をひとつ越えて、それでもまだ目的地には着かない。ずいぶん遠くへ来た。身体の奥に、長いあいだ列車に揺られ続けた重い疲れが残っている。昨夜、ようやくベッドに横になったときには、泥のように眠れると思った。けれど目を閉じても、眠りは降りてこなかった。海を渡れば、キャンディ
テラスから宴会場へ戻ると、途端に楽団の音と人々の話し声が近くなった。エヴリンはヴィクターと並んで中へ入り、ほんの少し足を止めた。テラスで偶然耳にした話が、まだ胸の中に残っている。学院時代から互いに惹かれ合っていたテリィとキャンディ。誰にも知られないように、丘で会う約束をしていた少年と少女。一度は離れ、それぞれ別の場所で生き、ようやく会えたと思ったときには、また別れなければならなかった二人。そして、自分があの日カフェで聞いたキャンディの言葉が、ただ恋愛についての考えを話したものではなかっ
あの日、どうしてテリィが帰ってきた途端、あんなに強く抱きつきたくなったのか。どうして突然、――私のこと、好き?などと尋ねてしまったのか。今なら、自分でもよく分かる。テリィの気持ちを疑っていたわけではない。ただ、確かめたかったのだ。自分が今、この人のそばにいていいことを。エヴリンはしばらくキャンディを見つめていた。「……キャンディスさん」「はい?」エヴリンはゆっくり首を横に振った。「何も持っていないなんて言わないで」キャンディが目を瞬く。「あなたには、私にないものがたくさんあ
今日はキャンディの誕生日ですねキャンディ熱が再燃したのは4年程前小学生以来うん十年ぶり(笑)久しぶりに読み返した漫画本その後「小説キャンディキャンディFINALSTORY」の存在を知りました漫画やアニメには描かれていないテリィとのエピソードやテリィの気持ちが言語化されているシーンに喜びを感じましたしキャンディが幸せに暮らしていることは良かったなあと思いましたでも・・・あのひとは誰なの?ブログ主はもちろんテリィ一択です作中のあちこちに散りばめられてあるヒントはテリィを連
ヴィクターはグラスをテーブルへ置いた。「ただ、妙ですね」「何がです?」「あなたの話を聞けば聞くほど、俺は花嫁に興味が湧いてくる」イライザの笑顔が止まった。「……え?」「孤児院で育って、まったく違う世界の名家へ入った。そこで生きていくのは、子供には相当大変だったでしょうね」「それは……」「それでも看護婦になった?……」「ええ、まあ……」「自分で仕事を選んで、人の命に関わる仕事をしている」ヴィクターは会場の向こうを見る。そこには、招待客と笑いながら話しているキャンディがいた。
午後の授業が終わると、キャンディは教科書とノートを抱えて教室を出た。廊下の先に、テリィの姿が見えた。呼びかけようとして、口を閉じる。少し離れたところに、シスターが立っていた。テリィはそのまま図書室へ入っていった。明日、にせポニーの丘で会ったときに話せばいい。そう思ったのに、足が止まらなかった。今日のフランス語の授業で、もう一度、詩を暗唱した。今度は最後まで言えた。あの日、落ち込んでいた自分の話を聞いてくれたテリィに、早く伝えたかった。キャンディは掲示板の前で少し時間を置いてから
披露宴も後半に入り、宴会場の空気はすっかりやわらいでいた。その中で、イライザは先ほどから一人の男の姿を目で追っていた。ヴィクター・ラングフォード。ストラスフォード劇団でもテリュースと人気を二分する俳優で、イライザが以前から熱を上げている俳優。今日この披露宴へ来たのも、もちろんキャンディの結婚を祝うためではない。ヴィクターが出席する、そう思ったから、父が出席できないことを知ると自ら代理になると申し出た。少し離れたところで、ヴィクターは劇団の後援者らしい男と話している。時折笑い、グラスを傾ける
教会を見て回るようになってから、テリィの手紙には少し変わった話題が増えた。舞台のことや劇団の仲間のこと、ニューヨークで見かけた出来事などは、以前からよく書いていた。けれど最近は、その中に必ずと言っていいほど、二人の結婚についての話が混じるようになった。――キャンディへ。今日、また教会を見てきた。夜公演まで少し時間があったんだ。マネージャーに候補をいくつか調べてもらって、俺は人の少ない時間に中を見てる。誰かに知られて新聞にでも書かれたら面倒だから、結婚式のことはまだ伏せてもらってる。
★★★1-2©いがらしゆみこ画像お借りします「・・大丈夫だよ、パティ」一瞬、パティの目には夫の顔が若き日の恋人ステアと重なった。「僕はアメリカに住んでいる。徴兵は拒否できるはずだ」「ほんと・・?」夫の言葉に救われたようにパティは顔を上げた。「でも、国籍はイギリスのままだろ?」瞬間、テリィは不用意な事を言ってしまったと感じ「領事館に確認してくる!」と走るようにアパートを後にした。ブロードウェーにあるイギリス領事館には、さほど多くの人は訪れ
ポニーの家の大きく開け放たれた窓からは、焼きたてのクッキーの甘い匂いが午後の風に乗って流れ、丸いテーブルには、湯気の立つ紅茶が静かに並べられている。そのテーブルを囲むように座っているのは、キャンディ、アニー、そしてパティの三人。それぞれが別々の場所で新しい時間を生き始めてから、以前のようにただ他愛もない話をしながら笑い合う時間は、いつの間にか少なくなっていた。だからこそ、こうして三人だけでゆっくり顔を合わせる午後が、たまらなく懐かしく感じられるのだ。ポニーの家の窓を揺らす風も、遠くから聞
劇場街へ辿り着いた頃には、キャンディの足はすっかり重くなっていた。警察署を出てから一時間近く歩いただろうか。途中で雨にも降られた。激しい雨ではなかったが、傘もない。コートの裾は濡れ、ドレスの裾には泥が跳ねている。それでも歩き続けてここまで来たのだ。今さら引き返せるはずがない。やがて目の前に見覚えのある建物が現れる。ストラスフォード劇場。夜の灯りを浴びた劇場は眩しいほど華やかだった。入口には観客たちが行き交い、煌びやかな照明が夜の街を照らしている。キャンディはしばらく立ち尽くした。一年半
向こうから、舞台上の声が響いてくる。その瞬間、キャンディの足が止まった。聞き間違えるはずがない、テリィの声だった。いつもの声とはまるで違う。低く、よく通り、空間全体を支配するような声。フランクが扉へ手を掛ける。「ここから先は、彼を“テリィ”とは呼ばない方がいいです」キャンディははっとする。「……はい、分かりました」扉が開いたその瞬間、まったく別の世界が広がった。舞台の上には簡素な装置しかなく、本番用の大道具はまだすべて整っていないらしく、床には位置を示す印が貼られている。照明も完成
アニーが静かに言った。「一時は、二人がどうなるのかと思ったけど……」その声には、先ほどまでの懐かしさとは違うものが混じっていた。「スザナさん……だったわよね。テリィと同じ劇団の女優さん」パティが頷く。「事故でテリィを庇って、大怪我をして……」「それは誰のせいでもなかった。でもスザナさんはテリィを好きだった」アニーは遠くを見るような目をした。「だからキャンディは、自分が身を引いたのよね」アーチーは黙っていた。あの頃のキャンディを思い出している。アニーの声が少し揺れた。「キャンデ
「テリィ、元気だったの?」キャンディスはそう言って、肩にかけていたショールを外した。その声は、耳から入って胸のいちばん奥にまっすぐ届いた。すこしも変わっていなかった。テリュースは返事をするのも忘れて、しばらく彼女を見ていた。スポットライトの渦の中に立つときでさえ揺れなかった自分の心が、たったひとりの眼差しを前にして、足元からほどけていく。「ああ」胸の奥から、ようやく息を吐き出した。「見ての通り、ピンピンしてるよ」「そう。よかった」ふっと目元が緩む。ただそれだけで、この数年間に
午後のブロードウェイは、冬の光に満ちていた。通りには観劇客や買い物客が行き交い、ショーウィンドウにはクリスマスシーズンの名残がまだ色濃く残っている。古物屋の軒先には真鍮の燭台や古い時計、小道具に使えそうな銀器が並び、雑貨屋の店内には舞台衣装に使えそうな布地が山積みにされていた。スザナは杖をつきながら、ゆっくりと歩いていた。隣には脚本補佐のマデリーンがいる。「このアンティークのランプ、二幕に使えそうじゃない?」「ええ……でも少し大きいかもしれないわ」そんな会話を交わしながら、ふたりは通り
ストラトフォード・アポン・エイボン。白壁の劇場の裏手、俳優たちが集まる休憩室に一枚の新聞が置かれていた。《ロンドンで“もうひとつのハムレット”。主演はテリュース・グレアム》若い俳優が眉をひそめる。「……誰だ、これ書いたの。SMTと競わせる気か?」ベテラン俳優が深くため息をつく。「競わせるも何も……ロンドンの連中が勝手に仕掛けてきたんだろう」そこへ広報係が静かに言う。「上層部は、この件を無視する方針ですよ。反応すれば向こうを格上げすることになる、と」だが、その言葉とは裏腹に、俳優
昼休みになっても、フランス語の授業で言われたことが、キャンディの耳から離れなかった。その日の課題は、詩の暗唱だった。キャンディはフランス語は得意なほうではないため、人の何倍も練習していた。意味の分からない言葉を調べ、読み方に迷ったところはアニーとパティに聞き、声に出して何度も繰り返した。昨夜は教科書を閉じても最後まで言えるようになっていて、今朝も、身支度をしながら確かめた。今度は、ちゃんとできる、と。そう思っていたのに、指されて立った途端、覚えたはずの言葉が出てこなくなった。最初の一節は言
司祭が二人を見つめる。そして祭壇の傍らに置かれていた小さな箱へ手を伸ばした。「それでは、指輪を」ケビンが一歩前へ出た。今日、テリィのベストマンとして預かっていた指輪を司祭へ渡す。司祭はそれを受け取り、祈りを捧げた。小さな金の輪が、ステンドグラスから差し込む光を受けて静かに輝いた。やがて、テリィへ指輪が渡される。テリィはキャンディの左手を取り、その手を包むように持つと、薬指へゆっくりと指輪を通した。指輪が収まるとキャンディは、自分の左手を見つめた。そこにある小さな輪が、不思議な
1月。メイフェアの街角を、馬車と車が交錯しながら過ぎてゆく。テリィはフィリップ卿の執務室を訪ねていた。暖炉の前で紅茶を飲んでいた卿が、穏やかに微笑む。「ブロードウェイで上演された『BeforeDawn』、あれを観たという男がいる。今、ロンドンで小劇団を率いるハロルド・モンターギュ氏だ。彼が君を探している。」「……ロンドンで、再演ということか?」「そうだ。彼はあの作品に深く心を打たれたらしい。もう一度ロンドンで見たいと」テリィの指先がわずかに震えた。『BeforeDawn』……
ニューヨークの午後は、白いカーテン越しにやわらかな光が差し込み、家の中にほのかにパンの匂いが漂っていた。キッチンでは、キャンディとマーサが夕食前の下ごしらえをしている。といっても、まな板の上にはまだ野菜が数個。包丁を持ったまま、彼女はそっと手を止めた。なぜなら、リビングのほうから、「好きな料理」についての、ほっこりした声が聞こえてきたからだ。オリヴァーが、椅子に座って足を揺らしながら言う。「ぼくはね、ママの“ミートボールスープ”がだーいすき!」“ミートボールスープ”。キャンディが忙
一年前のロンドン。冬の気配が漂うころ、テムズ河を渡る風には、どこか劇場の匂いが混じっていた。冷たい霧雨の舞う午後、アレックス・ハリントンはピカデリーの歩道に立ち、折り畳んだ新聞を広げた。《ロンドン芸術座、“ジャーニーズ・エンド”ロングランの勢い止まらず》その中央に、舞台写真が載っていた。塹壕の闇を切り裂く一筋の光、その中に立つ俳優の影。テリュース・グレアム。指先が止まる。胸の奥に、古い記憶の灯がふっとともる。「やっぱり……あいつはロンドンでも異彩を放つ」アレックスは思わず笑みをこ
ホリデーシーズン最大の話題作として期待されるストラスフォード劇団『ロミオとジュリエット』。SMTで喝采を浴びたテリュース・グレアムと、新進気鋭の若手女優エヴリン・ハートが、舞台の外でも急接近していることが本紙の取材で分かった。掲載された写真には、深夜、稽古を終え劇場裏口から並んで歩く二人の姿。女優はテリュースの腕へ自然に手を添え、彼は優しい表情で彼女を見つめているようにも見える。古くから演劇界では、「ロミオとジュリエットを演じた俳優は、本当の恋に落ちやすい」と言われてきた。実際、ブ
しばらくの間過去記事を回遊していただけると嬉しいです今さら・でも―キャンディキャンディいつもアクセスいただきありがとうございます©水木杏子/いがらしゆみこ画像お借りしますブログを最初から読む二次小説を最初から読む11年目のSONNET目次スピンオフ本編前本編後キャンディ雑談を読むFinalStoryの考察を読む考察①FinalStoryって?考察②新旧手紙の比較考察③あのひとは誰?考察④Finalと
国王と王太后の退席を合図に、大広間の奥の扉が開かれた。侍従たちの案内のもと、列席者たちは隣接する迎賓室へと順に進み、宮殿の夜は次の歓談のひとときへと移っていった。高い天井から吊るされた幾つものシャンデリアは変わらぬ光を降り注いでいたが、張りつめていた空気は少しずつほどけ、弦楽四重奏の穏やかな調べに重なるように、グラスの触れ合う澄んだ音や人々の談笑が、夜の宮殿へ再び華やぎを取り戻していた。それでも、その夜の視線が集まる先は一つしかなかった。王自らその名を呼び、グランチェスターの名を公に認めた
グランド・セントラル駅、午前八時。列車がすべり出し、最後尾の赤いランプが、朝の光の中に溶けていった。キャンディスの姿が見えなくなっても、テリュースはしばらくの間、まっすぐに伸びる線路の先を見つめていた。再会は、あまりにも唐突だった。キャンディスからの返事を待っていた四十あまりの朝と夜。それは静かに削られていくような時間だった。届かない便りを待つうちに、自分の存在ごと彼女の記憶から消えてしまったのではないかという思いが、灰が静かに降り積もるように胸の底へ溜まっていった。その暗がりを、カーテ
木槌を打つ音が、まだ客の入っていない劇場に規則正しく響いていた。大道具係が背景幕を吊り上げ、照明係が一本ずつ明かりを確かめていく。ストラスフォード劇場では、『じゃじゃ馬ならし』の稽古が三週間目を迎えていた。かつて舞台を包んでいた悲劇の王子の影は静かに姿を消し、劇場は新しい季節を迎えるように、軽やかな笑いへとその表情を変え始めている。その喧騒から少し離れた楽屋で、電話のベルが鳴った。乾いた、短い音だった。テリュースは壁に背を預け、静かに目を閉じていた。頭の中で反芻していたのは、第一幕第二場
いつもご訪問いただきありがとうございます。このたび、ブログタイトルを「小説キャンディ♡キャンディファイナルストーリー二次小説【時の彼方で】」へ変更いたしました。変更したのはタイトルのみで、これまでと変わらず、キャンディとテリィの物語を自分なりの解釈で綴っていきたいと思っています。少し長いタイトルなので、よろしければ「ときかな」と略して親しんでいただけたらうれしいです😊これからも【時の彼方で】を、どうぞよろしくお願いいたします。そして今までと変わらず、温かく見守
四月も半ばを過ぎたころだった。昼過ぎ、劇場へ一本の電話が入った。フィンチからだった。「今夜、話がある」短い言葉のあとに、ほんの少しの空白があった。「いつものところで」テリュースが答えるより早く、一方的に通話は途切れた。受話器を耳にあてたまま立ち尽くしていると、切れたあとの無音だけが、潮が引くように耳の奥へ染み込んでくる。その日の舞台が終わると、テリュースは古いアパートへ向かった。春の宵は、少し湿った空気に満ちていた。「思ったより、お早いお越しだな」建物の前には、すでにフィンチがい
深秋。霧が立ちこめるロンドンの大通りに、二つの劇場のポスターが並んでいた。ひとつは、伝統と格式のシェイクスピア・メモリアル・シアター(SMT)版『ハムレット』。ひとつは、新進気鋭のアレックス劇団によるロンドン版『ハムレット』。最初は、観客もメディアも二分されていた。「どちらが“本物”のハムレットか」「どちらがシェイクスピアに忠実か」「どちらが革新的か」論争は街を駆け巡り、新聞は互いを煽り、劇場前では討論が始まるほどだった。だが、その熱狂が極まったとき、ロンドンの観客が“ある遊び”
★★★2-5暗号の解読成功はトップシークレットとなり、国王や首相を含む、ごく限られた関係者しか知らされなかった。議員である父も知らない。数日間、テリィは新聞の隅々まで目を通したが、クイーン・メリー号が撃沈された――というニュースは見なかった。(逃げ切ってくれたのか、それともUボートを仕留めたのか・・)「病院は、今どうなっているんだ?」朝食の席には、テリィとキャンディだけが座っていた。「患者さんは地方の病院に移ってもらったの。残っているのは重症で動かせない人だけよ。妙