ブログ記事642件
「あらあら、賑やかね。お酒は足りてるかしら?」「あっ、ははうえ〜!」奥方様がにこやかに客間においでになり、後に続いて酒やら料理やら、女中達が追加を運んで来た。若様が奥方様の側へ寄られ、手を取り、お顔をにこにこと見上げているのが、本当に愛らしい……「はい、十分いただいております、奥方様」「お料理はお口に合うかしら?うちの料理人の腕はなかなかだと思うけど」「ありがとうございます。大層美味しゅうございます」「良かった。チョン先生はお酒がお好きとか。主人も好きなの。今日は存分に相手をしてあ
「——お寺へ懐妊祈願に?」回診終わりのいつもの女子会。今日は坤成殿(コンソンデン)の東屋で、王妃様と恵妃様との3人会になっている。王妃様が、柔らかな笑みを湛えながら、「はい。このところ体調が良いので、行ってみたいのです。もちろん、遠くまでは行きませぬ。ほど近く良い寺がありますので……行ってもよろしいですか?医仙」ずっと体質改善に取り組んでこられた王妃様。私が高麗へ戻って来てから一度は懐妊されたけど、残念ながら流れてしまって……そのあとだったわ。王様に側室を、と、いじらしいほど頑なに
康安殿(カンアンデン)——取り次ぎの内官が、王様へ俺の来訪を告げた。少し待たされたが、無事に中へ通される。康安殿の中庭。その中程へ据えられた大岩に、主君がこちらへ背中を向けて静かに座っていた。肩は力なく落ち、背中は緩んで丸みを帯び……俺の目に映るその姿に覇気は無く、常より一回りも二回りも小さく見えた。王様をお慰めする……果たして、俺にそんな気遣いが出来るとは思えないが——王様が気落ちされている理由はもちろん、どんなご気性なのかも、分かっているつもりだ。だから何を言っても…どんな言
新月の夜。数多の松明で、煌々と照らされている巨大寺院……王室の仏事を司る興王寺(フンワンサ)。その門前で、立派な身なりの僧侶が、数名の僧を引き連れ、ひとりの貴人を出迎えていた。「お待ち申し上げておりました、王様」「うむ。住持も変わりなかったか?」「はい。変わりなく精進と祈りを重ねております」「有り難い事だ。今宵は無理を言うて済まなかった。どうしても参りたくてな」「キム上護軍より伺っております。警護の数も増やして、万端整えてございます」広い本殿では、国母である王妃の健やかな出産を祈
——駄目よ。このまま落ち込んでても、何も変わらないわ……小一時間ほど悶々と悩んだ挙句、当たり前の答えに辿り着いた私は、掻きむしってボサボサの頭のまま、机の前に座った。今、私に出来る事は——紙を広げ筆を取り、がむしゃらに書いていく。下手くそでもいい。忘れないうちに。覚えてる事を全部。年号も時系列もだいぶあやしい……それでも、とにかく書いて書いて——私はもう一度、秘密の天の書ノートを作った。いつのまにか、辺りはすっかり陽が落ちていた。はた、と気づく。あれ、オンは?ミスは?タム
闇夜というのは恐ろしい——今宵ほど、そう思う夜はないだろう。下弦でもいい、僅かでも月の光があれば、どんなに心強いことか……夜鐘が鳴った後の人通りの途絶えた都を、数頭の馬が静かに歩を進めている。王様のお忍びでの興王寺(フンワンサ)詣のお供は、キム上護軍の部下を先頭に、その後ろに上護軍、迂達赤副隊長、王様、そして私…アン•ドチの後ろにも武官が2名。お供の合計は6名………少ない。少なすぎる。しかも、1人は確実に武芸にたたない……あぁ…新月ゆえに闇夜ではあるものの、まだ市井の家々の灯り