ブログ記事10,171件
動けないのは不便だ。ほんの数歩ですら自分の意思で動くことができない。そんなことを思いながら、凪はぼんやりとベッドの上から少し離れた場所にある窓を眺めていた。特に面白いものがあるわけではない。鳥も虫もおらず、ただただ広がる空と緑があるばかりだ。しかしそこが唯一変化のある場所で、凪の馴染んだものだった。サーミフが気を遣ってくれたのだろう、彼の妃のためにある部屋は限られた者しか入ることはできず、外の声もあまり聞こえてこない。それゆえに毎日毎日聞こえていた美女たちの声も、こちらの素性を笑う声も
(暇って、恐ろしいな)答えの出ないことをひたすら考え、思い出す必要のないものまで掘り起こされて脳裏を占める。こんなにも穏やかで静かだというのに、凪の頭の中だけがうるさくて煩わしい。うるさくて煩わしいのに、心は凪いでいる。人はそれを矛盾だというかもしれないが、今の凪は本当にうるさく、そして凪いでいた。こんなことは初めてだと思って、ふと気づく。思えば、これほどに暇を持ったのは初めてだったかもしれない。幼き日は貴族の次男として恥ずかしくない教養を身につけるために、ディーディアに来てからは言
「ありがとう、ございます」ベッドの上でジッとしているだけではない。そう分かった瞬間、凪は綻びそうになる口元をキュッとつぐんだ。礼を言う声も、車椅子の肘掛けを撫でる指先も、ほんの少し震えている。気を抜けば涙が溢れてしまいそうだ。「ではご厚意に甘えて、さっそくタルトをお切りいたしましょう」ふわりと微笑んで、凪はティーカートに手を伸ばす。当たり前だが、立っている時よりは高い位置にあるとはいえ、この程度で落ちるような腕はしていない。サーミフの使用人になってからずっと、侍従長に鍛え上げられてきた
「兄上からなら、ありがたくいただくとしよう。そこのテーブルに運んでくれ。あとはこちらでやるから下がってよい」その命令に使用人の男は頷いてティーカートを部屋にある小ぶりなテーブルの側に動かした。そして室内に用意してあった車椅子をベッドの近くに移動させ、もう一度深くサーミフに頭を下げて退室する。パタンと扉が閉じられた時、サーミフは凪を抱き上げて車椅子に乗せた。「動き回るだけが仕事ではない、とは言ったが、流石に自分の意思で動けないというのも苦痛だろう。簡易的ではあるが車椅子を用意したから、これを