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エディット・ピアフは、伝説上の人物だ。ストリート・シンガーから世界の歌姫へ上りつめたこと自体、驚くべきことだが、事実に尾ひれがついて語られることも多い。さらに、ピアフ本人が自ら作り話をしている部分も否めない。ピアフの生家であったアパルトマンには、大理石のプレートが掲げられていて、そこには「この建物の入口の階段でエディット・ピアフが生まれた。」と刻まれている。つまり、路上で生まれたと言うわけだ。それは、本当なのか?noteの連載(第一回)で詳しく解説しているので、ぜひお読みい
セリーヌ・ディオンがパリ郊外のステージで6年ぶりに復帰しました。大袈裟に言えば、それはシャンソンの復活でもありました。なぜなら、セットリストを見れば、フランス語の歌が6割を占めていたからです。カナダのケベック州生まれのセリーヌは、もともとフランス語で歌っていました。そして、若い頃からパリをはじめフランス全土でツアーを行っていました。英語で世界的ヒットをとばすようになったのは、後のことです。その彼女が復帰の場所をパリに選び、フランス語で歌う、しかも抽選でチケット販売し、一夜で33千人を集める
今度の和製シャンソン認定委員会(第三回・10月24日金曜日)まで一週間となった。新しいコンセプトにより、エディット・ピアフの「水に流して」を解説したい。エディット・ピアフの"Non,jeneregretterien"(私は何一つ後悔していない)は、岩谷時子の訳詞で「水に流して」という題名で歌われることが多い。(薩摩忠の訳詞は、少し違うが凡その趣旨は同様である。)ピアフは、このシャンソンで、これまでの人生はいろんな事があった、恋愛や結婚に失敗した、トラブルもあった、シ
モモーヌ(シモーヌ・ベルトー)の「ピアフ」などフランス語の文献を読みながら、エディット・ピアフの生涯をnoteに連載しているが、13章まで書いて感じたことがある。それは、エディットがある男から次の男へと途切れなく恋愛を続けていくことへの驚きである。連載では、プティ・ルイから始まって、外人部隊の兵士、不良仲間のアルベール、そして、レイモン・アッソ、ミシェル・エメール、ポール・ムリス、アンリ・コンテまで書いて、13章まで辿りついた。でも、まだ20代半ばに過ぎない。この後、ノルベ
谷間に三つの鐘が鳴るLestroisclochesアナザー・ストーリーエディット・ピアフとシャンソンの友の「谷間に三つの鐘が鳴る」は、日本語歌詞でもよく歌われている。このストーリーは、作詞したジャン・ヴィヤールの創作と思われがちだが、実は、歌詞の中のJean-FrançoisNicoという人物にモデルがいたことは、あまり知られていない。この歌詞にある「谷の奥にある村」とは、伝説によると、フランス・ジュラ山脈の人里離れた谷間にあるボーム・レ・メズィエールの村を指してお