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前回は、運良くアウシュヴィッツ博物館公認ガイドの中谷剛さんのガイドツアーに参加できました。今回も1日は、中谷さんのガイドツアー別の日に一人で回ろうと思っていたのですが残念ながら予定が合わず、お願いすることは出来ませんでした。なぜ2日も行こうと思ったのかは、前回の残念な体験からです。1日は、中谷さんのお話を聞いて1日は、自分のペースでゆっくり回るそんな風に考えていました。日本語で丁寧に説明してくれているのに必ず守って欲しいと言われていた注意事項をことごとく破っていました。アウシ
まずは、チケットの発券のために博物館の入場券を発行しているところの前で待つように言われました。行った時は、このガイドツアーのシステムが理解できていませんでした。移動時間を含めて8時間も要するツアーに連れて行ってもらうのにたったの4000円ちょっと。儲けがあるのかと思っていましたがアウシュヴィッツ博物館は、ガイドなしでの入場は無料。今回のツアーは、音声ガイド付きではなく、ガイドブックレンタル付きの送迎ツアー。私には十分ありがたいツアーだったので、高くはないと思いました。システムさ
クラクフアウシュヴィッツ収容所ービルケナウ収容所アウシュヴィッツに行ってみたいけど、東欧も行ったことないし、言語が伝わるかどうかも、、という不安は必ずあるもの。行き方や、入場の仕組みなど、様々なことを詳しく載せているのはガイド本にも少ないので、二回行った経験を通して大切なポイントをここにまとめてみました。詳細:1回目クラクフに三泊のうち1日を使いました。事前にネットで調べて「中谷剛」さんという方が政府認定の日本語ガイドの方であることが分かったのでemailアドレスを通して直接ご
敗戦国_ドイツ_さまよえる人々ドブリーデン日曜日にアウシュビッツ博物館の日本語ツアーに参加し、どれくらい悲惨な出来事が行われたかを強く認識、理解させられました。翌月曜日は祝日でお休みでしたのでのんびりしていたところ、NHKプラスで『バラフライエフェクト』が放送されており、タイトルは、『ふたつの敗戦国_ドイツ_さまよえる人々』でした。内容はというと、第二次世界大戦でドイツが敗戦国となった後の、東欧に暮らしていたドイツ人:150万人に対する虐待、悲劇の話でした。アウシュビッツな
先日はプリーモレーヴィの生誕100年イベントが行われた。プリーモレーヴィはトリノ出身のユダヤ系イタリア人で、化学者でもあった。第二次世界大戦の後半にナチスドイツの強制収容所に収容されて、そこから生還する。その後「アウシュビッツは終わらないこれが人間か」というアウシュビッツの体験記が文学的にも高い評価を受ける。【改訂完全版】アウシュヴィッツは終わらないこれが人間か(朝日選書)1,620円Amazon解放されてからの様子を描く「休戦」も心にしみる。休戦(岩波文庫)11,
こんにちは。ご覧いただきありがとうございます。アウシュビッツの記事に関しては、ショッキングな画像も含まれています。読む読まないは、ご自身の選択でお願いしますこの記事には、過去の人が写っている画像は入っていません。ナチスは、ガス室と焼却炉を含む施設をクレマトリウムと呼んでいました。そのすぐそばでは、家族と暮らしていたというここは、アウシュビッツ強制収容所所長「ルドルフ・ヘス」の処刑場戦前の兵舎を利用した350平方メートルの建物で三方向から土で覆われています。深
先週末イタリア人の友人とポーランドの古都クラコフに行った。そのメインイヴェントとしてナチスの強制収容所跡地のアウシュビッツービルケナウ行きツアーに参加。テーマが重いので翌日から書き始めたのになかなかブログが進まず、今頃になってしまった。これまでの人生の中で一番衝撃を受けた旅行だったので備忘録として残すことにする。アウシュビッツでは英、独、伊、仏など言語によるツアーに参加するのが普通で英語版に参加した。まずツアーでないと現地に行くのに一苦労だし、更に展示物の意味が分からないので、早々に
トラウマセラピストの花丘ちぐさです!日本では戦争はないけれど、心の中は戦争なんだねっていう記事を書きました。ここをクリック(^_-)今日は改めて、私もまだまだPTSDの治療中なんだな~、と自覚するとともに、あなたの、ほんの数歩先を歩いているにすぎないということを伝えたく思いました。ただ、ここまできたから、できることをしたいと思っています。とにかく、私が元気になり、あなたが元気にならなければ、日本の陰湿な心の中の戦争は終わりませんからね。魂のアウシュ
こんにちは。けんけんです。今日は、アンネ・フランクについて話します;)一度は学校の教科書で見たことがあるかと思いますが、この方です。前回の記事でアウシュビッツについての記事を書いたので、まだ見てない方はぜひそちらも読んで頂けると嬉しいです。まだ読んでいない方はこちらから👇👇👇今回は僕が実際に、アンネフランクの隠れ家に行ったので、そこで学んだこと、思ったことをこの場を借りてシェアしようと思います。;)
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツはユダヤ人だけでなくポーランド人も強制収容所に送りました。『ソフィーの選択』の主人公、ソフィー(メリル・ストリープMerylStreep1949-)もその一人です。アウシュビッツに着いた時、彼女は二人の幼い子どもと一緒でした。しかし、戦争が終わり、アメリカに渡った時、子どもたちの姿はありませんでした。彼女は人生で何を選択したのでしょうか?<あらすじ>※ネタバレ注意作家志望のスティンゴ(ピーター・マクニコルPeterMacNicol19
思い前回の自分の投稿をあらためて読むうぅ重い時々重いなぁと思う記事を書いてしまう時々本屋で戦争体験記的なところへ行くと自分が落ち込んでいるのだと気づかされるこの前もまたアウシュビッツの体験記の本を手に取りあぁ自分は恵まれていると毎回同じような行動をするどんだけ読んだだろう特攻隊や731部隊ソ連の粛清やほんといろんなものを読んだなぜこんな暗く嫌悪する部分を深く掘り下げようとする自分がいるのか
ヘザー・モリス(著),金原瑞人(翻訳),笹山裕子(翻訳)本書の舞台は、ナチス・ドイツによる絶滅収容所アウシュヴィッツ。第2次世界大戦中、スロヴァキアから家畜運搬用の貨車で連れてこられたユダヤ人ラリは、生き抜くために、被収容者の腕に鑑識番号を入れるタトゥー係となります。ラリの前には毎日、名前を剝奪(はくだつ)された人々の長い列が続きます。その中のひとりギタと瞳を合わせた瞬間、恋に落ちたラリ。恐怖が充満し、理不尽な死と隣り合わせの世界で、ラリを支えていたのは、ギタとともに「必ず
あなたへのメッセージアウシュビッツ収容所へ向かう電車の中で病状が悪化し意識を失った父。彼女は苦渋の選択をする。父を電車に残し恋人と電車から飛び降りた。二人は無事生き延びる事が出来たが父の事がずっと気がかりだった。何年もの月日がたった。そんなある日、見ず知らずの人に呼び止められた。もしかして、あなたはクララ?その人はあの日同じ電車に乗っていた人だった。クララと恋人が電車から飛び降りた後父は目を覚ましもし娘に会う事があればこう伝えて欲しい"私は世界で一番幸せな父だった
旅行から帰ってきたので、ようやく更新できます。アウシュビッツの写真を、ガイドさんから伺った情報とlebebeが個人的に調べた内容と共にアップします。気を悪くされるかもしれませんので、ご覧になる方は一部ショッキングな写真があることを承知の上でよろしくお願いいたします。アウシュビッツ入り口こうした看板も、当時の収容者が強制労働の一環で作っていたそうです。働けば救われる、という意の門。
おはようございます。今朝の部屋の温度は27℃。今日も晴れ。アウシュビッツを生き延びた。「あなたの心の中にあるものを奪える者などいない」と。どんな状況になっても希望を失わないこと。あきらめより希望を選択すること。そこに無限の可能性が開くと。今日も前向きに生きていこう!今日もお元気で!特別インタビューアウシュビッツを生き延びた心理学者エディス・エヴァ・イーガー博士2021年8月25日どんな絶望にも、必ず希望はある©JordanEngle第2次世界大戦中、ヒトラー率いるナチ