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いまのわたしは左派である。しかし硬直した視野狭窄に陥りたくない。埴谷雄高は、おなじ1909年生まれの花田清輝のことをダブル・スパイと名づけていた。上手いネーミングだ。「味方のなかに敵を見出し、敵のなかに味方を見出す」という花田清輝特有のロジックを思い返せば、埴谷雄高の言わんとするところがよく了解される。いまの右というか、保守サイドが駄目なのは昭和まではいたはずの、国士にして汎アジア主義者が不在なことだ。否、少なくともひとりはいる。杉良太郎さんである。杉さんは今年の9月30日、ア
漫画家ちばてつやさんが文化勲章受章者に選ばれました。『あしたのジョー』が大好きだったので、本当に嬉しいです。ちばてつやさんの弟さんの七三太郎さんをご存知でしょうか?『Dreams』などが有名だと思います。七三太郎さんの息子さんが千葉絵画教室を開いているのですが、ご縁があってご子息を教えております。真ん中の息子さんを教えた時のことを、この時期になると必ず思い出します。2/1から附属校を何校か受験しましたが、まさかの全敗、、、滑り止め校は受かっていたので、ご家庭内は『
少女フレンド1965年(昭和40年)9月14日号創刊三年目の37号。創刊時に比べて漫画の本数と雑誌全体に占めるページ数が大幅に増えている。創刊3号の総ページ176で漫画は4本、67ページであった。本号は総ページ188で漫画は10本、120ページである。この後も総ページに占める漫画の割合は増え続け、現在の漫画誌の形態になっていく。2019年10月2日に紹介した『少女フレンド』の画像を再編集し、2021年11月10日に移動した再紹介です。表紙モデルは高見エミリー(自由民主党の衆
ユカをよぶ海ちばてつや人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる・・・・・・・・「ユカをよぶ海」は月刊少女雑誌『少女クラブ』に多数の名作を残したちばてつやの連載漫画である。当時、少女漫画の王道であった「悲しいまんが」でありながら、そこに描かれたユカは、どんな苦難にも負けず、幸せを求めて生きる少女であった。昭和30年代、それは、まだ多くの人たちが貧さの中にあった時代である。「ユカをよぶ海」に描かれたのは「人間は幸せに向かって生きていて、それは信ずればやがておとずれる」とい
クリスマスが近づいてきました🎅子どもたちが、一年でいちばん楽しみにしている行事です💛お父さんも子どもたちの前で、クリスマス曲を演奏したり歌ったり大忙しです💛(^^♪また、数多く保有しているいろいろなミュージシャンのクリスマス曲をLPレコードやCDで、連日、聴いています♪🎅ちばてつやさんのバンド練習後の帰り道🎅親子が楽しめる素敵なカフェ前の素敵な飾りが目を引きます💛(^^♪きょう、ご紹介するクリスマス曲は、大人から子どもまで、誰でも知っている『ジングルベル
今日は楽しいクリスマス🎅昨日、世界の子どもたちに最も愛されているクリスマスソング『ジングルベル』(1957)を”保育園のクリスマス会バージョン”の我流アレンジでギター弾き語りし、YouTube<198曲目>にアップしました♪💛今年<91曲目>です♪作詞作曲:ジェームズ・ロード・ビアポントお父さんは、首に前日の保育園のクリスマス会の帰りにもらった可愛い「雪だるま」のマスコットを付けたマフラーを巻いて、気持ちを盛り上げています💛➡昨日のデイサービスでの「クリスマス会
ブログ放置で9月のおすすめ紙芝居、制作紙芝居も書かぬままご無沙汰になってしまいました!元気です!仕事もせずに元気に遊んでいます!!YouTubeは細々と思いついたことをやっているのですが、どうも自分の動画が『最高に面白いはっはっは』となれなくて紙芝居制作も同じように気乗りがせずにブログからもSNSからも少し離れてしまいました。すべての人が面白くないといったとしても自分が面白いと思えたらいいのですが難しいですね。そんな時は新しい刺激