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全譯『大方広佛華嚴經』巻下(江部鴨村訳,昭和10年)733〜735頁そのとき善財はかの清信女の足を頂礼し、恭(うやうや)しく右にめぐり、合掌して申すよう『大聖よ、私はすでに阿耨多羅三藐三菩提心をおこしましたけれど、いまだ菩薩は如何(いか)ようにして菩薩の行を学び、菩薩の道を修むべきかを存じません。大聖はよく誘誨したもうと承(たまわ)っております。どうぞ、私のためにお説きくださいませ。』答えていう『善男子よ、自分は「無尽功徳蔵荘厳法門」を成就している。その法門のちからに由(よ)って、か
先日、熱海へ1泊2日の旅行に行ってきました前日に思い立ったのですが、ホテルを調べていたら『伊藤園ホテルズ』という激安ホテルチェーンがあるらしい熱海駅近くの伊藤園ホテルズ『熱海ニューフジヤホテル』のリニューアル別館の和室を取ることができました。子供はなんと『週末こども割』で1泊550円大人2人、小学生1人、計3人で24,895円という安さ※宿泊は3月上旬土日さらに!・1泊2食バイキング&アルコール飲み放題付・カラオケ、卓球、囲碁など無料すごいサービス多少古かったりして
ご訪問くださいまして、有り難うございます。れっつごうです(^^)世界的なスピリチュアルリーダー、エックハルト・トールさん(監修は飯田史彦さん)のロングセラー、さとりをひらくと人生はシンプルで楽になるの内容で、私が有益だと感じたところを、私の考えも交えながら、紹介・解説しています。今回で最終回です(^^;前回は、「時間」は幻である。時間には、「時計時間」と「心理的時間」がある。という考え方を紹介しました。今回は、
全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村訳,昭和9年)13〜15頁また、無数の大梵(だいぼん)と座をおなじうされました。その名を尸棄(しき)大梵・智光大梵・善光大梵・普音大梵・随世音大梵・寂静方便妙光大梵・浄眼光大梵・柔輭音(にゅうなんおん)大梵ともうします。彼等はすべて皆、大いなる慈みをもって衆生を解脱(げだつ)させ、熱悩をのぞいて、そのこころを清凉にし、柔輭にさすのであります。また、無数の光音天子と座をおなじうされました。その名を楽光天子・浄光天子・大音天子・楽浄音天子・善思音天子・
先週、お友達にお誘い頂いて熱海に行ってきました🌸私は電車旅はあまりしたことがないので、待ち合わせ場所まで緊張〜しかもこの日は、どこも電車が遅れていて💦待ち合わせには早めにと決めた電車🚃家から駅までも早め目に出たら、前の電車に乗れてしまって、予定の電車変更したらややこしいことになって焦る😓何とか集合場所に辿り着いたら、次の電車も大幅に遅れていてセーフ。しかも、1両だけのボックス席に座れた✨✨遠足気分でお菓子もいただいた💓おしゃべりしてたら、あっという間に熱海。そこで、荷物をコイン
5月21日から7日間ハワイに行ってきたんですー!!!!以前のさとりをご存知の方は日焼けどめ日傘もサンバリア100を使い完全防備でした!が!この頃のわたしは、、、こんな格好でウロウロしてます笑しかも、49歳になるのに、、、、回転して、海に飛び込みました笑みんなで遊んだりまあ、、楽しんだおかげでいい感じでシミが大きくなりました🤭なので色んな悪あがきをしていきたいと思います取り急ぎ体内からめちゃくちゃ大事なのでサプリとリポリアとVspicと色々やりまーす
「写経会」時間は、朝の10時~11時半です。※当日の日程・おつとめ礼讃文正信偈和讃私たちのちかい・法話(写経する部分)・写経(正信偈)・お茶とお菓子・恩徳讃今回は、「正信偈(しょうしんげ)」の18回目です。法話は、「仏(ぶつ、ほとけ)」についてです。※「仏(ぶつ、ほとけ)」仏とは、梵語ブッダ(仏陀)の音訳で覚者(かくしゃ)と漢訳されます。目覚めたもの、真理をさとったものという意味で、自らのさとりも、他をさとらしめるはたらきも、完全
全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村訳,昭和9年)18〜21頁また、楽業光明天(ぎょうごうこうみょう)王というが居られて、一切衆生のあらゆる機根を観ずる法雲の法門に自由を得て居られます。浄堅固天(じょうけんごてん)は一切のほとけの微妙なおすがたの方便において観念する法門に自由をえ、楽業天王(ぎょうごくてんおう)は一つの毛孔のうちに議るべからざる諸仏の国土・境界を見る法門に自由をえ、普門慧眼天(ふもんえげんてん)は広い見地から法界を観察する法門に自由をえ、不転愛天は一切衆生の処処(しょしょ
全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村訳,昭和9年)1〜4頁世間淨眼品(一)私どもは次のように承わって居ります。——******あるとき、ほとけが摩竭提國(まかだこく)のさとりの庭にお在(い)でになりました。ほとけが始めて正しいさとりをお開きになったとき、その地面は金剛を敷きつめ、何処からどこまで厳かに浄らかでありました。——もろもろの宝、くさぐさの花のよそおい美しく、上妙の宝輪はまどかに清らけく、無量の勝れたもので、種々に荘厳されたあり様は、あたかも限りなき海
全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村著,昭和9年)序9〜11頁華厳経の内容華厳経が仏陀の大覚を主題とする以上、その教説の内容が仏陀の大覚及び大覚内容の宣表以外に出でないことは言うまでもないことである。しからば華厳経はそれを何(ど)んな風に宣表しているかというに、何よりも大覚の具現者たる仏陀という具体的の人格を中心として、これを果位と因位との二面から仔細に観察し推求し玩味し、而してその観察し推求し玩味したところを概念的論理的に説明することの代りに、象徴的芸術的に表現しているのである
全譯『大方廣佛華嚴經』巻上(江部鴨村訳,昭和9年)序30〜35頁第三幕は忉利天会(とうりてんかい)である。舞台は地上の世界から天上界に移される——菩薩賢聖の大衆に囲繞(いにょう)されて菩提樹下に坐って居られる仏陀は、神通力のゆえにその座を起たないで、そのまま須彌のいただきに昇り、忉利天の主たる帝釈(たいしゃく)の宮殿に向いたまう。帝釈は仏陀の尊容をはるかに拝して、すなわち妙勝殿を荘厳し、衆宝の獅子座を設けて仏陀を勧請する。仏この勧請を容れて妙勝殿上に御著座(ごちゃくざ)になる。ときに
こころの旅は次のステップに移り、「死」になります。白馬にまたがり手に旗を持ち鎧をまとった死神の前には手を合わせる教皇と横たわる皇帝うなだれる女性にひざまずく花飾りをした女の子遠くには門の間から朝日が顔を出しています。黒地に白い花の旗は死と生を表し、赤目の馬は現実に存在しないもので、死神は別の世界からの使者になります。宗教的な指導者である教皇がひれ伏し、現実的な指導者である皇帝が横たわり弱き存在を示す女性と子供が跪いています。
こんにちは。いつも訪問、ありがとうございますエックハルト・トール著の本「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」をアメンバー限定記事でわたしなりに解説しています。(現在アメンバーの募集はしておりません)現在、60回を超えていますが、第1回〜10回までを一般公開に切り替えて、期間限定で公開中です。よかったらこの機会に読んでみてくださいませ『第1回思考は「ほんとうの自分」ではありません。』こんにちは。いつも訪問、ありがとうございます