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丸岡城百口城主が企画段階にちょこっとだけ参画させて頂いた「丸岡城下町マップ」が出来上がり、筆者の手元にも紙版が送られてきました。わーい。機関誌「ZINE」も一緒に届きました。「外から見た丸岡城の魅力」を聞き、それをマップに織り込みたいということで始まった企画なのだそうですが、筆者も途中からミーティングに参加させて頂き、色々意見を述べさせて頂きました。ミーティングの中で感じていたのは、「目的を絞り込まなくて大丈夫だろうか」という危惧。誰のため(地元の方のため?観光客のため?ひいては地
4月後半の近況日記と地元のちょっとした紹介です^^♡祖母の四十九日で弾丸帰省私の地元・岡山県津山市はお城跡がある城下町、地元の著名人としては、医師・蘭学者の箕作阮甫とB'zのボーカル・稲葉さん(中学と高校の先輩)がいます^^/幕末期の津山藩は「西洋学の里」と言われるほど蘭学が盛んで、「酸素・水素」、「花粉」、「大腸・小腸」、「珈琲」、リンパ腺の「腺」、「脾臓」といった単語が津山藩の学者により翻訳・考案されたそうです徳川の時代に、参勤交代の諸大名が華々しく歩いたとされる出雲街道、そして
お花見真っ最中の津山の旧アーケード街を歩くと遅めのひなめぐりが開催中でした。岡山県北美作(作州)地域はお雛様は旧暦の4月3日に行われるためこの日もまだお雛様が飾られていました。開いているお店が少ない中、昔から続くお店が展示に頑張ってられました。
こんばんはブログ訪問ありがとうございますタクコウタパパです風呂上がりの一杯…いや、、風呂上がりの一本⏬じゃーん‼️久しぶりのあいすまんじゅう⏬ビッシリと詰まった粒あん小豆🫘マジ美味〜今日は朝から我が本アジトを通過して、お隣り“城下町”まで客先に向かう道中、我が地元の桜の名所、観◯寺川沿いの桜並木を1枚📷✨散り始めており、朝のうち小雨模様も重なって…葉桜状態間近に💦(´-`).。oOG.Wまで間に合わなかったな💧これまた、葉桜も味があっていいッすよね🌸
こんにちは。先日、お世話になっている方の部屋の整理や清掃に行きましたが、返りにこのようなものをいただきました。北陸地方というか金沢の和菓子ですね、勤務先でいただいたのだそうです、ありがたくいただいて食しましたがやはり美味ですね。金沢と言えばもとは加賀百万石前田家の城下町、城下町や京都や鎌倉の古都には美味な和菓子(屋さん)がつきものですね。日本全国、各地にある城を巡っていたこともありましたが、拙がしたことが、その城下町で和菓子をあまり熱心にはさがして鋳なかったかもです。思い出してみまし
【飫肥城】伊東家5万1千石の城下町飫肥は、天正16年(1588)から明治初期までの280年間飫肥藩・伊東氏5万1千石の城下町として栄えたところです。武家屋敷を象徴する門構え、風情ある石垣が残る町並みは、昭和52年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。昭和53年に復元された大手門を中心に、松尾の丸や藩校振徳堂、伊東家の歴史を綴る貴重な資料が展示されている飫肥城歴史資料館があります。また、商人町通りには樽を店頭に置いた商家や、格子に壁燈籠、番傘を飾った商家が軒を連ね、町を流れる堀割の
2月9日の滋賀県にて。この日は仕事で彦根駅へ。彦根駅から住宅街を歩いて城下町へ。商店街はほとんど閉まっていました。商店街から城下町へ。城下町は少し観光客いました。琵琶湖に向かって歩きました。
桜三昧🌸🌸🌸のドライブ碓氷川散歩すっかり気に入った磯部温泉へ1泊した帰り道甘楽町(かんら)を通り城下町だった町並みを1時間ぐらい散策甘楽町宝積寺を探していて勘違いで宝泉寺へ行きましたが桜🌸が満開でした\(^-^)/そして枝垂れ桜宝積寺へ宝積寺虎山千本桜🌸虎山千本桜🌸虎山千本桜があるってしらなくてマップをみて立ち寄り満開には少し早かったかな羊山公園こちらも羊山公園の桜と芝桜は少し早かったけどのんびりできました清雲寺ライトアップ後は14日に友人と散歩が
台宿町の長良神社にある石については、「城の石石垣(7)台宿町」(2022年8月2日掲載)で拝殿前の石を紹介しました。その後にも長良神社を訪れる機会があり、神社の奥の方まで良く見たら、神社本殿の土台の石がとても立派なのに気が付きました。この石が館林城の石垣に使われていたものかは分かりません。台宿の長良神社は、元禄九年(一六九六)に代官町の長良神社を改築した時に、それまでの社殿を移築したものとされています。元々が立派な石を土台にしており、一緒に移されたのかも知れません。また、神社の近くには佐野口
町名唐津キャッチフレーズ唐津焼、唐津くんち(国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産)所在地佐賀県唐津市最寄駅JR筑肥線唐津駅訪問2022年12月江戸時代末期の大名は小笠原氏、六万石、譜代幕末史のなかで敵役といえば幕府老中小笠原長行(ながみち)が一番でしょう。幕末時には唐津藩主ではなく世子の立場ながら老中を務めましたが、第二次長州征伐で敗軍の将となり、しかも敵前逃亡をしたので『竜馬がゆく』でもひどい書かれようです。しかし功績もあります。文久三年五月に東禅寺事件・生麦
岐阜&滋賀遠征先輩ガイドさまの山行に同行研修をさせていただいてます前日入りして彦根で前泊しましためっちゃ素敵空間なゲストハウスを見つけてお泊まりしてみました駅前からの城下町が広くて子供の頃に一度来た以来だったから新鮮だったオーナー様と同じ同郷ということもあり話が盛り上がってしまいました暗くなってからのチェックインだったから翌朝お庭や門構え建物の外観を見ることができて外国の方が喜びそうな空間で素敵でしたお世話になりました滋賀彦根の旅ではぜひこちらへ@
姫路城の旅の追記です。これで終わりです。姫路駅から姫路城までは、歩きました。今回堀の散策は諦めたのですが、姫路城の外堀(総構)の南側は、姫路駅のすぐ北にあったそうです。そこで、姫路城の広さを体感したく、歩いてみることにしたのです。姫路城の天守は大きいので、駅からでもその姿をはっきりと視認できますが、外堀から内堀(今の姫路城)までは軽く1キロメートル位はあります。そして、歩いていくと、外郭には町人の町だったことを教えてくれる、『紺屋町』やらの町名が残っています。と、城下町に集中したいと
長府毛利邸の庭(20243.19撮影)新山口の宿泊先の駐車場の方にお勧めの観光先を教えていただいて長府に来た。落ち着いた素敵な城下町だった。長府観光協会に駐車して、壇具川沿いを歩く。龍馬と関わりのある長府藩士の生家跡などの案内版も設置されていた。長府藩侍屋敷長屋中には雛飾りが飾られていた。忌宮神社乃木神社…乃木将軍は山口の出身で、乃木神社がある!京都の伏見区にも乃木神社はある。乃木将軍の旧邸が再現されている。
ここのところ歩数がかなり少ないことを痛感していたので、ウォーキングに出かけた。どこに行くか迷ったが、手軽な所で古河を再訪することにした。先ず向かったのが、鷹見泉石記念館前の通り。右の建物は、奥原晴湖画室。古河城本丸跡は、今は河川になってしまったらしい。この辺りは出城があった一郭とか。今回は城ゆかりの建物をピックアップしてみた。次は、正定寺の黒門。この寺は藩主土井家の菩提寺だそうだ。黒門は下屋敷から移築したもの。下馬して通るのが常識だが、火急の時乗馬のまま脇門を通り抜けた家臣に対
先日檀家になっている故郷の寺へ行ってきました故郷は小さな城下町で古い建物も残っています小学生の頃走り回っていた道を歩いてみました子供の頃には気付けなかった「美」がそこにありました武家屋敷の塀に映える花・・・懐かしい思い出も・・・新緑の季節に独歩も歩いた「文学の道」を歩く・・・先日お土産に宮崎県佐土原町の銘菓!「鯨ようかん」を頂きました!私の大好きな和菓子!この方は以前私と電話で話し
兵庫県姫路市にあるヤマサ蒲鉾さんhttps://www.e-yamasa.com/special/shibazakura.html芝桜の小道|ヤマサ蒲鉾株式会社ヤマサ蒲鉾株式会社公式ホームページ大正5年創業関西播磨の老舗かまぼこ会社。蒲鉾揚げ蒲鉾(天ぷら)竹輪などねりものの製造・販売をしています。www.e-yamasa.com芝桜のライトアップをしてたので見に行きました昼間に見る芝桜はホントにキレイだけど夜に見る芝桜もキレイですねロウソクの灯りが優しい感じがします街灯
苗木城跡の天守展望台に到着。風吹門跡から標高差50mほどですが、坂道というほどでもなく楽に歩けました。展望台からの眺望は素晴らしく気分爽快でした。城跡を後にして近くの旧城下町を歩いてみましたが、こちらは往時を偲ぶものはほとんどなく少し残念でした。天守建物の説明天守展望台へ上る階段。横には巨岩。南東方向に恵那山。眼下に木曽川。上が上流方面。恵那山はどっしりと。手前に中津川市街と山桜咲く山。木曽川上流方面。川沿いの山の山桜がきれいだった。西側に
たつの市の城下町にある古民家を改装した素敵なお店和創酒楽屋燈AKARI和創酒楽屋燈AKARI·たつの市,兵庫県Googleマップで地図を検索。乗換案内、路線図、ドライブルート、ストリートビューも。見やすい地図でお店やサービス、地域の情報を検索できます。世界地図も日本語で、旅のプランにも便利。maps.app.goo.gl雰囲気も素敵で大将も楽しい方😃まずは付き出しからお刺身3種盛りさつま揚げ店外廊下ローストビーフ最後の〆カウンター客席生まれ育った龍野
名古屋旅行二日目は犬山城に行きました。犬山城まではホテルから電車で一本で楽ちんでした。お天気はあいにくの雨でした。犬山駅から城へはタクシーで行きました。運転手さんが親切でした。タクシー料金は730円でした~お城へは神社をお参りしながら登って行きます。登って行く道もずっといい感じです。お城も素晴らしかったです。城下町休憩しながら徒歩で犬山駅まで行きました。城下町がこれまた素敵で、おやつを食べたり、休憩したり、すっかり楽しんじゃいました。
リトグリですそれでは、ショッピング🛍️の後。城カフェ🏯に移動しますねWow〜素敵すぎるハスキーくん「きっと、凄く好きだよね」グリンピース「わたし好みの、建物だよぉ」販売店舗をはじめ、敷地内にある建物は、福知山市の城下町の中でも、ひときわ目立ちます「旧松村家住宅」は京都市指定文化財になっており、大正時代、由良川の築堤に携わった松村組が、この堤防が安全だということを、自ら堤防の側にお屋敷を建てることにより、福知山市の人々に安全性をアピールしたのだそう。敷地内の建物【建築年代】⚫︎主
さわやかウォーキングIn岩村👏朝ドラ『半分、青い』の舞台、最近では映画『銀河鉄道の父』のロケ地にもなった岩村です。初の明知鉄道乗車でした。つくしだらけ今回は岩村城址にも登りました。町の中に戻ってきて城下町をぶらぶら。岩村城址に寄ったこともあり、約3時間コースでした。疲れた~。
ブログ更新5972回目高山祭、日本三大美祭のひとつ春の高山祭(山王祭)「高山祭の屋台行事」ユネスコ無形文化遺産登録所長散策ぶらり~お散歩旅です。春の高山祭(山王祭)は旧高山城下町南半分の氏神様である日枝神社の例祭で毎年4月14日・15日に開催されます。祭の起源は飛騨の領国大名金森氏の時代(1585年から1692年)、屋台の起こりは1718年頃といわれ、巧みな人形の動きを披露するからくり奉納や、仕掛けが施された戻し車など、匠の技が生きています。飛騨の匠の技を伝える豪華絢爛な国の重要
【車中泊旅】第27回目(2024年4月18日~19日)コロナ禍で回数が激減した車中泊旅を復活させようと、今回は、三重県津市の歴史を紐解くために、まだ明けやらぬ未明に車を走らせた。主な内容は下記のとおりである。【1】城下町「津」阿漕の由来【2】寺内町「一身田」歴史街【3】319m「長谷山」ハイキング今回も上記の3分割で投稿する!毎回写真の枚数が多いので、今回は意識して少なくした上記の案内地図のコピ-を持って、出発地点は違うが、ほぼ忠実にこの散策コ-スを巡ったのだ
愛知県の犬山城下町と言う所に行って来ました昭和レトロな感じ奥に見えるのが犬山城これが犬山城インスタフォローよろしくお願い致しますhttps://www.instagram.com/yuya_honda39_official/ゆうや
GrüßGott月曜日から旦那さまお出かけで入院以外でこんなに顔見ないのはじめてかもしかも入院中でも毎日電話して声聞いてたけど今回、携帯持って行ってないから声も聞いてない・・・なんとなぁく落ち着かなくってなので、お休み利用して久々に実家へお泊り演奏会が終わってから色々あって、最近、両親ともゆっくり話せていなかったので今しかないと・・・演奏会のチラシやチケットも渡したかった…という目的もありましたがで、両親も色々あってしばらく遠出していなかったので一緒にド
甲府を出て北上し、松本へやってきました。なわて通り商店街なわて通り商店街は昔風の城下町のような商店街になっていて、歩くだけでも楽しいです。松本はまだ寒いのか、訪れた時は桜が満開ではありませんでした。このように桜が満開の時ではきれいな桜並木と川のそばを歩くことができて良い気分転換になります!商店街ではたい焼きを買ってきましたあんこがぎっしりと詰まっていて、とても食べやすかったです。昼ご飯昼ご飯は信州そばを食べました!
おはようございます。売買部の生田です。今回は函館の🌸お花見🌸情報をお伝えいたします。『松前さくらまつり』日本最北の城下町で楽しむ桜予定2024年4月20日(土)~5月6日(月・休)国内有数の桜の名所・みなみ北海道の松前町でお花見。桜は約250種1万本あり、早咲き、中咲き、遅咲きと1カ月にわたって楽しめる。土日祝日を中心にイベントを開催予定。函館から車で2時間ほど、日本最北の城下町である松前町の松前公園には、約23万5000平方メートルの広大な敷地に、およそ250種100
4月6日、城崎温泉川口屋本館で朝食を取りました。カレイが朝食に✌️この辺りカレイがよく取れるようで、とても美味しいです😋城崎温泉の満開の桜を見て、城崎温泉駅に向かいました。そこから豊岡駅経由でバスで出石に初訪問😃風情ある城下町です✌️3軒のお店を回れる、出石皿そば巡り巾着セットを購入しました😃最初に入ったのが「如月」✌️うずら卵を使っているのが特徴です。次に、待ちができていた「官兵衛」へ。赤玉たまごが売りのようです😺本来一人前5皿が標準のところ、皿そば巡り巾着セットでは3皿で出
前回の続きです。今回は八幡山城の堀として開削された八幡堀です。江戸時代は琵琶湖と繋がる堀でした。江戸時代の絵図です。(上が北)豊臣政権下の天正13年(1585年)、四国征伐で軍功を挙げた豊臣秀次は43万石を与えられ、近江国八幡山に城を築き、城下町を開町します。その際、琵琶湖畔を埋め立て、八幡山周囲に八幡堀を開削します。本能寺の変直後に焼失した、5Km東の安土城の城下から商人や職人を呼び寄せ、碁盤上に区切った城下町に居住区を設けました。堀まで造り安土城の
サクラ並木から川沿いの道を進むと川が蛇行していて、山と錦川の間の歩道のない狭い道になり、前夜は対岸を通って正解でした。岩国城への山道の先に近之森稲荷神社があり、城下町から錦川沿いに下る難道にあったようで、古い祠は崖の上で立入禁止になっていました。https://maps.app.goo.gl/abdboyrxSaQpQYeQ9近之森稲荷神社·〒741-0081山口県岩国市横山1丁目3★★★★☆·神社maps.app.goo.glhttps://maps.gsi.go.jp/i