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もう1か月以上前の話。今年のGWが終わって約1週間、朝起きて鏡を見たある日、眼が充血していることに気が付いた。しかも両眼。やたらとベタベタ黄色の目やにがたくさん出てきている。これって結膜炎??痛みは全然ないけど、今、移植後だし、感染症への抵抗力が弱っているはずだから、何かの菌に感染しちゃったのかも。3日ぐらい様子を見ていたが治る気配もないので、しかたなく近所の眼科へ。いつも通っている緑内障専門医がいる眼科は都内だし、
【臍帯血移植】移植後21日目生着しました!移植後21日目2025/12/20(土)この日、ようやく生着が確定しました3日間の数値確認で白血球がグングン増えまして通常の数値にまでなりました!先生より良かったですねと言っていただきひと安心なので遡り、12/12が生着日となり、移植成功ですまだGVHDの副作用や合併症の心配はあるけれど本当に医療関係者、家族、友人、知人、皆さんに感謝した日となりました《GVHDの副作用》嘔吐が続く医療麻薬は終了口内炎
63歳の誕生日を迎えました。多くの方々の励ましと支えのおかげで、大学講義・診療・医療監修・雑誌・執筆・ラジオの収録などの仕事にも徐々に復帰することができています。経過は良好で、GVHDなどの大きな合併症もなく、移植後7か月(Day212)を迎えた現在、再発の兆候は認められず、遺伝子レベルの検査でも異常は検出されていません。現代医学の進歩に感謝するとともに、応援してくださった多くの方々に心から感謝しています。日々の暮らしの中に喜びを感じながら、第二の人生を楽しんでいます。これからも焦らず、
【臍帯血移植】移植後13〜16日目GVHD・副作用移植後13日目体中に赤い斑点カラダ全身に赤い斑点がたくさん出てきた最初は足が痒かったけれどカラダ全身、顔も痒くなった朝から38〜39℃の熱が続く血小板が不足していたので輸血移植後の副作用GVHDが出始めた特に足が酷く臍帯血で入れた細胞がワタシを敵認定して攻撃し始めたため斑点や痒みが出始めた痛みも辛いけど痒みはどうしようもなくキツかったこの後、痒みとは何日も戦う事になる…この頃は口から食事が出来ない分
学校への登校は私と一緒に車で行っている娘…全部の用意が終わって、玄関を出る時に決まったルーティーンがある。それは…鏡で自分の顔を確認すること。私たちは…『かわいいチェック』と呼んでいる。コレは復学してから始まったこと。『ダウン症の娘との10年間…14『復学』』いよいよ復学331日間の壮絶な入院生活を経て、無事に退院できた娘。あとで聞いたところ、副作用がもう少し酷くなっていたら、新しい薬を使うところだったらしい。…ameblo.jp移植後の副反応が顔に現れやすかった時期…
長男の転院日が決まった、と病院から電話があった。スマホが調子悪いのか、会話がブツブツと途切れるらしく。病院の方に【もしもーし!もしもーし!!】とかなりの回数言わせてしまった。ずっとこっちは聞こえていたので、とても申し訳なかった。転院日は決まったものの、転院先がまだバタバタしているようで。時間が決まっていないという報告もあり。介護タクシーを探してくださって、ざっと¥37000円だそう。先生の指示による介護タクシーでの転院。なのに長男は、「俺、歩けるよ?」と言う。ま
こんにちはご訪問ありがとうございます今日の治療は日曜なので、ホスカビルとフィルグラスチムの点滴と血小板の輸血平日の治療とあまり変わりませんでした今日で入院10日目、急性GVHDの期間が100日を迎えました🙇♀️明日からは慢性GVHD(100日)のスタート、何も症状が出ないことを願いたいです📝GVHDとは同種移植後に起こる合併症のこと急性GVHDでは主に皮膚や肝臓、消化管に障害がおこりやすく、発疹、黄疸、腹痛、下痢、吐き気・嘔吐、食欲不振などの症状があらわれることがある
今日の息子のお弁当。ジャガイモと干しエビのチーズ焼き、鶏胸肉のマヨ照り焼きなど。最近蕁麻疹というよりも気になるのはGVHD。ステロイドの強い方を塗って対応してるけど。前より増えてる。何かと闘っているのかね。闘ってるうちは再発しないと勝手に信じてるから、これも悪いことではないと勝手に思うことにする。かゆいけど、蕁麻疹はマシなので、なんとかなるさ。もうじき息子の体育祭。行きたいな。キユーピーハーフ300gAmazon(アマゾン)
6回目のセカンドバースデーを迎えました。あれから6年…こうやって発信できてる有り難さこれからも体と向き合い、進んでいきます(*॑꒳॑*)そして、姉よ…ありがとう。…とは言え、プログラフの内服。やっぱり気持ちの上では、積み上げてきた年月を覆された感が否めない。7回目の今日には、プログラフやステロイドが減ってたりなくなってて欲しい。さて6/6(土)パート帰り、チャリで止まる時に左足をついたら、筋力の低下と疲れから力が入らずで…左側に転倒。肘に擦り傷、痣が3ヶ所。踏んだり蹴っ
前回5月のブログで脚のむくみがひどい、でもまだ原因不明...という話を書いたけど『血流悪化?退院後外来⑬⑭』(2025年夏に骨髄繊維症治療のため造血幹細胞を骨髄バンクを通じて提供していただき、移植を受けて無事生着、9月に退院。その後の様子、退院…ameblo.jp5月中旬に心臓エコー、脚の血栓の有無を調べる超音波検査も受けたが異常なし。でも5月中旬から下旬にかけて、体調はさらに悪化。脚のむくみが
今回は、関東の病院から大阪の病院へ転院したときのことを書こうと思う。以前の記事でも書いたが、↓『歩けなくなった』今回は初めて抗がん剤を投与したときのことを書く。私の状態は入院時で既に相当悪く、すぐに輸血を行ったぐらいなので、抗がん剤の投与はすぐに始まった。たまにドラマで…ameblo.jp私は抗がん剤治療中、ほとんどベッドで寝たきりの生活を送っていた。その結果、筋力が大きく落ちてしまい、少し歩いただけでもすぐ転んでしまう体になっていた。そんなタイミングで転院の日を迎えた。久し
さかまつ毛がとっちらかり、ほぼ毎日、三女ちゃんに抜いてもらってる睦です、こんばんわ🌙父の怪我左肋骨、3本骨折左膝、半月板断裂と靭帯損傷、膝下の骨ヒビ入院はせず、装具で固定。毎日通院が2週間後。ギブスではなく、パンツの上からマジックテープで止めるタイプの装具で良かった。松葉杖も借りれた79歳、回復力が心配。……そして83歳の何かと動けないのに口だけ達者で空気の読めない母◀︎こっちがしんどいw通院、買い物のサポートはします…そう、できる範囲でね(இωஇ`。)プログラフ4日経過アド
皆さんは朝型だろうか。それとも夜型だろうか。私は誰が何と言おうと夜型である。病気になる前、平日ですら深夜1時過ぎまで起きているのが当たり前だった。遅い日は3時頃まで起きていることもあった。その結果、朝は毎日猛烈に気持ちの悪い寝覚め。頭は働かず、体も重い。それでもそのまま出勤していた。今思えばよく続けていたものだ。病院は夜型を許してくれないしかし病院は違う。病院は徹底した朝型社会だ。私が入院した病院は複数あったが、どこもほぼ同じだった。22時消灯。6時起床。そして
く【危篤】状態なのだそう。文字で見るとメンタルに来る。たった2文字なのに恐ろしい破壊力だ。頭と心がばらばらでとっ散らかっている。理解したつもりでいで実はそうではない。6月3日からずっと混乱している。今は鎮静かけてるから寝ているけど、ムクっと起き上がって、【お腹空いた】と言いそうで。今朝、入院時に着ていた服を洗って干す時に、着替えを持っていかなくちゃと思った。…病院のガウン着てるから要らないのに。さっき、東京の病院に電話をして明日の診察予約を取り消してもらっ
今回は、CVカテーテル設置について書こうと思う。抗がん剤治療を受け、白血病は寛解状態になった。寛解とは、白血病細胞が検査で確認できないほど減った状態のことだ。しかし、ここで終わりではない。目に見えないレベルで残っている白血病細胞を完全に叩かなければ、再発する可能性がある。むしろ、ここからが本番だった。そのため私は関東から大阪の病院へ転院することになった。突然の宣告転院して間もなく、医師から説明を受けた。「CVカテーテルを入れますので、同意書にサインをお願いします」CV
今回は、入院中に出会った患者さんたちとの交流について書こうと思う。私は入院中、4人部屋で過ごすことが多かった。同じ病棟には白血病やリンパ腫など、血液のがん患者がほとんどだった。もちろん同室の人たちも同じだ。全員が重い病気を抱えている。患者の入れ替わりはあるものの、部屋には高齢の方が2人ほどいて、残り1人は同世代か少し年下。そんな組み合わせが多かったように思う。私はもともと積極的に人と関わるタイプではない。デイルーム(病棟内の休憩スペース)の患者同士の集まりにも興味はなく、自
こんにちはご訪問ありがとうございます台風が上陸して各地で大雨をもたらしていますが、皆さまのお住いの地域は大丈夫でしょうか私の住んでいる辺りは、これから雨足が強くなってくるようですが、皆さまも気をつけてお過ごしください私の体調の方は、急性GVHDが考えられる100日のうち89日が経過しました数日前から急に食欲が戻り、以前の8割ぐらいまで食べられるようになってきましたお肉が一番最後まで食べられませんでしたが今ではかつ丼も体調が回復したのか、処方箋が減薬になったせいかはわかり
おはようございます☀️今回も盛り沢山っ!長文レッツスターティン❤︎さて、ご報告①先週、ルーくん、飼い主のもとに戻りました。警察署へ連れて行って、引渡しの段階で、涙が止まらず……💧恥ずかしかってんけど、仕方ない。感情は出す方が良い。「大切に面倒みて貰えて、アナタは幸せやったんやねー。」って警察の方に言われたのが、せめてもの救いでした。2〜3日は、無駄鳴きルーくんがいなくて、寂しくて寂しくて…今は葉っぱ族🌿も落ち着きを取り戻し、たまにはシャーコラ小祭りはごくたまに発動。やっと通常モ
最初からきつい内容続きなので、明るい話題も入れようと思う。白血病の治療は長丁場だ。途中何回か退院を挟んだとしても、最低1年間は入院するものだと思う。何度も抗がん剤を投与する必要があるからだ。移植を行うと、移植後安定するまで時間がかかるため、更に長くなる。また、その後も頻繁に問題が起こるので、入院となることが多い。私は今のところ合計2年〜2年半ぐらい入院していると思う。これは、外科手術を伴う入院とは明らかに違う。外科手術を伴う入院も何度もしたが、大体
こんばんわスマホの画面にでてくる広告で、野菜ジュースの広告がありましたにんじんとトマトの混ざったジュースですそういえば…白血病で入院をした時に同室のおばあさまが毎日飲んでいました癌には、にんじんジュースがいいと聞いたことがあって、私も検索しましたでも結局、1回も飲まなかった毎日、コーヒーを飲んでいましたただ自分が好きなだけです移植前も飲んでいました。スターバックスのスティックタイプのあれですとっても便利ですよポットがナースステーションにあるので、コーヒーをそこ
今回は初めて抗がん剤を投与したときのことを書く。私の状態は入院時で既に相当悪く、すぐに輸血を行ったぐらいなので、抗がん剤の投与はすぐに始まった。たまにドラマで抗がん剤治療のシーンが流れて、患者が吐いてるシーンを観たことがあったので、吐いたりするんだろうなぐらいの知識しかなかった。「では抗がん剤の投与を始めます。」名前確認のあと、行なっている点滴に抗がん剤の袋が追加された。あれが抗がん剤か…名前は忘れたが無色透明の液体だった。徐々に上から降りてきて、腕の
慌ただしく入院したが、その数日後、主治医から病気についてちゃんとした説明があった。突然の白血病宣告の後、遠方にいた両親と兄弟がこちらへ来たときのことだ。白血病のパンフレットを渡されて、病気の説明を受ける。そして5年生存率の説明が始まった。白血病にかかった人が5年後に生きている確率の統計だ。「骨髄移植を行わなかった場合は20%程度です」主治医が言った。「移植を行うと50〜60%程度です。ただし、移植を行った日から数日間で生存率がガクッと落ちます」つまり、移植を行わなけ
こんにちはご訪問くださり、ありがとうございます関東地方は、朝から日差しの強いお天気ですが皆さま、いかがお過ごしでしょうか私の体調の方は、ここ数日食欲も出てきて体力も少しついてきた感じがします最近は暑いので、朝早めに犬の散歩に出かけるようにしています散歩と言っても30分位で、歩数にしたら2,000歩位ですが、最初の頃はこの距離も歩くのがやっとで、夫とワンコを残して先に帰宅してましたが、今は歩けるようになったので少し進歩しているかなあと感じています5月28日(木
※時差投稿※4ヶ月ちょっと蓮くんの採血や薬剤投与を助けてくれたCVさんとも今日でお別れが、1つ問題が。。。昨日からの下痢が今朝も。。。一応伝えるが、9時にCVは予定通り抜かれる〜鎮静あけて牛乳飲んで、お菓子食べて腹減りが落ち着いたところで薬を飲む💊が、ごっくんする際にリバースプログラフは次の処方が夜急いで準備してもらって15時に飲み直し💊他の薬はスキップさせてもらったおやつにQooのゼリージュース飲んで、チョコバー食べてご機嫌さん🍫夜ご飯はもちろんおやつのおかげでほとんど食べず
今回は髪の毛が抜けたときのことを書く。抗がん剤を使うと髪の毛が抜ける。もちろんその程度の知識はあったし、テレビでがん治療している方が映ったときに目にしていた。だから、そのうち自分も髪が抜け始めるんだろうなと思っていた。でも抗がん剤をやめればまた生えてくるという知識もあったので、そんなに深刻には受け止めていなかった。その日は突然やってきた。シャワーは週に3回、あらかじめ予約した時間内に済ませないといけない。その日もいつものようにシャンプーとボディソープを持ってシャ
今回は入院後に外を見て感じたことを書こうと思う。入院後、程なく窓際へ場所移動となった。病院は駅の近くで、窓から電車が見える。ぼーっと電車が通り過ぎていくのを眺める。通勤に使っていた電車だ。思えば朝が苦手で、すごくだるい状態で毎朝あの電車に乗っていた。仕事は忙しく、またストレスも溜まるため、嫌だなと思いながら乗っていた。でももう自分はあの電車に乗ることはない。あんなに嫌だった電車だけど、もう乗りたくても乗れないのだ。窓によって隔たれた向こう側の世界とこちら側の
本日、主治医による臨時外来診察日。まずは血液検査。食事を摂らせて、主治医の診察。総コレステロール⬆悪玉コレステロール⬆CRP⬆尿酸⬆あらら。好きなものばかり食べていたからまぁ当然の結果です。主治医の体調いかがですか?との問いに、やっと本音を吐いた長男。【ちょっと咳が…。】主治医の表情が曇る。あーだこーだと言い訳する長男。ダメだこりゃ。早く本当のことを言おう。主治医に話を切り出した。「あの…先生にお話しなければいけないことがありまして…実は処方されたお薬
今回は前回の骨髄穿刺の翌日に行うこととなった腰椎穿刺のことを書こうと思う。腰椎穿刺というのは、腰の背骨の間から専用の針を刺し、脳や脊髄を守っている髄液を採取する検査だ。白血病の私は採取に加えて薬液を注入する。骨髄穿刺が痛かったせいで、私の病院に対する恐怖は極限まで膨らんでいた。やっぱり病院は嫌いだ!翌日、腰椎穿刺をすると言われたとき、骨髄穿刺の恐怖が蘇ってきた。またあんなに痛い思いをするのか!!ベッドに横向きに横たわって、丸くなるように言われた。前日のことを思い出し
今回は骨髄穿刺(通称マルク)という検査について書こう。これは簡単に書くと、ボールペンの芯ほどの針を腰の骨に刺して、中の骨髄液を摂る検査だ!私は白血病宣告されてすぐ入院し、三十分後にこの検査を受けることになる…私は病院が嫌いでほとんど行かなかった。痛いことをされるからだ!痛いことが苦手なのだ!どういう検査か知らなかった私はうつ伏せになるように言われたのでそうした。右の腰の骨の辺りを押されている…消毒された…カバーをかけられた。消毒されたところだけ穴が空いてい
移植後、私は腸管GVHD(移植片対宿主病)による強い消化器症状に苦しんでいました。特に2015年10月頃は、下痢や腹痛が非常に強く、治療も次々と追加されていった時期でした。10月に入ってから、下痢が続いていました。1日で1リットル近く出ることもあり、なかなか改善せず、治療の調整が続いていました。当時はステロイド(プレドニゾロン:PSL)を長く使っていたこともあり、少しずつ減量を始めながら、新たにMMFという免疫抑制剤が追加されました。それでも症状は簡単には落ち着きませんでした。10