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ことしも見送る年になってしまった。さみしいちゃむ。思い出しているときはそばにいてるってほんまかな。おばあちゃんが買ってくれたトランペットとピアノは彼女の生きる糧となりました。んぽちゃむにも会えたね!!晩御飯。なんかまだ掃除とかたづけのろのろしてます。みなさんはよいお年をね!
―今ある幸せに、そっと気づけますように―三年前の年末年始、私は病院でひとり過ごしていた同じ病室、同じ天井、同じ静けさ夜になると、心細さが一気に押し寄せてきて誰かの気配が恋しくてそれでも頼れる人はそばにいなかった世間は年越しの準備で賑わっているはずなのに私の時間だけが止まっているようで「どうしてこんな場所にいるんだろう」そんな思いが、何度も胸をよぎったそれから三年今年の年末は、夫と二人で迎えている特別なことはないけれど同じ部屋で、同じ時間を過ごせることがこんなにもあたた
今年も沢山ブログに来訪ありがとうございました日本に5000人しかいないレベルの病気ですそれでも逃れることは出来ず日々向き合っていますこの静かな闘いを繰り返しを読んでいただけて本当に幸せです今悩み迷っている方へ届きますようにもし、よろしければ拡散していただけましたら嬉しいです来年もこの闘いは続けていきますどうか重ねてよろしくお願い致します🙇♀️
CIDPのしびれや痛みは「ずっと正座しているような感覚」に近いかもしれないでも、それだけじゃないピリピリ、ビリビリ時には焼けるような痛みが続く⸻朝、布団から出るまでに時間がかかる足に力が入らず立ち上がるだけで精一杯歯を磨く手が震え物を落とすそれだけで心が一気に疲れる⸻昼になる頃には体力のメーターはもう半分以下少し動いただけでしびれが強くなる休みながらでないと何も進まない⸻夜、横になると今度は痛みで眠れない「今日はここまで」そう言い聞かせる⸻
30日月曜日、今朝は採血があり血液検査が行われた。病棟のデイルームで他の病室の人と朝陽を拝ながら会話していた。朝食後、しばらくして主治医がやってきて、明日の退院が許可された。総胆管結石性胆管炎で胆管にカテーテルを留置する内視鏡手術を受けてから、黄疸は減っていき血液検査の結果も改善してきた。たまに、腹痛や微熱が出ることがあるがあまり気にならないレベルである。今のところ、入院していてもすることがないので退院できて良かった。今回の総胆管結石性胆管炎は処置が遅れてこじれると命に関わる事になる疾患だ
12月29日7:00に🆙したブログを一部内容を追加、変更して🆕再アップ🆕2025年【ameblo】は15000人超え訪問者様🚶沢山ご覧いただきありがとうございました🙇X【旧Twitter】は30000超えのいいね😳沢山のリポスト📪️(RP)素敵なリプライ❤️🔥心から感謝❤️🔥の気持ちでいっぱいです🧎(お誕生日には毎年100件超えの心温まるお祝いリプライ&DMとても嬉しく思います)皆様が【HIDE2020】を成長させてくれて今この場所に私が【存在】しています😎今年は【九死
気が付けば。あの怒涛の入院闘病から2年。先日、久方ぶりにフォロワーさんが増えました!と通知が着たので、このブログを開いて見直しました。いやはや、、、憎まれっ子世に憚る、な、夫も流石に一昨年の冬は☃❄ヤバいなと感じて過ごしていました。最悪の事も考え、覚悟もしていました。あれから。夫はメキメキと回復を果たし。通院は2ヶ月に1度程度で、薬は相変わらずそこそこの量を頂いてはいますが、、、お陰様で、MDA5値も4000から20位になり、間質性肺炎も2年前から白い影はほぼ変
―私はレアポケモンです―学童で働く中で「できないこと」をどう伝えるかは私にとって大きな課題走れないことすぐに動けないこと長く立っていられないこと理由をうまく説明できないと「サボってる」「やりたくない」と受け取られてしまうのではないかそこで私は、子どもたちにこう話した「先生ね、日本に5000人くらいしかいない病気なんだだからね、レアポケモンみたいな存在なんだよ」すると空気が、ふっと変わった「え!すごい!」「じゃあ大事にしなきゃ!」「走れないのは、そういうタイプなんだね
―私は「珍獣」だったらしい―職場復帰初日杖をついて学童に入った瞬間子どもたちの視線が、一斉に私に集まった「え?なにそれ?」「どうしたの?」「ケガ?」遠慮も配慮もない、まっすぐすぎる好奇心その目は、まるで初めて見る生き物を観察するみたいで私は一瞬、“珍獣扱い”された気分になった正直、少し怖かったどう受け取られるんだろう距離を置かれたらどうしようそんな不安が、胸をよぎったでも次の瞬間「それ、かっこいいね」「ゆっくり歩けばいいよ」そんな言葉が、当たり前のように飛んでき
前回までのあらすじ胆石が胆管に詰まってて、黄疸腹痛吐き気が出て、胆管炎になってました。このままじゃかなりヤバいので、緊急入院で内視鏡手術を行い胆管にチューブを差し込んで、胆汁が流れるようにしました。絶食と抗生剤で症状は改善してきました。胆管が腫れてて一度に全ては治せないし、チューブが機能するのが2~3ヶ月なので、胆管の状態が落ち着いた近い時期に胆石を除去する手術を何回かする事になりそうです。ドラマやマンガでは黄疸が出るのは、肝臓や胆嚢や膵臓の進行ガンと言うイメージが強かったので、かな
―新しい名札を胸に―私の職場復帰は、夏休みから杖をついての出勤校門を前にした、ほんの一瞬胸がぎゅっと縮んで、足が止まりそうになったここは、初めての小学校知らない廊下、知らない教室、知らない空気「ちゃんと歩けるかな」「迷惑をかけないかな」不安が次々に浮かんでは、胸の奥に沈んでいくそれでも私は、杖を握り直し、前を向いた胸元には、新しい名札ピカピカで、まだ何の傷もない名札が「今の私」を静かに肯定してくれている気がした以前のようには動けないすぐに走れないし、立ち続けることも
またことしもツリー出さず。いつものコストコのアドベントは玄関に出しましたよ。もう、ツリーもでかいし、白がすっかり汚れたからもういいかな。引っ越してきたときに、大きい背の高いツリーが置きたくて。もう、むり(笑)アドベントのチョコとステラおばちゃん。ご学友には、お菓子を配るのをやめないおかん。今年も仲良くしてくれてありがとうニコニコ喜ぶ子、が自動的に仲良し。クリスマスは留守の人もいるためちいかわ。買ったが開けなかったお料理は、簡単なものを並べて、好きなものを食らうように設定。
―三年越しの「おかえり」―去年のこの時期、私は学童へ行き三年間、預けっぱなしになっていた私物を引き取りに行ったそれは復帰のためではなく「この仕事はもう終わったんだ」と受け止めるための時間胸が苦しくなるほど落ち込んだもう戻れないそう思いながら手にしたネームタグは色あせ、古ぼけていて三年という時間の重さを静かに物語っていたでも今年、私は再び学童に立っている杖をついての出勤ですぐに動けないことも、できないこともあるそれでも、私はここにいる胸元には、ピカピカの新しいネームタグ
週末の腹痛、嘔吐から外仕事中の白い便、帰宅後の黄疸が出てきた。これはもうただ事ではないので、昨日の朝からクリニック勤めの姉と共にクリニックで見てもらう事になった。黄疸を確認して、直ぐに専門の病院で見てもらえと紹介料を書いてもらい、姉に連れられ市立病院の消火器内科を受診。CT、エコーその他色々な検査を受けてたら、エコー検査で胆石がある言われ石で済めば良いのにと思ってたら、MRIも追加になり、膵臓癌で黄疸が出てたらかなりヤバいんじゃないかと不安になる。検査を終えて診察室で説明を受けた。胆嚢に胆
過ぎてしまったけど先週末次男のママ友が遊びに来てくれて久々に会って昼飲みしましたHey!Say!JUNPのLIVEに来るついでだったけど5年ぶりの再会だったけど全然変わってなかったビールいっぱい並んでるけどペアリングセットで4種類のビールが楽しめるステーキランチも注文話したい事いっぱいで時間が足りなかった「また来年来るよー」と再会を約束今年のクリスマスはケーキを作る余裕も無く2人で休みを取ってご飯を食べに行く事にリーズナブルなフレンチでフレンチおでん
―大学病院の天井を見つめていた夜―三年前のクリスマス私は大学病院で、ひとり天井を見つめていたまだ寝たきりで、身体は思うように動かず痛みとしびれに包まれながらただ時間が過ぎるのを待つしかなかった街では笑い声や音楽が流れているはずなのに病室は驚くほど静かで、心だけが取り残されたようだった年末年始も、病院で「おめでとう」という言葉がどこか遠い世界の出来事のように聞こえていた元旦から始まったグロブリン点滴希望なのに、同時に怖くて不安で、寂しくて、たまらなかった誰にも甘えられず
―ケーキを選べた、それだけで奇跡みたいな日―クリスマスケーキを、お店で選ぶそれは多くの人にとって当たり前の光景かもしれないでもCIDPと向き合ってきた私にとっては、胸が熱くなるほどの出来事以前は、長く立つことも、人混みを歩くことも難しくて「どれにしようかな」とショーケースを眺める余裕なんてなかったそもそもお店にすら行けない寝たきりな自分それが、足の感覚を確かめながらゆっくり、ちゃんと、自分の目でケーキを選べたほんの数分の出来事なのに「私、ここまで戻ってきたんだ」と心が静かに震
今日は疲れが出たので、休んでいた。けど、いつもの疲労と違ってなかなか回復しない。夕方、父のCT撮影と母の見舞いに行っていた姉が帰宅して、私の目を見て黄色く黄疸が出ていると行ってきた。何となく黄色いな、便がいつもよりも白いなと思っていたが、やっぱりおかしいのか。明日、姉の勤め先のクリニックで採血することになった。やっぱり、いつもと違う事が起こっているのかな。母は術後の経過は順調で痛みもなく快適に過ごしているらしい。
病気のことをSNSで発信するのは正直怖かった誤解されるかもしれない弱音だと思われるかもしれないそれでも、書き始めて気づいたことがあります⸻①「独りじゃない」と思えるようになった同じ症状、同じ不安「それ、分かります」という一言に何度も救われた孤独だった闘病が誰かと並んで歩く時間に⸻②自分の気持ちを否定しなくなった書くことで「つらい」はつらいままでいい前向きじゃなくても弱くてもそれが今の自分そう認められるようになったのは大きな変化⸻③誰かの“道しるべ”
こんにちは。昨日は冬至。今年ももう終わるね。早い。昨朝むすめ、ネズミの国から帰ってきました。神宮外苑のクリスマスマーケットも参戦したそうです。今年はカボチャも煮て、ゆず湯も実行いたしましたよ。頑張れば湯船から脱出できるようになったので、きのうは頑張って入りました。お湯の浮力と、腕の押す力でいけます。が、頑張らないといけないので、基本湯船はやめてます。毎日繰り返したらトレーニングになるんかな。さて、12月の頭に久々に出会った!!わたしのナンバーワンぶたまん!!赤い箱もよいです
ご無沙汰しております。暫しアメブロから離れておりました12月に入って色々なことがひと段落ついて少しずつフォローしている方々のブログを読ませていただいています。ブログを読んでいるとみんなそれぞれ一生懸命自分の命を生きているなぁと感じます改めて私もしっかりと自分の身体や心と向き合って日々を大切に生きたいなぁと力をもらっています11月のIVIg(免疫グロブリン療法)の記録を残したいのですが、今日はほぼ近況報告になりそうです。22回目の今回も前回の治療開始から5週後に治療開始でした。握力の
病気で体が動かなくなっただけなのに心まで一緒に壊れてしまった「こんな自分、いなくていい」そう思ってしまう夜も⸻◆私がやっていた“回復メモ”①今日できなかったことは書かない書くのは、・息をした・起き上がれた・今日も生きたそれだけで十分⸻②自分にかけている言葉をメモする「怠けてる」「迷惑」そう書いてそれを他人に言われたらどう感じるかを考えましたほとんどが自分にだけ向けた厳しすぎる言葉でした⸻③体調と心を切り離す体調が悪い=ダメな人間ではない
もう笑えなくなると思ってた痛みやしびれ、脱力思うように動かない体先の見えない不安そんな中で笑えなくなった自分がいた⸻寝たきりだった頃天井を見ながら過ごしていた日々そんな中で笑ったのはスマホの画面から溢れるアニメでした⸻◆小さな幸せは“探さなくていい”幸せを見つけようとするとうまく見つからないでも、・今日は痛みが少し軽い・コーヒーがいつもよりおいしい・窓からの風が気持ちいいそれだけでいい⸻◆笑える日は、回復の証じゃない「笑えた=元気」でもない笑えた
昨日の夕方から機能性ディスペプシアの症状が出て、胃の不快感や腹痛と嘔吐が続いてあまり休めなかった。
何もできない役に立っていない生きている意味が分からない⸻◆私がやっていた“回復メモ”①今日できなかったことは書かない書くのは・息をした・起き上がれた・今日も生きたそれだけで十分⸻②自分にかけている言葉をメモする「怠けてる」「迷惑」そう書いてそれを他人に言われたらどう感じるかを考えましたほとんどが自分にだけ向けた厳しすぎる言葉⸻③体調と心を切り離す体がつらい日は心も揺れやすい⸻④比較しない日を作るSNSを見ない過去の自分とも比べない
病気になって同じ立場の人と繋がりたいと思ったとき同時にこんな不安も⸻◆①まずは“読む専”から始めたいきなり発信しなくていいフォローもしなくていい病名で検索してただ読むだけそれだけでも「自分だけじゃない」と感じられた⸻◆②プロフィールは正直だけど最小限に病名を書くかどうかは自由⸻◆③共感した投稿に、短く反応する「分かります」「私も同じです」それだけで十分な繋がりが生まれます⸻◆④しんどい日は見ない勇気を持つ仲間のつらさが自分のしんどさと
昨日、木曜日は母を市民病医院に父と共に連れて行き、入院の手続きを行い、病室に連れて行った。その後、主治医の説明があり、いくつかの書面にサインをして帰宅した。右か左かハッキリとしていなかったが、結局、右の股関節を人工関節に置換する事になった。活動量的にはそんなにキツくなかったが、マスクをしての行動が負担になったのか帰宅後はかなり疲れた。手術の日は自宅待機で良いか確認したが、やはり病院に待機しておいた方が良いみたいなので、金曜日の今日も朝8時半から病棟で手術を待つことになった。待ち時間の間は、
病気になってから誰にも言えない気持ちを抱えたままひとりでスマホを眺める時間が増えたInstagramで病気を検索しても出てくるのは海外の方の投稿同じように車椅子だったりリハビリの様子がみてとれたそんなとき何気なく開いたX(旧Twitter)で同じ病気の名前を検索すると短い言葉で正直な気持ちを書いている人たちがいた「今日は痺れがきつい」「歩けた距離が昨日より短かった」「しんどいけど、生きてる」その言葉たちは飾られていなくてでも、嘘がなかった⸻Xの良さは、
私を支えてくれたのは同じ病気を生きる仲間の声でした⸻「それ、私もある」「分かるよ、私もそうだった」救われたのは、同じ場所を通ってきた人の言葉でした⸻CIDPは発症の仕方も、症状の出方も、回復のスピードも人によって本当に違いますだからこそ誰かの体験は「答え」ではなく「道しるべ」になる「あ、こういう人もいるんだ」それだけで未来がほんの少し明るく見える日がある⸻寝たきりでベッドから天井しか見えなかった日々「このまま戻れないかもしれない」と思った夜その暗闇の中で
介助が必要になるときつらいのは体だけじゃない「迷惑をかけている」「申し訳ない」そんな気持ちを、本人はいつも抱えています⸻◆①先回りしすぎない良かれと思って全部やると「何もできない自分」だと感じてしまうことがありますできることは任せる難しいところだけ手を貸す⸻◆②触る前に、必ず声をかける立ち上がるとき支えるとき身体に触れる前に一言これだけで恐怖や不安は大きく減り心の準備ができます⸻◆③急がせない・比べない調子は毎日違うから昨日の自分と今日の