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「しびれ、ありますか?」診察室で何度も聞かれたこの質問に正直どう答えればいいのか分からなかったCIDPのしびれは、よくある“正座のあと”のしびれとはまったく違うピリピリ、ジンジン、ビリビリ。まるで電流が流れ続けているようで、静かにしていても勝手に主張してくる一番辛いのは、他人に伝わらないこと見た目では分からない「触ったら分かる?」と聞かれても、触覚そのものが歪んでいるから説明できない私の場合・スマホを持つと感覚がズレる・足の裏を洗われると、カナダワシで洗われてるのではな
生きて帰ろうあの場所で、私ははっきりとそう決めた理由は、とてもシンプルだった家族がいたから二人の子どもたちと、これ以上離れたくなかった「戻りたい場所」が確かにあった精神科の閉鎖病棟そこは安心のための場所のはずだったけれど当時はコロナの院内感染が爆発的に広がっていたまだ第五類に分類される前ニュースでは「基礎疾患がある人は重症化しやすい」そんな言葉が何度も流れていた正直、怖かったでも私は、その恐怖に飲み込まれたくなかったここでは死なない私は、ここで終わらせないそう決
術後順調に食事を摂れていたが、一昨日木曜日は何となくダルくお腹が変な感じがしていたので、食事の準備や掃除布団干しをして休んでいたら、電話がかかってきた。母が今入院している市民病院からで、次のリハ病院への来週の転院が決まったので、連絡して面談をして欲しいと言われた。父がそのリハビリ病院へ電話をしたら、連休があり、連休明けでは遅いかもしれないので、急遽今日金曜日の15時半に面談が入ってしまった。今日は休んでおきたかったが、仕方ない。この病院も車で30分ほどの所で遠くはないので、面談に行くことに
離れていたからこそ初めて自分の気持ちを言葉にすることができた精神病棟に入院していたあの頃私は家族と物理的に離れていたでも、心まで離れていたわけじゃないむしろ逆で離れたからこそどれだけ大切なのかを痛いほど考える時間が増えた面と向かっては言えなかった気持ちを手紙にしたためた「ありがとう」「ごめんね」「愛してる」短い言葉なのに何度も書き直して涙で文字が滲んだ当時、私がいたのは閉鎖病棟ちょうどコロナの院内感染が爆発していた時期だったまだ第五類でもなくニュースでは「命
昨日は4ヶ月ぶりの神経科ドクターのアポがありました。今回初めて、“他のドクターに診てもらうのもいいかも”と思いました。というのも今回は、若い女医さんと研修医の女医さんが同席して、その時に質問されました。「IvIgは効いてると思いますか?今の状態はどうですか?この先、どこまで良くなりたいと思ってますか?」免疫抑制剤をまた飲み始めたいと思ってる、と伝えると「Liverに負担がかかるからあまり勧めたくないですが、他の薬を試す選択もありますから、後でドクターと一緒に話し合いましょう。」と。
お久しぶりです。一応喪中、そして元旦あたりまで風邪ひきでぐずぐず言っていたおじさんがいたため、義実家お茶会もなく、娘は2日からバイトはじまり、きのうから大学も授業はじまりました。今日も授業あるよ、まだ寝てますよ、起きなさい。現在10時。父が喜ぶなあ、喪中なのにね、買ってしまった!交通安全だから許してやお茶が好きな母にはお正月のお茶。ごはんも最小限作りましたし買いました。伊達巻が好きすぎるので。今年は食べ過ぎないように(風邪ひきおじさんがいたから)、個人盛りで好きなものを。これ
―介護の重みと、現実の重み―家族が壊れなかった理由を考えると一番に思い浮かぶのは精神病棟に三ヶ月入院したことだったあの三ヶ月は私にとっての時間であると同時に家族にとっての「介護から解放される時間」でもあったそれは、とても現実的でとても大切な意味を持っていたオムツの心配をしなくていい日々匂いを気にしなくていい生活夜中に起きなくていい時間その「当たり前」が家族の心と体を、確実に回復させていた夫は、飲みに出かけることができた遊びに行く時間も持てた娘も、私の状態を気にし続
27日から三泊四日で実家に帰省天気も良くて久々に見る富士山もキレイ仲良しの後輩に迎えに来てもらい和食ランチコロッケランチはこの中から2個選べます私はスモークサーモンとディルローズマリーとはちみつとクリームチーズをチョイス何ともオシャレで美味しかった2日目は友人とカフェでおしゃべり近所にあったスナックがカフェに変わっていてまだミラーボールが付いてたりベロア調のソファーだったりレトロな雰囲気でも落ち着く空間でケーキも美味しかった😋夜は次男の野球部母の会で
―介護の重みと、現実の重み―介護は、愛情だけでは続けられないそれを、私は身をもって知った病気が長引くにつれ家族の会話は減り笑顔も、余裕も、少しずつ消えていった誰かが悪いわけじゃないただ、毎日が精一杯だった介護する側は、休めない心配と責任を抱えたまま仕事や生活も続けなければならない介護される側はその姿を見るたびに「家族を壊しているのは自分だ」と責めてしまう疲れ切った表情を見るのがつらくて助けてほしいと言えなかったでも、我慢し続けるほど家族は静かにすり減っていった
―支えられることを、ようやく受け取れた瞬間―長い間、私の心を占めていた言葉は「申し訳ない」だった動けないこと迷惑をかけていること助けてもらっていることそのすべてが、「ごめんね」「ごめんなさい」に変わっていった本当は、感謝していたでもそれ以上に、自分が情けなくて、役に立てない存在になった気がしてありがとうと言う余裕がなかった転機は、ある日の何気ない出来事だったできないことがあって、また「ごめんね」と言いかけた私に家族がこう言った「謝らなくていいよ。生きていてくれれ
──痛みと孤独との戦い精神科病棟でも、自宅でも私を一番追い詰めたのは痛みと、どうしようもない孤独だった寝返りを打つことさえ激痛で体勢を変えるには覚悟がいる楽になりたいのに、動けない夜は特に長く時間だけが残酷に過ぎていくなかでも忘れられないのは家族が仕事で出かけた直後のことそのタイミングで、大きい方が出てしまったときそれは本当に“地獄”だった体勢によっては菌が体内に入ってしまう可能性があるだから、どんなにつらくても体勢を崩すことができないひたすら同じ姿勢のまま匂
―恐怖は静かに心を削っていった―精神科病棟に入った最初の夜のことは今でも、はっきり覚えている自分で決めた入院だったそれでも、初めて足を踏み入れた閉鎖病棟には説明しきれない恐怖があった鍵の音、独特の空気「簡単には外に出られない」という現実部屋には仕切りがなかったカーテンも、壁もない空間で6人が同じ時間を過ごしているナースコールはなく助けを呼びたいときどうすればいいのかもわからなかったオムツ交換はパーテンションもないまま日常の作業として淡々と行われる悪気がないことは
ずっと以前から長くATOKを使っていた。買い切りの時代から定期的に買い替えなら使い続けていた。ATOKpassportでサブスクになってもベーシックプランで毎月330円払って使い付けいた。複数の端末で辞書や設定を同期できるのが便利だった。けど、2月からベーシックプランが無くなって、660円のプランに一本化される事になったらしい。便利だけど、660円払う必要があるほど、使い込んではいないので解約することにした。ホームページで解約をするが、クレジットカードが無効で使えないと言われ
30日に血液検査をして、状態が安定しているということで大晦日に予定通り1週間での退院となった。病院での年越しにならずに済んで良かった。31日の朝に退院関係の書類をもらって、迎えに来てくれた姉とともに退院した。年末年始なので、会計処理は出来ず休み明けに連絡が来る事になった。帰り道のスーパーでの買い物に着いていき、その後帰宅できた。次回は1月22日に外来の予約が入っていた。これから、胆石を取り除く手術の日程が決まるはずである。この日は疲れたのでほとんど休んでいた。年末は入院で終わって
―あのときの私に、今ならこう言える―第三次医療を勧められたのは精神病院に入院する前のことだった息子が、真剣な顔で言ってくれた「大学病院、行ったほうがいいと思う」でも当時の私は、もう心が折れていた身体の不調が続き、原因もわからず何度も否定され説明する気力すら残っていなかった「紹介状がないと行けない」「お金がすごくかかる」そう思い込んで、頑なに動けなかった紹介状を待ち続けたその間にも、症状は悪化していった今思えば、あの時間がどれほど苦しかったかそして、どれほど遠回りだった
―「なんでうちのご飯うまいんだかなー」の破壊力―今年のお正月は、家族で迎えている県外でひとり暮らしをしている息子が帰省し家の中は一気に賑やかになった人の気配が増えるだけでこんなにも空気は変わるんだなと思うキッチンに立ち、鍋をかき混ぜながら「これ、好きだったよね」と声をかける以前は、それすら叶わなかった時間今、こうして料理ができていること自体が胸いっぱいになるほど嬉しい食卓を囲みながら、息子がぽつりと言った「なんでうちのご飯、こんなにうまいんだかなー」何気ない一言なのに
―このブログを続ける理由―新年あけましておめでとうございますこうして新しい年のはじまりにこのブログを読んでくださっていることに心から感謝しています私がこのブログをはじめた理由はとてもシンプルで同じ思いを、誰にもしてほしくなかったからそして、病気がどうか一日でも早く見つかってほしいと願うから原因がわからないまま、痛みやしびれに苦しみ「気のせい」「様子を見ましょう」と言われ続けた時間身体も心も追い込まれもう立ち上がれないかもしれないと思った場所から私は這い上がってきまし
ことしも見送る年になってしまった。さみしいちゃむ。思い出しているときはそばにいてるってほんまかな。おばあちゃんが買ってくれたトランペットとピアノは彼女の生きる糧となりました。んぽちゃむにも会えたね!!晩御飯。なんかまだ掃除とかたづけのろのろしてます。みなさんはよいお年をね!
―今ある幸せに、そっと気づけますように―三年前の年末年始、私は病院でひとり過ごしていた同じ病室、同じ天井、同じ静けさ夜になると、心細さが一気に押し寄せてきて誰かの気配が恋しくてそれでも頼れる人はそばにいなかった世間は年越しの準備で賑わっているはずなのに私の時間だけが止まっているようで「どうしてこんな場所にいるんだろう」そんな思いが、何度も胸をよぎったそれから三年今年の年末は、夫と二人で迎えている特別なことはないけれど同じ部屋で、同じ時間を過ごせることがこんなにもあたた
今年も沢山ブログに来訪ありがとうございました日本に5000人しかいないレベルの病気ですそれでも逃れることは出来ず日々向き合っていますこの静かな闘いを繰り返しを読んでいただけて本当に幸せです今悩み迷っている方へ届きますようにもし、よろしければ拡散していただけましたら嬉しいです来年もこの闘いは続けていきますどうか重ねてよろしくお願い致します🙇♀️
CIDPのしびれや痛みは「ずっと正座しているような感覚」に近いかもしれないでも、それだけじゃないピリピリ、ビリビリ時には焼けるような痛みが続く⸻朝、布団から出るまでに時間がかかる足に力が入らず立ち上がるだけで精一杯歯を磨く手が震え物を落とすそれだけで心が一気に疲れる⸻昼になる頃には体力のメーターはもう半分以下少し動いただけでしびれが強くなる休みながらでないと何も進まない⸻夜、横になると今度は痛みで眠れない「今日はここまで」そう言い聞かせる⸻
30日月曜日、今朝は採血があり血液検査が行われた。病棟のデイルームで他の病室の人と朝陽を拝ながら会話していた。朝食後、しばらくして主治医がやってきて、明日の退院が許可された。総胆管結石性胆管炎で胆管にカテーテルを留置する内視鏡手術を受けてから、黄疸は減っていき血液検査の結果も改善してきた。たまに、腹痛や微熱が出ることがあるがあまり気にならないレベルである。今のところ、入院していてもすることがないので退院できて良かった。今回の総胆管結石性胆管炎は処置が遅れてこじれると命に関わる事になる疾患だ
12月29日7:00に🆙したブログを一部内容を追加、変更して🆕再アップ🆕2025年【ameblo】は15000人超え訪問者様🚶沢山ご覧いただきありがとうございました🙇X【旧Twitter】は30000超えのいいね😳沢山のリポスト📪️(RP)素敵なリプライ❤️🔥心から感謝❤️🔥の気持ちでいっぱいです🧎(お誕生日には毎年100件超えの心温まるお祝いリプライ&DMとても嬉しく思います)皆様が【HIDE2020】を成長させてくれて今この場所に私が【存在】しています😎今年は【九死
気が付けば。あの怒涛の入院闘病から2年。先日、久方ぶりにフォロワーさんが増えました!と通知が着たので、このブログを開いて見直しました。いやはや、、、憎まれっ子世に憚る、な、夫も流石に一昨年の冬は☃❄ヤバいなと感じて過ごしていました。最悪の事も考え、覚悟もしていました。あれから。夫はメキメキと回復を果たし。通院は2ヶ月に1度程度で、薬は相変わらずそこそこの量を頂いてはいますが、、、お陰様で、MDA5値も4000から20位になり、間質性肺炎も2年前から白い影はほぼ変
―私はレアポケモンです―学童で働く中で「できないこと」をどう伝えるかは私にとって大きな課題走れないことすぐに動けないこと長く立っていられないこと理由をうまく説明できないと「サボってる」「やりたくない」と受け取られてしまうのではないかそこで私は、子どもたちにこう話した「先生ね、日本に5000人くらいしかいない病気なんだだからね、レアポケモンみたいな存在なんだよ」すると空気が、ふっと変わった「え!すごい!」「じゃあ大事にしなきゃ!」「走れないのは、そういうタイプなんだね
―私は「珍獣」だったらしい―職場復帰初日杖をついて学童に入った瞬間子どもたちの視線が、一斉に私に集まった「え?なにそれ?」「どうしたの?」「ケガ?」遠慮も配慮もない、まっすぐすぎる好奇心その目は、まるで初めて見る生き物を観察するみたいで私は一瞬、“珍獣扱い”された気分になった正直、少し怖かったどう受け取られるんだろう距離を置かれたらどうしようそんな不安が、胸をよぎったでも次の瞬間「それ、かっこいいね」「ゆっくり歩けばいいよ」そんな言葉が、当たり前のように飛んでき
前回までのあらすじ胆石が胆管に詰まってて、黄疸腹痛吐き気が出て、胆管炎になってました。このままじゃかなりヤバいので、緊急入院で内視鏡手術を行い胆管にチューブを差し込んで、胆汁が流れるようにしました。絶食と抗生剤で症状は改善してきました。胆管が腫れてて一度に全ては治せないし、チューブが機能するのが2~3ヶ月なので、胆管の状態が落ち着いた近い時期に胆石を除去する手術を何回かする事になりそうです。ドラマやマンガでは黄疸が出るのは、肝臓や胆嚢や膵臓の進行ガンと言うイメージが強かったので、かな
―新しい名札を胸に―私の職場復帰は、夏休みから杖をついての出勤校門を前にした、ほんの一瞬胸がぎゅっと縮んで、足が止まりそうになったここは、初めての小学校知らない廊下、知らない教室、知らない空気「ちゃんと歩けるかな」「迷惑をかけないかな」不安が次々に浮かんでは、胸の奥に沈んでいくそれでも私は、杖を握り直し、前を向いた胸元には、新しい名札ピカピカで、まだ何の傷もない名札が「今の私」を静かに肯定してくれている気がした以前のようには動けないすぐに走れないし、立ち続けることも
またことしもツリー出さず。いつものコストコのアドベントは玄関に出しましたよ。もう、ツリーもでかいし、白がすっかり汚れたからもういいかな。引っ越してきたときに、大きい背の高いツリーが置きたくて。もう、むり(笑)アドベントのチョコとステラおばちゃん。ご学友には、お菓子を配るのをやめないおかん。今年も仲良くしてくれてありがとうニコニコ喜ぶ子、が自動的に仲良し。クリスマスは留守の人もいるためちいかわ。買ったが開けなかったお料理は、簡単なものを並べて、好きなものを食らうように設定。
―三年越しの「おかえり」―去年のこの時期、私は学童へ行き三年間、預けっぱなしになっていた私物を引き取りに行ったそれは復帰のためではなく「この仕事はもう終わったんだ」と受け止めるための時間胸が苦しくなるほど落ち込んだもう戻れないそう思いながら手にしたネームタグは色あせ、古ぼけていて三年という時間の重さを静かに物語っていたでも今年、私は再び学童に立っている杖をついての出勤ですぐに動けないことも、できないこともあるそれでも、私はここにいる胸元には、ピカピカの新しいネームタグ