ブログ記事6,842件
病気になるまで私は「頑張ればどうにかなる」と思っていた無理しても笑って痛くても動いて「大丈夫です」が口癖だったでも、身体はある日突然動かなくなった歩けない力が入らないなのに言われた言葉は「気のせいじゃない?」「考えすぎだよ」「若いのに?」「大丈夫そうに見えるけど」その言葉はナイフみたいに刺さった本当に苦しい時って「理解されないこと」が一番つらい頑張って説明しても伝わらない勇気を出して話しても軽く流される病気は身体だけじゃなく心まで削っていくんだって知っ
木曜日は母が人工股関節の手術後初のレントゲン撮影と診察があった。12月に手術し、1月から回復期リハビリテーション病院でリハビリ後、初めてのレントゲン撮影になる。母は回復期リハビリテーション病院に入院中に介護認定の区分変更を行い要介護1から要介護4になっている。回復期リハビリテーション病院では施設入所が望ましいと言われていたが、2泊3日のショートステイと2日のデイサービスを利用して週の半分くらいは在宅で過ごしている。介護ベッドで寝て、夜間のトイレはポータブルトイレを使っている。自宅での入浴
「歩きたい」「つらい」それはそれは、たくさん書いたノートに何度も何度も同じ言葉ばかり同じ気持ちばかり書いたからといってすぐに何かが変わるわけじゃなかった願いは、叶わなかった体は思うように動かないまま現実は、何も変わらないまま正直、何度も思った「書いても意味ないんじゃないか」ってそれでもやめられなかったやめたら自分の気持ちを置いていく気がしたから言葉にしないと心の中でぐるぐるし続けてしまうからだから私は、書き続けたうまく書けなくてもいいまとまっていなくても
正直に言うと最後まであきらめきれなかった「元の自分に戻りたい」その気持ちは、ずっと今もあるもっと動けた頃何も考えずに過ごしていた日常あのときに戻れたら何度もそう思ったでも現実は、変わらなかったどれだけ願っても体はもう同じじゃないできることも増えたけどできないことも残ったままその事実を前にして私はずっと立ち止まっていた「どうしても戻りたい自分」と「もう戻れない現実」その間で、何度も揺れた前を向こうとしても心だけが置いていかれるそれでもある日、ふと思った“戻
歩けるようになったとき正直「これで元に戻れる」と思った車椅子の生活から抜け出して自分の足で立って、一歩踏み出せたあの日あの瞬間は、確かに“希望”だったでも現実は、思っていたのと違った歩けるようになったのに前と同じようには動けない少し歩くだけで疲れる長時間は続かない日によって、できることが変わる「昨日はできたのに、今日はできない」その繰り返しに何度も心が折れそうになった周りから見れば、もう回復しているように見えるかもしれない「歩けるようになってよかったね」「もう大
「普通に歩けること」なんて昔の私は、何も考えたことがなかった歩けて当たり前立てて当たり前好きな場所に行けて当たり前でもその“当たり前”が、ある日なくなった足に力が入らない思うように動けない気づけば私は車椅子で生活するようになっていた最初は、現実を受け入れられなかったどうして?なんでこんなことに?頭では理解しようとしても心が追いつかない周りの景色も、変わった同じ場所にいるはずなのに見える高さも、感じ方もまるで違うちょっとした段差が怖い移動ひとつが大仕事「自
「なんで私だけ?」この言葉が、頭から離れなかった日々がある綺麗ごとで言うなら「乗り越えてきたから、少しずつ消えていった」そう言えるのかもしれないでもそんなふうに思えたのは、ずっと後のこと病名がわからない理由も分からないただ、体だけがどんどんおかしくなっていく治療も始まらないまま不安と痛みだけが増えていく時間あの頃の私は、ずっと自分を責めていたなんで私が?私が何かした?誰かを責めた?誰かを苦しめた?これはバツなの?罪なの?それほど、私は恨まれるような人生を生
「どうしたら眠れるんだろう」そればかり考えていた早く眠らなきゃちゃんと寝なきゃそう思えば思うほど、眠れないあの頃の私は“眠ること”に必死になりすぎていたでも、あるとき気づいた眠れない夜に無理して寝なくていいんじゃない?って「眠れなくてもいいや」最初は、正直うまく思えなかったでも、ほんの少しだけ体の力が抜けた気がしたもうひとつ変えたのは“過ごし方”暗い部屋で、ただ目を閉じて痛みと向き合う時間がつらすぎたから暗闇でアニメをみることに🤣「寝るための時間」じゃなくて
痛みで眠れない夜に、私が考えていたこととろけるように寝落ちしてハッと気づいたら朝だったそんな夜の記憶がない過去、私はどうやって眠っていたんだろう思い出せないくらい“眠る”ということが遠くなっていた布団に入っても体の痛みがじわじわと主張してくる楽な姿勢を探してもどこかが必ず痛いやっと少し落ち着いたと思ってもすぐに目が覚める時計を見るたびに、絶望するまだこんな時間また眠れなかった睡眠薬を使っても、2時間で目が覚める眠れないことが、こんなにもつらいなんてあの頃の私は
cidpの維持療法としての10日間の入院今日は心電図とレントゲンと採血のみ体重が去年の4月の最末期と比べて14キロ増えてました。というか人生最大体重となりました。体の調子が悪くなっていくとゴリゴリ体が痩せて体力が奪われるのを痛感した為、この半年間は外食三昧の過食気味(シュークリームやケーキを食べない日はない)にしました。筋力はあんまりないので体脂肪率も23%くらいあります。あとは前回の血漿交換から二ヶ月ほど経っています。前々回は三ヶ月持ちました。前々回の時もそうだったか覚えてないですが仕
はや、今日で4月おわりですね。母が亡くなり2年、そして乳がん手術から2年。こちらで注文したんですが、お花がとても元気で長持ちしました。またお願いしたいと思います。【花農家から直送】お供え花お悔やみ贈り物法事命日仏花お供え物一周忌三回忌七回忌月命日お供え花ペット四十九日法要供花法要仏事お盆お彼岸フラワーアレンジメント生花渋沢栄一花農家直送送料無料楽天市場命日の日には、娘も休みで揃って行きましたよ。早起きしていきました安定のモ
やりたい気持ちはある本当は、動きたい前みたいに動いてやりたいことをやって「普通の一日」を過ごしたいでも体がついてこない頭の中では、できるはずのこと当たり前にやっていたことそれが今はできない「ちょっとだけなら大丈夫かも」そう思って動いてみて結局あとから、強い痛みや疲れが返ってくるその繰り返しでだんだん動くこと自体が怖くなったでも止まりたくない何もしないままでいると置いていかれるような気がしてしまう周りはどんどん進んでいくのに、自分だけが止まっているようで辛いし怖
先週の夜に母が不穏になった。夜間はポータブルトイレで用を足していたのに、この夜は落ち着きがなく、ポータブルトイレとは反対側の畳に降りてしまい、めまいはあると言ってしゃがみこんでその場で尿失禁をしてしまっていた。明け方もベッドの上でここは郵便局の人が来て通る、ここは自分の部分とか混乱して意味が分からないことを言っていた。家族が誰かもよくわかっていないみたいだ。今度はポータブルトイレで用を足してもらった。その後、ぐっすりと眠り始めた。起きなかったりどうしようかと思ったが、8時頃に目覚めて朝食をベッ
「大丈夫?」そう聞かれてすぐに答えられなかった日がある言葉が、出てこなかった本当は大丈夫じゃないむしろ、限界に近かったでも「大丈夫じゃない」と言うことができなかった心配をかけたくなかったこれ以上、迷惑をかけたくなかったそんな気持ちが先に出て結局、いつもの言葉を飲み込んだ「大丈夫」その一言を言えなかった代わりに私はただ、曖昧に笑ってごまかした家に帰って、ひとりになったときやっと、張りつめていたものがほどけた体の痛みも心のしんどさも全部が一気に押し寄せてきて
CIDPの痛みって、どれくらいなんですか?よく聞かれるけれど正直、一言では答えられませんなぜなら「ただの痛み」ではないから私が感じていたのはズキズキする痛みというより・ジンジンと続くしびれ・電気が走るような感覚・触れるだけで違和感がある痛みいわゆる“神経の痛み”しかもこれがずっと続く一瞬で終わる痛みじゃない何時間も、何日も消えずにそこにある例えるなら、「ずっと弱い電流が流れている感じ」完全に耐えられないほどではなくても確実に体力と気力を削っていくそしてつら
正直に言うとできることなら薬に頼りたくない副作用もあるし「飲み続けて大丈夫なのかな」という不安実際に私は強い眠気に何度も悩まされたそれでも私は薬と付き合う選択をした理由はシンプルで、「少しでも日常を取り戻したかった」痛みが強かった頃私は“普通の生活”ができなかった眠れない夜動けない日何もできないまま終わる時間その中で、プレガバリンはほんの少しだけ、その状況を変えてくれた痛みがゼロになるわけじゃないでも、“耐えられる”レベルになる1番は眠れるできることが増
CIDPの症状と向き合う中で私が処方された薬のひとつがプレガバリンでした神経の痛みをやわらげるために使われる薬でしびれや痛みに悩む人にはよく処方されるものです正直に言うと「助けられた部分」と「つらかった部分」、どちらもありましたまず、効果について飲み始めてしばらくするとあのジンジンと続く神経の痛みが、少し和らぎました完全に消えるわけではないけれど「耐えられるレベルになる」という感覚これだけでも、かなり大きかったです夜、痛みで眠れない日が続いていた私にとって少しでも眠れる
こんにちは!見に来てくれてありがとうごさいますこの出会いに感謝です生きてたら色々悩んだり、落ち込んだりすることがある私は病気のこと、生活のことで悩む事ありました。今もやっぱり悩み。でも、今朝起きた時足が痛くて折れてるのはやっぱり治ってなかった!と思ったけど、今まで悩んでいること、不安に思っていたことがもうどうでもよくなったそう思えたのは悩んだ時間があったからかもしれない仕事に家に…生活での困り事がどんどん見えてきて工夫しながら生活しやすくなったり、またやっぱり難し
こんにちはMooです雨ですね☔昨日はまだ調子が良かったです!が!!!!!途端、今日は調子が悪い😭こんなにも日によって時間によって調子が変わるんだろそれが、この病気だよって言われたらそうなんだろうけど、やっぱり生活しにくい今日は歩くのが辛い首もグラングランするここ数ヶ月はスーパーにも行けてない買い物に行ってくれる家族よ!ありがとうーーー!横になって過ごしたいと思います同じだよ!という方がいらっしゃったら、共に横になろう!!!!
前の日曜日は自治会の総会があったので、参加してきた。今年は班長が回ってきていた。今は色々あるので、順番を変わってもらおうかと思ったが、父が受けると言うので受けることになった。父がいつまで動けるのかわからないし、ちゃんと出来るのか心配だなあ。翌日の月曜日は消化器外科の外来受診だった。前回の手術前検査の結果を受けて、胆嚢の摘出手術の説明があった。春の外仕事が終わった後、6月末に受けることになった。よく行われる手術なので、大きな問題が生じなければ、3泊4日の入院で済むはずである。入院の予
2回目のリツキサン点滴も終わりました多少の頭痛のみ入院中のご飯は美味しい😋ある日の行事食ランチは選べて昨日はカツサンドはるばる後輩が面会に来てくれた嵐の北海道ツアーに娘ちゃんと行ってきてそのお土産と富士山好きな私にたそがれる富士山ストラップ背中もカワイイ娘ちゃんと来てくれてタップリ2時間おしゃべり暇な土曜日に元気もらいました今回の入院も時間がタップリあったので何も考えずに編める靴下を4足編んだ🧶こちらは元気な後輩のイメージで編んでプレゼントできまし
正直に言うと「もう無理かもしれない」と思った日が何度もあった体は思うように動かない痛みも、不安も、消えない「なんで私だけ?」も「分かってもらえない苦しさ」も全部抱えたままただ時間だけが過ぎていくいっそ◯んだ方がいいかもとも思った頑張りたいのに、頑張れない前を向きたいのに、向けないそんな自分が、情けなくて、悔しくてでも、完全にあきらめることができなかった理由は、すごく小さなことだった子どもの呼ぶ声何気ない日常の一瞬それだけで死ねないって思えたただ、ほんの少しの
「なんで私だけ?」気づけば、この言葉が頭から離れなくなっていた体に起きていることがわからない病院に行っても、はっきりした答えが出ないそれなのに、症状だけは確実に存在しているしびれ。痛み。動かない体。昨日できたことが、今日はできないそれでも周りは、変わらない日常を過ごしている普通に歩けて、普通に笑って、何もなかったように一日を終えていくその姿を見るたびに、心の中でつぶやいていた「なんで私だけ?」同じように頑張ってきたはずなのに同じように生きてきたはずなのにどうして、私だ
夜になると、痛みは強くなる昼間は、なんとかごまかせる家事をしたり、子どもと話したり、気を紛らわせることができるからでも夜は違う静かで、逃げ場がない布団に入った瞬間体の痛みだけが、はっきりと浮かび上がってくる「痛い」ただそれだけのはずなのにこのまま一生、治らなかったらどうしよう明日もまた、同じ痛みが続くのかなちゃんと生活できるのかな子どもに、迷惑かけてしまうんじゃないか考えなくていいことまで、どんどん広がっていく時計を見るまだこんな時間目を閉じても眠れない寝返りを
大好きな富士山❤️こんにちはMooです難病があって仕事をするのは、思った以上にきついです。私もやっぱり仕事をすることが諦められなくて、配慮してくれる職場に就職しました。職場はめちゃくちゃ考えてくれてます。でも、思った以上に私の病気は難しいです。自分でもよくわからない。疲れやすい。無理はしていないつもりなのに痛くて動けなくなる。通勤だけでこんなに疲れるんだと新たな発見💡だからといってタクシーで職場に行ってたら、何のために働いているのかわからなくなる。主治医にも「あちゃー
お久しぶりです。2026年1月、自分でしこりを発見してから3ヶ月たち、その間検査尽くしだったのがやっと手術を受けることができた。明日はその退院後1週間の受診日、、、まだ、採った腫瘍や転移していたリンパ節の病理検査は出ていないと思うので、縫合している傷の観察がメインだと思う。手術中に採った、センチネルリンパ節生検で1つの転移を見つけられているが、リンパ節の郭清は行わなかった。その意味を明日は聞きたいと思う。CIDPの症状そのものには、脱力を含む顕著な増悪はない。好調に効いていたヒフデュラ
「痛い」よりも、ずっと苦しかったことがあるそれは、“分かってもらえないこと”体の痛みは、まだ説明できる「ここがズキズキする」「しびれる」「力が入らない」言葉にすれば、なんとなく伝わるでもそのつらさの本当の正体は、そこじゃなかった周りから見れば、私は“普通に見える”だから言われる「大丈夫そうだね」「元気そうじゃん」「気にしすぎじゃない?」その一言が、心に刺さる違う本当は、大丈夫なんかじゃない体は限界で、毎日、見えない何かと戦っているんだよ説明しても、伝わらない伝
ここまで読んでくれて、本当にありがとうもしかしたら今、「大丈夫じゃない」って思いながらこの文章を読んでくれているのかもしれない体のこと、心のこと、将来のこと不安は尽きないし、思うようにいかない現実に押しつぶされそうになる日もある私も、今も揺れています「なんでこんなことに」って思ったし、何度も「もう無理かもしれない」って強くなりたかったわけじゃないただ、普通に過ごしたかっただけなのにでもね、今だから思う無理をし続けることは、優しさじゃないこと自分を後回しにすることは、
4/12日曜日娘が結婚式を挙げました💍💒💍前日までの雨が止み2人の門出を祝福するように素晴らしいお天気☀️朝から帰りたいと言っていた娘も←私に似て小心者それでもメイクヘアと仕上がっていくうちにたくさんの笑顔が見えました(*´꒳`*)♡式が始まり私達親も緊張😳💦それでもリラックスした2人は今までに見せた事も無い笑顔で堂々としていました私はメイクを気にして涙は流さなかったのですが(笑)主人は我慢⁝(`ᾥ´)⁝していましたが何度もハンカチを目に
今週は、火曜日に母が回復期リハビリテーション病院から退院する日だった。自宅の介護ベッドやポータブルトイレが用意できていないので、木曜日までショートステイしてもらうことになった。病院から特養への自動車での移動がどうなるのか心配だった。最初は介護タクシーも検討して紹介された問い合わせもしていた。けど、右側だけの人工股関節やその後のリハビリの効果なのか、歩行器や少しの介助があればゆっくり歩行して、自動車への乗降も問題なかった。念のため、特養から送迎を頼んでいたが、これなら自家用車でも大丈