ブログ記事455件
先日読んだ『地図でたどる横濱』は季刊誌横濱の50号、56号を纏めたものだそうで当時発行されたそれを手に取ってみたくまずはすぐに借りることが出来た56号から↓横濱56特集:横浜の地図を楽しむ(2017年春号)Amazon(アマゾン)「地図でたどる横濱」に重なる部分も多かったけど観光、鉄道・名所案内、遊覧施設、イベント、社寺など様々なテーマに沿った鳥瞰図って眺めるだけで楽しいものです。建物がまるで玩具のように並んでいるように見えてレゴブロックやドールハ
出町柳駅叡山電車沿線の鳥瞰図があった。日差しで分かりにくい😅
和本江戸寛政9年(1797)地誌「東海道名所図会」6冊揃い/秋里籬島/北尾政美/竹原春泉斎等/古書古文書/木版摺り/鳥瞰図です。5+71、82、81、70、67、78+2丁。25cm×18cm。木版刷り。元題簽傷み欠損あり。奥付あり。【書名】東海道名所図会【巻冊】6冊揃い【著者】秋里籬島編北尾政美/竹原春泉斎等画【成立】寛政9年(1797)
地図を眺めることは昔から好きで地元からほとんど出かけることもなかったので地図帳が手元に届いたら中学の時には1日中眺めつつ旅行気分に浸りながらその地の風景などを想像するのが楽しかった思い出があります。そんなことを思い出しながら今や昔にタイムスリップも叶いそうなこんな本を手に取ってみました↓地図でたどる横濱Amazon(アマゾン)横浜浮世絵の鳥瞰図絵師として有名な五雲亭貞秀は「空飛ぶ絵師」という異名を持つそうでまさに当時の人たちは開港当時のこの図を
明治23年(1890)古地図鳥瞰図「観富山龍華寺境内之図」1点/駿河国有渡郡不ニ三村松村(静岡市清水区)/銅版摺り/富士山です。30cm×51cm。銅版刷り。奥付あり。【書名】観富山龍華寺境内之図【巻冊】1点【著者】駿河国有渡郡不ニ三村松村(静岡市清水区)【成立】明治23年(1890)
明治39年(1906)古地図鳥瞰図「飯豊山神社之景」福島県耶麻郡/銅版刷りです。39cm×55cm。銅版刷り。袋付き。【書名】飯豊山神社之景【巻冊】1点(袋付き)【成立】明治39年(1906)
続日本100名城139番佐柿国吉城(若狭国)令和七年十月九日登城国吉城(くによしじょう)は、若狭国三方郡佐柿村(現・福井県三方郡美浜町佐柿)にあった日本の城(山城)。若狭国守護大名の武田氏重臣であった粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国の朝倉氏の度重なる来襲に対して籠城戦などで守り抜いた[2][3]。のちに、織田信長が越前攻めで国吉城に駐軍した際、長年にわたる勝久の戦いぶりを賞賛したと伝わる[2][4]。概要越前国と若狭国の国境である関峠を過ぎ、若狭国に入り、旧丹後街道を進んでいく
日本100名城51番安土城(近江国)令和七年十月八日登城安土城(あづちじょう)は、琵琶湖東岸の、近江国蒲生郡安土山(現在の滋賀県近江八幡市安土町下豊浦)[2]にあった日本の城(山城)。城址は国の特別史跡で、琵琶湖国定公園第1種特別地域になっている。概要安土城図安土城がある安土山の空中写真(1982年)国土交通省国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成ステレオ写真はこちら織田信長ウィキソースに信長公記の原文「安土御普請之
日本100名城52番観音寺城(近江国)令和七年十月七日登城観音寺城(かんのんじじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町にあった日本の城(山城)。支城に和田山城、佐生城、箕作城、長光寺城などがある。城跡は国の史跡に指定されている。概要佐々木氏の家紋(目結紋「平四つ目」)近江源氏の佐々木氏、後に近江守護六角氏の居城で、小脇館、金剛寺城より移り、六角氏の終の本拠となる。標高432.9m、南北に伸びる繖(きぬがさ)山の山上に築かれる。南腹の斜面に曲輪を展開、家臣や国人領主の屋敷を配し
日本100名城50番彦根城(近江国)国宝令和七年十月七日登城彦根城(ひこねじょう)は、近江国犬上郡彦根(現在の滋賀県彦根市金亀町)[2]にある城。江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つでもある[3][4](他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)[5]。彦根八景・琵琶湖八景に選定されている。概要江戸時代初期、現在の彦根市金亀町にある彦根山に鎮西を担う井伊氏の拠
吉田初三郎(鳥瞰図絵師)さんの鳥瞰図。吉田初三郎式鳥瞰図データベースiiif.nichibun.ac.jp↑↑↑↑↑全然別のことを調べていたら、こちらが。そのまま見入ってしまいました。すごい!!!■吉田初三郎さん(明治17年-昭和30年)のwikihttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%88%9D%E4%B8%89%E9%83%8Eこの技量!大事な所を余さず描くためのセンス?のような。とにかく、すごい人がい
明治期古地図鳥瞰図「金沢称名寺略縁起」1点/銅版摺り/横浜/金沢八景です。27cm×39cm。銅版刷り。【書名】金沢称名寺略縁起【巻冊】1点【成立】明治期
明治39年(1906)千葉古地図「房州案内図附観世音巡礼案内」1点/石井錬治/石版摺りです。27cm×39cm。石版刷り。奥付あり。【書名】房州案内図附観世音巡礼案内【巻冊】1点【著者】石井錬治【成立】明治39年(1906)
明治期古地図鳥瞰図「武陽金沢八景略図」1点/金沢飛石金龍院蔵/古書古文書/木版摺りです。31.5cm×44.5cm。木版刷り。【書名】武陽金沢八景略図【巻冊】1点【著者】金沢飛石金龍院蔵【成立】明治期
みなさんこんにちは、きむちぴった日詩初めますよろしくお願いします。なぞなぞポエム✴️酉年酉年の人は物事を多角的に見るのが上手なぜでしょう?それはよく鳥瞰図を頭で描いているから想像力が大事それがないと未来の風は俯瞰図。辰年辰年の人は記憶力がいいらしいそれはなぜか海馬が優れているから弁も断つ会話が上手。初めての試み絵本になればいいと想いおはなしを作ってみましたよろしくお願いします大きな木✴️大きな木を見ているおじいさんがいるどうしたの
鳥瞰図「日本ラインと迎帆楼」昭和9年に犬山町保勝会が発行した鳥瞰図絵師は稲垣満一郎迎帆楼は犬山の名旅館ここ数年きびぱぱの中では桃太郎つながりで犬山と桃太郎との周辺に関心が高くなっている稲垣満一郎は犬山で桃太郎研究もしていたことから特に注目している鳥瞰図絵師吉田初三郎は聞いたことがある人はいるかもしれない満一郎はその弟子であった人
京都府立京都学・歴彩館へ。展示室にて「京の鳥瞰図絵師吉田初三郎―没後70年によせて―」を鑑賞。大パノラマの旅のガイドブック。楽しい雰囲気が伝わってまいります。依頼主によって中心になる建物が異なったり。同じ京都を題材としていてもこんなに違うのか。2階の資料紹介コーナー「鳥瞰図で旅をする」では関連書籍が一堂に集められ、閲覧することができます。図録も豊富。思わず椅子に座って多くの資料のページをめくって「おーー!」と喜んでおりました。吉田初三郎鳥
日本100名城73番広島城(安芸国)日本三大平城令和七年九月十八日登城広島城(ひろしまじょう旧字体:廣島城)は、安芸国佐東郡広島(広島県広島市中区基町)にあった安土桃山時代から江戸時代の日本の城。国の史跡に指定されている。毛利輝元が太田川河口のデルタ地帯に築いた平城で、1945年(昭和20年)まで天守を始めとする城郭建築が現存していたが[2]、太平洋戦争末期にアメリカ軍の原子爆弾投下によって倒壊し、現在見られる城内の天守以下城郭建築はすべて1958年以降に再建されたもの
日本100名城81番松山城(伊予国)現存12天守令和七年九月十七日登城松山城(まつやまじょう)は、愛媛県(旧伊予国)松山市に築かれた日本の城。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。「松山城」と呼ばれる城は、同じ現存12天守の一つである備中松山城(岡山県高梁市)など各地に存在する。本城も「伊予松山城」と呼び分けられることもあるが、松山市にあることもあり、単に「松山城」とした場合は一般的に本城を指す。江戸時代に同地などを治めた伊予松山藩の藩主居城および政庁と
大正元年(1912)古地図鳥瞰図「大柏山信綱寺之景」1点/長野県上田市真田町/古書/石版摺りです。38.5cm×51cm。石版刷り。大柏山信綱寺は、真田氏ゆかりの寺院で、長野県上田市真田町にある。【書名】大柏山信綱寺之景【巻冊】1点【成立】大正元年(1912)
明治8年改(1875)古地図鳥瞰図「上州草津温泉之図」1点/古書古文書/木版摺りです。31.5cm×51cm。木版刷り。【書名】上州草津温泉之図【巻冊】1点【成立】明治8年改(1875)
【福祉大会by社協】御盛会、おめでとうございます✨地域を支えてくださっております多くの方々へ感謝状が贈られました。後段は、ブラサトルさんの講演。千歳の事もよく調べていただき、新たな発見も出来ました。ただ一方的に話すのではなく、短い言葉で少しづつ話をしていく講演スタイルも、聴きやすく解りやすい手法でした😊ちなみに、話の中に出てきた鳥瞰図は、議長室に飾られております。😊
今月から、当研究所最寄りの種差海岸駅舎がリニューアルしました。新しい駅舎は、種差海岸を「日本一の海光美」と讃えた鳥瞰図絵師吉田初三郎が種差海岸に開設したアトリエ兼別荘「潮観荘」をイメージした作りとのこと。八戸市鳥瞰図の一部天井一面には、吉田初三郎が1953年に描いた「八戸市鳥瞰図」が装飾されています。当研究所をご利用の際は、天然の芝生が一望できる種差海岸駅周辺の散策もおすすめですね【中古】三陸復興国立公園種差海岸ガイドブック/旅行
MIHOMUSEUM9月20日〜12月14日近江八景を八景というより名所で検証する展覧会と見た。MIHOMUSEUMへ行くバスは瀬田の唐橋通るので関係なくはないが、これは滋賀県立美術館とかで本来やるべきものかとも思ったりして。名品、珍品等ありよかったです。とはいえ近江八景は八景なので中国のしっぽがついてるし、水景の名所の描き方は例えば若冲「乗興舟」にもつながってくし、雪舟ぽさもあったりしてアウトプットは狭くても広大な背景を意識したいなと思いませり。レストランで出し
日本100名城18番鉢形城(武蔵国)令和七年九月十三日登城(忍城に行った後にそのまま鉢形城まで)何度か訪れた事はありますが・・・日本100名城のスタンプを押印したくて行って来ました♪鉢形城(はちがたじょう)は、埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にあった戦国時代の日本の城。構造は連郭式平山城。標高は最高点(三の曲輪)で122m。概要鉢形城は、深沢川が荒川に合流する付近の両河川が谷を刻む断崖上の天然の要害に立地し、その縄張りは唯一平地部に面する南西側に大手、外曲輪、三の曲輪(三
出典:北海道立図書館資料名:栗沢町鳥瞰図出版年:1953年(昭和28年)※北方資料の使用及びリンクについては「北海道立図書館」に許可を頂いていますリンクは下記をクリック願います栗沢町鳥瞰図幌向方面を拡大幌向川及び石狩川の河川工事(直線化)はまだのようです赤い線は線路となります
清瀬市郷土博物館2025年11月1日〜12月7日清瀬と言えば病院ですよ。そしてその病院地区は多摩全生園ともつながっている。清瀬は結核の療養所がかつてあった。こちらは現東京病院、傷痍軍人東京療養所の鳥瞰図。軍人の結核は割と早期に発見して、療養所に送り込まれ、患者の中では体力もある方なので治療法の研究によかったという。複製の啓蒙ポスター群面白い。清瀬の商店街、今はシャッターが降りてるところ病院の門前?的に栄えたのだと納得。結核はもっと大きな展示にもできるなと思った。
続日本100名城118番忍城(武蔵国)令和七年九月十三日登城何度か訪れた事はありますが・・・日本100名城、続日本100名城のスタンプを押印したくて行って来ました♪忍城は、室町時代に築かれ、戦国時代には「忍の浮城」として知られ、豊臣秀吉の水攻めにも耐えた名城です。忍城の築城と特徴忍城(おしじょう)は、埼玉県行田市に位置し、室町時代中期の文明年間(15世紀後半)に成田氏によって築城されました。城は、北に利根川、南に荒川に挟まれた低湿地帯にあり、自然堤防や沼地を巧みに利
先日、友だちと北野にあるギャラリーに神戸の街の鳥瞰図(ちょうかんず)を見てきました。青山大介さんという作家さんです。↑↓神戸のベイエリア新しく出来たTOTTEIなども描かれています。左の方はハーバーランド右上が三宮駅です。↑三宮駅を南から見た図。現在JR三宮駅の大開発中ですね。↑↓こちらは三宮駅を上から見た図。阪急百貨店も見えていますね。↑ミント神戸前の工事中の様子も描かれています。屋上の様子も細かく描かれていて面白いですね。↑神戸市役所、東遊園地、こども本の森、なども見えま
まだ紅葉には早いと思いながら、高安山を訪問でした🗻今回は、再び高安山駅に、営業休止の昭和19年以前を探します。信急鋼索線は、昭和5年から19年までの14年間の営業で、戦時中から昭和32年までの13年間は営業休止です。昭和32年に営業再開から現在まで実に68年で、戦後のほうが「歴史」となりましたね。昭和5年の鳥瞰図です。今回は、これと後述の空撮を根拠にして、昭和32年の営業再開と比べることに致します。矢印のところが、入り口のように表されていますね。実は機械室の入り口で