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岡山市南区、JR宇野線の備前片岡駅(1939年開業)にやってきました。駅舎はなく、ホームの待合室が駅舎がわりというシンプルな駅ですが、実は1968年(昭和43年)に約300m移転した過去を持つ駅。児島湾の干拓で発展したこの土地には、駅前ロータリーに珍しい「樋門」のモニュメントもあります。今回は移転の謎と、今も線路際に残るという旧ホーム跡を追いながら、備前片岡駅をじっくりめぐります。備前片岡駅|駅舎と駅前本日は備前片岡駅にやってきました。備前片岡駅は1939年(昭和14年)1月1
長野市若穂綿内にあった長野電鉄屋代線の駅で、平成24年に同線が廃止されて廃駅となった。現在は広大な空地となり駅名標があるだけ。
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年8月22日(土)の記録です。築別炭鉱探索後は、築別炭鉱駅跡も見て回るが、藪に覆われ全く分からず。ということで、羽幌炭砿に移動しています。こちらは第一選炭工場跡で、三毛別駅跡でもあります。駅跡は現在、駐車スペースとなっておりますが、その一角からこのようなところを奥へ進んでいきます。もちろんここもヒグマに注意しないといけないところで、人はほとん
引き続いて3月27日~29日にかけて行ってきた、第56回高松宮記念についてですコンバン波動砲!!(。・ェ・)ノノ^\/\/\/\/\☆)゚д゚||)グハ線路が引いてあった場所に沿ってペイントされているのかな?現役当時を知っているとまた違った見え方になるんでしょうね。三河旭広場に到着しました。ホームが見えますが現役当時のもの?それっぽくないような雰囲気ですが…。三河旭駅の表示、ここに駅名が刻まれているのもここに路線があった証です。碧南レールパークは三河旭広場が終点です。この角度
引き続いて3月27日~29日にかけて行ってきた、第56回高松宮記念についてですコンバン波動砲!!(。・ェ・)ノノ^\/\/\/\/\☆)゚д゚||)グハかつては碧南駅から吉良吉田駅まで線路が繋がっていました。現在はこのように碧南駅で線路が途切れています。枕木だけが残っている区間があります。線路はこの先もかつて続いていたみたい。廃線跡は碧南レールパークとして整備されています。こういうのがあるだけでもかつてここに鉄路があったことを示しますね。大浜口駅の跡地ぐらいがここかな?碧南
こんにちは、金魚ちょうちんです🏮今回は、別府鉄道野口線跡を利用して整備された「松風こみち」を歩いてみます。スタート地点は、山陽電車の別府駅近く。松風こみちをたどりながら、かつて別府鉄道が走っていた場所を訪ねます🚃今回のゴールは、野口駅跡です。🏮まずは「松風こみち」の入口から最初に見つけたのが、この「松風こみち」のモニュメント。GoogleMapsFindlocalbusinesses,viewmapsandgetdrivingdirec
今回は、1986年に廃線になった国鉄漆生線廃線跡を散歩しました。スタートはJR下鴨生駅です。駅前の大きな駅標がとてもいいですね。下鴨生駅は、嘉麻市内にある唯一のJRの駅で、旧稲築町内にあります。下鴨生駅から後藤寺線の線路沿いを田川後藤寺方面に歩きます。少し歩くと、住宅地に入ります。そして、旧稲築町の中心部に到着します。ここには、鴨生駅の跡があります。駅標と線路の一部が保存されています。この辺りは、鴨生駅跡公園となっており、広場に
7/21鵯越の記事からの続き神鉄粟生線木津駅から三木まで輪行小野待まで乗るつもりだったがついでにかつて三木市内を走っていた三木鉄道の廃線跡を探検してみる…これは旧三木駅の資料館ジオラマ模型♪踏み切り跡跡地を公園として整備しています高木駅跡別所駅跡別所駅駅舎保存されていますレールも西這田駅跡石野駅跡ここも駅舎保存されてましたが草茫々だったので割愛何かの碑文(雑ですみません)下石野駅跡旧三木鉄道はあと二駅ほどあるのですがたぶん加古川市内のため廃線跡が整備されてい
岐阜県揖斐郡大野町にあった名古屋鉄道揖斐線の駅で、平成13年に同線が廃止されて廃駅となったが、現在もホームが残っている。
岐阜県揖斐郡大野町相羽にあった名古屋鉄道揖斐線の駅で、平成17年に同線が廃止されて廃駅となった。線路は撤去されているが、路盤やホームは残っている。
昨日は襟裳の海を見た。そして今日はオホーツク海。ついつい来てしまう場所。枝幸町の展望台。眼下に広がるこの景色。私の幼少期の祖母との思い出が甦ります。それにしてもいつ来ても最高だ。そして枝幸町、浜頓別の海は自分的世界一。1つ残念なのがここ付近至るとこに熊出没看板がある。駐車場満車で少し離れた場所から1人歩いたのは若干ビビりましたけどね(-_-)枝幸駅跡ここに線路があっただなんてね。時代ってのは良いものなのあ、悪いものなのか分かりません。。また来たくなったらこのパワースポッ
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月7日(木)の記録です。都城への道中に3連アーチ橋があるというのでやってきました。志布志市と曽於市との境にございます。標柱が建てられていますが、廃橋です。新橋の袂から旧橋を見ると、廃橋なのがよくわかります。横へ回りますと・・・草の生え具合が雰囲気を一層よくしております。土木遺産in九州のページによりますと、市柴橋とは・・・
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月7日(木)の記録です。現在のJR志布志駅は日南線の末端駅となりましたが、国鉄時代はこのあたりの交通の要所として、広大なヤードを持つターミナル駅でした。その一角に志布志鉄道記念公園がございます。大隅線や志布志線の廃止に伴い、かつてのヤード跡地に記念公園が作られたようです。現在の志布志駅は駅舎こそそれなりの風格がありますが、駅構内はレール
2024年6月8日。次にやって来たのは今は亡き名鉄谷汲線の更地駅跡。名鉄谷汲線更地駅跡〜ダークサイド大野今もホームが残っています。線路跡には絨毯のように雑草が茂っていました。反対側のホームから対面のホームを眺めます。かつては駅のすぐそばにたくさんの木造平屋群があったようなのですが、今はほとんど取り壊されて残っていません。きれいな花が咲いていました。にほんブログ村↑宣伝のため是非ともクリックをお願いします
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月7日(木)の記録です。本日ご紹介する2駅は、駅らしさを残す2物件で、まずは吾平駅跡をご紹介します。こちら、ホームと信号機、貨車と列車が残されています。列車の状態は決して良くはありませんが、近年、整備が実施され、状態が戻ってきたようです。こういうところでも悪さをする輩が・・・いるのですね~、残念!画像がボケておりますが、このよう
かつて島原鉄道愛野駅から雲仙小浜駅を結んでいた雲仙鉄道の駅で、昭和13年に同線が廃止されて跡地には石碑が建てられてるが、ホームや駅舎などは残っていない。
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月7日(木)の記録です。これよりしばらくの間は、かつて大隅半島を走っていた鉄道路線の廃駅跡がどうなっているかを中心に、戦争遺構なども回りながらのご報告となります。この日最初に訪れたのがこのエリアの中心駅となっていたと思われる垂水駅跡です。駅跡は垂水鉄道記念公園として整備されており、わかりやすくなっております。公園内には当時のものかどうか
廃線になった幌舞駅「幌舞駅」は「鉄道員(ぽっぽや)」に登場した架空の名称本当の名前は「幾寅(いくとら)駅」映画見たけど、最後は泣いた。。。また列車が来そうな状態もう来ないのは分かってるけど次は落合駅さっきの幌舞駅と違ってここはほぼ放置状態で、線路は原野に埋もれている線路は1km先まで直線らしい信号も当時のまま
日高線の廃線跡非常ボタンあったから押してみた次、振内駅跡D51蒸気機関車これはサハリンで運用されていたD51引退後、日本に戻って来た根室本線
1枚目の写真のカープミラーの左側に石垣のようなものがあります。2枚目がアップです。ここは大昔の山陽電車尾上の松駅の跡です。3枚目はガードレールの辺りにあった国鉄高砂線尾上駅です。左上が山陽電車です。尾上の松駅は1965年(昭和40年)7月23日に約300m西方に移設されました。
阪神電車でふらっと降りた🚋💨センタープール前駅〜要するに競艇場前やね😄南に歩く🐕️🐾とALFALINKなるものを発見物流センターの福利厚生施設っぽいけど18時までは一般利用もできる🍛もあるでょ〜😁なかなかいいところ見つけた🐶✌️逢川では、ボラが元気に跳ねている🐟️逢川を渡ると〜🐕️🐾ここらが、廃線になった阪神海岸線高洲駅跡らしいけど〜痕跡無しわずかに、道路となって線路敷の痕跡を残す↓出屋敷西公園まだ、携帯電話のなかった時代昔、訪れた時には、架線柱のコンクリート基礎など
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月5日(祝)の記録です。次に訪れたのが南薩エリアでのメイン物件ともいえる地域です。ただ物件の近くに駐車スペースはなく、乗用車なら路肩に止めることもできるのですが、リエッセでは転回することもできない狭いところなため、近隣の駅跡に停めて歩くことにしました。(のちに右岸100m下流に駐車スペースを発見)その駅が永吉駅跡でございます。こちらもホーム
旧北鉄小松線の鵜川遊泉寺駅跡にある「う川古代桜」、今年も来たのだが・・珍しく人が居ない。例年、しだれ桜は咲き始めなのだが今年はほぼ満開近くなっています。古代桜はピークを過ぎた感じです。(撮影4月8日)
ヤッホー日曜日の朝、早起きして朝散歩リフレクションが素敵ですさて、軽く朝食摂ったらちっこいの2台で走ってみましたモングロではお初の、豊橋鉄道田口線三河大草駅跡へ神秘的でノスタルジックな雰囲気と、Googleマップでは紹介されている大好きな場所素掘りの隧道と廃線の苔むしたホーム跡綺麗な状態で残されていますトンネルの中、乾いてて良かった〜水たまりあると最悪です滑るし汚れるし続いて鳳来寺山の門谷ベースへデイトナ朝活カフェに来ました駐車場にはピンクナンバー多め
佐世保市吉井町橋口に残る旧国鉄世知原線の駅で、廃線跡は遊歩道になり、駅のホームは資材置き場になっている。
小向の丘から高速道路のようなインターを通って国道238号線に戻って湧別町に入り、碁盤の目の道進むと市街地の中心に湧別駅の跡の碑があり、駅跡は新しい湧別町文化センターさざ波になっています。https://ameblo.jp/yoichi101/entry-12607951163.html『名寄本線支線普通列車湧別発中湧別行き』湧別駅に着いて記念の入場券を買った後、列車に戻ると6分後の17時36分発の中湧別行きの最終列車になり、回送列車のようで乗る人はなく貸切りです。湧別駅を出て…a
20260701(水)地元東京競馬場で花火大会が行われました。鉄道ブログですので、花火と言っても鉄道を入れるのを基本にしています。撮影場所は下河原線東京競馬場前駅跡地。(今は存在しません)府中本町駅から南方200メートル。矢崎町防災公園のちょっと先です。武蔵野線の折り返しの留置時間のみが撮影可能時間。留置と花火が一緒にならないと撮影出来ません。花火は1時間ちょっとで終了です。ここでの撮影を終えて、次の撮影地へ移動です。
探索日2018/11/17宇野線茶屋町駅と下津井駅を結んでいた軌間762mmの路線茶屋町~児島の廃止は1972年3月31日ドーム屋根の建物が、1990年児島~下津井廃止時の児島駅1972年までは、こっちにむかって線路が続いていた児島市民交流センターに沿う道が下津井電鉄線跡線路のカーブが、敷地境界線の湾曲になって生き続けている小田川に架かっていた橋梁の橋台脇に刺さっているのはレールここに橋が架かっていた茶屋町駅方にも橋台が残る同電鉄の橋の素材