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12月13日、アメリカ空軍太平洋音楽隊PacificTrendsのクリスマスコンサートに行ってきました。90分で演奏されたのは20曲。HolidayFanfareOpenerRunRunRudolphRockin’AroundTheChristmasTreeLittleSaintNick恋人がサンタクロースbyユーミンクリスマス・イブChristmasLightsTheLittle“Celtic”DrummerBoyYou’reA
アメリカ空軍太平洋音楽隊PacificTrendsのクリスマスコンサートの観客との合唱曲から。初めて聞いた曲です。「ファララララー」の繰り返しは元々ハープで演奏される部分だったそうです。ひいらぎは、クリスマスの飾り付けに使われるセイヨウヒイラギ(別名クリスマス・ホーリー)で、ケルト文化では「死と再生のシンボル」として崇拝されていました。古代の言葉は難しい。deck:飾るbough:枝‘tis:=itisjolly:陽気な、すてきなDon着用する、身に着けるgay
アメリカ空軍太平洋音楽隊PacificTrendsのクリスマスコンサートの観客との合唱曲から。こんな日本語歌詞だったんだと思いました。おめでとうクリスマスWewishyouaMerryChristmas,WewishyouaMerryChristmas,WewishyouaMerryChristmas,AndaHappyNewYear.GoodtidingswebringToyouandyourkin;Wewis
アメリカ空軍太平洋音楽隊PacificTrendsのクリスマスコンサートを聴きに行ってきました。2025年12月13日です。男女ボーカリスト2人を含む11人で構成されていました。空軍の音楽だから硬い音楽かと思っていたら、さすがアメリカです。フレンドリーで楽しい演奏でした。最初の挨拶で司令官が言っていた「音楽は人をつなぐパワーがあります」です。定番から新しいものまで20曲が演奏されました。90分間がアッという間でした。初めの曲HolidayFanfareOpenerで心をつかまれました
帰りの新幹線の普通車の指定席が満席のため、グリーン車となりました。プチ富裕層の気分を味わいました。席の幅も足の置き場を広くて楽です。ワゴン販売もきました。富裕層はいい思いをしていると思いました。不思議なもので、プチ贅沢をすると、質素に生きた亡父母に少し申し訳ない気がするのです。
加賀温泉駅のプラットフォームから、赤子を抱く観音像が見えるのです。73mの巨大観音です。ユートピア加賀の郷(ユートピアかがのさと)というそうです。1987年から1999年まで存在した、仏教をテーマとする複合テーマパークだったのです。2022年現在、加賀寺のみ営業を継続しているのです。元の会社は破産しています。新幹線の駅から近いこともあり、再興できるのではと思いました。
魯山人(1883年-1959年)の山代温泉での居住跡(1915-1916年)です。いろは草庵にて、金沢の文人・細野燕台の食客となった魯山人は、大正4年秋から翌年春までの約半年間、山代温泉に滞在。この山代温泉で魯山人は燕台の煎茶仲間でもある初代・須田菁華から陶芸の手ほどきを受けたのです。以来、刻字看板制作の傍ら菁華窯に通い作陶に力を注いだのです。山代温泉は、魯山人の才能を開花させた地です。魯山人は、出生前に父親を亡くし、母親からも捨てられるが、複数の養親と素封家の家を転々としなが
山代温泉です。「ゆのがは」と読みます。源泉のある広場を中心に周囲に建て問をたてたからです。山中温泉でも広場がありました。山代温泉では、歴史的まちなみ「湯の曲輪(ゆのがわ)」の再生と賑わい創出しようとしています。
3つの温泉街でも、ここが一番、観光客でにぎわっていました。旅館も値段が高そうです。金沢に一番近いこともあると思います。古い総湯と総湯があります。とくに古総湯は、外観や内装も情緒あり、入浴しながら温泉の歴史や文化が楽しめます。2階の休憩所がトリッキーで間違うと女風呂に降りてしまうのです。浴室の床や壁の九谷焼のタイルも当時のまま復元されています。お湯が熱くて、浸かるのに苦労しました。総湯は普通の共同浴場のようです。
朝起きた時はそれほどでも無かったけど急に寒くなりました。そして周りは銀世界です。なんてこった!雪なんて聞いて無かったよ。今日は衆議院議員選挙の投開票日。こんな冬の選挙だから雪国の投票率は雪に影響されるのでは?と報道されてされていたが、爺さんの住む平野部でも雪だ。メディアは高市自民圧勝なんて言っているが、こりゃ分からないねぇ実際。爺さん夫婦はもちろん期日前投票してるので我が家の投票率は100%です。今朝はパートのカミさんをもちろん送っていきましたよ。今横殴りの雪に変わってます。昨日はブ
萬松園あいうえおの杜です。すてきな木製の長い空中回廊を上ったあたりに、人工的に雲海をつくる装置がありました。なぜ雲海かの説明がなく、もやもやしました。でも景色はよかった。大工さんは気合いれてつくっています。
今日は爺さん達の月一のおしゃべり会(井戸端会議)であった。参加は5人。前回参加したO君は想像通り欠席だった。それでも内容は多義に渡り、政局がらみの話は全くなかった。Gさんは新年になって2連続欠席だったのでLINEを入れたら「3月は出ます!」との事でした。午後は畑の隣地との境に区分の棒を立てた。前からやりたかった事で気持ち的に楽になった。さて夜は爺さん達の地域内にある養豚業者が施設増改修の説明会を開きたいと言うので出てみた。風向きにより施設から流れる悪臭に悩まされているからだ。国からの助
加賀市山代温泉近くにあります。地元民愛用の公園のようですが、観光客にはピンときませんでした。長い空中回廊を上った先にあったのは、ホテルの廃墟でした。なんとか早く撤去して欲しい。萬松園は、サザエを伏せたようなユニークな形の展望台・萬松園栄螺(さざえ)堂からきたようです。「あいうえお」は、五十音図の創始者といわれる明覚上人(1056-1106年)から命名したのです。比叡山延暦寺に入って天台教学を学んだ。加賀国温泉寺に移りそこに住したのでう。全く説明がなかったので、観光客としては、も
何でも鑑定団でおなじみの、人間国宝三代徳田八十吉の大皿と花瓶が展示されていました。100万から200万円ほどします。販売員と常連客が、目を見ないで、ひとりごとにしゃべっていました。聴いていると、どうやら2割くらいはまけてくれるようです。九谷満月のオンラインショップもあります。ほしいなあと思いました。一番人気は吉田美統(40万から80万円)で、2番が三代目八十吉(100万円前後)だそうです。八十吉は現在4代目(20万から40万円)で長女だそうです。ttps://kutanim
九谷満月の中にあります。超人気店のようです。満腹やといいます。各種釜めしを供しています。大振りの鯖焼きがのった釜めしが絶品でした。
九谷焼のテーマパークのようです。九谷焼の展示、お土産、九谷焼皿を使った小鉢料理をだす釜めしやもあります。瀬戸焼に比べると3倍くらい高価です。高いなあ、と思いながら眺めていました。釜めしを待つ間、九谷焼のお土産品を眺めて過ごしました。
道の駅「蓮如の郷あわら」で売られていました。油揚げ専門の煮物用のしょうゆです。ハレの日は、正月など特別な日、ケの日は日常です。ハレの日は非常に佐藤が多い。甘いものが貴重だった時代があったのです。
石川県と県境にある福井県に、あわら市があり、道の駅「蓮如の郷あわら」があります。浄土真宗の祖である蓮如上人が布教の拠点として設立した吉崎御坊に由来しています。蓮如上人は、1471年に福井県あわら市吉崎に御坊を建立し、北陸地方における布教の中心地となりました。彼の教えは、北陸の人々に深く根付き、今もなお「蓮如さん」と親しく呼ばれているそうです。ところで、wikipediaによると、5人の妻との間に27子をもうけた。末子の3子は80代になってからの子とあります。本当だろうかと思ってしまいま
石川県九谷焼美術館の前にあります。川が流れ、池もあり、光と風を感じながら、四季おりおりの美しい姿を楽しめる庭園ミュージアムです。なかなかの現代アーツのような公園でした。公園も含めた設計者は、丹下健三門下である象設計集団代表・富田玲子氏です。
石川県立九谷焼美術館に茶室があり、書が飾ってありました。一期一会は、千利休が初めに言いはじめたとのこと。一度きりの出会いや瞬間を大切にする心構えを表す言葉です。
ニパウイルスは、世界の健康安全保障に対する認識された脅威である。1998年に、マレーシアおよびシンガポールにおける養豚業従事者の間でのアウトブレイクを契機として初めて同定された。以後、ニパウイルス感染症は、とくにバングラデシュおよびインドにおいて繰り返しアウトブレイクを起こしている。現在のところヒト感染は南アジアおよび東南アジアに限定されているが、宿主となる動物の範囲が広いこと、ヒトからヒトへの感染伝播の可能性があること、さらに承認されたワクチンや治療法が存在しないことから、W
博物館に新聞のコピーが張ってありました。ある学者が古九谷は有田焼という説にまったをかけたという記事です。古九谷は大きなブランドです。有田焼を安く買って、古九谷として高く売るという悪人もいたようです。昭和20年代に提唱された「古九谷」が有田産であるという説があります。この説の根底には、有田の柿右衛門様式と古九谷様式の間に見られる技術的・デザイン的な共通性があります。これにより、古九谷が実際には有田で製造され、九谷の名称は後に与えられたものであるという仮説が浮上しました。昭和40年代以
にじみにくい赤の色絵の具の特性を活かして、器全体に「細描」と呼ばれる細かい描き込みを施したスタイルです。赤の色絵の具のほかに、金の飾り付けで華やかに彩られた作品が多いことも、赤絵の特徴です。背景を赤で塗り埋めた器に、金で絵付けしたスタイルは、赤絵のなかでも特に「金襴手」と呼ばれています。
「九谷五彩」と呼ばれる、緑・黄・紫・紺青・赤の色絵の具を活用して、絵付けされたスタイルです。5色の色絵の具をフル活用することから、「五彩手」とも呼ばれます。器の中央に、作品のモチーフを絵画的・写実的に描くことも、色絵の特徴です。
緑の色絵の具を印象的に配色して、絵付けされたスタイルです。素地の余白をほとんど余すことなく、器全体に色絵の具を鮮やかに塗る(「塗り埋め」という)ことも、青手の特徴です。私はこれが一番好きです。
江戸時代前期は、九谷焼が誕生した時期です。この時期の焼き物がが古九谷と呼ばれます。大聖寺藩(初代藩主:前田利治まえだとしはる)の領内の九谷村で磁器の原料となる陶石が発見されたことがきっかけとなり、磁器の生産が始められたと言われています。陶石の産地となった九谷村に、磁器を焼くための窯を築いたことで、その地名にちなんで「九谷焼」と呼ばれるようになったそうです。古九谷の窯は50~60年の活動後、生産を終了します。閉窯の理由は、大聖寺藩の財政難による窯の資金不足や、藩主の代替わりといわれていま
石川県立九谷焼美術館で知りました。1639年、加賀藩の第2代藩主前田利常が隠居する際、次男の前田利次に富山10万石を、三男の前田利治に大聖寺7万石を割いて、富山藩と大聖寺藩が立藩されたのです。なるほど石川県の人が富山県を下にみる理由がわかりました。
石川県立九谷焼美術館にありました。水をひしゃくでかけると「ポツン」という高い金属音がどこからか聞こえます。普段聞きなれない音で、日本庭園もあいまって幻想的です。
九谷焼は石川県の代表的な美術工芸品で、石川県加賀市は九谷焼の発祥の地です。石川県南部の金沢市、小松市、加賀市、能美市で生産される、白い磁気の肌に豪華で美しい色絵を描いた磁器です。3つの部屋で展示されていました:青手、色絵・五彩、赤絵・金襴です。
七色の湖と言われる紫山潟に上る朝日が美しい。遠くに白山も見えます。残念ながら、東側の朝日が逆光でうまく映りませんでした。西側はキレイに撮れました。