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群馬県太田市只上町、県道39号・足利・伊勢崎線沿い墓地にある青面金剛像。天和二年
群馬県館林市下三林町(下耕地)、下三林町研修所[794-11番地]のすぐ南側墓地に文字庚申塔数基と青面金剛像があります。享保四己亥歳十月吉日奉造立青面金剛128×51
今月18日、太田市脇屋町にある正法寺さんの聖観音菩薩さまの午年御開帳があり12年に一度ということで参拝させていただきました。数年前に一度参拝させていただいたのですが、その時は脇屋義助縁のお寺だとは知らず、脇屋という町名も後で知ったという不勉強を反省したものです。蛇足ながら…脇屋義助は南北朝初期に活躍した新田義貞の実弟で新田軍のNo.2だった武将です。兄義貞を良く支え、ある時には義貞以上の活躍をし、北陸の地で義貞が不慮の討死をした後は新田軍の大将として南朝を盛り立てる活躍をしています。残念な
埼玉県児玉郡上里町長浜、路傍にある青面金剛像です。Googlemapにあり。享保十三戊申十月吉日武州上都六所村同行奉納
群馬県館林市栄町13番地、白山神社境内・青面金剛像。東武伊勢崎線・館林駅の北西?すぐ近くです。正徳五乙未年九月吉辰日奉供養庚申為二世安楽施主敬白124×54
群馬県邑楽郡邑楽町鶉299番地・恩林寺・延宝五の青面金剛像があります。延宝五年□月□日奉造立庚申122×47
≪こどもは元気でかえる!父さん母さん若がえる!がいる「矢喰村庚申塚」!≫矢喰村庚申塚にやって来ました。庚申塔は、日本各地数多く建立されています。住所:松戸市下矢切301松戸市最古で有り市の指定文化財となっています。矢喰村庚申塚案内安全地蔵尊如意和観音菩薩祈タイムカプセル青面金剛延命地蔵尊他安全地蔵尊(無事かえる)こどもは元気で無事かえる父さん母さん若がえるつかったお金はまたかえる
こんばんわ。東京の今日は良い天気でした。できれば、この程度の気温と湿度が6月中頃まで続いて欲しいのですが、そして7~8月も最高気温が32度程度であって欲しいのですが・・、気象庁やマスメディアは「酷暑日」(最高気温が40度超える日)などという怖ろしい言葉が用意されているようです。そんな日が無いことを願います(「猛暑日」もいりません。「真夏日」止まりが良い)。今日は涼しい午前中にちょっと隣町の「鷺宮(中野区)」まで、買い物を兼ねた散歩。散歩の目標は西武新宿線「鷺宮」駅南側の中杉
みどり市笠懸町の市重文「馬見岡の阿弥陀三尊」とともに保存されている石造物の中に1基の青面金剛像があります。角柱型の石塔に瑞雲日月をあしらい、六臂の青面金剛さまが合掌しています。全体的に風化が進んでいますが、お顔は酷く破損しているようです。持ち物は宝剣、弓矢、宝輪でしょうか。台座の上段部分にはニ鶏が。下段部分には三猿が刻まれています。造立は天明三年。所謂「天明の浅間焼け」大噴火があった年ですね。青面金剛像の隣にあった庚申塔。造立年代を確認しなかったのですが、石塔の形状や像容から同年代の
群馬県太田市新田上田中、I崎R太郎氏宅北東・青面金剛像。享保八癸卯三月田中村施主六人115×50
昨日は、ここの所仕事が、多忙の為肉類をMAX食したい所でしたが···········庚申日でしたので、肉食は控えました。前回の庚申日は、日にちを勘違いしてしまい牛丼を食べてしまいました(汗)きちんと、懺悔&謝罪はしました。読経つきにて↑青面金剛さま昨年から我が市内にてイスラム教モスクの工事が迫っておりまして、賛成派&反対派で揉めているようです。店にイスラムの方々もちらほら増えて来ました。イスラム教の戒律はよくわかりませなんだが、肉食はダメらしくて、魚をよく購入されてますね。
連日のあわただしさにこの1週間血圧が上がったまま・・・以前から血圧は高めで治療をしていた時期もありましたがさすがに白内障の手術を控えこのままじゃまずかろうと今日はかかりつけのクリニックの受診してきました。明日も耳鼻科の受診・・・先週今週と月~木まで受診の連続です。高齢者の病院通いはよく目にしていましたがまさか自分がこんなになるとは・・・とりあえず気分を変えて楽しい話にシフトチェンジです。青梅に《酒と狼展》を見に行った日は展示のほかにも盛沢山の予定を入れま
「庚申塔」スターシードの写真家小原里美です。いつもご覧いただきありがとうございます。2026年4月12日神奈川で神写先日、龍と一緒に青面金剛(しょうめんこんごう)を神写。道端で庚申塔(こうしんとう)を見かけることがあると思います。邪鬼を踏みつけ憤怒している存在が青面金剛です。見ざる聞かざる言わざるの三猿も彫刻されます。庚申塔の青面金剛青面金剛は、疫病や厄を除ける神。実は庚申塔の三猿は職務があり、天帝または閻魔へ人々の罪状報告。罪状を報告
駒込天祖神社の社殿脇に庚申塔群がある。7基の庚申塔が置かれている。青面金剛像は延寶四年(1676)奉納。青面金剛像は奉納時期不明。三猿の庚申塔は寛文八年(1668)奉納。青面金剛像は享保五年(1720)奉納。この板碑型庚申塔は、慶安元年(1648)奉納。この庚申塔は猿の首から上が無く、元禄五年(1692)奉納。笠付角柱型庚申塔は三面三猿で、元禄十六年(1703)奉納。
港北ニュータウンにあるお地蔵様にお参りしました。出雲の伝説では出雲族の神・クナト神は体制側に抹殺されそうになった時、地蔵に姿を変えたと云われています。なので、まつろわぬ神を讃える自分はお地蔵様をクナト神だと思ってお参りしました。サイドには庚申信仰の本尊にして夜叉神である青面金剛様の石仏もありましたので、手を合わさせて頂きました。以上です。こちら関東ですが、今日だけ完全に夏でした。(笑)
群馬県邑楽郡邑楽町赤堀、県道314号、明王院という寺(464-1番地)、の南側、信号、西側にある青面金剛像。文字が読めそうで読めない青面金剛サマ
1月に投稿した前橋市西大室町の観昌寺さんそばの青面金剛さまに再び立ち寄らせていただきました。前回不覚にも造立年代など見逃してしまっていたので今回はその宿題を解答を見つけるつもりで行ってきました。やはり側面にはクッキリと「寶暦十三癸未歳」と刻まれていることを確認しました。1760年代ですので、江戸時代のちょうど真ん中頃ということになります。左側面には十一月吉祥日もあります。被り物には赤い彩色が施されているのが分かります。前回の宿題をやっと片付けられたような気分ですね。そして今回はもう一
朱塗りの大鳥居を潜って本殿の後ろから西口へ。すぐ目についた社は、駒込稲荷社。一方、目だっていた。先に目に入った千本鳥居は、乙女稲荷社。おそらく、多くの観光客は駒込稲荷社には拝せず、足は千本鳥居に向かうだろう。私どもの家族3人もそのようだ。一方、私の目たては石造仏。お顔が特に綺麗な庚申石塔。よくよく見れば三面六臂の庚申像は青面金剛。不思議な構成をしている六面体。一番古い庚申像は寛永九年(1632)もの。東京都・文京区内で
栃木県足利市小俣町田町、山神神社、四臂青面金剛像延宝八年庚申天四月一日102×45庚申塔群と青面金剛像
群馬県太田市新田上田中町、青面金剛享保八癸卯月三月田中村施主六人115×50下の腕でヘビをつかむ
こんばんわ。今日の東京は結局、陽が照ることなく終わろうとしています。練馬の最高気温は23度ほどでしたが、そのお陰で地元の名刹南蔵院まで花見散歩することができました。昨日の雨で、都心よりも開花が遅いソメイヨシノもかなり散っていたけど。樹の下は散ち落ちた花弁に覆われ美しく、花を惜しむには良い景色。境内の枝垂れ桜やら、花弁の絨毯やらを楽しんでいるうちに、墓所エリアに入ってしまい、戻ろうとしたら墓所入り口脇に、あれ?庚申塔?確かに庚申塔。それが墓石のように立っていました。
群馬県みどり市笠懸町阿佐美(仲)南光寺、青面金剛像享保五年十月廿七日141×52二鶏、一猿。
こんばんわ。東京の天気は夕方から荒れ模様です。日本海を低気圧が発達しながら通過中。ソメイヨシノはかなり散ってしまうかな?今日は休肝日の休養日。午前中は少しだけ「ベランダ菜園」の作業と、NHKラジオ講座のロシア語と中国語の放送データを整理。そして、新聞を読んでブログ書きながらポッドキャストの「スーパーササ壇蜜マシン」の最新回を聴いているうちに眠くなってきたから「昼寝1時間」。気がつけば外の天気は荒れ模様。ベランダにある小さくて飛ばされそうな小さなプランターを室内などに退避させ
群馬県伊勢崎市【旧佐波郡東村】龍善寺南墓地、青面金剛像【四臂】延宝八年庚申霜月奉供養現世安穏為後生善意心170×60
みどり市大間々町桐原地区の墓地入口にある青面金剛像です。数基の庚申塔に囲まれ堂々とした青面金剛さまが立ってらっしゃいます。舟形光背に眼光鋭く六臂で合掌、日月を掲げています。足元には三猿が。読みづらいですが、大間々町史によると延宝八年造立とのこと。そう言われると下の部分がそのようにみえます。向かって右下は鞭にも見えますが、蛇か縄でしょうかね。反対側は宝剣にしては小さいかな。棒でしょうか。いつもながら他所様の墓地に長くお邪魔する訳にもいかず、そっと写真を撮らせて頂き「お騒がせしてすいませ
埼玉県加須市正能、旧騎西町、県道151号沿い、正能交差点西側。加須市指定文化財。享保六辛丑歳十月吉日正能村235×75
前回の続きでみどり市大間々町塩原地区です。かなり前ですが、あじさい寺で知られる松源寺さんの青面金剛さまを書かせていただきましたが、こちらにもう一人いらっしゃると聞き再拝させていただきました。こちらは以前ご紹介した青面金剛さま。気のせいか場所が移動しているように思いました。こちらがもう一人の青面金剛さまです。台座付きの舟形光背ですが、もろい岩質のためかかなり風化が進んでおります。上部に日月がありますが、向かって右は欠けてしまっているようにも見えます。四臂合掌型でしょうか。向かって左側。宝
みどり市大間々町の市街地から福岡大橋を渡った塩原地区は国道122号線に対し渡良瀬川河岸段丘の対岸にあります。以前書いた松源寺さんや穴原薬師堂、最奥には貴船神社さんなどがあるのですが、その道沿いにある塩原公民館の敷地に長髪の青面金剛さまがいらっしゃいました。舟形光背に瑞雲日月、足下に二鶏と足の両側に猿が配置されています。四臂で合掌、矛と蛇を持っているようです。台座部分に元文五年(1740年)の刻書が。庚申の年に建てられたようです。隣には更に年代物の庚申塔が。下にいるのは両脇に猿を侍らせ
3月、ついに伊勢本街道ウォークも最終回となりました。今回も、前回に続き1泊2日の旅になります。1日目は、前回のゴール相可駅からスタートします。大阪から阪神高速、名神、新名神を経て、伊勢自動車道の勢和多気ICで下ります。そこから一般道を通って相可駅へ。紀勢本線相可駅です。駅前の駐車場でお昼のお弁当を食べてから出発です。今回のお弁当は、近江八景という名前のものでしたが、煮物の根菜類がどうも冷凍だったようで、解凍がうまくいっていなくて食感が悪く、これまで食べたお弁当では
昨日の記事から続きます虚空蔵塚古墳から真南の方向に赤い鳥居が見えたのでなにかな?と思って行ってみました入り口の脇に道祖神が!来てみて良かったです男神の襟や帯に赤い色が見えます握手型?手を握ろうとするのを制しているようにも見えるが?はじらうような女神の表情享保十八年と読めました1733年300年近くも経っているんだ。。神社は秋葉神社とのことです由来碑があります読みづらくなっていますがなんとか解読概要:明治初年金井部落の大火で旧元宿の大半以上が類焼し