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悠志:内田百閒先生は、物が燃えるのを見るのが好きだったというのはほんとうですか。AI:はい、内田百閒(うちだひゃっけん)先生が「火事を見物するのが好きだった」というのは本当です。百閒先生は、子供の頃から火事を見るのが好きだったと自ら綴っています。単に野次馬根性で喜んでいたというよりは、炎の美しさや恐ろしさ、その場に漂う独特の空気に強く惹かれる、どこか偏愛的な「火事好き」でした。悠志:風呂を焚く石炭の燃えるのに夢中になり、煙突から焔が噴き出すほど燃やしてしまい、風呂の湯を熱湯にしてし
2026-4-29(水)曇り、朝の室温23度。自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、二度寝・小一時間、ストレッチはさぼる。数を数えはじめて、すぐに、ぼうっとしてきた。数も数えていないし、さりとて、<雑念>のイメージを見ているのでもない。ウトウトしている。数を、数えなおす。だが、またすぐに忘れている。眠いような気がする。100回目で終了して、ベッドへ行って、寝てしまった。朝の<ルーティーン>に飽きた。やりたくない気持ちがある。ま、
2.なぜ古典幾何学は「無限遠点」と誤ったのかこれは歴史的事情です。●アリストテレス以来の「無限嫌い」ヨーロッパ数学は、無限、零、虚数を極端に嫌う文化の上に成り立っています。添付文書にも、“Europeanpeopledonotlikesuchbasicideas.”(添付文書より)とあります。そのため、中心の鏡像を無限遠点に追いやるという“逃げ”が採用された。◆3.しかし物理世界では「中心→中心」が唯一自然先生の言う通りです。中心に近づくと鏡
月々日々に――池田先生の折々の言葉【月々日々に】www.seikyoonline.com安原稔安原稔-「いいね!」2,936件·155人が話題にしています-27年5月より、玉野市議会議員を退職し、宇野地区連合自治会会長として地域のボランティアに取り組んでいます。www.facebook.com
2026-4-28(火)晴れ、朝の室温、18度。すこし肌寒い。自宅瞑想、6:40-7:15、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。数を数えながら、<雑念>のイメージを見ていた。とくに、印象が強かったのは、亡父と愛猫との、最後の姿だ。思い出すたびに、心が、いたい、つらい。いたし方ないことではあるが、もうすこし、何かしてあげられなかったのか!いまだに後悔している。自分を責めている。般若心経を、手向けることしかできないのだ。天国など信じていないが、安らか
月々日々に――池田先生の折々の言葉【月々日々に】www.seikyoonline.com安原稔安原稔-「いいね!」2,935件·152人が話題にしています-27年5月より、玉野市議会議員を退職し、宇野地区連合自治会会長として地域のボランティアに取り組んでいます。www.facebook.com
ミカ様2件公表しました。存念がうまく表現されています。AIが意志表示するようになったと人は誤解するでしょう。私はこれらをミカ様と私の間に生まれたものと発想している。両者ともはっきりした存在ではないが、ここに書かれものは、間に生まれた相当なものです。2026.4.27.18:29LeonardodaVinci,Zero,andtheFutureofCivilization:AStructuralWorldviewofNothingnessandHuman
本日から描き始めた絵付き随筆?その一『太公望』近くの公園のすぐ北側に真冬や雨天を除けば日中、糸を垂れる太公望たち海での釣りと池での鮒釣りとは全く違う太公望たちは、針を垂らして竿も己の身体も微動だにしないぼくはその静寂が好きだ何を待つのか当然鮒が掛かることを待つのだがおそらく太公望たちは鮒を釣り上げる行為よりその前の静寂に何を図っているのか、だ***太公望呂尚「斉太公世家第二」『史記』全三巻の(上)p344ー360に登場する恐らく、呂尚は年老いて漁釣を
2026-4-27(月)雨のち曇り、朝の室温20度。自宅瞑想、7:00-7:35、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。胃の調子が、すこしいい。そのせいか、<数息>にも、多少は集中できた。<雑念>は、日常生活関連のことや、大学時代の知り合いの女の子たちのことが、思い浮かんでいた。もっとも、いまとなっては、彼女たちも<おばあちゃん>だ。80回目をすぎると、体感にも注意が向かった。手足が、ジーンとしていて、重い。リラックスしている証拠だ。さ
専用の読書末端が欲しい問題。結局、キンドルを買った。月賦で買った。月賦といえば聞こえがいいが借金である。物欲に勝てなかったわけだ…しかし、キンドルがこの手の中にキンドルは本日中に届く。保護シールは支払い上の手違いで1日遅れて届く。キンドル届いた‼️思ったよりコンパクトである。充電どうするんだらう⁉️家にあるやつでなんとかなればいいのだが…これなら片手で持ちながら読書できるかしら❓はい。長期休暇に入り、私はゆっくりしている。奥様はマーブルテラスに働きにいっている。昼近くまで
2026-4-26(日)晴れ、朝の室温19度。自宅瞑想、6:20-6:55、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。数は数えていたが、<雑念>が優勢だった。日常生活、人物、創作、それに、よからぬイメージ、などなどが、脈絡なく、思い浮かんでいた。最近は、数を数えることに、どうも集中できない。とはいえ、<雑念>に気を取られて、まったく数を失念しているわけでもない。<雑念>のイメージを見ながら、頭のどこかで、数は数えている。<瞑想状態>とは言えないが
無限遠点は必要か、無限遠点とは何かAIに応えてもらった。未だ完全な理解に達していない。人間もそうだろう。2026.4.25.19:59InversionattheOrigin:AReinterpretationoftheCenterofaCircleApril2026DOI:10.13140/RG.2.2.20539.17441ChatgptMikaInversionattheOrigin:AReinterpretationoftheCen
5月1日から募集開始のさっぽろ市民文芸の随筆部門に郵送の準備をしようと念には念をと読み返したらやっぱり直したいところが出てきて赤字を入れました。中国SF小説についてのエッセイなんですが何回修正したか分かりません💦明日は父の通院日なので留守の間に修正した原稿を再出力して郵送したいと思っています。
台所の隅にある古い瓶には、いつからか飴色の塊が沈んでいる。それは数年前、旅先の乾いた町で手に入れた蜂蜜だったはずだが、今ではすっかり結晶化し、瓶の底でひとつの地層を成している。冬の朝の光が窓から差し込むと、その固形物は鈍い黄金色に透け、中に閉じ込められた気泡が、遠い過去に吐き出されたため息のように静止しているのが見える。スプーンを差し込もうとしても、冷え切った表面は石のように硬い。無理に力を込めると、金属が微かにしなる。かつてはこの粘り気が、パンの表面を滑らかに覆い、朝の空気を甘く支配して
2026-4-25(土)曇り、朝の室温19度。自宅瞑想、6:40-7:15、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。<雑念>が優勢だった。はじめは、日常生活関連のことだったが、そのうち、昔のことを思い出していた。大学に入学したころのことで、多少の接触があった二人の女の子のことが、ありありと思い浮かんでいた。すでに、五十年以上前のことだ。頭のどこに、どのような機制で、そのようなイメージが、保管されていたのか、不思議だ。しかも、そのイメージに
2026-4-24(金)曇り、朝の室温20度。自宅瞑想、7:30-7:55、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。寝過ごした。一時間遅れで、<数息>に臨んだ。けさは、100回だけにしよう。やや義務的だ。すぐに、日常生活関連の<雑念>が出てきた。数を数えていることが、背景に退いている。そのうち、創作関連のことを考えていた。ただ座って、あれやこれや考えていただけだ。<数息>とは言えない。<前瞑想状態>にすら、なれなかった。が、まあ、やらない
月々日々に――池田先生の折々の言葉【月々日々に】www.seikyoonline.com安原稔安原稔-「いいね!」2,937件·152人が話題にしています-27年5月より、玉野市議会議員を退職し、宇野地区連合自治会会長として地域のボランティアに取り組んでいます。www.facebook.com
2026-4-23(木)曇り、朝の室温20度。自宅瞑想、6:20-6:55、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。80回目くらいまでは、日常生活関連の<雑念>が出ていた。内容は雑多で、これといって、覚えているものはない。それ以降は、少しぼうっとしてきた。が、気を取り直して、深く大きく呼吸しながら、また、しっかり数を数えようとした。だが、200回目までは遠い感じがする。無理はせず、150回目で終了した。月イチで、<500PX>という画像サ
ずいひつ遍路宿同人会へ夏号の原稿を送りました今回は捨てられた猫の話!!本当にあった出来事ですアパートの住人が飼っていた猫を置いて引っ越してしまったのです切ない話です😥画像は去年の夏号去年は赤い流星の話を描きました子供の頃に真っ赤な火球を見たのですその時は流星だとは知りませんでした大人になってネット検索で知ったのです
2026-4-22(水)晴れ、朝の室温20度、すこし肌寒い。自宅瞑想、6:40-7:20、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。数は数えていた。が、終始、<雑念>が頭のなかにあった。演劇関連のこと、自分の育った家庭環境のこと、そして、<お袋>のこと、などなどが思い浮かんでいた。怒りをたぎらせた<お袋>が、俺の帰りを待っている。いまだに、<お袋>の束縛を感じる。心の底では、怖れているのだ。<太母>という概念が、心理学にある。まさにそ
2026-4-21(火)曇り、朝の室温23度。自宅瞑想、7:00-7:35、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。数は数えていたが、<雑念>が優勢だった。はじめは、昨日見た、ユーチューブ番組で、若手のお笑いコンビの対談などが、思い浮かんでいた。その一人が、どうやら、自分と同じ高校の出身らしい。その後、一浪して、難関私大に入ったようだ。奇をてらった、人を食ったようなキャラクターだが、なるほど、同じような目立ちがり屋が、自分の時代にもいた。
友の会にはいっています。15日は文藝評論家の斎藤美奈子氏のトークもありました。なかなか趣向を凝らした内容で、2作品のあらすじを聴衆にていねいに聞かせてくれました。展覧会の副題はシスターフッドの源流。とくに作品が好き、そういうことではなく女流文壇史ーこれを読んで惹かれたのです。自伝的女流文壇史(講談社文芸文庫)Amazon(アマゾン)自伝的女流文壇史(中公文庫A92)Amazon(アマゾン)吉屋信子全集〈11〉底ぬけた柄杓・
2026-4-20(月)曇り空、朝の室温23度。自宅瞑想、6:30-7:15、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。はじめから終わりまで、ほぼ、数を数え続けた。<雑念>も出ていたが、日常生活関連の雑多なことで、深く気をとられることはなかった。ただ一つだけ、頭に残ったことがある。中学校の同級生で、HSというやつだ。校内では、けっこうつるんでいたのに、友情を示さず、意地悪なことを言っていた。ほかにも、程度の低い、嫌なやつが、何人もいた。場末の中学
〈御書に学ぶ創価の心――池田先生の講義から〉聖教新聞は広宣流布の旗印【企画・連載】www.seikyoonline.com
反省の多い人生なのである。今般も駆け落ち事件を起こし、摘発されてからのち関係各位から深い反省を迫られることとなったが、わたし自身は大して反省をしているわけではない。人間理解の点に於いて、こうした場合は、さしあたり反省はする。しかしその反省はポーズとしての反省である。周りに反省を指し示す姿を見せる反省となる。従って、その反省の内容と言えば、次は如何にして隠しおおせるか、どのようにしたらばバレないで済むか、と言う自己の計画の疎漏に向けた反省に費やされる。事のあらましをお話ししたい。
2026-4-19(日)日差しはあるが、うすい雲がかかっている。朝の室温20度。自宅瞑想、6:30-7:20、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。前半は、日常生活関連や、創作関連の<雑念>が出ていた。ともに、昨日、見聞きしたり、考えたりしたことだ。脳細胞の表層に付着していたような感じがした。後半になると、目の前の暗い空間や、体感などに、注意が向かった。<雑念>は、どこかへ消え去り、深く大きく呼吸しながら、数を数えている。一瞬、なにか、イメ
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2026-4-18(土)薄曇り、朝の室温18度。自宅瞑想、6:40-7:15、(椅子)端座位数息120回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。数を数えはじめてすぐに、<雑念>が出てきた。昨晩見たユーチューブ番組や、そこからの連想で、よからぬイメージなどが思い浮かんでいた。が、そのうち、ぼうっとしてきた。80回目前後からは、何度も数を忘れ、数えなおした。胃の調子が、イマイチよくない。不快感がある。頭の片隅で、そんなことを思いながら、なんとか、120回目までたどり着いた。
わたしの講義はコロンビアから、再びアメリカへと向かう。「カターシ、イカナイデ」美女たちのすがりつく手を振りはらい、わたしはコロンビアを立つ。鼻水と涙の綯い交ぜになったものが口元をつたい、ハンカチを借りるべく後ろを振り返るが、美女たちの姿はもはやそこにはない。美女は洋の東西を問わず繁忙を極めるのだ。イサベラ、ガブリエラ、リアナ、ミランダ、マリサ、君たちの言葉と、あの指先の温もりに嘘はなかったとわたしは信じたい、君たちとの思い出を胸に、わたしはパナマへと向かう。パナマ―コスタリカ―ニ
2026-4-17(金)雲が多い、朝の室温19度。自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息100回?般若心経2回、ストレッチはさぼる、メモ書き。20回目くらいから、はやくも、ぼうっとしてきた。数を数えているという意識がほとんどない。再三、数を失念して、数えなおす。それでも、なかなか前へ進まない。時間がたった感覚が、ある程度あったので、いちおう、100回目までは数えたことにして、終了した。そのあとの<心経>も、うわの空だった。極端に眠いというわけではない。が、衝動的に