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❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者134雄哉は、ある日戦後、父親が始めた荻窪駅前で始めたラーメン屋のことを思い出した。朝の八時ごろから仕込みをして仕入れをして、十一時に店を開く。そのままずーっと夜中まで営業する。終電車を降りて来る人たちはみんな酔っぱらい、なかなか帰らないで深夜三時ごろまでいる。ようやくお客が帰ってから店を閉めて、火を落として掃除して。それから寝て、朝八時には仕事が始まる。そんなふうにして、毎日やっているから、あっという間に月日が
こんにちは。もみねっこのあきこです前回の続き『子供が猫背にならない方法その1』こんにちは。もみねっこのあきこです前回、「思考くせ」と筋肉の関係について「腰痛」の原因になる腸腰筋のお話でした『慢性腰痛の治し方』こんにちは。もみねっ…ameblo.jp猫背が思考くせに関係しているって話でしたそれを治すことができるのが親御さんって言いながら終わってしまった前回この思考くせはどんな風に培ってきたのかな。。と考えていくと子供の頃からの環境や発達の段階で獲得できなかっ
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者133雄哉は行者である。だから、行について、よく聞かれる。『千日回峰行』という行は、山を千日間ぐるぐると歩く。山の中に拝む場所がいくつもあって、そこで仏様を拝んで戻ってくる。千日間のうち七百日の回峰行が終わると、『お堂入り』、『お堂入り』では、九日間なにも食べないで、水も飲まないで、寝ないで、横にならないで、お経を十万遍唱える。ずっと眠れないし、水も飲めないから、よく、『眠るのと、水を飲むのと、どっちが大切ですか
こんにちは。もみねっこのあきこです前回、「思考くせ」と筋肉の関係について「腰痛」の原因になる腸腰筋のお話でした『慢性腰痛の治し方』こんにちは。もみねっこのあきこです今回は思考くせと筋肉の関係についてまずは「腰痛」慢性腰痛のお客さんが多いですが・・医学的には慢性腰痛の70〜80%…ameblo.jp今回は、「昔から私、猫背で姿勢が悪いんです・・」って言われる方がおられますがそれも「思考のくせ」が原因の一つかもですそして関係している筋肉は前鋸筋
こんにちは。もみねっこのあきこです今回は思考くせと筋肉の関係についてまずは「腰痛」慢性腰痛のお客さんが多いですが・・医学的には慢性腰痛の70〜80%が「非特異的腰痛(原因不明)」とされており多くは心理社会的要因(ストレス・人間関係・職場環境)が関係しています「痛みは脳が作る」という最新の疼痛科学に基づけば「痛い」は「心のSOS」が身体症状として現れている事が多いのかなと思うこの頃です慢性腰痛を訴える方々の思考くせは、施術をしたりお話を聞いたりしている
都会から田舎にやってきた謎の風習火葬場からその日のうちに何時間後かに還骨式を行いますが都会や他所の地域では亡くなってから2、3日が経過しているので初七日のついでに還骨式を行ったのか?最近では2、3週間も火葬の順番を待たされるので「お七日」を丁寧に拝もうとしてもお葬式すら挙げられていないのです「初七日まもるは不動尊」中陰和讃には死出の旅路に関所があるというまだ引導のイニシエーションすら受けていないのに関所関所で冥官冥衆の裁きを受けて十三仏の加護を
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者132人間は、神様や仏様に、この世に生かしてもらっているが、神様や仏様に頼ってばかりの、他力本願では自分の役割は果たせない。人生の節目になると、神様や仏様に拝みに行く人が沢山いる。『受験に合格しますように』とか、『いい会社に就職できますように』などと、みな一生懸命拝んでいるが、ただ拝んでいるだけでは、うまくいかない。神社の絵馬に『受験合格祈願』と書いて『もう拝んだからいいや』と思って遊びに行ってしまったら、受かる
最近、ご相談が増えており密教宿曜占星術、易、鎮宅霊符授与について『申し込み方法が見つけられない』という方が多くいらっしゃいますのでここに再掲させていただきます。申し込み方法を探すのも、探しても見つからないのも《縁次第》と、考えていたのですがどうやら再掲するタイミングのようでその流れに従ってみることにしました。また、新たに《ご相談》についてもお受けすることと致します。どこに話したらいいのかわからないことや誰かに聞いてほしいだったり、自分の感情を持て余し
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者131雄哉は難しい言葉を使って仏の道を説くことはない。『自然のまま』『一日一生である』拝むこと、日々感謝だと。身近な人の供養や先祖供養もそうである。それは僧侶で雄哉があることが前提ではあるが、その『心』は万人に共通すると信じている。途切れることなく飯室谷を訪れる信者達は、雄哉が自分の話しを聞き、優しい笑顔で頷くだけで救われた気持ちになり、前を向いて歩き出すのである。雄哉は、父親の死に目にも会ってないし、母親のと
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者130三十代後半にして、生まれ持った宿命運命に翻弄され、また運命によって比叡山に導かれた雄哉、道なき道を歩き続けて得たものは決して『生き仏』に昇華したものではなく、生まれてから変わることのない人間・酒井忠雄であり、酒井雄哉である。その姿その口から出る言葉も自然に発している。世の中の流れっていうのも、その時ダメだからといって、ずっと変わらないことはないんだと。経済的に悪いと言ってても、あるところでは物が売れてるし、
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者129朝起きたら、誰でもみんな、空気を吸ってる。それではじめて、自分たちは今日も地球の上に存在しているんだな、と確認できて、そうして、今日も一日動きましょうか、ということになってくる。その呼吸を整えることが、行の動きの基本だ。呼吸が乱れていたら、歩くことができない。呼吸を整えられないと、体がついてこない。ついてこないのに無理して吸うと、くたびれてしまう。疲れると、精神的に圧迫されてくる。圧迫されてくると、頭の中が
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者128実際に歩かなくなると、頭の中でいろんな情報を集めすぎちゃって大変になる。頭の中でごちゃごちゃ考えると、集めた情報を整理して、「これでいこう」と決めることができなくなってくる。あれもいいな、これも捨てがたいな、ということになって、どうしたらいいのかわからなってしまう。しかし、自分を知っていたら、どれを選ぶか決められることができる。それは、自分の能力を知っていたら、できないことには手を出せないから、何が起きよう
久しぶりのブログです皆さん、お変わりありませんか?ブログが、久しぶりの理由がありまして・・・人生も後半に突入して自分が今までしてきた事を考えてみました人様に、言えない事の方が多いあえて、ここでは言いませんが・・・悪でした一通り以上の悪い事をしてきて数々の人や親・奥さんに迷惑をかけてきました一念発起して家族の気持ちもわかり・苦労した人の気持ちもわかるように今、この年齢でやっとわかるようになり悩んで・悩んでYouTu
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者127そうして雄哉は、歩くことを大きくいろんな方面から見てきたらこそ、色んな形に応用できるという。他愛もない日常でも、例えば、うろうろ歩いていると、いろんなものがちょこちょこ目につく。それで、「これ、いいな」と思って買ったものを、仕事に行く時にぶら下げていく。そうすると、周りの人から「阿闍梨さん、買い物上手だなあ」とか、「どこでそんなセンスを身につけたの?」って聞かれることがある。しかし雄哉にしてみたら、買い物が
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者126雄哉は『歩く』ことが全てである。幼少の時から、戦中、終戦後、東京をくまなく歩き、鹿児島鹿屋から歩き、比叡山に導かれるように大阪から歩いた。先達の正井観順、箱崎文應同様に歩いてきた。そして比叡の山々を『峰の白鷺』の如く翔ぶように歩いた。その距離は地球二周分を遥かに超える。世界的冒険家の植村直己は、自身の登山人生は雄哉の二千日にも及ぶ回峰行に比べれば大したものでないと言った。日本各地を巡礼する旅も歩いた。更には
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者125雄哉はどこかへ行くと、その時、些細なものでも、必ず何か買ってきてみんなに「これ、あげるわ」と渡す。そうすると、「お土産ありがとうございました」ってニコニコして、ちょっと下がってペコンと頭を下げる。そんなの見てると、こんなに喜んでくれるんだから、どこかへ行ったら、また何か買ってこようかな、という気持ちになって嬉しくなるのだ。喜ばれるということは、自分も嬉しいし、仕事に行った甲斐もある。だから、安心して出かけら
こんにちは。もみねっこのあきこです今回は阿闍梨として私は真言宗の阿闍梨ですが我が家は浄土真宗ですこんな感じで色々な宗派がありますが2600年前に35歳で悟りを開かれたお釈迦さまが説いたとされる教えまたはその精神を伝えるためにまとめられた経典があまりにも膨大であったので(経典は7000巻もあったと言われている)全てを完全に理解し実践するのが困難その為、ある経典や教えに特に注目し「この教えが仏陀の本意である」やら「この実践こそが悟りに至る最も有
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者124そんな情景を雄哉は、自分が同じ立場でいたならと考えた時、なんとか自立する為に前向きに突っ走って、がむしゃらにどこか食べられるところを探しにいくかも知れないだろうと思った。別にこの国だけが居場所じゃないと、どっかへ行っちゃうというような感覚になるほどだ。命があるから生きてるんで、寿命がなくなったら死ぬのだから、ここにずっといても死ぬかも知れないし、よその国へ行っても死ぬかも知れない。だから、「人間到る処青山あ
真言密教阿闍梨でもあり、修験行者でもある宝珠庵庵主宝珠様から秩父曼荼羅小屋の秩父観音霊場巡礼についてとても丁寧なレポートを頂きました。巡礼とは。神仏と如何に向き合うか。秩父観音霊場の巡礼に興味のある方。是非読んでみてくださいませ。合掌武尚院峯龍宝珠様の記事は此方から↓↓↓秩父曼荼羅小屋HPhttps://chichibumandara.jimdofree.com/
こんにちは。もみねっこのあきこですなんだか時間の流れが早く月日がどんどん経っていく感じのこの頃です1日1日を大事に生きていかなくてはいけないと自分のだらけ気持ちを引き締めているこの頃です日々、お客さんと接していると心配性な方や不安症な方自分自身がコリや邪気を作り出して身体が辛いって方が多いなーと思います未来の事を心配するって・・・その心配することが本当に起こってしまうのはほんの数%だそうですそんな数%のことについてこうなったらどうしようとかこうなった
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者123雄哉はインドネシアの首都、ジャカルタへも訪れた。「雨季だけど、雨なんかちっとも降ってないねえ」なんて思ったら、黒い雲が出てきて、ダーッと雨が降ってきた。スコールだ。ジャカルタでは、バスがたくさん走ってる。そのバスは、日本でいったらマイクロバスみたいで、なかには日本かどこからかトロッコを買ってきて、トラックにつないであるのもあるのだ。停留所には、行き先を書いた案内板がない。日本なら京都行きとか、なんとか行きと
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者122国民性で違いはアメリカでも感じた。アメリカ人は、自由を通り越しちゃってる人が多い感じを受けた。アメリカで講演した時、聴く人たちが勝手に、自由なスタイルで話を聞いていいと解釈して、寝っ転がったり、デーンと大の字になったりしてて、話が聞こえているのか、聞こえていないのかわからない。しゃべりづらくて、流石に参った。それには、恐れ入った。日本ではちょっと考えられない。「俺の話を聞くのに、座って聞かないとは何事だ。バ
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者121海外巡礼も回数を重ねると要領も『術』も雄哉は身につけてきた。便利なICチップ入りのパスポートの恩恵も受けた。『ポンと置けばサッと通り抜けられるから、早いんだよね』ちょくちょく東南アジアに行ってた時期がある。入国審査を通る時の要領だけは分ってくる。顔を見られると、言われるより先に、すぐにメガネをはずしたり、帽子を取ったり先手を打ったつもりで通過する。一度、韓国で入国審査を通る時に、手間と時間がかかったことがあ
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者120毎日、山や、自然、日本、世界を歩いていると、地球を歩くという感覚になってきて、地球規模のものの考え方になってくる。なるべくいろんな人とふれあうようにしている。言葉はわからなくても、やっぱり通じるもの、わかるものがあるから。他国へ行くと、その国それぞれの動きというものを、自分の視点で知ることができる。平和な国でも、人々の心が、本当の意味でどこまで平和か、どこが不安か、見えてもくる。そうすると、豊かな金持ちは金
これも、今年の2月ですけど車両を預かった時に3人でご飯を近所にあるいつもお世話になってるたこ焼きダイニングみはるの横丁さんに行きました。高橋さん実は凄い人でモトクロスやるし、モタードもやるし(最近は全然出来てないと言いますが)占い師さんだし、修行して阿闍梨教師(僧侶)さんでもあります。そのパワーをマン島TTレースでも発揮して頂き安全にそして無事に今年もレースが出来る様に帯同してくれるので自分も安心です。そして、この時の自分の運勢を見てもらったのですが言いません。(
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者119今まで、雄哉は、日本国内を巡錫巡礼し、そして、中国を皮切りに欧州に行って、中東、インド、東南アジアの国々を巡礼し、アメリカにも行った。『世界巡礼』は雄哉の視野を広め様々な景色を歩き見ることによって吸収していった。海外のおもだったところへは、だいたい行けた。それは、また珍道中の連続でもあった。エジプトでは、風呂を洪水にして大騒ぎしたことがある。日本の風呂のつもりで、お湯をためてから、湯船がいっぱいになっても
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者118ローマ教皇に謁見した後、そアフリカ系黒人の宗務局長が、待合い室のような部屋に通してくれて、お茶を出して一服させてくれた。その時、宗務局長さんが、「なんでバチカンへ来たのか」ということを雄哉に聞いてきた。「とにかく世界の平和ということを願っているし、拝むということが自分の一つの仕事で、天命だと思っている。だから、これからもいろんなところへ行って、みんなの幸せを祈りながら各国を回りたい」と答えたら、「それはけっ
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者117世界的な諸宗教間の対話の時流の中で『世界巡礼』は始まったが、雄哉にとって発端は、ある人から「三大聖地へ行ったらどう?」と言われたのをきっかけであった。その間、中国、インドには訪れていたが、イタリアのバチカンへは、当時ローマ教皇だった、ヨハネ・パウロ二世に会う目的で行った。「これまで中国、インドと行った。今度はキリストのところへ行こうかな」と思って、平成七年六月バチカンのサン・ピエトロ寺院に行者姿で訪ねた。
【5月24日】滋賀県大津市比叡山にある天台宗総本山延暦寺さんへ。比叡山西塔・峰道広場で執り行われる比叡の大護摩に初めて参加させて頂きました。霧と強風、雨の中でしたが護摩の時は雨だけ小降りでした。法要後に阿闍梨様からお加持を受けさせて頂きました。霧、強風、雨の中沢山の方が参加されていました。限定御朱印。
❖大阿闍梨の道比叡山に取り憑かれた三人の阿闍梨三章酒井雄哉生々流転の行者116『天台山巡礼』の前後、世界的な諸宗教間の対話交流の潮流が加速していき、雄哉の比叡山、天台宗は山田恵諦座主が先頭に立ち『空飛ぶお座主』と云われるほど精力的に世界各地を巡錫しある時は雄哉も随行し、ある時は単身で『世界巡礼』に歩いた。それは、キリスト教の対外諸宗教との対話促進が大きく影響した。始まりは、一九六一年(昭和三十六年)の『第二バチカン公会議』から始まったとされる。当時の教皇ヨハネ・パウロ六世によるキリス