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(...この世ははかない夢と気付いて私は出家したけれども、この世を捨てたその事だけは、まぎれもない現実なんだろう...。)暑い夏の陽射を浴びながら、旅の僧は深く物思いにふけっていた。この者は武蔵の国の住人、熊谷次郎直実(くまがえのじろうなおざね)が出家した蓮生(れんしょう)という名の法師である。彼が出家したのにはわけがあった。幼いころに両親を失い苦労人であった彼は、源平の戦争で不本意ながら敦盛という若者を手にかけ、その功績で地位も収入も大幅に上がったが、息子と同年代の命を奪って
大善寺だいぜんじ2026年午歳准秩父34観音霊場十二年に1度の御開帳…第1弾1番〜11番参拝第2弾12番〜20番参拝第3弾21番〜23番参拝第4弾24番〜26番参拝巡礼最終章…第5弾❗️(順打ちです)30番三寶寺·31番長泉寺から32番大善寺へ31番長泉寺から約20分ほどテクテク👣テクテク👣徒歩巡礼はやはり気持ちが良いですね〜石段を登ります❗️山門ポカポカ陽気善の綱に触れました回向柱から伸びた善の綱の先へ行きますよ~御本尊阿弥陀如来札所
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。【蛇蝎のこころ-阿弥陀さまに照らされているからこそ-】そもそも私の生活はー2そもそも、私の生活は、数えきれない動植物の犠牲によって成り立っています。「食事」という行為だけを取ってみても、毎日、多くの命を奪いながら生きているのです。存在そのものが「罪と不可分」で、生きること自体が罪深いと言えます。そうであるのに、その罪を意識することもなく、何食わぬ顔で平然と過
高校の修学旅行では、京都と東京でグループごとに自由行動がありました。私のグループは京都では太秦映画村、清水寺、三十三間堂に行きました。東京では原宿に行きました。札幌当日と翌日の夕方まで、おとぅしゃんと一緒で、夕方からは自由行動にしました。私と結婚することになって、初めて札幌に来たおとぅしゃんですが、インコのイベントで何度も来札。気の合う友達が出来たので会いたいだろうし、私も友達に会いたいしの自由行動にしました。イ
京都で目覚めたら曇り。暑くなくて良かったけれど、ホテルをチェックアウトして宇治駅に着いたら雨が降り始めた。小雨だけど、ずっと歩くにはちょっとしんどいかなと駅前の観光案内所で暫く雨宿り。なかなか止まないので、もう行っちゃえ!と歩き出して見つけたダイソーでカッパを購入。目的地は、平等院鳳凰堂。藤はもう見られないみたい。ホントだー。でも、こちらはちゃんと観られました。正面から。お約束のツー
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。【蛇蝎のこころ-阿弥陀さまに照らされているからこそ-】そもそも私の生活は悪性さらにやめがたしこころは蛇蝎のごとくなり修善も雑毒なるゆゑに虚仮の行とぞなづけたる親鸞さまは『正像末和讃』に、このような凡夫の私の心を「蛇蝎のようだ」とたとえ、その罪悪性について教えてくださっています。蛇や蝎は、昔から悪賢い生き物の代表格で、厚かましく卑怯な
御影堂門より東本願寺へはホテルからは歩いて5分くらい。添乗の住職様たちは何度も来ていることでしょうね私は初めてもあってどこもかしこも、、写真たくさん撮ってしまったなぁしばしお付き合いを、、烏丸通りを歩くとまずは阿弥陀門がその先にある御影堂門写真では伝わらないスケール感、、立派な大きい門です。木造建築の山門としては世界最大級だそう釈迦如来・弥勒菩薩・阿難尊者の三尊像が安置されています。11時40分頃いよいよ境内へ東本
休みの間の外出は前半に出かけた玉置神社参拝以外に予定はありませんでしたが夫がもう1日予定を作ってくれたのでまたまた奈良方面へ出かける事に😅(石原)良純(小泉)孝太郎の二人で玉置神社へ参拝に行く番組を今夜放映していて改めて私らタイミングよく参拝出来てラッキーやったしめちゃタイムリーやな👍などと夫と話してました😊昨日まで夫だけ夫両親、弟妹家族と親類の長寿祝いで1泊旅行へ行きその間に運転手係を務めた事もあり連日の車の運転は疲れるので今日は電車でお出かけです🚃我々
過去記事2016年化城喩品第七悟りを開き如来となった大通智勝仏には十六人の息子がおり、父の大通智勝仏から授かった妙法蓮華を学び全て仏と成った。その九番目が阿弥陀仏と成り末っ子の十六番目の息子が成仏し釈迦牟尼仏と成った。と法華経にアリマス(^^)ノ
第七番長慶山富光寺神崎川のほとりで大阪市内エリアの巡礼も、第七番は大阪市域の西の端にたどり着きました。神崎川。大阪府と兵庫県の境を流れるこの川は、古くから北摂と西摂をわける境でもありました。その川のほとりに、富光寺はあります。梅田の喧噪も、心斎橋の賑わいも、ここまでは届きません。住宅街の中に静かに佇む、そういうお寺です。神崎川は、淀川から分岐して大阪湾へと注ぐ川でもあります。古代から水運の要所として栄え、長く機能してきました。現代ではこの川を越えれば兵庫県。富光寺は
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。【蛇蝎のこころ-阿弥陀さまに照らされているからこそ-】自分は善人ー2例えば、「家庭菜園の野菜は手をかけてもなかなか思うように育たないのに、どうして何も手をかけていない草がこんなにもよく育つのだろうか」とか、「この草をおいしく食べられたなら、草取りも楽しいだろうな」とか、目に入る草についても考えることがあるのです。ある日、「草にも命があるのに、その命の尊
今、国府祭に向かう車中です。その間に昨日の京都の様子を✨⇧の続き✨素晴らしく大きな楼門を潜るととてつも大きなご本堂が!!!\(◎o◎)/!、、、ってののさんこちらへは母の実家が京都にあったので子供の頃から何度も良く来てたんですけどね。😊✨🌈素晴らしい✨😊本当に大きなご本堂。✨阿弥陀堂もあるのです✨ご本堂は撮影禁止なのですが阿弥陀堂の方はご神事以外の時は撮影可能との事!
四国八十八ヶ所霊場第2番札所日照山無量寿院極楽寺(にっしょうざんむりょうじゅいんごくらくじ)阿弥陀如来様徳島県鳴門市の第2番札所極楽寺の阿弥陀如来様。本堂の御本尊の阿弥陀如来様(秘仏)の写し仏様です。御本尊と写し仏様の違いは写し仏様には胸に卍の模様がありますが本堂の御本尊には卍が無いそうです。〜2021年11月撮影〜📷️情景写真家📷️🌿🌼華王(りりぃ。)🌼🌿(この写真は初投稿)我が家の絶対ルール▼本日限定!ブログスタンプ特に無し。
それから、世尊(釈迦牟尼仏)は除蓋障(じょがいしょう)菩薩に次のような言葉を授けられました。「善男子(ぜんなんし)よ、この六字真言(明呪)のために、私はかつて数えきれないほど無数の如来に供養を捧げましたが、それら諸仏からこの真言を授かることはできませんでした。その時、如来であり阿羅漢、正等覚者(しょうとうがくしゃ)である阿弥陀仏の御前で、ある者が涙を流して泣いておりました。阿弥陀如来はその者に向かって問いかけられました。『善男子よ、なぜ泣いているのですか。涙を流すほどの、どのような悩みがあ
室町時代のお話。「大厳寺の阿弥陀如来」。浜松宿周辺が舞台のお話。(大厳寺:静岡県浜松市中央区(旧中区)東伊場2-20-1)駐車場あり。トイレ・自販機なし。(普済寺:静岡県浜松市中央区(旧中区)広沢1-2-1)駐車場なし。トイレ・自販機なし。‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐1532~1555年頃(天文年間)の話(てんぶんねんかん)三河国の常光寺(愛知県田原市)の住職が浜松の普済寺の輪番住職として来ていた日の夜寝ていると南側の障子越しに眩い光が差していることに気付き
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。【蛇蝎のこころ-阿弥陀さまに照らされているからこそ-】自分は善人毎年7月から9月の3カ月間は、お寺の境内の草取りが日課になります。酷暑の時季の草取りは大変骨が折れるもので、日中の作業は熱中症のリスクも伴います。そこでわが家は、夜明けから朝6時までと決めて、毎日少しずつ草を取るようにしています。作業時間が短いため、1日の負担はそれほど大きくないのですが、そ
≪明治期世田谷最大の寺子屋跡地が有る、福来山・「法徳寺」!≫法徳治にやって来ました。山号:福来山宗旨:浄土宗本尊:阿弥陀如来永禄元年(1558)法可因公和尚によって開山した。大塚貞三郎は幕末から明治初期にかけて法徳寺に寺子屋を開き、農村子女の教育に励んだ人物です。明治期世田谷最大の寺子屋跡地!住所:東京都世田谷区瀬田1丁目7-7入り口左側には石碑と石仏が有ります。福来山・法徳寺・(浄土宗)開基は瀬田の旧家白井
寺名:常持山是真院西善寺本尊:木造阿弥陀如来立像経蔵宝形造三間堂で、十七世紀初期の建築。もと松平家の造営で高松石清尾八幡御旅所の太鼓橋付近にあったものを、明治年間当寺の住職が買い求めたもの。堂内右側に松平頼重、左側に聖徳太子の像を安置し、堂の中央に八角八面、二層の輪転式教蔵を置いてある。堂正面に一間通り庇(後補)を付けているが、江戸期にしては非常に珍しい純粋に近い禅宗様仏殿を形造っており、貴重な存在である。中興:善宗開
5月のエネルギーです。テーマといたしましては「コツコツと続ける。」「安定させていく。」「長い道のりの始まり。」人の心は移ろいやすくついつい、あちらこちらへと興味の対象が変わってしまいがち。自分の目指す道を忘れずに堅実に一歩一歩進んで行きましょう。一方、新たな方向へシフトチェンジする方も多い月となりそうです。5月を守護してくださる神様は国之常立神様。客観的に自分を見つめたい時仕事や人間関係でのヒントがほしい時ぜひ、国之常立神様のエネルギーにふれてみてください
浄流寺じょうりゅうじ2026年午歳准秩父34観音霊場十二年に1度の御開帳…第1弾1番〜11番参拝第2弾12番〜20番参拝第3弾21番〜23番参拝そして巡礼は終盤へ…第4弾❗️(順打ちです)24番大聖院から26番浄流寺へ※25番は20番境内で参拝東急東横線綱島駅からバスに乗って浄流寺に到着背景が森のようになっている緑あふれるお寺です参道左側に観音さまがいらっしゃるようです榎堂神隠堂の由緒書観音さまにお会いしに参ります回向柱善の綱に触れました聖観世
今日は東本願寺札幌別院の境内を散策して来たのですが、梅花が少し咲いていました。仏教全般においては梅花は曹洞宗では「梅花流御詠讃歌(御詠歌・和讚歌)」というものがありますし、「雪に耐えて梅花麗し(寒さに耐えた後に美しく咲く梅花は厳しい修行や困難を乗り越えて開花する人生の心理と同じである)」「一華(寒中に咲く梅花のように厳しい環境でも自己を磨き自らの花を咲かせる事が大事である)」という言葉があります。浄土真宗において梅花は縁起の良いお花で、「梅は百花の魁(冬の寒さが残る時期に、他の花に先
筆アート心彩@神仏未来書による作品「平等院鳳凰堂阿弥陀如来様」は、日本を代表する浄土信仰の象徴である平等院鳳凰堂に安置された阿弥陀如来の慈悲と荘厳な存在感を、繊細かつ力強い筆致によって表現した一枚である。悠久の時を超えてなお人々の心に安らぎと救いを与え続ける阿弥陀如来の姿を、筆文字ならではの温もりと余白の美によって静かに描き出している。本作品において描かれる阿弥陀如来は、ただの宗教的象徴にとどまらず、見る者一人ひとりの内面に寄り添い、苦しみや迷いを包み込む存在として表現されている。柔らかく流れ
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。【出来上がるまでに-果てしない雌思惟と修行の末に】たった一声のためにー2たった一声のお念仏ですが、「一声となえてくれてありがとう。私はそのために果てしない時間修行したんだよ」と阿弥陀さまが語りかけてくださっている気がします。ちなみに、そのプロ野球選手は海を渡り、大リーグで数々の記録を打ち立てるレジェンドとなりました。今となってはサイン入りのバットなど到
日光世界遺産世界遺産の入口にあるのが、神橋であるが渡ることができなくて入場料を払って端まで行って戻ってくる。橋なので仕方がないが、どこに入るのにも拝観料が必要になる。日光山輪王寺は、奈良時代に創建された、東叡山・比叡山と並ぶ大本山で、お堂や塔、15の支院全体の総称で、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。1250年以上前、日光開山の祖である勝道上人が四本龍寺を建てたのが始まりで、日光山全体を統合し、天台宗三本山のひとつに数えられている。日光三山の本地仏をまつるお堂「三仏堂」は日光山
実在する奇蹟復刻改訂版Amazon(アマゾン)1,650〜4,785円真の日本精神が世界を救う―百ガン撲滅の理論と実証Amazon(アマゾン)1,879〜1,988円皆さんこんにちは!ロニサランガヤでございます❗今日の人類大救世主大塚寛一先生の教え「ロニ如是我聞」は、下記でございます!8月11日、山の日には、近い将来、世界のメッカとなる東京奥多摩聖地萬寿山にて、全人類の先祖霊供養の式典が行われるようになると思います!『8月11日山の日は、奥多摩聖地万寿山で先祖
勝軍山新放生寺舎那院真言宗豊山派本尊阿弥陀如来愛染明王境内は、緑が青々としてきて素敵です🤗六瓢箪霊場巡りの御朱印もあります😊滋賀県長浜市にあります豊臣秀吉ゆかりの6つの寺社を巡る霊場です。6つの瓢箪が「無病(六瓢)息災」に通じるとして、健康長寿や開運招福を願い、各寺社で瓢箪の御守りを授かりながら巡る、古くからの信仰の場です。長浜六瓢箪霊場舎那院(しゃないん)知善院(ちぜんいん)豊国神社(とよくにじんじゃ)長浜八幡宮(ながはまはちまんぐう)神照寺(じんしょうじ)総持
北向観音から善光寺・長野7阿弥陀様との結縁を願う庶民の大寺「善光寺」善光寺は、1998年の長野オリンピックにおいて、善光寺の鐘楼の鐘が開会の合図となったことからもうかがえるように、長野を象徴する寺院です。江戸時代から「遠くとも一度は参れ善光寺」と言われており、古来人々に親しまれてきたお寺です。中世には現在の長野市の基礎となるような門前町が形成されるなど、人々に与える影響力は非常に大きく、戦国時代には御本尊の阿弥陀三尊像が武田信玄や織田信長、豊臣秀吉といった大名たちによって、甲斐国(山梨県
おはようございます4月某日御岩神社に参拝GoogleMapsFindlocalbusinesses,viewmapsandgetdrivingdirectionsinGoogleMaps.maps.app.goo.gl近場の駐車場は満車御岩神社公式ホームページ御岩神社は、茨城県日立市入四間に鎮座し、縄文晩期の祭祀遺跡の発掘や、日本最古の書の1つ「常陸國風土記」(721年)に「浄らかな山かびれの高峰(御岩山の古称)に天つ神鎮まる」と
GW後半戦スタート。つっても僕は今日から本格的にGWスタートです。今日はまず京都でいろいろお買い物。3月に亡くなった父親の弔いに関するお買い物です。その前に西本願寺へ。久々の訪問です。まず唐門を見に行きます。京都駅は観光客で溢れかえってましたがここはこんな感じ。とても静かです。荘厳な唐門。ザ・桃山時代といった感じの派手派手しさ。こういった派手さ僕は大好きです。国宝でこんな立派な門ですが誰も見に来てはりません。門の前通っていかはるのは平安高校の