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①八幡山古墳(二基)徘徊編八幡山&南山徘徊MAP暖かい曇空の下、花柄山を見上げながら、多米サイホンへプラブラと彼方此方と覗きながら、八幡上橋へと着きました。(^_-)中央は花柄山・背景が赤岩尾根です。豊川用水・開通紀念碑(豊川用水・多米サイホン)豊川用水は麓を貫通させています。用水道路で岩盤が露わに為っています。八幡上橋を渡り、八幡山を少し左手へ徘徊します。入山して早速に八幡山1号古墳に遇いました。墳頂には覗いたような陥没
空を愛した男の死闘譜平塚勝手記(絵も)Skylover'sDeathBattleNote1942-1945byHiratsukaMasaruEditedbyHiratsukaShigeru(C)2017-___________________防空壕にて昭和18(1943)年10月飛行第78戦隊
2月14日(土)は大府市歴史民俗博物館で『大府の山車文化』を見た後常設展示を見ます。ひなまつり展示常設展示は昭和の民俗展示と大府市の歴史展示の構成懐かしの看板展示昭和の商店街ここの展示好きです。町の自転車屋パンク修理をお願いし空気入れを借りました。ホンダのモンキーとハミング町のおもちゃ屋ブリキのおもちゃプラモデル町の電気屋さん電卓と算盤が合体した計算機ビク
14時55分受付終了5分前に安田邸に到着です。近くの岩崎邸が洋館なのに対しこちらは和風いずれにせよ大邸宅ですが・・・。残念だったのが防空壕建物の地下にあるんですけど、公開しているのは4月と7月のみ、とのことで・・・。(なぜこの2か月だけなのだ!?)さて、ここから少しだけ歩いて続いては、森鴎外記念館です。安田邸から徒歩5分の距離にあります。期待していたかっけ関係の記載は見当たりませんでした・・・。そうか影の部分は記念館には適さないのね・・・。
2026年1月アルバニア初上陸(その4)時間がたっちゃったけど、最後にもう一つだけ。今回の旅で、一番面白かったのは、公共交通の要あるバスだったかもね。短期間なのに地方都市で一泊するプランにしたので、バス移動しなきゃだったし、なかなか難しそうだったんで、事前にすっごく調べて、一応準備万端の気持ちで行ったんだけど、やっぱりね、万端とはいかなかった。行かなきゃ分からないことあるもんだよね。初日は、夕方に到着して、ティラーナで一泊だったんだけど、翌日は早めにその地方都市に移動したかったか
549)修身の教科書◆喫茶店に常連で来てたOさんは裕福。福岡大空襲では、防空壕に逃げたらしい。当時小学生。彼がある時言った。「修身の教科書を戦後も使うべきである」と。◆高名な政治評論家三宅久之氏が、存命中にテレビ番組で話したことがある。「『自分のことは自分でしなさい』と修身の教科書に書いてある」と。◇豆知識戦前(明治時代から第二次世界大戦終戦まで)の学校で使われていた国定教科書「修身(しゅうしん)」には、個人の自律を促す教えとして「自分のことは自分でする」という内容が、多くの学年
何故そう思うようになったか定かではないが、どこか出っ張らせたら、その分どこか引っ込めなければならない。何かを得たなら、その分何かを捧げなければならない。となると、もっとも大事なことは一つしかない。あるかどうか判らない力を一つのことだけに注力すべきだろう。あれもこれも、と欲張って限りある力をすり減らしている人が多いのか不思議で仕方がない。昨年この考えは正しいことが証明された。初めての入院で、冠動脈の手術2回に坐骨神経に苦しんだ。そのかわり建長寺では、今までで一番の展示になった。なんでその状況で笑
今朝は、今年一番寒かったですよね!67歳児は、自転車で現場へ行くのですが、スピードのでる坂道(下り坂)ではあまりの寒さにブレーキを使うほどでした。でね、現場で仕事仲間に聞いたんですが、今朝の気温はマイナス5度だったそうな・・・そりゃ~寒いわけですよね(笑)こんなところにも氷柱が出来てましたし・・・氷柱(つらら)で思い出しましたが、67歳児が子供の頃は、近所に防空壕が残ってましてね(防空壕ではなかったかも知れません)で、冬になると洞窟の入口付近の上には氷柱が垂れ下が
初めて佐世保に来たので少し町を歩いてみました。5番街から佐世保駅の横を通って線路をくぐると教会が見えてきました。ここはカトリック教会のようです。長崎県は教会が多いですね。前の道を西に歩くととんねる横丁があります。戦時中の防空壕をそのまま生かして作られた市場で頻繁にTV番組でも取り上げられている市場です。防空壕の上は学校の校庭になっていました。お昼前の時間帯だったので昼食が取れるところを探してみましたが、適度なお店が無かったので近くのアーケード街にも行きました。海
しげりちゃんお久しぶりのデートいつもパワーいただいております☺︎すわさんは昭和17年生まれ…終戦は昭和20年。。きっと、物心なんて…ただ、お父様が防空壕を掘ってくれて家族みんなで逃げたのを覚えているってお話しくださいました。話を聞かされたんじゃないかと思う事もあったけれど、肌感覚で覚えているんだと…戦争は絶対にダメだっておっしゃってました‼️日曜日は、選挙ですね🗳️私達は先に死ぬから良いけれど…戦争が始まっても、政治家は絶対に死なない。。子供や孫達が辛い思いをするのは耐え
陸軍林飛行場仕事で高松市に行ったfuyunoB.空き時間を活用して高松の戦跡巡りに出かけました。高松といえば陸軍林飛行場。正式名称は陸軍高松飛行場だったようですが、林村にあった飛行場ということで林飛行場と通称されていたようです。1945年(昭和20年)2月、高松市の郊外の小山、由良山に、本土決戦に備えて陸軍戦闘機を温存するための格納庫などの壕が掘られました。由良山の北側には1944年(昭和19年)8月から陸軍飛行場が作られて、由良山への誘導路が造られたのです。太平洋戦争末期、大
というわけで、祖⽗⺟の⿊歴史シリーズ?の続きw趣向違いますけど。ちょっと笑える話ではないんですが、祖⽗⺟はどちらも戦争経験者です。祖⽗は出兵していたようですし、祖⺟は空襲とかを受けた経験があるそうです。で、その時の話を時々聞くことがあったので少しだけ紹介。トチ狂った祖⽗⺟なんでどこまで本当かはわからないですけどね。祖⽗は出兵し外国の戦地に行ったことがあるそうです。船で現地に行くことになったそうなんですが、その時に敵国からの襲撃を受けたそうです。機銃みたいなので空から滅多打ちにされ
昭和時代は激動の時代で、義務教育などでみんなが生きるのに必死の時を過ごした。今のように整っていない生活水準でした。悩まされる社会生活で母は良く語ってました。空襲警報が鳴ると防空壕に避難して、地方の疎開先で起業して日々を家族で、暮らして村で畑を耕し共同生活で凌いで爆撃機が行き交う時代を会話していた。令和の今の時代も激動の地域は存在する。そして災難で疎開を余儀なくされている。
今日は地域研修でセイルタワーと九十九島巡り無窮洞に行ってきました。セイルタワーは旧日本海軍から現在の海上自衛隊の歴史的展示物がある会館です。無窮洞は戦争中子供達の手で掘った防空壕、洞窟です、どちらも時間が無く中途半端になりました。特にセイルタワーは時間をもっと長く居ないと展示物がとても見れません。
今日は、相方の治療日でした。診察の時に、先日受けた脊髄のMRI検査結果についても説明がありました。残念ながら、転移が疑われる病変は存在していました。でも昨年7月の画像と比較しても大きくなっている様子は無いので、担当医は「現時点ではそれほど気にする必要は無いでしょう。」という話でした。そして現在の抗癌剤治療を継続することになりました。とりあえず相方の体力も回復傾向にあるので、良い方向に進んでいるんだと思います。それでは、昨日の続きです。にほんブログ村ブログ村のランキングに参加し
今回は、広島県竹原市の観光地「大久野島」の中にある「幹部用防空壕跡(かんぶようぼうくうごうあと)」をご紹介いたします🙂大久野島へのアクセスは、こちらのブログ記事をご覧ください📝⬇️『【広島】「うさぎの島」大久野島への道【うさぎさん】』今回は、広島県竹原市の観光地「大久野島(おおくのしま)」をご紹介いたします☺️(とてもブログ記事ひとつでは紹介しきれないので、大久野島編を連載します📝)広島駅…ameblo.jpピンク色のフェリーを降りて大久野島に上陸後、まっすぐ進むとこのような案内がござい
網引駅に到着しました。目指すわ!駅前から徒歩10秒、手打ち駅前そばあびき私の事を憶えていてくれたアルバイト店員の唯乃ちゃんはいるのかな?と思いながら暖簾をくぐると「あ!こんにちわ!」と唯乃ちゃんが出迎えてくれました。この日も明るくキュートな唯乃ちゃんと出会えました。おしながきは北条鉄道キハ40とフラワ2000-2ひとまず、焼酎そば湯割りそば味噌を付けてくれます。毎回オーダーするのは鴨せいろです。つけ汁の焦がしネギがちょ〜美味しいです。鴨肉ゴロゴロも嬉しいところです。4
2026年1月アルバニア初上陸(その3)ほんの数日の滞在だったにも関わらず、アルバニアって、歴史も特異だし、人々も穏やかで親切で押しつけがましさがないのがいいし、とても面白い国だなってなって、当初興味がなかった歴史博物館みたいなやつに、俄然行きたくなって、最終日に行けば、時間配分的にもちょうどいいと思っていたんです。ところが、絶賛全面改装中…。すっぽりと工事中の足場に覆われていて、内部は見学可能な時期もあったみたいなんだけど、今は見学不可でした。これは相当がっかりだった。なんか
戦争遺跡を見ながら法華口駅から歩きます。機銃座や防空壕などが残されています。
千住神社2025年末のことになりますが、大祓もかねて、北千住にある千住神社に行ってきました。ここには太平洋戦争中の防空壕があるということもありまして。千住神社をはじめ、この界隈一帯は1945年(昭和20年)3月以降からのアメリカB29による空襲でひどい被害に遭っています。その悲しい記憶が、今もいろいろな所に残っていました。千住神社へは千代田線かJRの北千住駅が最寄り駅で、北千住駅前の商店街を抜けて歩いて15分くらいの、住宅街の中にあります。創建が926年!という、すごく歴史がある
年末に熊本の地鶏を食べに行った帰りに戦争の歴史に触れる機会に恵まれました✈️人吉にある海軍航空基地資料館。この位置は東西で言えば九州のほぼ真ん中にあり海軍?と思われますが、ガイドさんの話を聞いてすごく腑に落ちました🤔本州や全国から集まった兵隊さん達がこの場所で訓練を受け、東西の港の基地へ派遣されて行くので海軍であるとのこと。日本は資源が乏しく、鉄はとても貴重でちゃんとした訓練用の戦闘機もなかった為このような簡易的な飛行機で訓練をされていたそうです。資料館の横にある道路は
1944年10月13日、突然、久部良に焼夷弾による空襲があり、250戸の約半分の106戸の家が焼け、6名が亡くなりました。赤い炎と真っ黒い煙がもうもうと空に高くあがり、祖納からも見えるほど大きな火災でした。火を消そうとして逃げ遅れたのでしょうか、ヤギのように焼けこげて木に引っかかっている死体がありました。防空壕で焼け死んだ人もいます。空襲にそなえてつくった防空壕でしたが、役に立たなかったのです。お母さんは、その光景を目の当たりにして、身体がふるえてなりませんでした。とうとうこの島まで戦
12/20に御殿場市にある「秩父宮記念公園」に行って来ました。もう何回目になるかな。私の癒しスポットのひとつです。木の数が減った?下の方の枝を切ったかな?鬱蒼としてるイメージだったけど見通しが良くなってるように感じる(^^)一部工事中みたい。さすがにバラ園は淋しいな〜ほんの少しだけ咲いてました。こちらの管理事務所でチケット購入。事務所にいる可愛いうさぎの「黒豆ちゃん」前回癒されたのでこのコにも会いたかった〜「なあに?」って感じで近くに来てくれた♬可愛いお顔。まさに癒し
2026年1月アルバニア初上陸(その1)今更ですが、あけましておめでとうございます。(ティラーナ中心部の広場のクリスマス・イルミネーション)年末は、バタバタとしてしまって、備忘しておきたいことがあれもこれもあったのに、書くこともできず、元旦からお出かけしてしまい、今に至る、というところです。昨年の元旦休暇は、アテネに行きましたが、今回はアルバニアという未訪の国に行ってみることにしました。寒い時期に寒い場所には行きたくない、という前提であれこれ考えた挙句、バルカンの一端でもあり
永野靖忠監督による日本のサスペンス映画。出演は西郷輝彦、萬田久子、仲谷昇。<あらすじ>横浜のインテリジェントビルの建設工事に参加した建築家の結城章は、工事現場となった場所の地下にあった旧海軍防空壕内で多数の身元不明の白骨死体を発見した。だが、事件はすぐにおさまり工事は続行。そんな中、工事現場に隠されていた秘密を探っていたトップ屋の園田が変死。さらに工事に関する会社のビルに爆発物が仕掛けられていることが分かった。それでも会社は動かず、内部処理で済ませてしまった。結城は、次期社
この子が寝てる間に…出来て洗い物はもぉ…一回…な感じだけどお米が研げただけ食いっぱぐれ無くて済むなと。ふりかけご飯でもえぇやん卵かけご飯でもえぇやんパウチのカレーもかけれるやんとりあえず米さえありゃお腹は満たされるだろとゆぅ江戸時代的な発想。んで隣来てこの顔眺め…癒し…この人にいっつも精神的暴力受けてるのに…w昨日私に泣き出すとまた泣く〜とか言われて布団かぶられて母…防空壕に隠れられるので今までと違うぞ…泣くとママは隠れたり…文句言ってきたりする…
「シェルター?」敬子は意味がわからないようだ。まあ、おフランスがどこにあるかも知らないんだから仕方ない。「防空壕のようなもんだよ。昔、あっちこっちに掘ってあったろ?意味合いはそういうもんだ」私は簡単に説明した。「・・・」だけど、敬子の理解のほどはわからない。「東側の危ないのが日本を狙ってやがるんだ。今にも爆弾が飛んできそうなんだよ。だったら、穴の中に隠れるしかないだろう。違うか?」「そりゃ、まあね。表にいたら死んじゃうだろうから。でも、こんな田舎まで爆弾飛んでくるかね?壊すもの
①八幡山古墳群(二基)彷徨い編初めて・豊川用水建設で削られた山裾から進入しました。興味津々の処が幾つもあり、危うく裾巡りをしてしまう処でした。(^_^😉八幡山徘徊MAP朝倉川沿いの道に駐める。右手より八幡山に彷徨い入る。豊川用水路工事で削り残された山裾に、石材に丁度良い巨岩が転がる。凹みを覗くと、其処には戦争遺構の防空壕跡か赤岩尾根を覗く。今日も伐採工事が行われている。八幡上橋の処へ出ました。八幡山彷徨い口(八幡上橋より)を覗き見る。
昨晩降った雨も上がり、曇り空。作業するには丁度良い天気だ!そこで、気になっていた竹林の一角にある篠竹を見に行って見た。昨年12月末にこの状態だった篠竹。何とか駆除したい!そこで昨年末、除草剤を注入する方法を試してみた。除草剤を竹に注入するには、ドリルで穴をあける。そして、その穴の中に除草剤(グリホサート系)を注入。原液のまま10ml程度注入。除草剤注入した結果は?注入して一年後の今日、竹を見るとしっかりと枯れていた。茶色のビニールテープが貼ってある
徳島県の防空監視哨巡りも残り県南の3件を残すのみとなりました。県南のダニは怖いので12月を過ぎもう大丈夫かと思い今回訪問したのですがシダは生き生きと茂っており、ダニも茶色いの黒いの、小さいの大きいのが生き生きとしており、シダ群を通り抜ける度に取り付かれていました。いつもは監視哨と付近の三角点はセットで撮るのですが今回三角点は断念しました。その他の画像は続・徳島県の防空監視哨巡りたまに更新予定にて追加で更新しています。↑20251217↑退避壕内部↑休憩所基礎部コンクリートブロッ