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高倉健が誘(いざな)われた比叡山《完》高倉健は『峰の白鷺』か『谷の鈴虫』か北野武監督の阿闍梨をモデルにした作品への出演を拒んだ高倉健。その生き様は、正に千日回峰行者の如く、比叡山の奥深くにある伝教大師最澄御廟の侍真、比叡山比丘(びく)であった。『峰の白鷺谷の鈴虫』とは、比叡山延暦寺に伝わる荒行の行者を指す。峰の白鷺、行者が身にまとう純白の死装束や浄衣(じょうえ)が、山中を飛ぶ白鷺のように見えることからこう呼ばれる。険しい山道を素足に草鞋で、飛ぶように駆け抜ける姿に由来する。谷の鈴虫、
高倉健が誘(いざな)われた比叡山8高倉健と北野武「たけちゃん、ありがたいんだけどね。僕はこれまで(東映の任侠映画などで)、日本刀を振り回してバッサバッサと人を殺してきた役者なんだよ。そんな人間が、今さら画面の中で偉そうな顔をして、人の命を救う『阿闍梨』の役を演じるわけにはいかないんだ。」『世界のキタノ』北野武・ビートたけしと高倉健との交流は有名である。映画監督として北野には自身の映画で高倉健を撮ることが夢であった。高倉の遺作となった『あなたへ』で共演を果たした前後、北野には「次は自分
高倉健が誘(いざな)われた比叡山7遺作あなたへ、高倉健が81歳で主演を務め、生涯最後の映画となった『あなたへ』(2012年公開・降旗康男監督)、この作品は、単なる一本の映画という枠を超え、高倉が自らの人生の幕引きを意識し、すべての想いを詰め込んだ「美しき終活」であり「死生観の表明」そのものだった。前作『単騎、千里を走る。』(2005年)以降、高倉の元には国内外から無数のオファーが届いていたが、6年もの間、すべての出演を断り続けていた。今の時代、ただ人を喜ばせるだけでなく、傷ついた日本
高倉健が誘(いざな)われた比叡山6ヤクザ映画高倉健は、1998年紫綬褒章、2006年文化功労者、2013年、文化勲章を授賞している。1963年の『人生劇場飛車角』で助演を皮切りに、1964年の『日本侠客伝』で始めて『ヤクザ映画』の主役となり、銀幕のスターとして駆け上がったが、ヤクザ映画出身の文化勲章授賞は高倉の他いない。美空ひばりは、国民栄誉賞を没後に受賞したが、過去に『ヤクザ』と関わりが公然と明らかになっていた栄典は稀である。ただ、共通していえることは、この二人、その時代の流れの中
高倉健が誘(いざな)われた比叡山5静かなる行映画『鉄道員(ぽっぽや)』の撮影現場における高倉健の「利他」の気配りは、映画界で今も語り継がれる伝説となっている。氷点下20度を下回る北海道・幾寅駅(劇中の幌舞駅)の過酷なロケ地で、高倉が見せた細やかな配慮の数々は、酒井雄哉大阿闍梨の説く「他者を思いやる心(利他)」そのものだった。極寒の撮影現場では、暖をとるための大型ストーブが設置されていた。大スターである高倉には当然、特等席が用意される。しかし高倉は、自らはストーブの前に座るどころか、わざ
高倉健が誘(いざな)われた比叡山4箱崎文應老師から酒井雄哉大阿闍梨、高倉健との飯室谷での交流は最晩年まで続いた。阿闍梨を師と仰ぐ高倉、一方、阿闍梨も高倉健の一ファンとして、『行三昧』の日々を送る中でその交流を一番の『贅』と感じていたのではないだろうか。阿闍梨の弟子で長寿院住職にある、藤波源信大阿闍梨は往時を振り返る。「高倉さんは酒井さんを尊敬し、酒井さんは大の健さんファンだった。酒井さんは健さんが映画の撮影に入る前に必ず成功を祈願した札を贈り、その都度、健さんから礼状やサイン入りの写真
高倉健が誘(いざな)われた比叡山3「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」酒井雄哉大阿闍梨が贈ったこの言葉、高倉健が終生大切にした。これは、浄土三部経の一つである『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』の冒頭近くにある、もっとも重要な詩(うた)である「讃仏偈(さんぶつげ)」の一節に由来するとされる。『仏説無量寿経』の中では、後に「阿弥陀如来」となる法蔵菩薩という修行者が登場する。彼が、師である世自在王仏(せじざいおうぶつ)という仏の前に立ち、「私もあなたのような偉大な仏にな
高倉健が誘(いざな)われた比叡山2高倉健、1931年(昭和6年)2月16日、筑豊炭田にある福岡県中間市の裕福な一家に生まれた。4人兄弟の次男で、上2人は息子、下2人が娘であった。父の小田敏郎は大日本帝国海軍の軍人で、戦艦「比叡」乗り組みなどを経て炭鉱夫の取りまとめ役(労務管理者)などをしていた。母の小田タカノは教員。1963年の『人生劇場飛車角』で、高倉は準主役で出演。高倉は本作で任侠映画スターとしての足掛かりをつかむが、1964年の『日本侠客伝』では降板した中村錦之助に代わり、高倉は
高倉健が誘(いざな)われた比叡山一枚の置き手紙がある。差出人は昭和の大スター高倉健、宛名の「御前様」とは、比叡山延暦寺において、稀代の行者、鬼の行者と畏敬された箱崎文應大阿闍梨である。御前様永らく御無沙汰致しました。半年振りに仕事をする事になり今日京都に着き御会い出来るのを楽しみに来ましたが御不在なので残念です。留守中なのに御瀧を受けさて戴きます。御許し下さい。御身体になにかあったのではないかと案じて居ります。近日中に又参ります。その時を楽しみに。六月二十五日夜八時
【一日一生】1)一日が一生と思って生きる。今日失敗したかって、へなへなすることない、落ち込むこともない。明日はまた新しい人生が生まれてくるじゃない。今が一番大切です。今自分がやってることを一生懸命、忠実にやることが一番いいんじゃないのかな。2)身の丈に合ったことを毎日くるくる繰り返す。「二度の千日回峰行を経てどんな変化がありましたか」とよく聞かれるけど、変わった事は何にもないんだよ。自分の与えられた人生を大事に、こつこつと繰り返すことが大事なのじゃないかな。人間から
稲盛和夫の『なんまん(だぶ)』2〜稲盛和夫の「利他」と「一日一生」の精神的源流〜酒井雄哉大阿闍梨と稲盛和夫坊やは、今日のお参りで仏様のお許しが得られた。だから、今後は来なくてもいい。ただし、これからは『なんまん、なんまん、ありがとう』という念仏を、必ず毎日唱えるようにしなさい。そう言って感謝の念を仏様にささげるんだよ」と隠れ念仏に連れられて坊さんに告げられるたことを稲盛和夫は信仰の原体験として心に染み込んだ。この一節を読み直ぐに浮かんだ人物がいる。比叡山延暦寺において過酷な荒行、『千日回
ひざ・股関節の痛みは週1スクワットで治せる!("筋肉ドクター"が教える特効筋トレ)Amazon(アマゾン)ざんねんな筋トレ図鑑(いくらやっても意味がない)Amazon(アマゾン)私の中でこの人は師匠だと思った人が3人いる。一人は石田勝正先生。整形外科の大先輩ではあるが、先生は小児整形外科を専門とされ、先天性股関節脱臼が先天性だけでは無いのを明らかにされたわけですが、そういう赤ちゃん幼児を診るうちに、人間のこころの発生に気付かれた。心の話というと何かとスピリチュアルだったり神秘で
大観衆を魅せられる、面白い興行🌞だとは思うのですが。尚弥さんVSバァムさん。但し、S.バンタム級とフェザー級へ夫々の移行目論見も在り。この問題で、ギリでタイムアウト。そんな予感がする、トレーナーなのです。トレナーも、尚也さんのフェザーでのゲームのほうが観たい。特に、B,フィゲロアさんとのゲームは是非とも観たいって要素。これが、特大で御座います。------------------------------------------------------------
お子が小学生(4年生くらい?)だった時の夏休みのおもひで。お子の友達が朝から夕方まで連日我が家に遊びに来ていた。自分で用意した弁当を持ってきていたが用意してこなかった日もあり「スミマセン、お昼お願いします」と言うのでその時はお子とその子のぶんもお昼を作って食べさせてあげてたっけ。ある日など、家族で朝飯を食べていたときに(当時はまだ結婚していた)ドアチャイムと共に「おはようございます!」とその子が来た朝もあった・・・。いい子だったしお子も嫌がりはしなかった
今回の金華山参拝は、本来なら宿坊に一泊する予定でしたが、フェリーが欠航となり急きょ日帰り参拝へ変更。翌日の予定がぽっかり空いてしまい「さて、どうしよう」と思っていた時、ふと頭に浮かんだのが、千日回峰行を満行された塩沼亮潤大阿闍梨が住職を務める慈眼寺。調べてみると、ご祈祷は月一回で第三日曜日のみとありました。へぇ〜…あれ?明日って第三日曜日じゃん‼️なんとぽっかり空いた日が法話付きお護摩祈祷の日だったのです!すでに満席でしたが「立ち見席・モニター席はご自由に」とあったので即決。た
おはようございます。一木ヨーガスタジオの布施です。西教寺の夏期特別研修会がお昼に終わり、お友達と比叡山延暦寺へ行ってきましたケーブルで延暦寺へ向かいます。日本最長2025メートルだそうです。偶然、研修会でご一緒だった2人と会い、一緒に巡ることにしましたケーブル延暦寺駅に着いて、展望台からの琵琶湖根本中堂は大改修中です。中の工事の様子が見学出来ます。萬拝堂で御本尊の「薬師如来」と1200年間一度も消えることなく輝き続けているとされる「不滅の法灯」期間限定で、すぐ間近に拝観で
山口玄洞と比叡山四玄洞の意思を具現化する安井楢次郎数々の寺院を自らの財を寄進して再興させた山口玄洞、単に「金」だけでは寺院側もどう建てたらよいのか分からない。歴史的な調査考証も必要になる。54歳で事業から身を引き、僅かな期間で100余の今に残る歴史的建築物を再現させた玄洞の『規格外の発想』を具現化した人物がいる。名を安井楢次郎(やすいならじろう)という玄洞の右腕であり天才建築技師だ。残念ながら本人の肖像画像は見つからない。手がけた建築物は分かるが詳しい経歴が分かる文献も少ないが、
⬛️🟩黒田マドルスルー🟩⬛️━━🎼━━━━━━━━🎵━━地域と共におかげさまで60周年新しい時代に、最高の景色を!!縁助意リンクモア平安閣グループ━━🎵━━━━━━━━🎼━━往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし(天台宗大阿闍梨の故・酒井雄哉氏)解決策も方針も見えない混沌とした状況で、雪泥の中で必死にもがき続ける。諦めずに、がむしゃらに手探りで突き進んでいるうちに、その状況を切り抜け、新しい境地を得る事。「百戦百打、一瞬の心」は不朽不変の言葉。多くの
一日一生とは…「一日をまるで一生のように大切に生きる」という意味一日一日が、生まれてから死ぬまでの一生と同じくらい貴重であり、今日という日を精一杯・誠実に生きるべきだという教え天台宗の僧侶酒井雄哉(さかいゆうさい)が広めた言葉としても知られている昨日のことを悔やまず、明日のことを憂えず、今日この一日に全力を尽くすという生き方を説いているClaudeさん有難うなんて素敵な言葉なのかしらこの歳になるとさこんな言葉にジンジンするのよね今日も全力で生きようこのままにしておいたほうが
比叡山の東西東の今東光西の叡南祖賢其の二昭和30年代から昭和40年代、叡南祖賢師の比叡山延暦寺における権勢は絶大であった。誤解なきよう決して『暴君』『独裁者』の意味ではない。命を賭した千日回峰行のみならず過酷な修行に身を投じた稀代の行者であり、修行だけではなく天台教学の研鑽も重要視した傑僧である。弟子の育成、戦後の比叡山復興に尽力した功労者でもある。祖賢師に連なる法縁弟子は、義兄弟の仲とされる葉上照澄を始め、赤山の御前・叡南覚照、座主の次の次席探題・叡南覚範、信濃比叡広拯院復
本屋さんで見かけていたものの以前、テレビで観ていた千日回峰行という過酷さを乗り越えた阿闍梨のお話と知り私のような凡人には理解しえないお話だろうな~と回避しておりましたがブロ友さんのご紹介で読んでみようという気持ちになり予約を入れてから早4か月以上。今月初めに訪れた高野山で阿闍梨による授戒体験が出来たこのタイミングでこの本が手元に届きました。白鷺立つAmazon(アマゾン)千日回峰行が命さえ危ぶまれるほどの過酷さなのはテレビなどで知っていましたが途
産まれてきてくれて、ありがとうご訪問くださり、ありがとうございます時間が空いてしまいましたが、2人目の赤ちゃん無事に産まれました妊娠中から小さめで、色々と心配もありましたが、元気いっぱい産まれてきてくれました。今のところ、ありがたい事にスクスク順調に成長してくれています。授乳にミルク、オムツ替えや寝かしつけ…と、数年振りに赤ちゃんのお世話生活がバタバタと始まりました。覚悟してはいましたが、想像以上に体力気力共にすり減る日々を過ごしています一応、一通り経験している分、流れが分かる点は上の
人生を楽しく過ごしなさい―酒井雄哉―
先日、TeamEiko代表保岡から案内がありましたNHKの番組をみました。瑛子さんの比叡山登拝のきっかけを作った酒井大阿闍梨の特集番組『千日回峰行と酒井雄哉大阿闍梨』比叡山延暦寺に千年以上続く荒行「千日回峰行」。7年をかけて歩き、祈り続けるこの行を二度満行されたのが酒井雄哉大阿闍梨様です。雨の日も、風の日も、闇に包まれる夜も、足を止めることなく歩き続ける姿は、修行という言葉を超え、「生き方」そのものを示しているようでした。とりわけ堂入りの場面では、命を懸けて自らと向き合う覚悟に、言葉
池上彰氏のNHK「時をかけるテレビ」で酒井雄哉大阿闍梨の「比叡山千日回峰」が放送されました。千日回峯行を二回満行されたのが、酒井雄哉大阿闍梨です。何度かブログに書きましたが、阿闍梨さんを知るきっかけになりました。ゲストの村木厚子さんのコメントがよかったです。村木さんは厚生労働省の局長時代、冤罪事件で長期拘留されました。いつまで続くかわからない拘留期間に、酒井大阿闍梨の著書を差し入れられ、心の支えとしたそうです。NHKONEで配信中です。行比叡山千日回峰|時を
昨晩「時をかけるテレビ」を観ました1973年に放送されたものです始める前に葬式をするほど過酷な千日回峰行を二度も行なった酒井雄哉(さかいゆうさい)という僧侶の一度目の千日回峰行の様子でした‥インタビューに答えている姿が非常に謙虚でなんと正直なことか‥まず感銘を受けました何をやっても駄目だった自分を‥努力を積み重ねていくだけだと‥千日回峰行についても酒井雄哉僧侶についてもWikipediaにくわしく読みやすく載っているのでここには書きませんが‥映像を観ただけで心が浄化される
五月一日のブログに「白鷺立つ」の本の感想を書いた。本はよく読む方だと思うが数年に一度位の感動の本だった。それが、どういう縁なのか、たまたまTVの新聞欄を見ていてNHK特集「比叡山千日回峰行」をやると知った。本好きの友達に本を推薦したから、このドキュメンタリーもお知らせした。私はまだ本の感動が残っているから、酒井阿闍梨の姿が白鷺立つの恃照と戒閻の姿や言葉、気持ちと重なった。延べ千日、7年、2000haの比叡山の山々を毎日40キロ歩く。ドキュメンタリーの初めはその歩く修行
今日は出先でランチwith夫。これにスープがついて各1,600円黒毛和牛のハンバーグ黒毛和牛のミンチカツ「洋食とワインおおつか」さんにて。メインはもちろん、ドレッシングもポテサラもとても丁寧なお味で、美味しかった。本題に入りま~す昨夜ですね、暇だなぁって、お風呂上がりにTVつけたんです。たまたまチャンネルがNHKに合ってて、映し出された映像にびっくりした!!!ほんとにずいぶん前に見て、いたく感動して、ずっと忘れられないでいた『行・比叡山千日回峰』が