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前回はこちら祖霊社です。郡山城天守台です。郡山城天守台の説明板です。埋門趾です。和州郡山城絵図です。郡山城天守台入口です。天守への道の説明板です。天守台から見た、大和郡山市西側です。「幻の天守」の説明板です。天守台から見た、大和郡山市東側です。天守台で、自撮りをしました。スマホでも、自撮りをしました。極楽橋です。極楽橋の説明板です。柳澤文庫です。追手門です。旧奈良県立図書館です。清明梅林の石碑です。旧奈良県立図書館の説明板です。久護門趾の石
夏休みのオススメは奈良・歴史探訪です!昨日のつづきですが『豊臣兄弟!大河ドラマ館』の後は、約450年前の豊臣秀長に想いを馳せながら巡りました。1585年、秀長が大和など100万石の太守として入城した奈良県・郡山城跡へ。秀長と同じ景色を見てみる。天守台からは奈良盆地や若草山平城京跡まで一望できて見晴らしがいい✨確かに敵陣の様子が一目瞭然ですね。しかし夏休み中だからか日頃静かな奈良は人がいっぱいです♪石垣の中には見所のひとつである「逆向きのお地蔵さん」もいらっしゃいま
お仕事の関係で奈良県・やまと郡山城ホール内にあるNHK『豊臣兄弟!大河ドラマ館』に伺いました。農民だった豊臣兄弟が天下統一し兄の豊臣秀吉が注目されがちだけど郡山城に入城した弟の「秀長」を主人公にしたとらえ方が面白い!ドラマ館の中には衣装(着用あり)や小道具、撮影秘話の映像出演者のサインもたくさん!脚本家は、半沢直樹や下町ロケット、陸王VIVANTの八津弘幸さんだからそりゃストーリーに引き込まれるのも納得です✨つづ
13:00スタート天気:晴れ猛暑この日の歩数:15,100歩この日の行程:福山市のホテルを出発~山陽本線で福山駅から広島駅に~広島電鉄バスで広島バスセンターから吉田出張所まで(片道2時間)~郡山城~吉田出張所から広島バスセンターまで戻る~広島城~紙屋町から稲荷町まで路面電車~広島市で一泊画像1郡山城(広島県安芸高田市にある毛利氏の本城)の城跡~山腹に「一文字三星(毛利氏の紋)」の幕が張ってあります。画像2郡山の麓に「三矢の訓(さんしのくん)」の碑が立っています。
☆第37回奈良甲南会総会に出席しました6月28日、第37回奈良甲南会総会(ホテル日航奈良)に2年ぶりに出席しました。今回の講演は、公益財団法人郡山城史跡・柳沢文庫保存会副理事長の柳沢保徳さんでした。大河ドラマ「豊臣兄弟!」にちなんでの人選ですね。諸事情で遅延し話を全て聞くことができませんでした(#^.^#)最後は記念撮影です!(^^)!最後は、恒例の学園歌斉唱でお開きに!みはるかす茅渟の海日にひかり雨にけむりわこうどの夢さそう甲南この学び舎♪
歴史を巡る旅です。広島県安芸高田市の、郡山城(こおりやまじょう)跡へ!奈良県大和郡山市に、豊臣秀長の居城として知られる郡山城(大和郡山城)があるので、吉田郡山城と言うべきかもしれません。戦国武将・毛利元就の居城で、戦国期最大級の山城。毛利元就と言えば、サンフレッチェ広島の名称のルーツとなった「三矢の訓え」が有名ですね。安芸高田市には、サンフレッチェ広島の練習場である中四国最大のサッカー公園もあります。郡山城跡に行く前に、安芸高田市歴史民俗博物館で、この地の歴史を学びました。毛
ランチの前に、やなぎまち商店街の先の郡山八幡神社へ。郡山城鎮護の八幡宮で、歴代郡山城主の尊崇を受けてきたという、由緒のある神社です。朔日ということで、神主さんが出て来てくださって御神酒を頂きました。拝殿のそばにいるだけで風が吹き抜けて来てとても涼しい!風通しがよく天井の高い木造建築の日陰は涼しかったです。ランチは近鉄郡山駅近くの小花寿司さんで。↓奥の小上がりへ。寿司とうどんのセット1,650円↓。お寿司は勿論、柚子の香りのおうどんのお出汁もとっても美味しい❣️満腹になって、次は暑い
郡山城あ、展望台まで行ったのにこれだけ(笑)しかし、思ったより歩いた。御城印御城印帳買ってしまった。
市長率先垂範講師役秀長さん入門講座Vol.2「秀長と郡山城」場所:三ノ丸会館資料:文化財保存活用室・小野大輔対談を終えられた上田市長と学芸員1580年筒井順慶入城、築城に着手1585年羽柴秀長入城、大規模整備に着手1595年増田長盛(五奉行)入城、総構え完成か1600年関ヶ原合戦、長盛追放、廃城状態に1615年水野勝成入城、荒廃した郡山城の復興開始1873年廃城令により、廃城15世紀末~16世紀初頭、郡山衆の城館点在(現在の城とは別物)中世の大和の情勢:興福寺が権勢を
豊臣の桐の家紋追手門⇧極楽橋大和郡山城追手門と東多門櫓🏯今年の大河ドラマ『豊臣兄弟』に関連で奈良では、秀長関連の展示物が多かったです。追手門なども修復されて、豊臣の家紋がつけられていました。東多聞櫓では、【秀長と郡山城のあゆみ』の展示をしていました。⬇️入場券と郡山城の発掘の解説当時の瓦や食器の器などは、土の中から多数出土していました。刀や鎧は、家宝として保存していると思います
古絵図では五階五層の天守閣追手門向櫓付近の埋設土器天守台付櫓台の埋納土器菊丸瓦等の破片豊臣期の瓦聚楽第同笵瓦歴史に翻弄された郡山城天守初代天守は生駒山鬼取山から伐採した材木が使われたが慶長元年の伏見大地震で倒壊した二代目天守は五奉行増田長盛が五階五層の壮大な望楼天守を完成させた唐破風や千鳥破風で飾られ正面に小天守を従えた複合天守天守台へ上る石階段がニケ所設けられていた(発掘調査から判明)天守に上がる通路が地下と地上の2ケ所にあった城は、大阪城、安土城、彦根城ですその後
theme:郡山城ドラマ館出てお城へすぐ目の前なのに線路でなかなか近づけない~近い方の踏切通って行こうとしたら行けども行けども入口がない写真に撮った地図で確認たぶんこっちは入れないな~もう一度戻って反対側へやれやれやっと入場~この辺は石が取れないのであらゆる石を集めて石垣にそれはテレビで見たけど野面積みって言うんだって細かい石が噛ませてあるわ~少し歩いたらもう暑い~出土品の展示館300円で入って涼を取ったけど耐えられないので中のカフェでランチ
7/19(土)私は何度か来たことのある大和郡山今日は家族と巡りましたホントは桜の季節に行きたかったけどなぜか暑くて暑くてたまらないこの時期になってしまいましたJR郡山駅からスタートなので今日は買ったばかりの日傘デビューまとわりつく蒸し暑い空気はどーすることもできないけど日差し遮ってくれるだけでもありがたいね大和郡山は金魚の街金魚鉢が街のあちこちに大和郡山は今年の大河ドラマ豊臣兄弟の秀長が晩年治めた場所今日の目的の一つは大河ドラマ館豊臣兄弟、先週の本能寺でよう
2021.12.192026年度の大河ドラマ「豊臣兄弟」の舞台の1つの「大和郡山城」に行きました。5年近く前に行った時のお話なので、今は大河ドラマの事もありかなり変わっているでしょうね。その時は、数年後に豊臣秀長が大河の主役になるなんて話は無かったと思います。(水面下であった???)郡山城~国史跡・続日本100名城・日本さくら名所100選~|大和郡山市郡山城は筒井順慶の築城(1580年)に始まる大和でもっとも大規模な城郭で、近世期には、豊臣家、水
リバティでおめかしの鹿🦌暑い💦💦💦大和郡山市にあるリバティ専門店に行ってきました。お出迎えは鹿🦌リバティの生地でおめかししてます❤️ここは全ての生地が揃っていてネットで見るより実際に柄の大きさや色感がわかるのでとっても重宝しています。郡山城の向いにあるお店で車で行くのもいいですがお城回りのお掘りを歩くのもいいですよ。(夏はやめたほうがいいかもとにかく暑い中歩けない💦)素敵なリースもありました。残布で作られたかわいいリースもあるよ😀作り方のレシピ頂きました。年内
7月11日(土)朝8時。愛車・新型フォレスターちゃんの初ドライブで、奈良県は大和郡山を目指しました。久し振りに相方の房吉くんを乗せて、いざスタート!近畿道・西名阪道を利用して快適に走行。最新アイサイトの作動にも感動しながらあっという間に目的地へ到着。やまと郡山城ホールに車を停めて、まずは郡山城址を散策です。続きはこちらからどうぞ!↓大和郡山城址と大河ドラマ館「豊臣兄弟」|シン・板原村のだんじり会館itaharamura.com
5日目はまさに1日中お城巡り。先ずは津山城(織田信長の側近として最後まで献身的に仕え本能寺の変で討死した森蘭丸の弟森忠政が築いた。明治の廃城令で天守閣は取り壊されたが、地上45mに及ぶ石垣群が圧巻)→鬼ノ城(飛鳥時代の古城跡。中世の歴史を感じる貴重な史跡。桃太郎が鬼たちを成敗したという伝説がある。)→備中松山城(現存天守唯一の山城。天守は国指定重要文化財)猫城主「さんじゅ―ろ―様」残念ながら、さんじゅーろー様に会う事はできませんでした。→郡山城(広島県安芸高田市)毛利元就が居城とし
安芸高田市の【歴史民俗博物館】広島県安芸高田市にある安芸毛利氏の本拠城・郡山城の麓にある博物館で毛利氏と郡山城跡を中心に市の歴史と文化財を紹介する博物館安芸高田市歴史民俗博物館住所:広島県安芸高田市吉田町吉田278-1電話:0826-42-0070定休日:火曜日P23台⇓⇓ホームページ⇓⇓Y`sFlowerStyle(google.com)Instagramレッスンアカウントys_flowerstyle_lessonブ
どこのお寺さんも7月になったら、遠方から順番に棚経のお参りを始めますよね。ということで、今週と来週のそれぞれ土日、小僧さんをやってきます。でね、奈良に向かう時は必ず大阪駅で途中下車するんです。そりゃ、陳麻婆豆腐でランチをするため。久しぶりにエビチリの定食とミニ麻婆豆腐にしました。四川のエビチリは全くの別モノであります。ケチャップは入ってませんし、エビの他にミンチも入っています。そんなに辛くはありません。麻婆豆腐はいうことないよね。生臭坊主もいろんなお店で麻婆豆腐を食べてきたけど、福岡の中
大和郡山城訪問の最後は駐車場からお城に入っていくときに最初にくぐった黒金門とその周辺です。立派な門の入り口には梅の木の盆栽が両脇に置いてありました。この門をくぐると梅園が広がっていました。梅の木はかなり力を入れて取り入れている様子がうかがえます。ちょうど梅の季節だったので梅の花もあちこちで楽しむことが出来ました。郡山城の由来さくら名所100選の地でもあるようです。柳沢吉保とその子柳沢𠮷里に由来する柳沢神
押印時期未確認
2024年の広島旅は、「平和の祈り」と「戦国の歴史」という、まったく異なる二つの世界を一日で巡る、特別な旅になった。朝は原爆ドームと資料館で“平和の重み”を感じ、昼からは安芸高田市へ向かい、毛利家の本拠・郡山城へ。雪と雨が交互に訪れ、まるで旅そのものが歴史を演出してくれているようだった。---**◆朝:平和記念公園と資料館静けさの中にある“祈り”と“復興の力”**•原爆ドーム•平和記念公園•祈りの泉•原爆供養塔•平和の灯•原爆の子の像朝の公園はとても静
──雨の山城を後にして、帰路へ**郡山城の麓で元就の墓や百万一心碑を巡り、雨の中で戦国の空気をたっぷり味わったあと、いよいよ広島市へ戻る時間になった。本丸へは雨で危険だったため断念。でも、それは次回の楽しみとして残しておくことにした。「また来る理由ができた」そう思えるのも旅の醍醐味だよね。---◆山の景色を楽しみながら広島市へ戻る郡山城からの帰り道は、山の景色がとても美しかった。•雨に濡れた木々•山肌にかかる薄い霧•ところどころに残る雪•戦国の名残を感じる
雨の郡山城。雪の吉川元春とはまた違う、しっとりとした静けさが漂っていた。郡山城は、毛利家が戦国の荒波を乗り越えるための“本拠地”であり、元就が人生の大半を過ごした場所。尼子氏との戦い、郡山城の戦い、大内氏との駆け引き──ここから毛利家の歴史が動き出した。そして、のちに広島城へ本拠を移し、関ヶ原後には萩へ移ることになるけれど、毛利家の魂は郡山城に残っていると言ってもいい。---**◆嘯岳禅師(しょうがくぜんじ)の墓元就の精神的支柱となった人物**登城道の途中にあ
先週台風が去って大河ドラマ「豊臣兄弟❗️」ゆかりの地大和郡山市へひとっ走りまずはドラマ館からこの日6/28は姉川の戦いがあった日滋賀県民には割引がありました奈良県民の私には関係ありませんがさて入場します台風直後だけに空いています入って直ぐに記念撮影してくれます「笑って」と言われましてもこんな笑顔はできません秀長が大和へ入るのは秀吉の天下統一後1585年のこと郡山城の大改修と城下町の整備に挑みました「よ〜く見て参れ❗️」と秀長公「はっか
──毛利家の“総本山”へ、ついに到着**吉川元春の館跡を後にし、車で少し走ると安芸高田市歴史民俗博物館に到着。ここは、毛利家の歴史を体系的に学べる場所で、郡山城へ向かう前に立ち寄るには最高のスポット。外は雨模様。雪の静けさから一転して、しっとりとした空気が漂っていた。---**◆安芸高田市歴史民俗博物館毛利家の歴史を“地元の視点”で深く知る**館内には、毛利氏に関する展示がずらり。•毛利家の系譜•元就の幼少期から晩年までの歩み•郡山城の構造や勢力図•
大和ミライ・フェスタ②パネルディスカッションという話しでしたが司会の方が質問をする形で先生方が話してくれました松永久秀が「信貴山城」で爆死した時に奈良の支配は「筒井順慶」としました織田信長でさえ脅威を持ったと言われている奈良の「興福寺」等の寺社勢力は筒井順慶でなければ難しいかと思っていた様です先生が私たちにわかりやすく話してくださったのは「武士は成人すると武士になるけれど筒井順慶は成人するとお坊さんになるんです」それが成人した事になり、お寺と強いつながりになるんだよ
2025年9月15日月曜日9:19追手門から振り返り東隅櫓柳沢文庫に立ち寄ってからの極楽橋名前がいいですね橋から見た堀内堀になるのかな落ちれば地獄ということ?郡山城天守台の解説転用石材の石垣東大寺方向手前に明治の館城址会館があります予備知識のないので解説ボランティアさんにお話を聞きますとりあえず、時間は無いことになっていますこちらが、有名なさかさ地蔵何も写らない再挑戦下側に頭があるのが解りました石垣について、解説をい
↑こんな光景は田舎でしか見れないと思っていました昭和レトロな街並み郡山城ぶらり歩きは、広くて歩けたのは本丸だけ。本丸の西側と南側に広がる二の丸にあるのは、ほぼほぼ県立郡山高校。本丸東側にある三の丸は、すっかり街中になっています。その後、近鉄郡山駅から、三の丸にあたる部分を東進し、JR郡山駅まで歩く機会を得ました。驚いたのは、こんなに昭和レトロな街並みがまだ残っているところがあったんだということ。駅前商店街のメインストリートは、しゃれた街路灯のガラスが初夏の日
↑平山城ではありますが、天守台の上からは周囲が一望でき、薬師寺や平城旧跡(以上写真)の他、大仏殿や興福寺なども見ることができます。写真は拡大してあります。天守台から大和郡山周辺を一望天守台の上へは、天守台石垣の東側に階段があって、登ることができます。郡山城の天守閣は現存せず、絵図すら残っていませんので、その姿を想像することもできません。残念ではありますが、標高差20mとされる天守台からは、周囲が一望でき、時は流れていても秀長と同じように景色を見ているのかなという気に