ブログ記事10,036件
稲垣さんの『夏のクラクション』のPVを見ていて思う。髪の毛の長い女性とお付き合いしたことがない。付き合った女の子は、みんな、キノコ頭みたいな女性が多かった。亡き妻も、キノコ頭。。。。。あれ、亡き妻は、結婚前ポニーテールだった。遺影の写真を見ても、ロングヘアーだ。晩年の写真がなくて、結婚前の写真を遺影にしたからだ。。。。。。いつ、亡き妻がキノコ頭に変えたのか、記憶がない。ロン
撮影2025/7/19広島市南区比治山8月6日広島に原爆が投下されて81年目です。写真は昨年7月広島へ被爆遺構を巡ったとき、訪れた多聞院です。広島駅から広電路面電車を利用し、約8分で比治山下電停へ下車すぐのところにある比治山公園の多聞院。爆心地から1.75キロメートルの地点にある多聞院は、原爆によって本堂と庫裡が大破し、毘沙門堂や山門も倒壊しました。鐘樓は屋根と天井が破壊されました。爆心地に最も近い木造の被爆建造物として、被爆の傷跡がそのまま保存されています。鐘は戦時中に供
娘の声が聞きたくて、娘の携帯にある唯一喋ってる動画を久しぶりに観ました。短い動画ですが、この世界にちゃんといた。でも、横を見ると娘の遺影が目に入り、本当にいなくなってしまったの?と少し混乱しました。淋しい。
ワタシは元気ですが、5月の半ばに意地悪なパワハラで腰と左足を痛め結局7月末で会社を辞めました。労災で通院していたので治療費はかかりませんが休業補償は会社からは有給消化のみ。ならばと労働基準所へ休業補償を申請中で他に収入はありません。母の健康状態も疎らで作業場も夜中まで温度が下がらず進捗状態もよろしくない昼間は母屋の母の具合もあるけれどクーラーバッチリなのでゴロゴロしつつ母とおしゃべりしてます。数年前に4つ上の兄が他界して途端にボケてしまった母。今は10分前に話したことも忘れ
人は悲しみが大きくなりすぎると無意識に避けるように悲しみを感じないように自分を守る時があるかも?私の話はこちら大切な親類が亡くなってもうすぐ1ヶ月…悲しみに打ちひしがれて味わい尽くしたと感じていてもふとよぎるあ、いないんだ。死んじゃったんだ…っていう思い。遺影を見てもまだいるようででも実際には遺影の隣にはお骨がある。現実を目の当たりにして悲しみがやってくる日常に戻って仕事をしたり家事をしたりして、笑えることも増えてき
昨日の日中再放送だったらしいが誰もが知っている【鳥人間コンテスト】の昨年度のものが再放送されていた自死した母は生前この番組が大好きだった配偶者がずっと亡き母の遺影に見せてくれていた…お母さん、どうか天国では鳥になって自由に快適に虹の掛かる青空を飛び回っていてくださいね
こんにちは☀️毎日毎日酷暑日が続きますが、いかがお過ごしですか⁉️私は、暑いからか、あまり体調が良くなくて、しょっちゅうお腹を下しています😵💦今日は特にお知らせする事もないです🤔ただのつぶやきになりますが、まぁお付き合いいただけたら幸いです😊熊本地震熊本で大きな地震がありました。TVで悲惨な状況を目の当たりにして、絶句しました。ライフラインも止まり、避難先でも不自由な生活を強いられている皆さんを見ると、もう自分の事のように辛くなります🥲「熊本地震」で被害に遭われた方々皆さ
歳をとると気になりますね。可愛いペットがいるとさらに気になりますねチコちゃん撮影(しょっぱい顔みせがちw)順当に行けば1.ラトラ・カザリ(チコちゃんの連れ子)2.こしろ(自分の連れ子)3.自分4.チコちゃんですが事故かなんかで自分が誰よりも先に逝くことだってあり得るよなあ↑生成AIです(写真は自分と似てませんw)命日には遺影の前で寝てくれるかな今では猫の居ない暮らしは想像出来ないけど可愛い姿のまま純粋な心のままで逝くペットを看取るのは
叔母の家の遺品整理で片付け業者の一人が大事そうに抱えて持ってきた母方の祖父母の大きな遺影葬儀業者の系列の片付け業者だからそういう物の扱い方を躾られていたんだろうけど罰当たりな私は、何余計な事をしてくれたのだと内心毒づいていました誰か持って帰る事になるのか?分かっているのかと仕事を依頼した私を密かに呼んで私の意見を聴いてもらいたかった母が居る手前古めかしい因習に従いざるを得なかった遺影が小さいものなら何でもなかったけどね私らは大地主の身分では無い旧家の家系ではあるけど
最近、夏休みに入ったからか、同級生や先生からの訪問の打診が増えてきました。うちはただあの子の遺影と花、おやつ、ご飯、好きだったものを飾っているだけ。先日仏具屋さんを回って買おうとした仏壇は、周りにあの子の好きなものを飾ると雑然とすることが判明し、かえってないほうがスッキリすると言うことで購入しなかった。けれど、お客様がお線香をあげに来られた時に何もないのも味気ないのではないか、と仏具屋さんに色々伺いながら最低限の線香置き、蝋燭、お線香のみ購入してみました。最近は色々なお線香があるのですね
還暦未亡人あんじぇら☆です未亡人とは名乗っていても結婚指輪は付けてるし喋らないけど、お骨だけど家にはダンナ氏が居ます戸籍の筆頭者はダンナ氏です(世帯主は私)ダンナ氏のいびきがひど過ぎて寝室から逃げ出して数年前からリビングのソファーで寝ている私そのリビングに喋らないダンナ氏は居ますソファーで寝返りを打てば優しい笑顔のダンナ氏(極度の近視だからお顔の表情はメガネをかけないと見えないけど)ほんと、遺影は良い写真だと思います(たまたま、沖縄でプロが撮ってくれた2人の写
ドラマ24『ストレンジ-伊藤潤二の夜も眠れぬ奇妙な話-』第5話「父の心」折原司(坂元愛登)は、好意を寄せる同級生・美保の家を訪れる。そこには、すでに亡くなった二人の兄の遺影が飾られており、美保は「この家は呪われている」と怯えていた。さらに美保は、必要以上に父・遠堂(石原良純)を恐れている様子を見せる。やがて美保は別人のような異常行動を取り始め、違和感を抱いた司は、美保を救うため遠堂家の秘密に迫っていく。そこにはある恐ろしい真実と深い執着心が潜んでいた――。
監修:円谷英二、制作:円谷プロダクション出演:佐原健二、西條康彦、桜井浩子、石坂浩二(ナレーション)第17話「1/8計画」脚本:金城哲夫満員電車から駅に降りた江戸川由利子は階段で人にもみくちゃにされてしまった。東京の人口密度は限界に達しており、政府には何らかの対策が求められていた。ある日、万城目淳らは大きな会場で「1/8計画」の第3次参加者募集が行われているのを目にして会場へ入ってみた。それは政府が過密化する人口問題を解決するために人間を1/8の大きさに縮小してしまおうという新しい政
ピーコが逝って、もう一週間と2日。今日は、仕事を早引きして、お世話になった動物病院に挨拶に行って来ました。わざわざ、不在の主治医に連絡をとってくださり、時間を作っていただいたのには、恐縮至極。ピーコが安らかに旅立ったことを伝え、7年間ずっとお世話になりっぱなしだったことへの熱い感謝の気持ちをお伝えして来ました。カルテに使われていたピーコの写真をフォトフレームに入れていただきました。フレーム周りの装飾はDr.がされたそうです。ピーコの遺影がまだなかったので、この写真にしようと
『抑鬱状態。』昨日、とむさんとお出かけした後、急に抑鬱状態になり、とむさんがYouTubeを見て笑っていても、私は見る気もなく、ひとりで膝を抱えていました。今日は、お腹がす…ameblo.jp抑鬱状態になってから、眠っている時間が多くなり、起きると食欲が爆血して、お腹がいっぱい以上まで食べて、また眠るような状況に陥りました。起きた時に何故か泣いていたり、お薬が決まった時間に飲めず、元夫の幻覚を見るようになり、また意識消失してしまいます。毎日が辛いです。とむさんが気遣ってくれ
弟がスマホで写真を撮り始めた。久々に会った日だ。部屋がキレイだ。家事代行サービス付きのマンションに住んでいる。ケーキと珈琲、お茶菓子を楽しみ、駄弁(だべ)り、暫くして落ち着いた頃である。対象に驚いた。父・母それぞれの遺影と遺影、仏壇の仏様、備えてある花に供物の干し菓子である。5年前に、事故死した。ドライブ先である。わたしが40歳、弟が35歳の時だった。喪主を務めたのが弟だ。「何、撮ってんの?」「こうすれば、安心じゃんか、一応は」小休止に弟が来る。お茶菓子の残りを口
↑↑↑どれかクリックしていただけると元気が出ますw!(^^)!2026年5月6日(祝)の記録です。いよいよ知覧町のメインとなります「知覧特攻平和会館」です。こちらにつきましては施設内の大半で撮影禁止となっておりますので、画像は零戦展示場や三角兵舎など一部となります。展示の多くは若き日に旅立った特攻隊員たち一人ひとりの遺影や最後の言葉、家族へあてた手紙など、いくつもの部屋に分けられています。全てを見て回るには1日がかり
もうすぐお盆ですねぇ。今日は色々ムスコンにされたことを思い出したからお盆の供養なんてしたくないなあと思ってしまいました。毎年この時期になると、ムスコンが職場のノルマで買わされたうなぎを食べに来いって言われて行くと少ないご飯に市販の小さなうなぎをのせただけのうな丼しか出てこなくていつも足らなくてお腹が空きましたね。あの頃は何かにつけてムスコンハウスで食事を強要されていたから食べることが苦痛になっていました。だから呼ばれても「今日はもう食べてきたからいりません」って突っぱねて食べなか
最近、古い友人とは一献傾ける機会があり、そこで盛り上がった遺影の話。友人は、来年70歳になるといいますが、そんな風にはとても見えません。流鏑馬を実践するだけあって、非常に若々しく、体力的にも問題ないのですが、そろそろ終活のことは考えるとのこと。そんな中で、自分が同席できない葬式でも、遺影は素敵でありたいという話で盛り上がりました。そういえば、父と母を見送ったときに、やはり遺影をどうするか迷ったな~と思い出す。父は母と一緒に考えて、デイサービスでおいしいものを食べた後のピースサイ
家の状況ですが…『あやしい雲行き…』朝電話しましたが留守番電話17時になりやっとメールが「打ち合わせが立て続けにあり連絡が遅れている、このあとも打ち合わせがあるから終わり次第連絡します」って😑…ameblo.jpまぁ、こんなことがあり消費生活センターやら弁護士に相談したら、やはり売り主の告知義務違反なので売り主が修理代を全額負担するべき、と営業さんに伝え中に入ってもらい、売り主と連絡をとってもらってました。15日にリフォーム担当さんが水道業者と現地確認数日後に見積もりがでるとゆ
俺、白幡って言います。これは今から7,8年前、まだ俺が独身時代の出来事ですね。当時、27,8歳くらいだったと思います。爺臭いと思われるかもしれませんが、温泉巡りが趣味だったんです。ネットでよさそうなところを探して、車でぶらっと立ち寄る。そんな感じだったから、予約が必要な有名な宿ではありませんでした。それに1泊2日で車で行ける近場、この2つが条件でした。あとはできれば源泉かけ流しの宿で、料理のおいしいところ。料理は高級料理である必要はありません。地元の食材を使った素朴なもので、よか
気が付いたら、最後にお出かけした日から11日引き籠ってましたいつもなら、お出かけ予定が無い日は、嬉々としてジムへしかしながらマンマ地区は連日36℃なので、自転車を漕ぐのが危険と判断して自宅に引き籠ってます32~33℃の日は、完全防備でジムへ自宅でやる事と、いったら・・・イラストですアプリで提出する宿題とイラスト三昧・・・お陰で肩が張ってますお暇方お付き合いくださいませ(__)色々な本やインスタやアメブロ仲間の写真を模写して、そこから自分なりのアレンジ加えてます。
自分の備忘録のために少しずつ父の旅立ちのことやその後のことなどを書いていきたいと思います。⭐︎前回は告別式こと、今回は出棺、荼毘、精進落としのこと11時45分出棺葬儀屋さんに霊柩車に母が乗りますか?って聞かれたら、母は嫌だと言うので兄が乗ることに。マイクロバスで火葬場まで。高齢者が多いので、父のプランにマイクロバスの送迎が入っていて良かったって思いました。斎場から15分くらいで到着。12時30分から荼毘精進落とし料理が美味しくて一安心(母がお花は沢山、料理は美味しくとこだわ
こんばんは。朝の記事の続きです。以下、閲覧注意です。~~~~~~~故人様のお体、お腹周りにはドライアイスがしっかりと重ねて乗せられていてお体の変色はほぼ変化ナシ。ただ、指が干からびてる?💦死後、2~3日?経ってから発見されたようでお顔色が深緑で…以前、統美さん(納棺会社)のかわいいイラストがありましたが(2023年展示会のパネル/除菌・保湿剤の展示)これよりもっと深いというか黒いというか…目の周りは溶け始めていました。お髭も伸びていました。これ
もともとわたしは、笑うのが好きです。周りの人を人を笑わせるのが好きです。好きな人には笑ってほしいのです。みんな大体そうですよね。けれど、やはり夫が死んだあとは私自身も笑うのですが、うまく笑えている気もせず、めまいのようなグラグラとした感覚がずっと消えません。現実味のない目の前の遺影と遺骨に(友人曰くうさんくさい笑顔)、なんでとか、ごめんとか、しょうがないとか、めんどくさいことばっかり残してとか、幽霊でもいいからずっとそばにいてとかどうしようもない気持ちが常にぐるぐる回ってい
カボチャを煮たので義母の様子を見がてら、お裾分けに行きました。あんまりたくさんは持って行かないの。一度に食べちゃうからね!それは置いといて義母から「ちょっとこれ見て」と仏間に呼ばれて、昔のアルバムを見せられました。「私が着物を着てる写真を選んで欲しいの」「正面向いてよく写ってるのがいいわ」by義母え…これもしかして遺影用の写真を選んでます?↑↑↑と思いましたが口には出さずともかくいい感じの写真のページに栞を挟んだ後、写真を見
前回の記事ではあたしの義父であるおとーさんが天国へ旅立った日のことを書いた。『「お父さん、来たよ!」父の心臓は、その声を最期まで聴いていた。』前回の記事はこちら。『「危篤です。」その電話だけが、父と面会できる理由になった。』前回までの記事では事故で寝たきりとなったあたしの義父「おとーさん」のこれか…ameblo.jp看護師さんたちにあたたかく送り出していただきあたしたちはいよいよ葬儀の準備を始めることになった。コロナ禍だった。親戚も高齢者が多く持病
私はもともと写真を撮ることが好きで、カメラマンの仕事をしていた。その後は、カメラマンではなく、自分の好きな写真だけを撮ることを選んだ。でも、先日カメラマン時代の同僚が亡くなり、再びカメラと向き合おうと思った。私は人物撮影が好きなんだけど、きれいな写真を撮りたいわけではない。その人の人柄であったり、ぬくもりであったり、そういうものを残したいと思っている。最近では、お年寄りの写真をよく撮ることがあるので、私が撮った写真を遺影にしてくださったりと言うこともよくあります。ロケーション撮影など
母の誕生日プレゼントに贈った花束💐なんせものが食べられないのでね、ムース食しか。私なりに考えて。一応花束抱えて、写メ撮ったりしました。遺影にするわ、とか言いながら。それ以降、あんま興味を示しませんが。たまに見てね、とか言ってます。どうやら父より私の方が、母の機嫌とるの上手いみたい。私私と母は、今、父に敵とっちょーけんねっ!母あんまそんなこと言わんであげんでごしない。これからお世話してもらわんといけんけん。一応、謙虚と感謝の気持ちはお持ちのようです。お昼時も、フツーに母の
ご先祖様供養の折には優生の事故後から毎日長寸のお線香を手向けております優生の部屋に設営した遺影の前の香炉では通常の長さのお線香を手向けています今は優生の縁者の方のみ優生の遺影にお線香を手向けていただいております優生のためと優生にお線香を手向けてくださるお優しい方々のためにお線香を選ぶのがささやかな楽しみ日本香堂さんで夏らしいお線香を選びましたお香の要素が濃い香り豊かなものですHAWAIISUNSETの香りは自分のために選びました優さんごめんね。わた