ブログ記事1,242件
スマホでケーブルテレビの番組が見られる。ケーブルテレビに加入しなくても地元局だけじゃなく、各地の番組が無料で。そんなうまい話がアプリで叶いました。ロコテレです。遠野テレビさんがロコテレに加入したので制作した番組(の一部なのですが)たとえば、昔話の語り部が語る遠野物語がスマホで視聴できるようになりました。収録したのが5年前なので現役で活躍している方ともう活動をやめてしまった方の貴重な動画もロコテレに加入している地方のケーブルテレビ局の番組が見られ
NHK-BSP4K4Kでよみがえるあの番組『新日本紀行』昭和47年現代遠野物語かつてのNHKの番組『新日本紀行』は『その度に「パパが好きだったなぁ」と家内が呟く』NHK-BSプレミアム日曜朝6時頃~4Kでよみがえるあの番組新日本紀行毎週録画して楽しみに観ていますが12月12日(日)放送されていたの…ameblo.jpそのテーマソングが流れただけで故郷徳島でのかつての「家族の情景」を思い浮かべて家内が涙ぐむとご紹介しま
昭和47年、岩手県遠野市を訪ねた新日本紀行を再び!山里に守り継がれる昔話や先人の教え。時を超えて自然と家族の大切さを語りかける民話の世界が描かれている。よみがえる新日本紀行昭和の日本が鮮やかな映像に昭和38年から57年にかけて、日本各地の風土や人々の営みを描いた「新日本紀行」。最新のデジタル技術で鮮やかによみがえる。番組の舞台を再び訪ねたミニ紀行も合わせて放送。半世紀の変化を紹介する。番組から54年後の2026年、遠野市を再訪した。「民話の里」
おすすめの邦画は?▼本日限定!ブログスタンプ小学校の体育館で私の学年が観たのは南極物語。弟が観たのは遠野物語でした。年齢的に逆の方が良かったのでは?とその当時、思っていました。遠野物語は東北新幹線開通前撮られた映画でした。新幹線が開通してしまえばあっという間に風土も情景も変わってしまうだろうとその前に作品を作りたかったという記事を目にしました。主題歌のNSPの遠野物語は今でも心に残っています。
意外かもしれませんが・・遠野は城下町なんです。嘉永4年(1627年)八戸から女性のお殿様が来てこの地を治めました。その時の様子を南部氏入部行列行進として再現しています。「八戸から女のお殿様が来るんだど」と当時は噂になったのだろうなあ。お人形だとこんな感じ。2026年は4月25日(土)に行われます。桜はもう散り始めていますが春爛漫の遠野の城下を時代行列が練り歩きます。入部行列は蔵の道ひろばを11:30に出発ですよ。これに合わせて町のなかでス
・・私の読書習慣📖・今回の本は📕吉本ばななさんの『ヨシモトオノ』・タイトルの意味は「吉本ばなな版遠野物語」とのこと。・ですがSF→「すこしふしぎ」な内容のお話。・私は、岩手県遠野市で生まれ育ちましたので、遠野物語とは縁が深い。・遠野物語を読みますと、つらつらと昔話のような噂話のような、むが〜す、あったづもな、今はねぇど。・みたいな短編集。・そして、こちらの『ヨシモトオノ』も短編集でした。・そこまでホラーでもない不思議なお話の数々。・遠野物語の要素は
道路によくある標識ユニークな標識入荷しました東北限定「かっぱ」遠野物語に登場するかっぱ出現注意の標識ですね(^^)標識の中のカッパは実は動きます(^^)
映画「脛擦りの森」を観た。https://synca.jp/sunekosuri/柳田國男の「遠野物語」の中の一話みたいな物語である。語り部が語れば、およそ2、3分で語り終えるだろう。妖怪「スネコスリ」についての簡単な物語だからだ。しかし物語の当事者の視点を想像すれば、見える景色、聞く音が次から次へと浮かんでくる。渡辺一貴監督がどうしても映像と音を残したかった動機が、作品そのものから伝わってくるのだ。登場人物は3人のみ。岩の隙間に気づいた者だけが辿り着ける古い家。終始無言の妻と年
ようやく桜がちらりほらり咲きはじめた遠野です。青空が広がっているのですがなんたら風の強いこと!宮沢賢治が童話『風の又三郎』でドッドドドドドウド・・・と表現した通りの山の彼方から空気の層がぐるぐると巻きあがって迫る音が聞こえてくる。こんな日は『遠野物語』8話のサムトの婆さまが帰ってきそうな日だ。突然姿を消した幼女が嵐の晩に30年の月日を経て婆さまの姿で帰って来たという昔ばなし婆さまは天候が荒れた日を選んで帰郷したというから昨日か
私たちもたまには堂々とはい道々お馬さん駄馬だばだばだば言ってないでサラッさらさらサラブレッドファーストしてミテこ遠野物語したあーい駄馬駄馬駄馬打破だあんホンモノのサラブレッドは?わ?誰でショナール☺️
たかだか一泊二日という短い滞在期間だったのに、しばらく軽い遠野ロスになってました。実際、遠野の地を離れる時はセンチメンタルな気持ちになりましたよ。動き出す釜石線の車内で、世界ウルルン滞在記の別れの場面がオーバーラッシュしてました。若い頃は、仕事で行っててそんなに泣き別れになるかなぁって番組見ながら思ってたわけですけど、間違いなく泣くよ。こういうの。でも曲が思い出せず、脳内はずっと情熱大陸流れてましたけどね。電車が出る前に、釜石線内で落石があったようなことで復旧まで動きませんってアナウン
柳田国男さんは日本民俗学の創始者とされる人物でご存知の方も多いのではないでしょうか。僕は河合隼雄さんの著書「生と死の接点」の中で知ったのが一番最初だったと記憶しています。そんな柳田国男さん著書は実は読んだことがなかったんですが、偶然にも「遠野物語」を知り、昔の人のなんとも言い難いものを感じたので書き留めておきます。豊橋市・豊川市・田原市から多くの方が来院♪豊橋のアピタ向山、豊鉄バス台町/商業高校前から徒歩1分♪笑顔で帰れる腰痛専門整体院えんぎ堂院長の近藤です(*^^*)
子育て中の主婦と思われる方また個人事業主の方にフォローされ、記事を拝見するとどなたもそろいにそろってとある著者の教科書がおすすめされてます。これはシンクロニシティ?気のせい?そうしたブログの記事は4桁のイイネがついてるの。え、現代の『遠野物語』だって?いやいやこの状況はまるでファミレスでネットワークビジネスに今チャレンジしないと!と囲まれている大学生あら誰か来たようだわ(古典的だ)
退職後の健康保険料を計算した。え〜!こんなにとられるの?更に年金に住民税…生きていくだけで食べてもないのにお金が飛んでいく〜今年は1〜3月の派遣の収入があったし働く意志は戻ってきたのでダンナの扶養には入らずやっていく予定だったが支出金額を見てやはり65歳まで働いた方がいいんじゃないかと考え込む。▽▽▽以下、昨日更新したブログ▽▽▽登山ブログ東京から石川県白山へテント泊登山(終)市ノ瀬ビジターセンター|図解ひとり登山白山登山レポも今回で終了。白
卒論を書くために遠野を訪れる学生さんに伝えたい。遠くから交通費と宿泊費をかけて来てくれてありがとう。語り部としてまだ駆け出し、そして大学生のあなたからみて親世代の者がフィールドワークの下調べのお役に立てたらと思いつくまま書き出してみます。おでんせは方言でいらっしゃい毎年、学生さんが研究のため春から秋にかけて来遠されます。一週間ほど滞在して、何度も昔話を聞いたりインタビューされるようです。毎日語りが聞けるのは(休館日をのぞく)とおの物語の館あえりあ遠野
岩手県の中部に位置する遠野盆地。そこは、かつて柳田國男が「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という強烈な一文と共に世に送り出した『遠野物語』の舞台です。1910年(明治43年)に発表されたこの記録は、遠野出身の青年・佐々木喜善が語った地元の伝承を、柳田が筆録したものです。そこには河童や座敷わらし、山男や神隠しといった、当時の都市部では「迷信」として切り捨てられようとしていた断片が、生々しい手触りをもって綴られています。今回は、私が大好きなこの名著の事を、感じるままに書いてみよ
いきなりですが、まずはこの写真をご覧ください。普通に郊外にあるような川に見えますよね。大阪市内でもあるような川ですよ。でもね、そこは遠野。やばいよね。ウグイはともかく、ヤマメが生息してるって。やっぱ、すごいな遠野なんて思いながら、仕事を切り上げてこちらへ。一日目から目には入ってたのですが、後回しにしていたとこです。なんたって他に行くべきところが目白押しでしたからね。こちらは、とおの物語の館といいまして、遠野物語をテーマにした館なのですが、僕の興味の尺度としては、市立博物館や伝承
遠野では様々な神様を祀り信仰していますので、行くとこ行くとこなんらかの信仰が伺えます。そんな遠野郷で、千体もの神様が静かにこちらを見つめている場所があります。それを体験するために遠野伝承園へ来たわけです。いつもでしたら、寺社が中心軸となるのですが、今回ばかりはこちらが最優先です。入る前に外のこれらを確認。西國順禮塔、庚申塔、秋葉山など。安全太郎カッパをモチーフとした交通安全のオブジェのようです。伝承園案内図この図で見るほどはひろくないのですが、建物の内部が充実しすぎてましたので
以前から行きたかった玉前神社をついに参拝。御祭神は玉依姫命。玉依姫の父は海の守護神大海神(オオワタツミ)姉は豊玉姫(トヨタマヒメ)遠野物語の作者で、民俗学者の柳田國男(ヤナギタクニオ)さんによれば玉依姫とは神霊を宿すことのできる巫女の総称でもあるそう。玉依姫に興味を持った切っ掛けは、阿部智里さん著書八咫烏シリーズ『玉依姫』を読んだから。テーマが少々ズレるが日本の神話がインスピレーションとなって完成したアニメ『鬼滅の刃』『君の名は』は多くの日本人の心を
ご訪問いただきありがとうございます🌼今日は古書店のお店番でした📚️若い女性が「民俗学の本はありますか?」と入って来られました🚪私、日常はぼんやりといたしております🦥しかしながら、お店番中ですから、頭をフル回転させます🌀「柳田國男などでよろしいですか?」「はい、それです」柳田國男は確かに在庫があったはずですが売れていました。「遠野物語ですが、怪談が付いております」👻🐸探しだした本を差し出しながら、私は、申し訳ない苦笑い。本を見なが
柳田國男氏が遠野物語を世に送り出してから、百年以上が経ちます。時代は変わっても、遠野の風にはどこか異界の香りが混じっています。初日から魅了されてしまったおかげで、2日目に予定していた行程まで進めましので、2日目(最終日ですが)は余裕を持って行動することができました。とはいえ、仕事が始まるまでが勝負なので、宿でおいしいお米をいただいた後すぐに支度をして、駅前からバスで遠野伝承園へ向かいました。伝承園の開園までまだ時間がありましたので、先にカッパ淵へ寄ってくることにしました。カッパ淵への
昨日まで同一人物と思いこんでいました。柳田國男(やなぎたくにお)柳田邦男(やなぎだくにお)別の人なのですね。やなぎたさん「遠野物語」の作者だとはわかっています。やなぎださんはノンフィクション作家でした。わたしが勘違いしていたようにネットの中はやなぎださんが「遠野物語」の作者だと思っている人も多いようです。わたしは今日から大丈夫です。
時間に余裕のない神社巡りの時は、地域の博物館とかはスルーするようにしてきました。これはその時に何を優先するかっていう単純な選別なわけですけど、今回は博物館とかは重要、ある意味本筋なんですよ。遠野は日本民俗学の発祥ともいうべき場所ですし、民俗信仰巡らずに何を巡るねんってことなんです。おかげて遠野市立博物館に着いた頃には疲れ切ってましたよ。でも達成感のある悪くない疲れなので、気力的にはノリノリです。今回の出張も遠野物語関連だったこともあり、遠野物語読ましてもらいましたので原文を交えて紹介し
明日は母校Aの卒業式で、卒業50年OBご招待に行ってきます。然し、経営学部で勉強したことよりも、様々にご縁した方々との交流の方が大切だったなぁ…と。特に岩手・遠野の藤原一族の末裔であるところの宮氏、阿曽沼氏との、実に濃密な日々は、私の基盤の一つとなっています。この一族は藤原北家(不比等の次男・房前)で、私の母方は藤原南家(不比等の長男・武智麻呂)の末裔と、不思議なご縁でした。その宮さんに絡んで、母校Bで民俗学の講義に際して書いたレポートは、かの有名な遠野の河童(渕)について。宮さん
今日は春彼岸の中日実母と叔母の家を訪ねました久しぶりに叔母と従兄弟とおしゃべりしたあとお土産に手作りのきりせんしょ叔母のおだんごや漬物はゼッピンでいつもありがたく頂いておりますその後お墓参りも済ませたのでちょこっとのドライブ遠野までランチは遠野名物わさびわさびラーメンわさび擦りたてのいい香りそしてスープへ辛味は全然感じられませんお天気に恵まれ産直巡りのドライブ日和でした😊〜遠野物語〜NSP
今回の遠野旅で、あらかじめリストアップしていた絶対に外せない場所の筆頭に、あの有名な山崎のコンセイサマがありました。これまでの尼津彦を知る方なら、きっとこう思うはずです。『あいつなら、たとえ何を犠牲にしてでも、突撃するに違いない』と。事実、山崎のコンセイサマはそれだけの魅力を持った存在です。けれど、今回の遠野はあまりにも罪作りで、右を向けば伝説、左を向けば民俗学の至宝と、あまりに魅力的な選択肢が多すぎましたので、苦渋の決断を下すことになります。山崎のコンセイサマを諦める。しかし
遠野駅前ひなまつりイベント開催中でした。街中でも商店や個人宅で雛人形が見られました。手前の平たい人形のが可愛くて好きだなあ。雛人形だけでなく桃太郎や役者、ままごとサイズの道具類も並んでる。このあたりでは雛人形と一緒にいろいろ飾る文化なんでしょうか。遠野市博物館では特別展を開催中。さくっと見ただけ。常設展では遠野の歴史や民俗資料が多数。馬の市の様子の音声が流れていて、その活気が伝わってきます。このパネル↓静かな山中に人と馬の息遣いが聞こえてくるような空気感があります。
遠野熱が冷めないうちに書いておこうと頑張ってます。卯子酉様の次に行こうと思ってたのは五百羅漢なのですが、Googleマップでは当然国道を案内されますので、かなり回り込まなくてはならなかったんですよ。なんとかならないかと調べまくってましたら、卯子酉様の奥から徒歩数分で行けるという情報を入手しました。卯子酉様の境内にも道案内がありまして、入手していたルートの他に、近くの愛宕神社経由のものがありました。もちろん愛宕神社はチェックしてたのですが、想像通りのいきなり石段でしたので、どうしようかしば
新潟日報まいにちふむふむの話でお送りします遠野物語(2)。この物語の主人公はきくぞうです。菊蔵という男の人がお姉さんの家でもらったお餅を懐に入れて家へ帰る途中、仲良しの藤七にばったり会いました。相撲をとろうというので草原で組み合うと、藤七はとても弱く軽く投げ飛ばせます。おもしろいのでつづけて三番もとってしまいました。「今日はとてもかなわない」と藤七は帰りました。きくぞうも良い気分で帰ろうとして四、五間ほど歩いたところでもらった餅が無いことに気
2日目は遠野へ向かいます。昨夜も乗車した釜石線。遠野・釜石方面とは反対方向の花巻駅へ。昨夜も思ったけど、駅名標が『銀河鉄道の夜』なんですね。エスペラント語の愛称までついてる。新花巻駅ホームも『星めぐりの歌』デザインです。素敵だあ✨車内空いています。花巻駅で一旦下車して、朝ごはんと飲み物を買いに売店へ。個包装の銘菓がいろいろあったので、いくつか購入しました。電車の中で食べれるかな…(食べなかった)遠野駅はIC乗車券が使えない区間だそうなので、窓口で乗車券も購入。