青春のある時期、私はいつも山にあった。夏場の天候が最も安定する梅雨明け十日間は、毎年決まって槍沢から槍ヶ岳を挟んで西鎌尾根に南北に羽を広げる縦走ルート上に生息していた。ときに涸沢経由で、北穂から大キレットを越えてゆくこともあった。目と鼻の先でひとりの登山者が滑落してゆく瞬間も見た。命のやり取りが日常の擦り傷ほどにありふれた垂直に近い世界で、風を読み、雲の機嫌を伺う。雲海を目の下に観る位置で、山岳大自然の惨さと感動を同時に魂に焼き付けた。それが自称「登山者(クライマー)」だった私の、世界のすべてだ