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南熊本駅と砥用(ともち)駅を結んでいた鉄道路線が1964(昭和39)年に廃止となった熊延鉄道(現:熊本バス))一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【八角トンネルを過ぎまして】佐俣駅跡を過ぎると路盤跡と擁壁が残っています【馬門橋駐車場から歩くと】津留川にかかる馬門橋は自動車通行禁止に…この橋から見えるのが~第二都留川橋梁です橋脚が残っています【旧砥用町にある釈迦院駅跡へ】単式ホーム1面1線と貨物ホームがありましたかつての駅名標が駅舎跡に建っ
「第三十三回熱海をどり」、二部開場13:10開演13:40会場の「熱海芸妓見番」へ楽しみに行くと、動画以外撮影OKに喜びいっぱい撮りましたが、その中で一番最初に素晴らしい「藤娘」の踊りをなさる芸者さんを見つけ、一番後ろの席からスマフォアップを狙い撮り、年輩格のお姉さんに聞いたら名前が「小夏」さんでした。その後別宅に来て頂いてる左官のお爺さんお薦め「カフェちゃちゃ(茶茶・茶々)」へ行ったんですが、お爺さんにも話したが私は2011年「2月17日旅=熱海へ行く「カフェ茶茶」&「起雲閣」
南熊本駅と砥用(ともち)駅を結んでいた鉄道路線が1964(昭和39)年に廃止となった熊延鉄道(現:熊本バス))一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【熊延鉄道最大の見どころへ】八角トンネル観光地化されていて駐車場完備です【説明板も完備】馬蹄型でなく八角形実はトンネルでなくて…切通の擁壁を補強する構造物なんです【トンネルの先に遊歩道が続きまして】遊歩道が線路跡になります途中に正一位中岳稲荷大明神がかつては線路わきにあったのでしょうか急坂を下りて
2024.11.29①=中河原停車場跡=開業1908年(明治41年)路線距離小郡-山口間(12.9㎞)停留所数9駅廃線1913年(大正2年)現在のJR山口線が開通する前に、小郡と山口間を結んだ軽便鉄道がありました。1908年(明治41年)11月に大日本軌道会社山口支社により新町-湯田間の軽便鉄道の敷設工事が完了し、開通式が行われました。続いて路線の両端部である新町-小郡間、湯田-山口(中河原停車場)間に延伸して、1910年(明治43年)に当初の計画であった山口-山陽鉄道小郡
南熊本駅と砥用(ともち)駅を結んでいた鉄道路線が1964(昭和39)年に廃止となった熊延鉄道(現:熊本バス))一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【大井出川に橋台が残っています】日和瀬橋橋台跡が~しかも民家の下に…このあたりに南甲佐駅がありました【こちらも橋台跡が~】日和瀬橋から築堤が続いていましたが…いまは田んぼになっています【次回は八角トンネルを】熊延(ゆうえん)鉄道は熊本と延岡の頭文字から~果てしない壮大な計画があったようで…次回も
南熊本駅と砥用(ともち)駅を結んでいた鉄道路線が1964(昭和39)年に廃止となった熊延鉄道(現:熊本バス))一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【水路に橋脚が見えます】さらに橋台も残ってますドラッグストア裏に残る橋台から転用した道路の突き当りにあり〼【こちらは甲佐町にある浅井駅跡】島式ホーム1面2線の駅でした道路拡張により駅舎が明らかにかつては駅跡の標柱があったようです【甲佐町の玄関口だった甲佐駅跡】現在は熊本バス甲佐営業所に島式ホーム
「日本最初の軽便鉄道」は夏目漱石『坊ちゃん』の鉄道ではなかった?(鉄道史めぐり4)黒井ドラゴン一般的には、「日本最初の軽便鉄道は、1888年(明治21年)開業の伊予鉄道」とされている。伊予鉄道は、有名な夏目漱石の『坊ちゃん』に出てくる鉄道だ。だが、ほとんど知られていないが、実は伊予鉄道よりも前に、日本に軽便鉄道が誕生していた。「軽便鉄道」とは、日本では1067mmのレール幅よりも狭い幅の軌間の鉄道のことである。新幹線などの1435mm幅が「標準軌」、それよ
ご多分に漏れず朝食を食べ過ぎましたので日課のウォーキングに出かけます。いつものように適当に歩き続けると以前にも訪れた軽便鉄道のある公園にやってきました。かつて南大東島で活躍していたのですね。そう考えると感慨深いです。その後も歩き続けると沖縄ハーバービューホテルの裏手にたどり着きます。10年以上前、初めてハーバービューホテルに宿泊しようと旭橋駅から歩いて向かいましたが、建物はこういった感じで見えるのにどこから入ったらいいのかわからず右往左往した思い出があり
南熊本駅と砥用(ともち)駅を結んでいた鉄道路線が1964(昭和39)年に廃止となった熊延鉄道(現:熊本バス))一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【鹿児島本線・南熊本駅が起点】1914(大正3年)年に開業(当時は春竹駅)翌1915年に熊延鉄道が開業し乗換接続駅に現在は相対式2面2線ホームですが当時は島式ホーム1面2線の駅で3番線(島式ホーム側)を使用案内板に熊延鉄道が記されています【田迎小学校脇に橋台跡が】周囲は住宅になっており🏡転用道路脇
こんにちは、俊昭です。3ヶ月ぶりの撮影記です。今回は15年ぶりにSLが走行する磐越西線、郡山~会津若松間の川桁駅のロケハンです。4月11日に郡山に向かって走る「SLしあわせの風ふくしま号」を川桁駅付近で磐梯山を背景に撮影するつもりでしたので、下見に訪れました。もう一か所の撮影予定地の中山宿駅はだいたい土地勘がありますが、川桁駅は全くわからない場所です。川桁駅前磐梯山を背景に。もうひとつ川桁駅を訪れようと思った理
皆さん、私のブログを閲覧しておくんないまして、おおきんな!勤務先の有給休暇が復活しましたので、私は早速2026/04/09(木)~2024/04/12(日)にかけて、愛知県と三重県に旅行しました。観光とグルメが主目的なのですが、本当は愛知県犬山市で開催される同人・コスプレイベント『城魂!』(ブラウザゲーム『御城プロジェクト:RE』オンリーイベント)に出向こうと考えて、バスのチケットを抑えていました。ところが、自分がそのイベントの開催時期を確認していなかったので、当日より一週間も前の
皆さん、私のブログを閲覧しておくんないまして、おおきんな!これより、四日市あすなろう鉄道と同日に赴いた三岐鉄道北勢線の、乗り潰し記事をお届けいたします。この路線も、あすなろう鉄道と同じくナローゲージ・つまり軽便鉄道に分類されます。但し、あすなろう鉄道と異なり、北勢線は田園風景の中を走り抜け、また、桑名市・東員町・いなべ市という三つの自治体に跨る長大な路線を誇っています。三岐鉄道のホームページによりますと、駅数は13駅・路線総延長は20.4㎞に亘ります。始点の西桑名駅は、近鉄名古屋線
「青春18きっぷ」の1日目、都内から桑名まで遠征しました。川崎、熱海、沼津、浜松、豊橋、名古屋と乗り継ぎ、何とか午前中には桑名に到着。(2026.2.28北勢線楚原〜麻生田)西桑名駅から40分程揺られ楚原駅で下車。今回は楚原駅先の名所「めがね橋」を素通りし、S字カーブでカメラを構えました。コンクリート架線柱が目立つ北勢線で、この地点は木製架線柱が健在、創業当初の架線柱なのかは不明ですが、軽便鉄道らしい画像になりました。この日、3時に起きて奈良県内の宿に21時到着、晩酌後は泥のよう
2026年4月13日使用機材メイン機:NikonD3000サブ機:HitachiHDC-303X※特記以外はサブ機で撮影西武立川駅前から立川バスで20分ほどの所にある春名塚というバス停のすぐ近くから西武球場の辺りまで、羽村・山口軽便鉄道の廃線跡が続いています。もう少し言うと、起点は多摩川の辺りで、途中、アメリカ軍の横田基地に分断されている箇所もあるのだとか。狭山湖を建設するための資材を運ぶトロッコ列車が行き来していたそう。交通アクセスの面からも、春
瑞芳からバスで九份へカラフルで立派なお寺の屋根が見えます人気の観光地だけあってお土産物屋さんが連なる狭い路地は満員です。アジア感がありますね。元々金山で栄えた土地らしくお寺の名前も金山岩良い眺めです観光客の大群を避けて少し町はずれに出ると昔の軽便鉄道の跡が道路として残っているらしいことが分かったので歩いてみることにしました。民家の二階に車輪が見えますが軽便(トロッコ)の車輪だったりするのでしょうか?レプリカにしては古びています。軽便路というのが廃線跡なのでしょう。もじゃハウス
月曜の朝ちょっと時間に余裕ができたのでローカルのフレンド局からお借りしていた当地の貴重な資料本を見るのですこういうものは時間をかけてゆっくりと読みたいです小学生の頃テレビで「新大阪、岡山間をなんと58分!!」そんなキャッチフレーズで関西にも新幹線がやってきました特に興味があるのは手前の本ですいわゆる「軽便鉄道」ですが日本中にその痕跡を残しています馬力のない汽車、電車でしたのでなだらかな地形に添って敷設されたなんだか不思議な道がその痕跡だったりする
こんにちは~ガルーダ宜野湾で~す!今日は宜野湾飼育場の地域のご案内を少し♫沖縄にはかつて鉄道が走っていました「軽便鉄道」というそうです。はいさーい♥笑リアリティー全開!沖縄では「軽便(けいべん)」がなまり、「ケービン」と親しみを込めて呼ばれてました。地元の人にとっては、買い物・通学・農産物の輸送など、日常的な移動手段だったそうです。今日もメダカちゃんたちは元気です!私たちも元気にお世話しております。宜野湾は他の飼育場から移動してきたスタッフや新
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線日永駅前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事の最終回です。今回は途中訪れたジャンクションの日永駅を紹介します。こじんまりな駅は小綺麗で小宇宙を感じました。(一枚目)・日永駅の駅舎です。1912年の開業で、平屋のしっかりとした駅舎が設置されています。「あすなろう中央緑地駅」という愛称が有ります。現在は無人駅ですが窓口の跡が有ります。券売機とICカードの
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線日永駅(1・2・4枚目は西日野駅)前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事です。今回は一駅しかない八王子線を往復乗車した後、分岐駅の日永駅で撮影を行った際の記事です。(一枚目)・西日野駅で四日市駅へ向け折り返し中のモ264です。1982年近畿車輛製で2018年にリニューアルされています。前ドア後部には「なろうグリーン」なる愛称とイラストが貼られています。
撮影日2025.1.31撮影場所各写真に記載前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事です。今回は一駅しかない上に線名と駅名が一致しない八王子線を乗車した際の記事です。(一枚目)・内部線と八王子線の分岐駅、日永駅です。当駅については別途紹介予定ですが、島式の2・3番線ホームは分岐に合わせて三角形になっており、特にこの八王子方面の3番線はカーブが大きく車両間の隙間も大きくなっており、電車の裾がカットされているのもこの為です。ホ
撮影日2025.1.31撮影場所各写真に記載前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道を紹介します。今回は始発の四日市駅から内部駅まで乗車した際の記事を掲載します。(一枚目)・駅の外側から見たあすなろう四日市駅です。立派な駅ビルの有る近鉄四日市駅の高架下に設けられており、改札は独立しています。尚古くは国鉄四日市駅まで伸びていましたが、後にその区間は近鉄四日市線となりました(現在は経路変更で廃止)。又同じく四日市駅から分岐する湯の山線
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線内部行き車内(1枚目はあすなろう四日市駅)前回の記事に続き、今回も日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道を紹介します。今回は乗車した260系リニューアル車の車内です。(一枚目)・こちらは乗車したク165の車内です。こちらのサボ代わりのHMは「四日市⇔内部」になっており、HMは1枚だけの設置でした。四日市発の電車も学生が多く、途中追分駅まで高校生で混んでいました。(二枚目)
先日(3/21)、静岡県袋井市にある浅羽記念公園に行きました。昔、軽便鉄道というのが走っていたんですね。(=^x^=)
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線あすなろう四日市駅前回までの昨年冬の中部旅行の記事の続きで、いよいよ行程は最終日となりました。この日は日本で僅かとなった762㎜の軽便鉄道の一つ、四日市あすなろう鉄道を完乗し、快速「みえ」のキハ75形に乗車し戻る行程でした。それではまず最初の目的・四日市あすなろう鉄道に乗車します。(一枚目)・近鉄四日市駅を降り、あすなろう鉄道のホームを訪れました。近鉄の駅は高架ですが、その下に隠れる様に小さな島式1
下電ホテルに保存されてた下津井電鉄クハ24と貨車(ホカフ9)が下津井駅跡に昨年移設され、現役時代コンビを組んでたモハ103と再び一緒に保存されることになった。下電ホテル時代のクハ24や、下津井駅跡は5年前の10月に行った。『岡山・下電ホテルの下津井電鉄クハ24やら』岡山県倉敷市の鷲羽山下電ホテルに保存されてるクハ24やらを見に行ってん岡山駅からJR西日本・瀬戸大橋線に乗り換え、児島駅で下車。電チャリを借り、県道21号線…ameblo.jp『岡山・下津井駅跡のモハ103やら』下電ホ
レコ屋では必ず‘OTHERS’とか‘COMEDY’、‘SPOKENWORDS’なんて仕切りを見る。好きなアクト関連のブツが、一見関係ない分野で発見されたりして面白い。さて今回のこのレコードについては当然まったく知らなかったブツで、とりあえず右上のBBCのロゴに心を奪われた。ウハハハ、この価格ならこのロゴのためだけに買う。過去には(★)これ、(★)これ、(★)これ、(★)さらにこれなどこのレーベルを紹介してきているが、どうやら今回のBBCレーベルがいちばんダサい。70年代半ばっぽいデザ
普段は通り過ぎるだけの街で、バスを降りてみる。今回の街は、与那原。与那原と言うと、那覇から国道329を東に進んだ際、斎場御嶽方面と沖縄市方面に分岐する、交通の要衝である。が、わざわざ与那原で降りることはない。ということで、わざわざ行ってみた。与那原には、何があるのか?①教会がある与那原バス停で降りると、丘の上にまず、教会が目に入る。聖クララ教会。建築物としても有名な教会。中のステンドグラスが有名なのだが、穢れの化身であるワタシが入っていいのか分からず、やめておいた。いや、穢
沖縄では「ゆいレール」沖縄都市モノレールが那覇空港⇔てだこ浦西間17㎞を結んでいます。2~3両の固定編成で大量輸送とは言えませんが、道路の渋滞に影響されず定時制が確保された貴重な公共輸送機関と言えるでしょう。実は沖縄には戦前、鉄道が通っていたのですね。軌間762mmの軽便鉄道ですが、SLやガソリン気動車が走っていました。そのうちの一つ、那覇市の東、太平洋に面した与那原町(よなばるちょう)の駅舎が復元されて資料館になっていました。どっしりとした、重厚な鉄筋コンクリート造りの建物です。
こんばんは、白黒茶々です。2月最初の日曜日となる1日の午前に、私は波&狛と一緒に列車の客車………をイメージした公園の休憩所にいました。🚂これが本物の列車だったら、彼女らを専用のキャリーに入れて、手回り品の札をくくり付けなければならないので、このような絵を撮ることはできません。🏷️それから、その客車っぽい休憩所の先頭には、軽便用のミニSLを再現したモニュメントと、そこから近いといえなくもないところにあった浅名駅をイメージしたプラットホームが造られています。🚂それよりも、何故このようなとこ
与那原町立軽便与那原駅舎展示資料館には物販もありまして。せっかくなんで自分土産を少し買った。絵本。クリアファイル。現代風路線図。ポストカード。キーチャーム。オリンピックのメダルラッシュに因んで、金色のを。(お値段もそれなりです。)オマケを付けてくれた。ありがとう。