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太平記は、鎌倉幕府滅亡〜建武の新政〜南北朝の動乱を描いた話だか、それを吉川英治がさまざまな文献を紐解きながら作ったのが、「私本・太平記」である。1.血みどろな戦い基本的な戦いの構図は①鎌倉幕府滅亡戦後醍醐天皇チーム足利尊氏、新田義貞、楠木正成などvs鎌倉幕府チーム北条高時など↓建武の新政が失敗②延元の乱後醍醐天皇チーム新田義貞、楠木正成などvs武家チーム足利尊氏こうしてみると、①の戦いで鎌倉幕府が滅んだあと、結局②の後で室町幕府ができており、鎌倉幕府の頃と何
本当のところはタイに出かけるまでに読み終わりに持っていきたかった「福岡久留米西鉄往来紀行」ながら、吉野ヶ里の話が長引いたことでもありまして今少し続くことに。こちらの方も、さも中断など無かったかのように、続けてまいりますです、はい。福岡県八女市の岩戸山歴史文化交流館いわいの郷を訪ねて、筑紫君磐井に関する展示を見て来たわけですが、ここいらで磐井の墓所とされる岩戸山古墳を実見しに…と常設展示室を出たところで、「ん?!」とばかり、ふと足を止めてしまうことに。ロビースペースにあたる歴史交流
さてさて…前回の記事で…「足利兄弟」の話をさせていただきました🆕足利尊氏と直義‼️室町幕府初代将軍であり、カリスマとしても武家からの信望を集めた兄‼️兄を補佐して政治面において卓越した手腕を発揮した弟‼️両者は大変仲の良い一歳違いの同母兄弟だったのですが…協力して武家政権を再興させたのち…政権運営や後継者問題を巡り対立‼️遂には幕府を二分する内乱という事態を引き起こしてしまいました⚔️最後は兄が弟を毒殺するという悲劇的な終局を迎えるのですが…この兄弟の生涯については…か
さてさて…皆様は既にお気づきこのことかと思われますが…「豊臣兄弟!」の重要なテーマは…❔ズバリ‼️兄弟であります😃さらにはもっと踏み込んだ物言いをするならば…兄弟の光と影とでも言えるでしょうか⁉️豊臣兄弟の秀吉と秀長は…ただの藤吉郎&小一郎からスタート🆕織田家に仕官して以来…木下→羽柴→豊臣とバージョンアップを重ねて下剋上の天下取りを兄弟の力で成し遂げました‼️弟は補佐役として兄を立て続け、影となり二人三脚で天下統一を成就した‼️日本史はもちろん、世界史においても…兄
先日、家族でお出かけした時に、車の中で夫と話していた時に気づいたことです。ふとしたきっかけで、朝倉義景が織田信長に滅ぼされることになった話になりまして、領国の統治に長けた名君だったのが、信長に滅ぼされることになったのか?ということで、息子が亡くなってから無気力になった説(麒麟がくるではこの説を採用していました)や、小宰相という側室にうつつを抜かして骨抜きになってしまった説(これが有力)があるのですが、この話から、新田義貞と勾当内侍の話になりました。新田義貞が勾当内侍にうつつを抜かしてダメ武将
カーリングはスウェーデンが金メダルに輝きました。いや、、すごい決勝戦で……桜乃「ハッセルボリさんのドローが長くなったあとに、まさかスイスのフォースのラストロックが……」かすみ「勝負は何が起こるかわかりませんわね」さて、本日は2月22日です。毎年言っている気もしますが「猫の日」です。そしてぐんまちゃんの誕生日でもあります。つまり、「馬の日」ですね。武子「つまり私の日であると!」猫絵のじゃじゃ馬プリンセスの日ですね。他に大魔神佐々木の誕生日だったりもし
○『逃げ上手の若君』、主人公・時行の逃げ死にを以て5年の連載に幕・・ッ!今週の「週刊少年ジャンプ」第12号(26年2月16日発売)にて、松井優征の人気漫画『逃げ上手の若君』が堂々の完結を迎えた。連載開始は2021年の第8号だったから、振り返れば5年にわたる長期連載となった。コミックスの刊行はちょいと滞ってるみたいだけど、最終27巻が今年10月に発売される予定。◇漫画公式サイト『逃げ上手の若君』公式サイト『逃げ上手の若君』公式サイトwww.shonenjump.comいや~、内容
連日の南北朝時代関連の情報発信に珍しいことがあるものだと驚いておりますが今日更新のTolandVlog、もののけ姫の【ジコ坊】考察では、南北朝時代が登場。「非人」という存在が、当時は天皇に仕えていたこと。非人とは「聖なる」存在であったことなど網野善彦先生の研究も紹介されています。今の感覚では差別用語と捉えますが、当時の時代背景を知ると全く異なる意味があることを知りました。比叡山のトップ天台座主を務めた護良親王が山伏の姿で潜伏していたり、軍勢が山の民や非人であったことは、今の視点で見るの
<無料フリースクール雑学講座-721>【しくじりの日本史】1.足利尊氏の優柔不断が南北朝の混乱を招いてしまった2.四代将軍足利義持は内政面では上手くやっていたが、日明貿易を止めたことで大きな収入源を失った3.越前の朝倉義景は地の利や人に恵まれており、信長を包囲して倒すチャンスがあったが、追撃を自分でせず、機会を失った。更に信玄、義昭、顕如らによる信長包囲網に際しても兵を動かさず、最後は部下に見捨てられて敗戦4.徳川幕府統治の安定化のために導入した朱子学は成功したかのよ
今日は2月16日(月)2月も半分過ぎたわ〜早いわね〜ブログは一昨日の続きいってみよう😁群馬県太田市の新田荘歴史資料館です新田荘と云えば新田義貞ですねどんな人かと云えば源氏の名門であり鎌倉幕府を滅ぼした立役者の一人でしたがのちに足利尊氏と対立し敗北新田岩松家で使用の籠新田岩松家伝来の兜では馬形はにわ総選挙にエントリーのはにわを見ていきましょうエントリーNo1No2エントリーNo3No4エントリーNo567エントリーNo78エン
真田広之が足利尊氏を演じた大河ドラマ初主演作「太平記」を4Kリマスターで再放送!建武政権に背き室町幕府初代将軍となった足利尊氏。尊氏の人間的弱さや歴史の表舞台にあがることのない庶民の感情を重視して描いた、動乱の中で太平の世を願う物語。t.co2020年にBSで再放送された「太平記」が今度は4Kで再放送!三枝成彰さんの音楽を聴ける!!
南北朝の時代は、日本史の中でも複雑怪奇であり、誰が誰と組んで、対立の中で敵と味方が入れ代わり立ち代わり、北条氏による独裁が、特異な天皇の存在がきっかけとなり地方勢力によりひっくり返された歴史である。建武の新政以降は、京都の「北朝」と吉野の「南朝」二つの朝廷が対立し、裏切りあり、内ゲバあり、骨肉の争いありと、約半世紀にわたり繰り広げられた南北朝の争乱だった。東北から九州まで日本全土を巻き込んだ史上初の全国的大乱は、やがて「応仁の乱」の萌芽となり、戦国時代へと連なる一大変革期となった。本書では、この
かっこいいと思う苗字は?➡かっこいいと思う苗字、私は足利尊氏公が好きなので「足利」と、スクウェアエニックスの『フロントミッション3』の主人公である武村和輝が好きなので「武村」になります。NOWAR!▼本日限定!ブログスタンプ
浪人で流れ者だったと言われていた、北条早雲。そもそも本人は北条を名乗っていません。あくまで伊勢新九郎盛時。最近の研究では室町幕府の直臣だったと言われています。8代将軍義政の弟の義視に仕える、申次衆でした。申次と言うのは、作戦を立てたり、外交に関与する軍師にあたります。所謂、参謀役、補佐役でした。伊勢盛継が、室町幕府初代足利尊氏に仕えました。伊勢氏は、代々足利氏に仕えます。駿河太守の今川義忠が遠江遠征中に討死し、後継を巡って争いが起きます。盛時
『幕府』とは、我が国において征夷大将軍など武家の最高権力者をトップとする武家政権のこと。最初は鎌倉幕府で、始まりは私が子供の頃は「イイクニ作ろう鎌倉幕府」で1192年とされていましたが、今ではそれ以前の1185年とする説も。いずれにせよ源頼朝から源氏3代を経て北条氏が引き継ぎ、1333年まで約150年程続きました。そして1336年に足利尊氏が征夷大将軍となって作ったのが室町幕府で、こちらは織田信長に15代将軍・義昭が追放された1573年まで、237年。そして我が国最後にして最も長く政権を
今日は建国記念日の祭日。建国記念日といってもよくわからない。ググるとする。紀元前660年の2月11日に神武天皇が初代天皇になった日、ということらしい。ということは建国2686年。建国3000年まであと314年。大イベントしてちょうだい。ちなみに建国2000年の1340年は足利尊氏が征夷大将軍。大イベントやったんだろうなー。越後の守護神STEELDRIVERの新作、FIRESTONERISINGPart1を聴くなら配信?CD?★ダウンロードやストリーミング★スポティファ
#家紋の比較左:大中黒(新田氏)右:二引両(足利氏)鎌倉幕府を滅ぼすことに功績のあったこの二つの名家は、「兄弟相食む」ことでも特異的な間柄です。両者とも、先祖は源義家の3男、源義国が共通で、長男の源義重が新田氏の祖、次男の源義康が足利氏の祖であり、兄弟のように近しい出自でした。そして新田氏は今の群馬県太田市、足利家は今の栃木県足利市に拠点を持っていました。渡良瀬川(わたらせがわ)の両岸ですね。ところが、鎌倉幕府を源頼朝が立ち上げた際、積極的に協力したのが足利家、以
穆佐城(別称:六笠城・高城)(Ⅰ)宮崎市高岡町小山田創設年代・・・・元弘年間(1331頃)創設者・・・・・足利尊氏形態・・・・・・山城遺構・・・・・・曲輪・堀切・土塁ポイント城は佐土原から都城を経て、薩摩に向う薩摩街道上の要衝に位置。東流する大淀川右岸の東西に長い丘陵上に立地.丘陵の反対側には支流の瓜生川が丘陵を挟んで東流し、大淀川に注いている。更に城の北・東・南の三方は水田等の湿地に囲まれた要害。縄張りはは幅20mの大きな空堀と、急峻な切岸に囲
昨日はFitnessで汗を流した後、表題の企画展に行って来ました。さすがNHKの横にあるだけあってこの企画展は大河ドラマに出てきた「炎立つ」「太平記」「義経」の登場人物が多く展示されていました。本題に入りますが壺井八幡宮は清和源氏の源頼信・頼義・義家ら河内源氏三代を祀られており、源氏の原点になるお土地柄で、馴染みのある名前で言うと、鎌倉幕府初代将軍の頼朝、その弟の義経、そして北条家(平家)の乗っ取られた鎌倉幕府を倒した室町幕府初代将軍の足利尊氏などの一族の発祥の地です。徳川家康
足利兄弟[岡田秀文]楽天市場足利氏がいかにして天下をとったのか。源氏の頭領がなる征夷大将軍も、北条家の傀儡に過ぎなかったころ、由緒正しい源氏として足利氏が名乗りを上げる。しかし足利家にも北条家が深く入りこみ、表面上はうまくやっているように見えて、足の引っ張り合いはえげつない。そんな頃に、後醍醐天皇が登場。それを利用して鎌倉幕府から足利幕府へと変貌を遂げる武士の世界。北条の血筋の、強さが最後に明かされますが、尊氏と直義兄弟の覚悟の違い。天賦の人たらしである尊氏が
「選挙に行こう!」今日は、足利尊氏みなさんおはようございます衆議院選挙の投票日です期日前投票の人も増えてきましたまだの方は投票に行ってください素晴らしい制度なのです今回は総理の人気もあり自〇党は強いでしょうやっと育ってきた日本国を護る政党もしっかり伸びて欲しいです去年の今ごろは絶望のどん底でしたけれど(笑)君のため、如月、2月選挙で日本を護る(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただいた皆様、今年
1339年、足利尊氏の命により築城された城。京都と西国を結ぶ要衝に位置し、戦国の世を見守ってきた。山崎の合戦で敗れた明智光秀は、この勝竜寺城へいったん撤退。そこから本拠・坂本城を目指して脱出を図るが、その途中で歴史は大きく動くことになる。城跡は現在、勝竜寺城公園として整備され、静かな園内を歩くと、光秀が敗走したあの緊迫の時間がふと重なって感じられる。戦国の転換点を体感できる、知る人ぞ知る歴史スポットだ。
2月1日(日)鈴木由美著『中先代の乱北条時行、鎌倉幕府再興の夢』中公新書2021年7月25日発行鎌倉幕府滅亡から二年後の一三三五年、北条高時の遺児時行が信濃で挙兵。動揺する後醍醐天皇ら建武政権を尻目に進撃を続け、鎌倉を陥落させた。二十日ほど後、足利尊氏によって鎮圧されるも、この中先代の乱を契機に歴史は南北朝時代へと動き出すー。本書は、同時代に起きた各地の北条氏残党による蜂起や陰謀も踏まえ、乱の内実を読み解く。また、その後の時行たちの動向も追い、時流に抗い続けた人々の軌跡を描く
今朝は放射冷却で冷えましたよ。陽射しは出ていますが寒い!大安吉日に八幡宮。足利尊氏が建立した八幡宮です。京都は三条通りにありますよ。今日は午後から都市農業シンポジウムがあり、久々に電車でGO~~です。ダカラ~~予約投稿になります。訪問やいいね!は明日以降になりますが、悪しからず。チャオ~
御金神社から市役所を抜け、現在の本能寺へ向かう途中、立ち寄ったのが「足利尊氏邸跡」と「御所八幡宮」。ここは、まさに**室町幕府の始まりの地**とされる場所です。##■足利尊氏邸跡―室町幕府の由来地現在はビルが建ち並ぶ街角に、ひっそりと立て看板があるだけの「足利尊氏邸跡」。ここに尊氏の邸宅があり、のちに“室町幕府”と呼ばれる政権がこの地から始まりました。-鎌倉幕府:鶴岡八幡宮の荘厳さ-江戸幕府:二条城や江戸城の遺構-室町幕府:看板ひとつだけ
12月30日、尾道市にある「浄土寺」へ行きました。山側からも行けますが、国道2号線から階段を上がり、線路をくぐります。616(推古天皇24)年、聖徳太子の創建と伝えられる古刹です。足利尊氏が九州平定や湊川の戦いの際、戦勝祈願をした寺でもあります。南北朝時代(1333~1392)年に再建された、重要文化財「山門」。国宝や重要文化財がたくさんあり、境内一帯も国宝に指定されています。1328(嘉暦3)年建立、国宝の「多宝塔」。
こんばんは!前回の京都の続きです。金閣寺の次は、行ったことのなかった等持院に行きたいと思います。等持院(とうじいん)に来ました。暦応4(1341)年、足利尊氏(あしかがたかうじ)が天龍寺開山夢窓国師を開山にお迎えして、衣笠山(きぬがさやま)の南麓に創建したのが、この等持院である。後に、尊氏・義詮(よしあきら)将軍当時の幕府の地にあった等持寺もこちらに移され、足利将軍家歴代の菩提所(ぼだいしょ)となった。応仁の乱などの戦乱や火災に見舞われたが、豊太閤(豊臣秀吉)も、秀頼に建て直させたほ
思いがけずお金が入ってきたことある?▼本日限定!ブログスタンプkきょうもジョギングしてた。ダンベルもってジョギングしてた。一時はダンベル負けするほど疲れたが、なんとか走り切った。調子よかったこともあり、同じコース3週走った。距離3.5kmx3+400m、タイム17:31,18:01,21:30,2:30.1月24日-Wikipedi1336年(正慶4年/建武2年12月11日)のきょうは足利尊氏が建武新政府に反旗を翻した日です。事実上、室町幕府のきっかけとなった反乱が始まった日でも
ニュース番組で、豊橋市美術博物館で開催されている「多士済々天下人の交差点」という企画展が出てきましたね。面白そうですね。「三河武士は2度天下を獲ったけれども世間にこのことを知る者はいない……。」となっていますね。家康公も足利尊氏も三河に拠点を置いたことをいってるんですね。三河というより岡崎なんですね。だから、岡崎武士が2度天下を獲っているということになりますね。家康公の長篠の戦いでの使用した兜も展示
好きなシンデレラストーリーはある?➡私の場合、特に好きなシンデレラストーリーはありませんが、室町幕府を築いた足利尊氏公と結ばれた赤橋登子があてはまるのではないかと思いますし、実は足利尊氏公は、北条泰時公の子孫でもあります。NOWAR!▼本日限定!ブログスタンプ