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こんにちはーなんとか左足が不自由な日々を過ごしやすい様に家にあるものでカスタマイズしています。クッションがない→布団をクッション代わり、椅子を同線に置いたり、アマゾンでクラッチ杖を購入(すごい使いやすい)病院でつけられたハイブリットシーネが出来る子で助かります。(ギプスだったら痒い死にしてたかも)オフロードブーツや安全ブーツになれている人ならなんの違和感なく過ごせます。右側も購入すればサンダルとシーネで夏用プロテクター付きバイクシューズになるよー貧乏人のサマーバイクシューズ。真剣に考えて
11月28あたりから3週間ほど仕事を休んだのでお手手は痛いけど他は元気なのであちこち彷徨きました。大阪から帰りの京都常滑から内海瀬戸から城東園桑名六華苑足助仕事の合間の休みなんかくたばってるもんね。2月ってさーあちこちでお雛様飾るから今年は行きたいなぁと思いつつイベントで手一杯で行けないかも😭浜松の佐久米駅のかもめも見に行けないかなぁ。さて、瀬戸の帰りに城東園に寄ってきました。なかなか行くタイミングがなかったのとあまり残ってない雰囲気だったので足が向かいませ
弾丸日帰り熱海熱海市秘宝館とクラファンで再生計画が上がった遊郭跡つたやさんに行きたくて東京の友人がお誕生日のお祝いをしてくれるって事で熱海デートをする事になりました。日帰りだったので仕事終わってから前乗りして竜宮閣に泊まってしまおうかと直前まで悶々と悩んでましたが朝5時30分に起きて念入りにメイクして11時に熱海に到着憧れの竜宮閣みて駅前の何気ない街並み楽しんで待ち合わせの12時12時に熱海に待ち合わせねとアバウトな約束で無事合流熱海はなぜか桜が満開夜は
この錦は、窓の線が先端付近まで伸びている。初めて見ました。しかも自肌が濃い深緑。これにもっと斑を入れて、リアル赤線ができたら最高。中央の葉にその兆し。想像だけは広がるが、知識も腕も0。無理だろう。
20260107(今朝も快晴だったので近場を走った水曜日),大正13年創建の「川本家」、木造3階建の大型遊郭建築で「遊郭」~「赤線」~「下宿屋」と変遷。現在は「町家物語館」として開放されています。色んな情報を聞きながら館内巡っていると、確かこの辺りの遊郭へは北陸地方からの「年季奉公」(簡単に言うと家の「借金のかた」などで売られてきた娘さん)の方が多く、24~5歳で明けて一部の方は帰られていたらしいです。一番目に着いたのはその女の子たちの名前が書かれた紙が貼られているちっち
今回3日間用と5日間用に切り替わってから使った青春18きっぷの旅岐阜在住で27~28日岡山29~31日名古屋(名古屋は日帰り)だったのでトータルで考えると、5日間用でも十分もと取れた感じはします(^^;うちは名鉄も通る所もあるので時間なかなか難しい部分も…朝ごはんを食べて、ゆっくり倉敷へ途中まで、尾道・笠岡付近までの梯子しようかと考えましたが、26日ぐらいからとても体調が悪く…そこまでは無理だろうと判断して、倉敷へ川西遊郭前後に倉敷のハードオフ巡りもし
瀬戸市には陶華園とゆう花街がありました。場所は新開地名鉄瀬戸線の瀬戸市役所駅と尾張瀬戸駅の中間。行ってみたものの遺構は見つけられず帰ってから地図見てたら全然違うとこ歩いてた。地域的には合ってたんだけど。また行ってきます。って事で末広商店街とゆうレトロ商店街を歩きます。瀬戸の中心地は瀬戸川が流れており駅側をせともの屋さんが並んでます。その川の両サイド1本入った所にレトロ商店街があります。昭和の残照。映画撮れるんちゃうってくらいレトロでした。今回は末広商店街遊郭
以前アタシは廃墟や赤線跡が好きと言ったが、それは昭和に対するノスタルジーから来るもの、と書いたことがある。『霊場巡りにまつわる話その5千代保稲荷の傷痍軍人(後編)』(話の続き)しかし、そんな思い込みも終わる時がくる。ある日、参拝が遅くなって夜中の10時を過ぎ人通りも少なくなった頃、親父と私が「傷痍軍人」のいる前を通りか…ameblo.jpそして、この方面の大家と言えば、アタシの場合「小沢昭一」なのね。チャンチャチャ~の小沢昭一的こころ、聞けなくなってもう10年以上か・・・小
暇なんです。4月から凄く忙しくてブログもままならなかった。右手親指の付け根がCM関節症ってのになって仕事で手を使いすぎで診断書書いてもらってしばしお休みをもらったので暇すぎるんです。って事です昨日は紹介状もらって専門医のとこへ。私関節の骨変形しとるんだそうです。しばらく装具とゆうものをつけて様子見からの現状維持ができなければ骨切り手術になるそうです。お気をつけくだい。加齢です。暇なんで行こうと思っていた内海の遊郭跡へ。先に常滑に行ったのですが内海の
前回の話・・・『昔の赤線と映画や文学の話2』先日Youtubeをつらつら見ていたら、映画「赤線地帯」をカラー化した動画(一部)がUPされているのを発見、これは・・・と思ってつい見てしまった。もとは白黒映…ameblo.jp映画「赤線地帯」の話をもう少し。オープニングロールで、脚本の一部分「芝木好子洲崎の女」というのがでてくる。この洲崎、赤線当時は吉原と並ぶ歓楽街だったらしいが、売防法施工後は吉原などと違ってソープ街にならなかったので、40年近く前に東京に住んでいた時も洲崎のこと
やっほ!週末に地下アイドルのライブ見ながらそういえば、週末にライブあったなと思い出す。京都なので、新幹線とかわ使わず、、、普通と快速乗りまくりです。たまに、最寄りから特急で京都方面に行く電車もありますが、、、岐阜→大垣→米原→京都です。1時間ロストで、1/3の価格なら普通っすね。※ハプニングで2回乗り過ごしましたが、問題はなし。先斗町周辺って事と、巻くため、山科で京都地下鉄東西線に乗り換えです。京都市役所前で降りて、角打ちです。オープ
毎日のように送られてくる迷惑メールフォルダーを潜り抜けてくる迷惑メール達銀行や証券会社が多いのですがほんとこれ、半ボケになった時に対応できるんじゃろか?ってなります。とりあえず窓口が無い系は全部撤収して、なにかあったら窓口に行けるのが安全策かなぁ。。アマゾンにも詐欺商品が出回ってますし(写真と全く違う出来のものが届く)ネット全盛期なのに犯罪によってまた「店舗復活」になりそうなのが面白い。そうなるとネット世界だからってど田舎村に移住した人は・・やばいですね。。頼朝
先日Youtubeをつらつら見ていたら、映画「赤線地帯」をカラー化した動画(一部)がUPされているのを発見、これは・・・と思ってつい見てしまった。もとは白黒映画だが、たとえ不十分でもカラー化されるとリアリティが増す。(白黒の本編はYoutubeにUPされていて、英語で検索すると見つかりました)映画のオープニングロールで、おどろおどろしたテーマとともに五重塔再建前の浅草寺の巨大な本堂、そして右上に千住のお化け煙突から煙が上がっているのが見える。この映画の公開は売春防止法施行前ですので、赤線時代
なんとなーく勢いで広島から高松まで行く事になったので呉のあとローカルで高松へ。瀬戸大橋を渡ったのに陽が落ちて何も見えなかったのが残念😢。高松に着いたのは19時くらい。前日調べて朝予約したホテルはチェックインホテルが40005円と安かったのと新幹線を使わなければ高松へ行っても広島までの新幹線代と大差なかったのが高松へ行く決め手になりました。ライブ会場まで15分ほど。高松の駅前なかなか巨大な商店街が広がっててお店も綺麗やった。帰りは大阪まで高速バス明石海峡大橋
著者は、作曲家にして俳優だったあの小林亜星氏。昭和53年頃、雑誌連載された私小説(?)をまとめた本。文庫は、昭和60年発行になっています。昭和33年3月31日に廃止された、いわゆる「赤線」と言われた売春宿を舞台にした作者らしき若者をモデルにしたお話です。内容的に映画に関係ないけれども、キネマ旬報って映画雑誌に、連載されて居たそうです。赤線廃止当時、もう立派な社会人だった筆者だけれども、学生時代から日本中あちこちの場所にて、その方面の勉強は熱心だった御様子。正直、その時代のノスタル
もう昔の復活は期待できない神戸・元町の高架下「モトコー」。戦後の闇市を思わせるこの一帯は、長く神戸っ子の生活とともにありました。かつては靴屋や洋服屋、古本屋、模型店などが並び、昼も夜も人の気配が絶えなかった場所です。しかし今、その賑わいは遠い昔となり、多くの店はシャッターを下ろしています。高架の北側──いわゆる裏道には、壁一面の落書きや古びたドア、錆びた看板が残り、まるで時間が止まってしまったような独特の雰囲気があります。
男は金で女を買いたくなったら風俗・赤線・ちょんの間に行くし、女は男が欲しくなったら体を売って風俗・売春・赤線・ちょんの間に行く。自分でも女とセックスするためにちょんの間に行ったことはある。彼女とも自分はセックス体験はある。異性がいないとわたしでも生きていけはしない。何故かは男として異性がいないとわたしは生き甲斐がないからだ。一度セックスを体験したらわたしでも新しいセックス体験をしたくなる。異性が居ればわたしは人並みにセックスはしたくなります。子供をつくるのは結婚してからだけど。
働きまくって働きまくって今月まともに家にいたのは25日のみ。なのに痩せなーい💧今月はライブも仕事帰りに手伝いに行ったくらい。さて、和歌山から三重県方面に抜けて行きます。立ち寄ったのは西新地。日方川の前に料亭美登利さん旧館と新館って感じで並んでます⤵️旧館の裏手やったかな。かき惣さん牡蠣料理のお店ですが玄関が空いてました凄ーい‼️素敵もぉお店の中が色々想像しちゃうくらい素敵な玄関。真ん中の四角いのが鑑札⬇️前回の投稿に間違えて載せちゃったスタンド割烹最初に
2025.08.15(金)12:00晴れ31.8℃世間では、今日あたりから、お盆のUターンラッシュが始まったようです。気になっていた敷地北側にある「赤線」の雑草取りをしました。まだ日が高いため、蚊はいないだろうと高をくくっていましたが、まるで献血状態でした(笑)ガクブル((((;゚Д゚))))「赤線」(田んぼ道):「赤線」(田んぼ道)は、主に公図(法務局に備え付けの古い地図)に朱色で描かれた地番のない通路を指し、その多くが「里道」や「法定外公共物」として市町村が管
アタシは大学生の頃から、昭和の遺物とか廃墟、赤線跡とかそういうヘンなモノが好きでして。ですが赤線が廃止されたのは、アタシが生まれる10年ちょっと前のことです。今回は昭和の残照を巡る、赤線と昔の思い出を巡るごく軽い話をいくつか。昔、血眼で探し回って手に入らず断腸の思いであきらめたものがある。赤線映像といえばこの本、じゃなく付録VHSを何としても手に入れたかった。記録映画「赤線」それが今やYoutubeで全部見られるという。何という素晴らしい時代!本当にすごいのは、ラストに生きた吉
100%留まっている蚊の退治方法透明のコップ(私はマーロウのプリン)コップの口より一回り大きいメモ帳蚊が壁に止まっている時でも手やクッションで押してもどこかいっちゃいますよね。あれって空気が動きすぎてるからなんですで、壁に止まっている時にガラスのコップをかぶせると・・・すんなりと捕まえられます。壁に押しつけたまま紙を入れ込む、床や机に置く。一晩放置すると死んでます。風俗街ってこういうレリーフ必ずありますよね洋酒喫茶の看板だーもう17時をまわってますが、誰
旧赤線地域の路地を探訪した後、高崎電気館の西側の鉤型の路地を見に行きました。高崎電気館前の道路から南を望むと、見事に鉤の手に曲がっている路地がありました。高崎城の北東にあり、城内北郭だった場所なので、防衛のための鍵型なのか気になるところ。結論から言うと江戸期にこの路地は存在しませんでした。宝永期(1704年~1711年)の高崎城周辺の絵図で確認したところ、この場所はこの路地の形に武家屋敷が建っていたようです。写真右手が武家屋敷で、この路地から左側
懐かしい高崎オリオン座を見た後、そういえば近くにもう1軒映画館があったと思い出し、行ってみました。昨日ご紹介した中央銀座通りのこの交差点を左折し、西へ行きます。流石にここは学生時代にはほとんど通らなかった路地。その理由は、柳川町は昔、赤線地区に指定されていた地域で、私が子供の頃も特殊飲食店の流れを汲むような夜のお店が沢山あり、子供だけで近づいてはダメと言われた地域だったからです。路地に入った左手にはキャバクラがありました。かなりの大箱?その先
鳥取には二箇所しか遊郭(遊郭とは呼ばず新地ですが)がありません、米子と鳥取だけ。それは領主様の意向で「人身売買は罰する、女衒は死罪」だったので明治時代まで遊郭がありませんでした。そんなん言うても、いひひ・・って私娼窟を作る→見つかる→厳罰の地域でした。逆に明治から始めちゃったものだから一気に周辺の風俗が悪化して、「悪所」と呼ばれる地域になったそうな。全員が2枚鑑札(芸者も女郎も関係なく客をとる)しかも鉄道駅が開設された場所が「遊郭衆楽園」の目の前もうこれは・・これは・・!とばか
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上からこの赤い橋がみえたので、ちょっと美保の町を散策してみました。美保神社の横から入ります、わー・・レトロな感じがいい!これは中々・・この手の街道で外国人が居ない、静かで綺麗で最高。このプラスチックの看板も素敵!道は人専用の狭さなので、建物写真がパンパンですが。。楼閣のような廃墟がある。あれ?ライトが・・赤線のこういう建物に定番の位置についてますね。。調べましたら、ここは遊郭があったそうです。出雲国には3大遊里があり、松江和田見、杵築、美保関。こちらは現役の
夕方お医者さんに予約をとってありました。家の近くのお医者さん。本来の予約は夕方6時40分だったのですが、お医者さんの都合で夕方5時50分に変更になりました。それでは、時間の不確実なバスでなく、メトロで行きましょうか。夕方4時の退勤後、メトロ駅までとっとと歩き、午後4時10分には「メトロ5号線リラ(紫)線」に乗り込みました。40分ほど乗って、サンタクルス駅で「メトロ1号線青線」に乗り換え。その後セー駅で「メトロ3号線赤線」に乗り換えて、数点バッハフンダ駅に午後5時10分到着。
2025/06/20fry2025/07/09wed前回の章『闇256(イタリーノ討論と坊主さん家族と黒縁メガネのホモ野郎とアンチポップ編)』2025/06/18wed前回の章『闇255(愚者は歌舞伎町で編)』2025/06/18wed前回の章『闇254(異性紹介編)』2025/06/17…ameblo.jp爽快な目覚め。ゆっくり眠れたようだ。久しぶりの坊主さんたちとの再会。短かかったが、有意義な時間を過ごせた。昨夜の黒縁メガネのホモ野郎を除けば、いい休日を送
ネトフリの「ガンダム復讐のレクイエム」を視聴しました。今までのガンダムで一番好きな作品!モビルスーツとCGの相性が良すぎて震えた。戦争によって音楽家も母親も子供も兵士となって戦う話だったのですごく重い。みんな誰かの親や子供で共通のことがあるのに戦争っていうだけで殺し合う様をうまく表現し切っていてすごかった。ガンダム見たことがない、洋画好きにお勧めです。街並みの続きです。米子には旧海軍、のち自衛隊基地があるので広大な歓楽街が成り立っていたんでしょうね。どこも最高で、路地
今朝、Yahoo!ニュースにヒロポンのことがありました。いまで言う覚醒剤のようなものですね。wikiには、、、>1945年(昭和20年)8月15日の日本の降伏後に、日本軍保有品のヒロポン注射剤[11]が市場に放出され、非行少年や売春婦に乱用が拡散[12]した。とあります。これがそのニュース特攻兵に「ヒロポン」注射新潟の元軍医、晩年も後悔(共同通信)-Yahoo!ニュース太平洋戦争末期、日本軍は爆弾を積んだ戦闘機で敵の艦船に突撃を試み、多くの若者が犠牲になった。