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メールテーマ:【“空間”】かつて色街にはこせんちゃんとミッドナイトかわら版の新井さんはよくご存知のちょんの間と呼ばれたちょっと不思議な空間がありました表はお寿司屋とか居酒屋なんですが裏には看板がない別のお店の出入口があって2階に上がれるようになっていましたこの空間は個室になっていてきれいなおねえさんがいました水曜日ではないのでくわしいことは自粛しますがそんな不思議な建物が私が生まれ育った伊勢崎市のマチナカにはいくつか残っていました
1Fの土足禁止〜2F部分を見学いたします激狭!このドアは後付けだと思う。外観はすごかったけど、内装は・・若干貧弱かな遊郭の後の赤線や青線には外観が貧弱でも内装に気合い入っているお店もありますねー。メインの階段だけど下宿のみたい(汗こっちは店舗に改装された一室かな。立ち飲み屋?かっこいいですねちょっと物置をパチリ、ガラスの灰皿に枕行燈階段の途中に・・文字?埋木部分に墨で「それ音を」??音を埋木→音を埋める→階段の音が出ないように?昔の遊び心って知識がたく
2026年9月25日金曜日曇り気温28度11時現在今日は週二回の一般ごみ収集日(火曜、金曜)何時も通り朝の五時半に起きて、ごみ置き場の準備準備が完了したら、至福の(-。-)y-~~~そして、、、ゴミ収集車が来たのが、10時20分、、、いつもより、約1時間ほど遅れた、、、、、、ということで(^▽^;)?!?今日は、愚か者老害ジジイが、70年生きてきて、未だにわからないという話それは、、、女心という、、、、、、、、、、おいやんの母方のほ
一年前のイベント記事を・・今!熱海の糸川遊郭のカフェー建築で有名な「旧つたや」でアートイベントを開催するとインスタで流れて来て、電車でさっそく行ってきました。ほぼ廃墟な建物の中が公認で見られるなんて最高ですからね!熱海駅からレトロな商店街を抜けて(お客が多すぎて写真撮れない)糸川までぶらぶら歩きます。距離はあるけどずっと急な坂道を下るので楽です。昭和レトロな建物群や看板がたくさんあって楽しめますどう撮影しても必ずマンションが入ってしまう。レトロとマンションの不思
くちぬい[坂東眞砂子]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}震災による放射能汚染を逃れて移住してきた夫婦。移住に対する熱意はそれぞれで、定年退職した夫は趣味の陶芸に勤しみ、専業主婦の妻は他人との触れ合いに飢えている。一人息子は学生時代に鬱になり、回り道をしながら親離れして、一見平和な夫婦にみえるのだけれど。しきたりの多い田舎暮らし。村役場があるといっても、居住区による特性がそのまま村の特色とはならず、部外者が口を出せない雰囲気は、犯罪行為さえも有耶無耶
花街遊興空間の近代(講談社学術文庫)Amazon(アマゾン)はじめに滋賀県大津市の滋賀県立図書館に、『全国花街連盟名簿』(全国花街連盟編、昭和31年)なる冊子が所蔵されている。そこには北海道から鹿児島にいたるまで、都市部を中心に総計で600をこえる、料理業組合、芸妓組合、置屋組合などの関連諸団体の名称・所在地が掲載されており、昭和戦後期に存在した日本全国の花街を総覧することができる。同一ないし近接する地区内に複数の組合が立地している場合もあるので、それらを差し引いて'理すれ
🏠🏠🍱🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🍱⑥埋められた暗渠とバラック建築✕3新小岩駅のメインの商店街となる「ルミエール」のアーケード街と、かつて丸健カフェー街があったその周辺を散策してきたが……アーケード商店街は、現在も繁華街として大いに賑わっているため、古い建物はほとんど残っていなかった唯一のトピックは以前は新小岩のレトロ物件でもっとも知られた建物が、廃業してドギツイ悪趣味なオレンジ色に塗られていたのが、クリーンな姿に生まれ変わったことぐら
🏡🏡🍸🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🏡🍸④丸健カフェー街の跡地をウロウロするブロ友みぽぽんさんと小岩駅周辺の散策を終えたのは、まだ陽が高い午後4時前であったこれは、いつもなら僕が散策を開始するような時刻で、ということは近場ならもう1本ぶんの記事を取材できるじゃないか。と、思い付き隣駅の新小岩を単独で散策することに決めた新小岩駅は葛飾区にあるがメイン商店街「ルミエール」は途中で住所が江戸川区に変わる。つまり商店街の途中に区境があるわけだ
『渡り鳥いつ帰る』(1955年・東宝/監督:久松静児)は、永井荷風の「にぎりめし」「春情鳩の街」「渡鳥いつかへる」を原作にした男と女の物語。伝吉(森繁久彌)は、大空襲で妻・千代子(水戸光子)と娘が死んだと思い、その時しけこんでいた娼家のなじみの女・おしげ(田中絹代)と鳩の街(向島にあった赤線)で娼家“藤村”を営んでいます。千代子は空襲の時に、にぎりめしの縁で知り合った善良な商売人・由造(織田政雄)と同棲。千代子は離婚したいのですが、伝吉は娘に未練があって印鑑を押しません。“藤村”で働いている娼
静岡県熱海市を歩く2放浪日2024年9月16日日本の1軍観光地である【熱海】の今の姿を歩いて観ていますかつては年間観光客数が500万人を超え時代と共に年間観光客数が250万人まで減少し衰退と進化を探しながら歩いて観ています“昭和ストロング”な建物が坂道に建っていますスナック喫茶【くろんぼ】さんは営業されていそうですどこかクスっとする【くろんぼ】さんですねw【熱海銀座商店街】がありました波打つデザインのアーケードとカモメが飛んでいます緩い坂道となっているので波打ちデザ
西宮遊郭の名残を探して現在の西宮(戸田町界隈)を訪れると、そこには賑やかな飲食店や飲み屋街が広がっています。一見すると、どこにでもある現代の夜の街。しかし、ここはかつて「西宮遊郭」として栄えた場所でした。建物自体の名残はほとんど失われていますが、目を凝らすと、当時と変わらない「街の輪郭」が浮かび上がってきます。かって「西宮遊郭」は風紀上の理由により、明治40年頃に現在の戸田町付近へ集められました。その際、周囲と隔離する役割を果たしていたのが、まさにこの「
千葉茨城ツーから無事帰宅、2泊ともコンテナホテルでしたが室内がルートインより広くて静かで無料の夕食も美味しくてコーヒー紅茶なども無料・・・最高でした。階段3段でバイク、、、楽。。ホテルってなんだかんだ移動が多いんですよね、端っこの部屋に当たるともうね。。すごい距離歩くんですわ。日中ずっとバイク移動で疲れる人はコンテナホテルがいいのかもしれない、あ、あと旅籠屋。マンションって家からマンションに出るまでの5分くらいのタイムってノーカンなんですかね?私はそれも含めないとおかしくない?って思う。。
前回からのつづきゆうさん・ママ殿・ママ殿パパではちゃめちゃ美味しいお魚食べてさゆうさん、ぶらぶらしようよヽ(・∀・)まーかせてっ!で、熱海の特飲街へーwネオンハンターズ出来んじゃーんwwwwで、ついにYouTubeで見た現地へっ!おおうっ!すげー💦ええゆうさん、マジ感動しましたさー💦特飲街(いわゆる赤線地帯)見物終えたらママ殿が行きたいって言ってる神社へひたすら激坂を登り
ふぅあ、なんか予定が有る休日は嬉しいしなりねぇなうの、ゆうさんです。てか、ママ殿パパ(義父)はもう電車に乗って東京駅へ向かってるって💦どんだけ、気が早いんさーwwwゆうさんね今日熱海行くじゃん実はここ行きたくて予約してる海鮮ランチのお店の近くでさぁ令和な今でも、特飲街(つまり昔の赤線地帯)建屋が未だに残ってる貴重な街区なんさーまぁママ殿と義父連れてぶらぶらするところじゃ無いだろうけどw折角、特急に乗って行くんだから、チラッと見てみた
2026年4月神奈川県横須賀市船越町皆ヶ作(かいがさく)カフェー街の痕跡を探しに、京急田浦駅の東エリアを探索メニューが塗りつぶされていますシルエットがやたらヨロヨロしてて怖い焼肉牡丹苑もう数年早く来てれば「こけし」も見られた「おかね」の隣の「こけし」はなくなりました玉砂利の出入口や石張りの壁ひさごおにぎりお茶漬マキノクリーニング店新しい建物と古い建物が混在ふなこし酒場竹の湯婦人服紳士服お直しの看板ボイラー室?ここらの路地はどこも狭くて楽しい制約の書かれた貼り
某所までの途次に寄り道して、ちょっとだけメイン通りを素通りしてきました。明治初頭に開設された遊廓が米軍の空襲による焼失を経て戦後この地に移転され(現在の国道172号線の東側から西側へ)できた旧赤線とのことで、なるほどいかにもそれらしい様相の色街でした。滝井新地とは違って、こちらは規模が大きいですね。
飛田新地路地裏に消えゆく名もなき息遣い大阪、飛田新地。そのすぐ近くに、取り壊しを待つ古い木造アパートが佇んでいます。昭和の面影をそのままに残したその姿を前に、ふと想像が広がりました。これまで、どれほどの人たちがこの扉を開け、どんな思いでここで眠りについたのだろう。確かな事実はわかりません。けれど、この地には地元の方々が大切に守り続けている慰霊碑があります。身寄りをなくし、誰にも看取られることなく、静かに人生を終えた人々のための碑です。
原色の街・驟雨(新潮文庫)Amazon(アマゾン)我が家の納屋にあった本です。亡き母が読んでいたと思われます。妹が最近亡くなった人気女優の吉行和子さんである昭和の名文学作家の吉行淳之介先生の短編集です。表題の2作に3作合わさり計5編の短編小説が収録されています。表題の2作は娼婦と客の間の恋愛感情がテーマです。この短編集は昭和30年に出版されています。だから、まだ赤線と言われた売春宿か存在していた時代です。今よりは娼婦と客の関係が密接であった時代背景を考えるとどこか腑に落ち
前文です。このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。その根拠は「聖書」です。ヨハネによる啓示11章14第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速
見学のため、素通りしてきました。仄聞していた通り、ここは旧遊郭ではなく旧赤線ですね。
膀胱炎は検査の末色んな数値は正常になり抗生剤も飲み終わりました。が、背中が痛い。みぞおちにも圧迫感がある。長居時間立ってるのは少々辛い。そんな中先週末は自分の主催のイベントへ今週は推し祭りのイベントへ。で、推し祭りの翌日のライブが福生(ふっさって読みますが読まれへんわーです)ライブ前にフラフラと散策。横田基地が近くにあるので軍人さんの遊び場みたいです。詳しくはこちらで横田基地と共に栄えた「米軍の街」が「多国籍タウン」へ…東京都・福生市混沌のディープタウンを歩
骨折2週間経ったので病院へ骨密度優秀なワタクシはもう仮骨ができていると確信したのですがポッキリのままでした。。おのれー骨折めー許せん!!中々この町に来る人はいないと思いますし、色町のお宝もたくさんあったのでたっぷりと拝見していただきたいと思います。橋を渡ってすぐ、大きな鉄工所の木造工場がありました現役みたいです、窓枠も木のままの鋸屋根工場門柱も古いなー鉄工所を右手に進むと、、リッチな総煉瓦造りの蔵、戦前からある工場かな記事を書くにあたり調べましたら
こんにちはーなんとか左足が不自由な日々を過ごしやすい様に家にあるものでカスタマイズしています。クッションがない→布団をクッション代わり、椅子を同線に置いたり、アマゾンでクラッチ杖を購入(すごい使いやすい)病院でつけられたハイブリットシーネが出来る子で助かります。(ギプスだったら痒い死にしてたかも)オフロードブーツや安全ブーツになれている人ならなんの違和感なく過ごせます。右側も購入すればサンダルとシーネで夏用プロテクター付きバイクシューズになるよー貧乏人のサマーバイクシューズ。真剣に考えて
11月28あたりから3週間ほど仕事を休んだのでお手手は痛いけど他は元気なのであちこち彷徨きました。大阪から帰りの京都常滑から内海瀬戸から城東園桑名六華苑足助仕事の合間の休みなんかくたばってるもんね。2月ってさーあちこちでお雛様飾るから今年は行きたいなぁと思いつつイベントで手一杯で行けないかも😭浜松の佐久米駅のかもめも見に行けないかなぁ。さて、瀬戸の帰りに城東園に寄ってきました。なかなか行くタイミングがなかったのとあまり残ってない雰囲気だったので足が向かいませ
弾丸日帰り熱海熱海市秘宝館とクラファンで再生計画が上がった遊郭跡つたやさんに行きたくて東京の友人がお誕生日のお祝いをしてくれるって事で熱海デートをする事になりました。日帰りだったので仕事終わってから前乗りして竜宮閣に泊まってしまおうかと直前まで悶々と悩んでましたが朝5時30分に起きて念入りにメイクして11時に熱海に到着憧れの竜宮閣みて駅前の何気ない街並み楽しんで待ち合わせの12時12時に熱海に待ち合わせねとアバウトな約束で無事合流熱海はなぜか桜が満開夜は
この錦は、窓の線が先端付近まで伸びている。初めて見ました。しかも自肌が濃い深緑。これにもっと斑を入れて、リアル赤線ができたら最高。中央の葉にその兆し。想像だけは広がるが、知識も腕も0。無理だろう。
20260107(今朝も快晴だったので近場を走った水曜日),大正13年創建の「川本家」、木造3階建の大型遊郭建築で「遊郭」~「赤線」~「下宿屋」と変遷。現在は「町家物語館」として開放されています。色んな情報を聞きながら館内巡っていると、確かこの辺りの遊郭へは北陸地方からの「年季奉公」(簡単に言うと家の「借金のかた」などで売られてきた娘さん)の方が多く、24~5歳で明けて一部の方は帰られていたらしいです。一番目に着いたのはその女の子たちの名前が書かれた紙が貼られているちっち
今回3日間用と5日間用に切り替わってから使った青春18きっぷの旅岐阜在住で27~28日岡山29~31日名古屋(名古屋は日帰り)だったのでトータルで考えると、5日間用でも十分もと取れた感じはします(^^;うちは名鉄も通る所もあるので時間なかなか難しい部分も…朝ごはんを食べて、ゆっくり倉敷へ途中まで、尾道・笠岡付近までの梯子しようかと考えましたが、26日ぐらいからとても体調が悪く…そこまでは無理だろうと判断して、倉敷へ川西遊郭前後に倉敷のハードオフ巡りもし
瀬戸市には陶華園とゆう花街がありました。場所は新開地名鉄瀬戸線の瀬戸市役所駅と尾張瀬戸駅の中間。行ってみたものの遺構は見つけられず帰ってから地図見てたら全然違うとこ歩いてた。地域的には合ってたんだけど。また行ってきます。って事で末広商店街とゆうレトロ商店街を歩きます。瀬戸の中心地は瀬戸川が流れており駅側をせともの屋さんが並んでます。その川の両サイド1本入った所にレトロ商店街があります。昭和の残照。映画撮れるんちゃうってくらいレトロでした。今回は末広商店街遊郭
以前アタシは廃墟や赤線跡が好きと言ったが、それは昭和に対するノスタルジーから来るもの、と書いたことがある。『霊場巡りにまつわる話その5千代保稲荷の傷痍軍人(後編)』(話の続き)しかし、そんな思い込みも終わる時がくる。ある日、参拝が遅くなって夜中の10時を過ぎ人通りも少なくなった頃、親父と私が「傷痍軍人」のいる前を通りか…ameblo.jpそして、この方面の大家と言えば、アタシの場合「小沢昭一」なのね。チャンチャチャ~の小沢昭一的こころ、聞けなくなってもう10年以上か・・・小