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安芸国(あきのくに)秋の気みつる五右衛門風呂賀茂川荘今回の旅の拠点、賀茂川荘は広島県竹原市の湯坂温泉郷にあります。竹原は明治時代の廃藩置県以前まで使われていた国名「安芸国」にあります。「安芸の小京都」と呼ばれ、平安時代には京都・下鴨神社の荘園として栄えました。ドライブした「しまなみ海道」の尾道は「備後国(びんごのくに)」。安芸国に宿を取ったのは今回が初めてですが、古代からの国名は、記紀神話や古の世相に思いを導きます。五右衛門風呂は、小さい時に
秋風も記紀めく瀬戸の島めぐり亀老山展望台より今回の旅は、広島竹原の宿を拠点に、「世羅高原農場」、尾道=今治間の「しまなみ海道」、足立美術館、松江城、倉敷、世羅高原の「Flowervillage花夢の里」を訪問する延べ1450キロのドライブとなりました。途中、高速でのタイヤ一本がパンクするハップニングがありましたが、無事、帰宅できました。亀老山(きろうさん)展望台は、愛媛県今治市の四国島から尾道に向かう最初の島(大島)の南端にあり、世界初三連吊橋の「来島(くるしま)
September11,2025居ながらにして〜ありがてぇ〜こってす♪゚゚*゚.:。+(=^ェ^=)~*
6月25日の一読は「賀茂別雷命」でした。この神様は記紀神話には出てこず、『山城国風土記』の賀茂伝説にのみ出てくるようです。八百万の神々が国の神話にしか出てこないと決めつける必要はないわけですから、このような神様がいること自体は不思議ではありません。玉依毘売命が登場するようですが、古事記とはどう関連するのかが気になりますが、そこまで全体像がつかめるのかは不安でしかないです(笑)『日本の神々を深掘りする-その99「玉依毘売命」』昨日の一読は「玉依毘売命」です。以下のように説明されていました。「
私個人は記紀神話を信じているが、いわゆる歴史として日本を振り返った時に、大きく「3回の開国があった」と思う。第1回目は聖徳太子による仏教の受容である。太子は聡明であったため論理整然とした仏教の妙味を理解できたと思うが、彼の仏教受容の決断はそれだけではなかっただろう。やはり為政者として、当時進んでいた中国(隋)の諸文化や諸技術や諸制度を導入したかったのだ。もし政治目的がなく単に仏教に帰依してこれを極めたいだけだったら、彼個人が出家の上で入隋したはずである。仏教受容に関しては、有力豪族の蘇
活津彦根神社(いくつひこねじんじゃ)滋賀県近江八幡市安土町下豊浦4272エンタシス風の脚を持つ、どっしりとした構えの鳥居。滋賀県の神社は、古都・奈良や京都に勝るとも劣らない由緒ある神社が目白押し。この神社の社殿の屋根は「銅板葺き」ですが、その形状は歴史を感じさせます。御祭神は、活津日子根命(いくつひこねのみこと)。神話での天照大神と須佐之男命との誓約で生まれた、天照大神の五男神の第四子の神。鳥居をくぐる前から、この壮
今日は建国記念の日。初代天皇・神武天皇の即位日。神武天皇が即位してから今年で2685年。神武天皇は天照大御神から数えて5世代目。今日の札幌はちょっと霞んではいるけれど、太陽が顔を出している天照大御神は太陽神と言われているので、今日太陽が照っているのはぴったりだと思った。2685年の間に地上は変わってしまったけど、太陽は変わらずこうやって照っていたのかと思うと、改めてすごいことだなーと思った。太陽が照ってるだけで、人間も動物も植物も喜ぶ。自然と成長も促される。私は四柱推
ようこそ!!神様、スピリチュアル、料理に漫画好きなことを好きなように好きなだけ発信中。新地亜紀と同居人みっちゃんです。いつもご訪問ありがとうございます。*・・・*★*・・・*★*・・・★*・・・*さて、二年近く続いてきた『記紀神話』の神様プロフィールですが、順番として、次は第16代仁徳天皇ーにんとくてんのうーになります。しかし、中国の歴史書『宋書』の倭国伝に書かれている倭の五王の中の一人が、仁徳天皇に当たると言われています。倭の五王については、讃ーさんー・珍ーちん
はい!歴史大好きの奈央です。火山考古学といえば、約7,300年前の鬼界カルデラの大噴火による縄文時代早期の終焉を引き起こした事例が有名ですね。この時、種子島、屋久島、薩摩半島南部および大隅半島南部は火砕流が直撃し、当時居住していた縄文人の生活に壊滅的大打撃を与えたと考えられています。また、南九州では火山灰の影響により約600年から900年間は照葉樹林が復活しなかったそうです。鬼界アカホヤ噴火による降灰毎日新聞HPよりお借りしました。世界に目を移すと、紀元79
宇宙好きの皆さん、こんにちは!デジタル化推進アカデミーの岩田敏彰です。2023年10月に富山市で開催された第67回宇宙科学技術連合講演会のセッションの紹介をしています。UZUMEという計画名は、記紀神話のアメノウズメノミコトから採られました。この神様は、天照大神が天岩戸にお隠れになった時に踊りを舞い、天照大神を岩戸から出させた神様です。誰も見たことのない月の縦孔・地下世界に光を当てる、という意味を込めて、ウズメの名前を付けられたそうです。この日のセッションでは16件の発表がありまし
はい!歴史大好きの奈央です。空白の4世紀を埋めるものというテーマで、これまで以下のようなトピックについてご紹介してきました。①石上神宮の七支刀②もう一つの磯上(いそのかみ)と七支刀③好太王碑④「倭」って”ワ”って呼んでいいの?⑤半島の歴史から見えるもの⑥倭の五王(5世紀)の官爵号から4世紀を推し量る⑦古代人の身長の変化⑧年輪年代法と炭素14年代(INTCAL20とJCAL)⑨番外編炭素14ってどうやってできるの?⑩放
以下、澁澤龍彦「付喪神」(小松和彦責任編集『怪異の民俗学②妖怪』〔河出書房新社〕所収)から引用です。ーーここだけは、よく引用されるのでご存じの方も多いと思うが、『付喪神記』の冒頭には、「陰陽雑記に云ふ。器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑[たぶらか]す、これを付喪神と号すと云へり。是れによりて世俗、毎年、立春に先立ちて、人家の古道具を払ひ出だして、路次に棄つる事侍り、これを煤払と云ふ。これすなはち百年の一年たらぬ付喪神の災難にあはじとなり」とある。花田清輝によれば、「小道具
図書館で借りたこの本、まだ半分くらいしか読んでないけどすごく面白いです✨「神話と日本人の心」河合隼雄著〈物語と日本人の心〉コレクションIII神話と日本人の心(岩波現代文庫学術346)[河合隼雄]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}楽天市場で詳細を見る${EVENT_LABEL_02_TEXT}Amazon(アマゾン)で詳細を見る神話に触れることは自分のアイデンティティーだったり、心の奥に流れるものに触れる心地よさがありますね
昨日は、意見書を持って、2回目のハロワへ。月が変わったので、また一から求人を確認。紹介期限が伸びていて、先月とあまり変わらなかったけど、この会社で働けたらいいな~と思う会社の求人と巡り会えた。前回、同じようにそう思った会社は、更新が最長5年で、期限ありで働くのは落ち着かないのでやめた。でも、おかげで別の会社の求人を改めて見て、その会社の良さを知った。帰宅してから、鬼のように履歴書を書いた。不安や期待が入り交じる。神様に味方をしてもらおう!と思って、日
(つづき)●加上説富永仲基は、『出定後語』で、後発の学説が、先発の学説より、古い時代にさかのぼり、その起源を求める、加上説や、大乗仏教の経典は、釈迦が説いた教えではない、大乗非仏説を、主張しましたが、そこから、仏教の戒律の重視を強調し、儒教の徳目に接近しました。それについて、私は、前回に、実学が要請されていた近世日本の風潮から、富永仲基が、「ある」優先を除き、「する」優先を残したと、指摘しましたが、加上説も、その影響を受けているのではないかと思うようになりました。それは
伝承学伝承学と言う学問は無い、少なくともまだ公認されていない。似た分野に「神話学」と言う分野があり、文学または文化人類学の一部であるが、これは基本的に比較神話学であって、近隣地域の神話同士の類似性を議論はするが、神話の内容そのものの真実性については議論しない。と言うか初めから架空であるとして扱っている。「科学」の枠を外れないためである。神話は世界各地にある。日本は記紀神話があり、ユダヤは(旧約)聖書があり、メソポタミアはギルガメッシュの叙事詩があり、北欧はカレワラがあり、中南米に
各地、台風の影響が心配ですが、夏旅の続きです。1日目はフェリー泊。2日目は宮崎泊でした。この日は朝6時に起きてお散歩。青島に上陸してみました。ココです↓。青島神社へ。海幸彦・山幸彦神話の舞台です。多くの人が記紀神話の中でおそらく一番最初にふれるお話ではないでしょうか?あ。「因幡の白兎」とか「ヤマタノオロチ」もありましたね。ま、いずれにしても幼少期にふれる「記紀ファーストインパクト」(笑)のひとつだと、私は思っているのですが、こちらは神門。「鴨就宮」と書かれております。
『椿宿の辺りに』梨木香歩朝日文庫2022年初版2019年に刊行された単行本の文庫化です。帯状疱疹発症1週間あまりのワタクシにとってタイムリーというかなんというか・・・・・だって、原因不明の痛みに悩むいとこ同士の会話に「・・・・・端的にいうとウィルスが潜んでたの。それが原因じゃないかって」「どこに」「神経節とか、そんなとこ。ウィルスって見つからないように潜んでるんですって。・・・・・」「見つからないようにって、何に?」「免疫システムよ。・・・・・・・」なんていうのがある
☆喪山古墳美濃国不破郡岐阜県不破郡垂井町垂井1966(P無し)(登拝口は冒頭写真の反対側、道路は広いものの住宅地であり停め置きは難しそう)天稚彦の伝承墓。非常に謎深い神であり、私自身もまったくその正体を掴みきれていません。記紀には天孫降臨の2番目の神として地上へ遣わされます。最初の天穂日命派遣が失敗に終わり次に派遣されています。ところが大国主命の娘の下照姫と結ばれ、8年間も復命しませんでした。さらに自分が地上の王になろうとして高天原を裏切ります。そこで高天原司令塔高皇産霊神
熊野から読み解く記紀神話~日本書紀一三〇〇年紀~(扶桑社新書)[池田雅之]楽天市場1,045円<概要>「すみっこ」という意味の隈の場所「熊野」を題材に、熊野に縁を持つ研究者、小説家、地元の活動家などが持ち寄った熊野にまつわる日本神話・民話の世界を紹介した著作。(熊野本宮、2021年5月撮影、以下同様)<コメント>先日、早稲田大学のオープンカレッジで、池田雅之先生が主催する講座を聴講したきっかけで読ませていただきました。本書の中でも尾鷲出身の池田先生の
まず、「参拝のタブーって、なんでタブー(禁忌)なの?」ここから説明します神様曰く、獣の穢れ※獣自体が穢れではない血の穢れ死の穢れこの3つが神様の気を枯らす(穢れ)ことは、神代の時代(神話時代)から伝わっているそう...。この時代からですね記紀神話には、書いていないそうですが…。大祓には、その旨が記載されています余談ですが…。平安時代の仲哀天皇ヤマトタケルさんの息子さん大祓の初見は、仲哀天皇が登場する
住居野丹生神社(すまいのたんしょうじんじゃ)☆☆☆住居野丹生神社御祭神丹生都比売命鎮座地埼玉県児玉郡神川町大字上阿久原1377住居野の丹生神社は、群馬県と埼玉県の境にある神流湖の、下久保ダムから少しずつ放流される神流川が、山際に当たって大きく北方向にU字に流れを変えるその東側、山際の奥の山中の僅かな集落にあります。斜面上に舞殿が見えます。斜面上には一塊の集落があり、その西端に境内があります。社殿前の鳥居は朱を塗りなおし、台石の上のコンクリート製の根巻は左右アンバランスな
『女武者の日本史』長尾剛一番興味深かったのは冒頭で語られていた内容。日本が文化的影響を強く受けた中国では戦う女神は登場しないが、日本には登場するということ。天照大神が須佐之男命を武装して追い返したという話は知らなかった。古来、日本では、戦争に女も参加していたらしい。その伝統は源平騒乱期に巴御前らを生み、戦国期の女城主などを経て、幕末動乱期の中野竹子や山本八重につながる。八重っていったら大河ドラマの八重ね。「ならぬものはならぬのです」の会津藩の。女
天岩戸とは、日本神話に登場する最も知られいる話です。それは、高天原にやってきて天照大御神と誓約をした須佐之男命が高天原で勝ち荒んで暴れまわり、最後には機織女が死んでしまいます。それまでは須佐之男命をかばった天照大御神は、天岩戸に引きこもり高天原も葦原中国(あしはらのなかつくに=地上)も真っ暗になってしまい、ありとあらゆる禍がはびこってしまいます。そこで、八百万の神が集まって、天岩戸の前でにぎやかなお祭りをして笑いさざめき、天照大御神になにが起きているのだろう?と思わせ、岩戸が開いたところを、さら
古事記や日本書紀などで富士山が登場しないのは、「富士山が東国を象徴する山だから」という話を書いてきました古代の日本において、通説では「文化や文明は西から東へと流れる」と考えられてきました。常に先進的な地域は西であり、東国についてはほとんど語られてきませんでした。しかし、青森の三内丸山遺跡など、東北の縄文遺跡が発掘されたり、埼玉の稲荷山古墳の鉄剣の発見などにより、以前に比べて東国の興味深い事実が少しずつ浮き彫りになってきているように思います。大和朝廷
毎回、思いついたことを繋いでいくので、話が前後することもあります。同じ話をくりかえすこともありますが、揺り戻しながら新たに思うことを付け加えているつもりです寄せ返す波のように、行ったり来たりしながら、なにかが見えてくることもあるでしょう。一応、「初見の人にもわかるように書く」ということを心がけているつもりですので、なにとぞよろしくお願いいたします火・水・風・土……といったエレメントは、神話の中で重要な役目を果たします。このブログでは水の話をするこ
無事に朝一で歯医者に行って、治療することができました(突然、かぶせ物が欠ける事件発生)いや~、歯は大事ですね。気を付けていきたいものですさてさて、隠された太陽神と噂される、ニギハヤヒ。別名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあまのほのあかりくしたまにぎはやひのみこと)日本書紀によると、神武の東征より先に大和を治めていた人物がいて、それがニギハヤヒであったと記されています。物部氏に伝わる、「先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)」で
ここまでの流れを少し整理していきます。720年に編纂されたといわれている『日本書紀』は、当時、「心たばかりある人」(『竹取物語』)と評されていた、藤原不比等という史部(ふひとべ、歴史編纂者)が関与していました。※心たばかりある人=計算高い人、はかりごとにたけた人日本神話の創造、もしくは書き換えという、藤原氏の国家プロジェクト。それは用心深く、密やかに進められていきました。目立つ要職は皇子たちに任せて、不比等本人は表に立つのを避けているようです。持統天皇の影に潜
先日紹介した「和歌で読み解く天皇と国民の歴史」ですが、中途半端でしたのでその続きです。『日本を知らす・・・御製と和歌』先日とても素晴らしい本を見つけました。「和歌で読み解く天皇と国民の歴史」です。私は普通に、天皇の御製が沢山出てくる本だと単純に考えていましたら、全然違いました…ameblo.jpこの著書では、皇室の二つの家訓が何度も登場します。それは「天壌無窮の神勅」と「神武建国の詔」です。この二つについてはこのブログでも何度か取り上げていますが、この二つが皇室の家訓としてあったから、皇