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浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。大丈夫!-み教えを依りどころに確かな人生を歩む-自信満々ー2なにごとにおいてもこのような状態で、親として、しつけの至らなさに恥じ入るところです。さらに言えば、いろいろと妻に任せっきりで、十分に育児に携われていないことにも恥じ入るところではあるのですが...。このような娘ですので、「このままで大丈夫かな?」と心配になるのですが、一方で、「大丈夫だ」という安心感も
2026年8月16日(日)に大谷祖廟に参拝したついでに東本願寺にも参拝したくなり、大谷祖廟からJR京都駅前に向かいました。大谷祖廟の「東大谷万灯会(ひがしおおたにまんとうえ)」の様子です。京都・円山公園に佇む長楽館(旧村井吉兵衛別邸)は、明治時代の「たばこ王」村井吉兵衛が1909年に迎賓館として建てた、国の重要文化財指定の歴史的洋館です。円山公園のひょうたん池と、池に架かる石橋(平橋)周辺の景観です。2026年8月16日の京都の最高気温は31℃前後(観測実況では約32.7
浄土真宗の宗祖とされる日本の僧、“親鸞聖人”親鸞聖人がわずか9歳、父母を亡くし生活にも困窮していた頃、出家をし、僧侶になるために青蓮院の慈円和尚のもとを訪れました。その時すでに夜は更けていました。僧侶になるための儀式をするには時間もかかりますし、たくさんの弟子たちを集めなければなりません。慈円和尚は「もう遅いから明日にしよう」と、親鸞少年に言いました。すると、わずか9歳の親鸞少年はこのような歌を詠まれました。「明日ありと思う心の仇桜夜半に嵐の吹かぬものかは」(あすありとお
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。大丈夫!-み教えを依りどころに確かな人生を歩む-自信満々小学3年生になる娘は自信満々です。毎日毎日、学校から帰ってきたら靴下を脱ぐのですが、脱いだら脱ぎっぱなし。決して、洗濯カゴに入れるということがありません。そのたびに、母である妻が注意するのですが、「私は天才だから」といって、言うことを聞いてくれません。「天才だから」と、靴下を洗濯カゴに入れないことの整
2026年8月16日(日)に東本願寺の大谷祖廟に参拝しました。淀屋橋駅から京阪電車に乗車します。淀屋橋駅3番線に停まっていた急行出町柳行が2600系の30番台でした。淀屋橋駅から祇園四条駅まで8000系の特急に乗車しました。6号車のプレミアムカーを利用しました。プレミアムカーは京橋駅から中書島駅まで満席でした。樟葉駅に到着するところです。祇園四条駅に着きました。写真は南座です。この日も喫茶NOEN(農園)を利用しました。たまたま午前11時よりも前の時間
10月16日(金)午後14時から本堂にて報恩講法要をおつとめさせていただきます。当日は雅楽を用いた法要を営みます。報恩講は親鸞聖人のご恩に感謝する浄土真宗では最も大切な法要です。また本堂内には江戸時代より妙慶寺に伝わる「御絵伝」を掛け、聖人のご生涯を綴った「御伝鈔」を副住職が拝読します。娘たちもみなさまとご一緒におつとめさせていただきます。みなさまのご参拝を心よりお待ち申し上げます。
こんにちは。ようこそお越しくださいました。令和8年8月16日(日)晴れお寺の盂蘭盆会が終わり、今日は墓所の参拝をしてきました。墓所は500年程前まで光明寺のあった場所にあります。ここの墓所には光明寺の歴代の住職と坊守及び心ある希望する方々のお骨が納められています。光明寺の始まりは天台宗の寺院でしが、天台宗光明寺の12代目の住職が三河の安城で布教されておられた親鸞聖人に感銘を受けて浄土真宗に改宗したお寺です。その時、三河より京都に帰る親
令和8年8月15日(土)今日は、御幸町通三条上ルにある「みます屋おくどはん」にて友人とランチ「おくどはん御膳を食す。1,360円。小鉢で品数が豊富。美味しかった。」し、その後、寺町通にある上島珈琲店でお茶をする。自分達はギリギリ入れたので良かったが、満席で店の外に行列ができていた。ランチ予約もかなり入っていたようで、人気店のようだった。お茶した後、別れ、自分は青蓮院門跡に向かうことにした。地下鉄東西線市役所前駅⇒東山駅⇒徒歩。〈青蓮院門跡〉入口。一応、観光バスも止められるようにな
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。のぞみはありませんが、ひかりはあります「光」を実感するー2心に刺さりました。普通であればすぐに捨てられるはずの封筒ですが、20年経ったいまでも、その封筒が私のカバンの中に入っています。「どこでもお慈悲の中」―このメッセージを見るときは、かばんの中の物を探している状況であったり、かばんの中身を整理しているときであったり、さまざまなシチュエーションがあります。
今日は先頃他界した某宗教団体会長の偲ぶ会今日は、かつてある真宗系宗教団体を主宰していた人を偲ぶ会が行われているようです。その人は、自分は他力信心を賜ったと語り、多くの人たちに信心について話をしてきた人でした。本当に他力信心を賜っていたのかどうかは、阿弥陀如来と本人にしか分かりません。その人の信心の有無を外から判定しようとしているのではありません。私がいま検証しているのは、もっと別の問題です。それは、「人が他力信心を賜った後、その人の自己愛や自己中心性は、どのように変容して
お盆参りお盆を迎え、今年も両家のご先祖さまに手を合わせに築地本願寺へ本願寺は改修工事が進んでいて、正面の天井まわりもきれいに仕上がっていました。受付も一階へ変わり、以前とは少し違った雰囲気です。受付を済ませ、二階へ上がろうとすると、hideさんの供養台が目に入りました。写真やたくさんの品々、ファンの方々から寄せられたメッセージ。亡くなられて長い年月が経っても、こうして想いを寄せる方がいるのですね。二階の本堂へ。合同のお参りのお部屋へ通されます。築地本願寺は浄土真宗本
2026年8月15日オナ禁Web禁3日性欲が爆発します仏教徒として、煩悩をコントロールしますポルノを見なくなった分、女性をみると、やましいことを考えてしまいますそんな時、心を見つめ、「南無阿弥陀仏」と3度唱え、その女性の幸せを願います煩悩の炎は消え去り、しばし、寂静が訪れます、と見せかけてまた、次の女性へ、、、また、「南無阿弥陀仏」×3幸せを願います親鸞聖人も、愛欲の海に沈むと嘆いておられましたエロすぎるわが心に「南無阿弥陀仏」
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。のぞみはありませんが、ひかりはあります「光」を実感する話題は変わって、いまから約20年前のお話です。私は二十代の頃、福岡県の八幡の実家の寺で3年間法務をしていました。八幡の街には浄土真宗の熱心なご門徒さんも多く、日々の法務の中でご門徒さんからお育ていただくことが多々ありました。また、周りのお寺のご住職さんからもたくさん学ばせていただきました。非常に居心地
今年のお盆は、和尚さんが檀家回りをして1軒1軒お経をあげる方式から、檀家にお寺に来てもらって合同でお経をあげる方式に変更となりました。思ったほど多くはなかったけど(高齢世帯も多いからね)概ね好評でした。お互いにこの方式の方が効率という点でも気持ちの面でもよい。そこでお経の後の法話に目からウロコ。浄土真宗です。親鸞聖人の教えを唱える宗派です。浄土真宗では、亡くなった人はもれなく仏様になる、という考え方です。そこまでは今までも何度となく聞いていたので知っている。が。お盆って、そもそも亡く
お盆―亡き人から、今を生きる私への問い―現在私は、浄土真宗本願寺派の寺院で坊守をしておりますが、幼い頃の私にとって、お盆とは「ご先祖さまたちが帰ってくる日」でした。ちなみに実家は日蓮宗でした。私の実家の地域では、8月13日の夜になると、家から提灯を下げて家族で菩提寺(日蓮宗)へ向かいました。家からお寺までは、歩いて5分ほど。菩提寺に着くと、灯籠の火をいただき、持ってきた提灯へと移します。その小さな火が消えないように、そっと守りながら家まで持ち帰り、仏壇へ火を移す。それで、ご先祖さま
今日の東京都心は、台風🌀が過ぎたあとの不安定気候で、晴れたり、雲ったり、雨も降る1日でした。まるで、私たちの人生そのものですね午前中とお昼過ぎは、美味しそうな空でした境内の蓮は、最後の時間を迎えているようです。お参りのあとは、熊本地震の義援金を納めました。熊本県に隠れていますが、能登半島地震も忘れてはいけませんよね。昨日は千葉県で水害がひどく、お見舞い申し上げます。お参りのあとは、法話を聞きましょう今日のご講師は、熊本県葦北郡覺
2026/8/14(金)またブログが3日振りになった。どうも歳をとるとつい楽をしたくなる。6月26日の拙ブログで「揺れ動く心」を告白したのだが、まぁマイペースで続けて行こうと思っていますのでご容赦ください。孫が夏休み中の3週間ほど預かっている「垂れ耳のうさぎ」が2匹いる。毛が軟らかくおとなしくて実にかわいい。最高級のぬいぐるみのよう。お嫁ちゃんの(お盆の)里帰りで2日間だけだが餌と水分補給を手伝った。人生初である。丸くてかわいいうさぎの目。そのう
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。のぞみはありませんが、ひかりはありますお寺の掲示板大賞ー2その時、河合氏は「のぞみはありませんが、ひかりはあります」という言葉を思いつき、本の中で紹介するようになりました。ちなみに、河合氏がこの言葉を駅員に伝えると、駅員は「あっ、こだまが帰ってきた」とつぶやいたそうです。ジョークが大好きだった河合氏らしいエピソードです。「のぞみはありませんが、ひかりはありま
今日の東京都心は、晴れ☀️、曇り、雨☔が交互にやって参りました。天気予報によると、今週一杯はこんな天気らしいです。気温は30度には行かないですが、湿度は高く、今日も蒸し暑い1日でした。境内の蓮は、撮影が難しく、今日はチラ見で・・・熊本地震の被災者の方々への義援金は忘れずに、です。お参りのあとは、法話を聞きましょう今日のご講師は熊本県葦北郡覺應寺の葦原理江師です。今日は節談説教の先生ですので、詳細を伝えるのが難しく、短くお伝えしようと思います
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。のぞみはありませんが、ひかりはありますお寺の掲示板大賞現在、私は「輝け!お寺の掲示板大賞」という企画を運営しています。2018年にこの企画を立ち上げて以来、全国の1万5千以上のお寺の掲示板の文言を読む機会がありました。よくメディアの方から「最も好きなお寺の掲示板の言葉は何ですか?」と質問され、毎回かなり困惑するのですが、最近では次の言葉を挙げています。のぞ
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。同期会に参加して-ご本願を聞く、私のこころが知らされる-もうひとつの鏡ー2私たちは、その意味で二つの鏡を用意しなければなりません。外面を飾ろうとして見ている鏡も必要ですが、内面を見る鏡の前に立つことこそ人間として生きてきた意義だと言えましょう。浄土真宗で一番大事なご本願を聞くということは、私のこころが知らされ、見えてくるということです。光に照らされると陰
(写真:フォトAC)朝の気温が20℃近くになり、窓を開けて寝たら風邪をひきそう。台風が過ぎるごとに季節が進むといいますが、まさしくそんな感じです。街なかは、お盆の期間に入って県外ナンバーの車が増えました。仏花が沢山売られています。実家のある町は親鸞聖人の伝説があるくらいですので、圧倒的に浄土真宗のお寺が多いです。子どもの頃に祖母が墓守りをしてあげているお墓が日蓮宗にありました。小さなゴザの上に夏野菜、マクワウリ、ほうずきを置いてあげます。自分の家のお墓は地味なの
前回からの続き(3月7日のこと)です前回、国宝展を見るのに大阪市立美術館へ訪れたとき、行ってみたかった四天王寺へやって来ました広いし、嫁さんは足がおかしくなりそうなので、喫茶店で待って貰ってました😅なので、1人で駆け足で散策です🤣四天王寺住所・大阪府大阪市天王寺区四天王寺1丁目11番18号御本尊・救世観世音菩薩HP・四天王寺和宗総本山四天王寺-日本仏法最初の官寺聖徳太子が建立した、日本仏法最初の官寺。宗派のこだわらない和宗総本山です。shitennoji.movo.jp
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。同期会に参加して-ご本願を聞く、私のこころが知らされる-もうひとつの鏡そういう私の姿は鏡に映せば見ることができます。しかし、こころの中までは映すことは不可能です。そこにもう一つの鏡が必要となってきます。それが、教えの鏡というものです。日頃はそういう鏡を見るということから遠ざかっているのが私たちです。中国の善導大師は次のように言われます。「経教はこれを喩ふ
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。同期会に参加して-ご本願を聞く、私のこころが知らされる-違いにこそ意義がー2名前がわかることによって急にその人の過去がよみがえってくるということは、名前というものが単なる記号ではないということでしょう。そして、名を知ることによって、その人がどれだけ変わってきているかが見えてくるようです。つまり、他人の変化はよく見えてくるものです。それに比して自分の加齢には気がつか
今日の東京都心は、気温は33.5度今日も水分をしっかり取りながらの1日です。今日も境内の蓮の花が綺麗ですお参りのあとは、義援金を箱に納めました。お参りのあとは、法話会を聞きましょう今日のご講師は、愛媛県今治市万福寺の浅野執持師です。※浅野師の言葉の要約に、今日は少々の加筆をお伝えします。<出会いの数だけ、別れがある>よく、県境ってありますよね。皆さんは、日本で一番長い県境はどことどこの県境かご
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。同期会に参加して-ご本願を聞く、私のこころが知らされる-違いにこそ意義が先日、高校の同期会に出席しました。年齢的にはこれが最後になるかもしれないから、と強い誘いを受けてか、出席人数は80人を超えていました。当日、会場に到着すると、大勢の老齢の集団がゾロゾロと移動するのが目に入りました。大人数が一緒に歩いていると、個々は見えず、ただ一色に見えるようでした。
【動画はこちら】【全文掲載】みなさんは、「成仏」という言葉を聞いて、どのようなことを思い浮かべますか。おそらく多くの方は、人が亡くなった時に使う言葉だと思っているのではないでしょうか。実際に、お葬式やお墓参りの場面で、「どうか安らかに成仏してください」という言葉を耳にすることがあります。しかし、仏教における成仏とは、本来そのような意味ではありません。成仏とは、「仏に成る」と書きます。つまり、本来の成仏とは、亡くなることではなく、仏になることを指す言葉なのです。では
■その感情には、理由があります不安な時。ムカつく時。怒りが湧いてくる時。「こんな自分、嫌だな」そう思ったことはありませんか。でも、少し立ち止まって考えてみてほしいのです。その感情は、どこから来たのでしょうか。■感情は、一所懸命生きてきた証34年間、裁判所の書記官として、たくさんの人の”感情”を見てきました。法廷に立つ人は、決して悪い人ばかりではありません。大切な何かを守ろうとして。誰かのために頑張りすぎて。自分なりに、一所懸命生きてきて。その結果として、怒り
浄土真宗本願寺派の機関紙『本願寺新報-みんなの法話』より、お坊さんが書いた阿弥陀如来の法話です。改悔批判を迎えて-「まかせる」ところで「自力がすたる」-お慈悲にゆだねるー2「今まで隠してたんだけど、私には1000万円の借金があり、マンションのローンも残ってて」と告白するのです。彼も、よそよそしい態度は気になっていたのでしょう。こう返答します。「何だ、そんなことか。そんなら僕が全部引き受ける」抱えている借金は人それぞれで、それが「五十億劫の罪」と「八十