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苦役列車西村賢太あらすじ劣等感とやり場のない怒りを溜め、埠頭の冷凍倉庫で日雇い仕事を続ける北町貫多、19歳。将来への希望もなく、厄介な自意識を抱えて生きる日々を、苦役の従事と見立てた貫多の明日は――。現代文学に私小説が逆襲を遂げた、第144回芥川賞受賞作。後年私小説家となった貫多の、無名作家たる諦観と八方破れの覚悟を描いた「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を併録。解説・石原慎太郎。以下ネタバレあり〆「小銭をかぞえる」が面白かったので、西村賢太さんの芥川賞受賞作はもっと面白いのかと気にな
書評「西村賢太という小説家」|パブー|電子書籍作成・販売プラットフォーム一日だけどね、ちょっと早めにアップ完了です。お運びに感謝します。有り難うございます。puboo.jpアップロード完了のお知らせ興味あったら覗いてみてね。もうすぐ80DLに届くのだわ♬感謝です。
白いコスモスこれぞ頽廃、耽美の極北村山槐多という芸術家の旅死tabiji大正八(1919)年二月十八日夜、槐多は肺結核の身で、嵐の戸外へと失踪、翌未明に捜し回っていた友人が、泥まみれずぶ濡れの彼を叢に発見した。往診した医者に見離され、翌十九日には中学時代の美少年の友の名や二十の頃に惚れたモデルの「お玉さん」という名、彼の住んでいた代々木の近くにあった彼が好きで画欲をそそったとされる場所を示すと思われる「柿の樹七本、松三本」や、白い曲線と直線の画法のことなどのうわ言を言い続ける。
5月5日pubooでリリース4月28日時点で、プレダウンロード63件の注目度「読み手」も無傷ではおかないと書いた世一の釣書きはなにを書くというのだろう。没後四年を経てはじめて西村賢太を読んだ世一が感じたものとはなんだったのか。書評「西村賢太という小説家」|パブー|電子書籍作成・販売プラットフォーム五月五日のこどもの日のリリースどの道ね、自動書記が発動するのだろうと思うのだわ(笑)puboo.jpそれは、書評に名を借りた「毒針」かもしれない。■アマチュアで
西村賢太著『苦役列車』を読了し、以下のような感想文を既にSNSに投稿しています。(ここから)2022年2月4日夜、赤羽からタクシー乗車中に意識を失い、運転手により東京都内の病院に搬送されたが心停止の状態で、翌5日6時32分、死去。というニュースで、この作家のことを知りました。54歳という若さです。中卒という学歴にもかかわらず芥川賞作家であるということで、その作品を読む動機としては十分でした。私小説の作家であるという通り、登場人物の主人公の名前は北町寛多という著者の名前をもじったものでした。
その出遭いは、星と月が暇乞いを仕合ったにせよ……西村賢太と飛鳥世一その出遭いは、星と月が暇乞いを仕合ったにせよ……西村賢太と飛鳥世一不世出の文人と同列に並べるつもりは毛頭ないのです。西村先生のように没後弟子を名乗るほど崇敬する小説家はいない。吉行淳之介といったところで氏の文体が好きかといえば執着をみせるほどのものとは言えない。寧ろ、わたしは谷崎の文体の方が愛するにはあたいする。一冊目の西村賢太作品「暗渠の宿」が明日には読了する。普段よりだいぶ時間をかけて読んでいる。その理由は「書
西村賢太は流星雨……言葉の「こと座流星群」故・西村賢太先生の本が昨日の午後に届き既にわたしは読みだしてはみたものの数ページどころの話ではなく読みだしの僅少数行をもって邯鄲の夢がごとくに散ったであろうことはここを訪れて頂ける皆さんにとっては想像に容易く「アホじゃ」という事でしか無いと落ち着けることが出来るのです。ここでは一点だけ書かせてもらうこととしましょう。『バケモノ』ですね。冗談じゃない。私小説ですよ西村氏の書く小説は。私小説系純文学なのです。あのね、わたしさあれほど
ようやく読めた。約700頁。スマホでいろんなことを調べながら。今回は2016年6月から2022年1月まで。西村賢太さんは2022年2月に亡くなった。タクシーの中で意識不明となり。死のギリギリまで残された日乗。前回の3部作に比べ、西村賢太さんはテレビの仕事を辞めている。作家として追及するべきことがあったから。しかし、思えば、テレビの仕事(アルバイト)は、よい息抜きになったり、ほどよい緊張感があったり、街ブラロケはよい運動でもあったようにも思われる。やがてコロナ禍がやってきてそのアルバイトも
飛鳥世一西村賢太藝魂の書評を書く肚を括るついにポチッた。到着したらまずは読ませてもらう。俺流解析はそれからだ。ただ……既に、まとめの言葉は決まっている(笑)多分、二冊まとめての書評としてpubooでアップする。これは誰かに読んで貰うことを目的とした「書評」ではない。わたしがここから作品を書き続けるために必要な書評である。言葉を変えるのであれば「始末」であり「ヤッツケ」である。「読書感想文」「読後感想文」としなかった理由は、わたしが既に書き手であり、一人の書き手として「喰らう」前提が
今日、朝日新聞に数年前に亡くなった作家の西村賢太が取り上げられており、読んでいたら、西村賢太は生前、藤澤淸造を私淑していて歿後弟子と名乗っていた、という記事を読みました。西村賢太さんのエッセイを読んだことがあるのですが、独特の表現や漢字の書き方をする方、という印象がありました。「生前、藤澤淸造を私淑していて歿後弟子と名乗っていた」この文だけでも「澤」「淸」「私淑」「歿後弟子」と旧漢字やなじみのない入ります。当初、「私淑(ししゅく)」の読み方がわからず、ネットで調べました。
短篇小説『狼の吐息』藤澤淸造あらすじ1■大正13年。主人公中井は売れない作家。下宿の粗末な賄い飯を食いながら、金さえあればもっといい下宿に移れるのに……と考える。現在、小説の依頼は一件だけあるがアイデアが全く浮かばず。金さえあれば、酒を飲みに行き、飲みながらアイデアを考えるのに……2■とそこへ、宮田という男が訪ねてくる。中井の知人の紹介を受けて来たという宮田は、中井にとって最高に嬉しい話を始める。宮田は出版社を開業するといい、その刊行第一弾として中井の短篇集を出したいと言う。中井はこれで俺
2026年3月29日(日)岩手県盛岡市まで漫才サミットに行った。千葉市にある自宅を8時すぎにでて、新幹線はやぶさに乗って盛岡に着いたのが12時少し前。準肛門周囲膿瘍の術跡が残るお尻は少しヒリヒリして嫌な気持ち。また、新幹線の中で西村賢太の日記なる書籍を読んでいたら少し乗り物酔いしたみたいで、ムカムカしてこちらもわずかに嫌な気持ち。駅に着いてお昼を食べようとお店を探して、せっかく盛岡に来たんだから冷麺でも食べようかと、冷麺屋さんをのぞくと数人待ちの行列あり。せっかく盛岡に来たんだから
以前から気になっていた本。著者の本は他にも読んだことがあったが、これを読まねば何も始まらない気がした。「路地」路地の内側から各地の路地の成り立ちや現状、そして暮らす人々の内面をとらえたもので、読んでいる間に興味本位から自然に興味深かさに変わってゆく。戦国時代以前からだろうが、時の各地の権力者により路地は置かれたもので、権力者が社会的な安定を図るため、そして、武具などの製造においても、そのエリアで必要不可欠な存在であり、システムであった。路地がなければ、城下町はどうなっていたのか。蔑む
オッサンになってからポテチはあまり食わないようになった。胃もたれもあるけど以前より小さい袋でも値上がっているから、なんか買う気せん。でもポテチを食いたい夜もある西村賢太の小説にすがりつきたい夜もあるみたいにね。
というか今読み終わった本でございます!小銭をかぞえる/西村賢太面白かった!生活感が溢れていてとても面白かったです。読む人によっては不快に思える箇所もあるかもしれないけれども、とにかく人間臭く、正直に今を生きる感じがとても刺さりました。
■最近ブログが西村賢太関連ばかりだが、この歳でここまで惚れ込めるものに出会えてありがたい。西村を紹介してくれた大学時代の先輩・水川氏に感謝である。■初期「日乗」では高田文夫についてたびたび言及あったが後期には皆無。高田氏への興味を失っていた可能性有り。玉袋との絶縁には、対談を著書から削除したり『殺人事件』によると贈られた名入提灯も完全破壊破棄するなどかなり強固な意思があったようだが「日乗」に記述無し。何があったのか。他にも数人との付き合いを絶ったようである。イナジュンやお気に入りバンドの人とも
私的に祝日ではない1日。西村賢太の「苦役列車」を読み耽けて、半日が過ぎました。私の中にもある、厄介な自意識や、不安定な希望は、私そのものかもしれない。
○まずはこちらをご覧いただこう◇アニメ『ゴールデンカムイ』最終章ED主題歌くぅ~~、カッケェ~・・ッ!なんて挑戦的な映像表現、独創的なキャラの動き・・ッ!・・んん、絵コンテは原作者の野田サトル自身が書き下ろし?「不死身の杉元」こと主人公・杉元佐一の作品開始時からの身体動作を切り取り、旧い日本家屋の中でコンテンポラリーダンスのように激しく踊らせている。一部意味不明な動きは、原作ファンならニヤリとする場面の再現だ。なんか独特の雰囲気に引き込まれて録画とか動画を何度も見返して
『一私小説家の日乗新起の章堅忍の章這進の章』西村賢太角川文庫。最後の章は大好きな作品『雨滴は続く』を書き始める時期。最後の長編と分かっているので読んでて寂しさに襲われる。実にたびたび休載している。それさえなければ完結できてたかもと惜しまれる。イヤ未完だからいいのか。日記によると最終回も途中まで書いている。断り書きを付け刊本に付録として掲載してほしかった。まだ下書きだから作家の尊厳もあるし無理か。最後の中篇『蝙蝠か燕か』はなかなかの思い入れで書かれたようだ。■18ページ『イナズマンF』
資料として保存。読売新聞より。胸中の人、石原慎太郎氏を悼む…西村賢太2022/02/0205:00石原慎太郎氏の訃報に接し、虚脱の状態に陥っている。私ごとき五流の私小説書きが、かような状況下にあることを語るなど痴愚の沙汰だ。実におこがましい限りの話でもある。しかし十代の頃から愛読していた小説家の逝去は、やはり衝撃の度合が違う。これでもう、私が好んだ存命作家は唯の一人もいなくなってしまった。十六、七歳の頃の、日雇い労働後の娯楽はもっぱら読書であった。古本屋の均一台でカバーの
『一私小説家の日乗不屈の章』西村賢太2026年1月、同『野性の章』『遥道の章』と合冊で刊行された角川文庫で読んだ。■576ページ自分自身の「誇れる仕事」として藤澤淸造、田中英光の3冊の文庫復刊を挙げている。芥川賞まで取っているのに自作を挙げない。西村に惹かれる点は多数あるがこういう点も大好き。「自分の仕事を評価し判定するのは自分だけ。他者からの評価は一切考慮しない」という揺るがぬ姿勢。男たるもの、かくありたい。(西村も好きだった)『刑事コロンボ』の最終回に「男は自分自身の主であるべき」と
『一私小説家の日乗遥道の章』西村賢太2026年1月、同『野性の章』『不屈の章』と合冊で文庫化された。税込1650円。■307ページ。「サイゾー」ウェブサイトに「新刊が全く売れず焦りまくる西村賢太」との記事を書かれ猛烈反論の西村節が面白い。「私の本は『苦役列車』以外全部売れてないのだ。今さら焦りまくるわけがない。見損なっては困る。」たけし構文なんだが。■320ページ。ホリエモンに賞賛されたらしく感謝を述べている。■341ページ。『刑事コロンボ』をDVDで観たとの記述。あえてつまらない回
先日高松へ旅行した時に読んだ。西村の作品は面白く、また文庫本なら薄いのも多いので携行に最適。これは西村作品でも人気の高い一編らしい。久々に読んだので忘れていたが、秋恵は子供を授かりにくい事情を身体に抱えていたようである。貫多と別離後、子宝に恵まれたであろうか?秋恵のその後の幸せを願わずにいられない。その秋恵に対し、貫多は絶対言ってはならない言葉を吐いている。こういうことを言う人間は孤独になって当然。仮に私が秋恵と知り合いだったら貫多と別れるよう助言する。私の周りにもこの種の人間が何人かいた
みなさん、こんばんは。“四季の旅人”の山城道霞です。石川県七尾美術館を出て、しばらく歩いた先にあるのは、いつか七尾市に行くときに行ってみたい場所でした。石川県七尾市にある宇賀山西光寺。私小説作家の藤澤淸造さんと西村賢太さんのお墓参りです。藤澤淸造さん(1889~1932)は石川県七尾市出身で、貧困と持病に苦しみながら『根津権現裏』や短編小説などを執筆しました。しかし、性病の悪化によって精神が不安定になり、度重なる失踪の末、東京の芝公園の六角堂内で凍死体となっていたのを発見されま
『一私小説家の日乗野性の章』西村賢太角川書店、単行本・2014年初版、本体1600円。ブックオフで860円で買った。再読。また西村賢太の本を読んでしまった。この「日乗」シリーズ、来月(2026年1月)角川文庫から未文庫化の分が3冊合本という形で刊行される。持ってなかった分が多いので非常に有り難い。これが売れれば続刊もあるだろう。期待したい。読んでて感じるが、これは全力疾走の記録だね。西村は仕事、酒、メシ、フーゾク、ケンカ、藤澤愛、やりたいことすべて全速力で行なってた。そりゃ早死にするわ
『蝙蝠か燕か』西村賢太(再読)■完結した作品としては西村最後の小説。最晩年の心境が語られ、間近な死を予感していたような記述もあり、今となっては自らの人生を回想・総決算するために書かれているかのように読めてしまうフシもあり、意図せずして「最後の小説」にふさわしい内容となっている。実はこの人、「死に時」を心得た、「生き方の達人」だったのではとさえ思わせる。■『西村賢太殺人事件』を読んだのでこれを再読した。『…殺人事件』を読んだ上で再読すると面白さが倍加して感じられる。『…殺人事件』は格好の副読
2025年、飛鳥新社。単行本・ソフトカバー。税込1900円。■西村ファンなら必読の本。■どうせ元恋人による暴露本と思い、買うまいと思ってた本だが本屋でパラパラ、買わずにおれなくなった。西村の素顔がよく描かれている。■「松本清張と山田太一は天才だと思う」と西村は言ってたという。公式にはこういうことを発言しないので、西村の私的発言を読めるのはファンには有り難い。母親に対する思慕も、恋人には素直に吐露していたようである。■小林氏は西村と住んでいた部屋に阿部合成の絵を飾っていたという。阿部合成は
日帰り温泉はクソジジイのたわむれ、妖怪ダンス、ゾンビダンスです。だいぶ前、NHK「ドキュメント72時間」で別府温泉の回がありましたが、やはりそこでもヌシのような老人が居て、マナーを注意したり、観光者や一見さんにキビシイ感じを受けました。観光名所なのに行きたくても気楽に行けない、行きづらいと思いましたね。日帰り温泉、午前はじっくりクソジジイたちの群れ。夕方は料金が少し安くなり、そうすると仕事帰りの田舎オヤジたちや、年頃ムスメ嫌われ家風呂入れずオヤジの大群が来ます。これもマイッタものです。洗い
11/08(土)4:30起床。7時まで仕事をして妻と車でそばのスエヒロへ。お店の近くのパーキングメーターに車を停め、スエヒロの店頭へ。今日は店内満員で外待ちが5人。並んで順番を待つ。店内に入りきれず外で食べている人も数人いた。回転は早く、程なく入店。ちょうど店内客が数名退店したので運よく店内で食べれる事になった。注文は、たぬきそばに半ワカメ。妻はたぬきそばに半きつねを注文していた。代金と引き換えに丼を受け取り、店内のカウンターで立ち食い。ではいただきます。う