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横浜市戸塚区、保土ヶ谷区、南区の皆様おはようございます。巡寶堂イオンスタイル戸塚店です🎵公式HP今日も元気に10時オープン致しました!宜しくお願い致します😊😊😊😊まだ2月下旬ですが春のような暖かさですね。🌸通勤時に汗を少しかきました。左和気10円札をお買取りしました。以前の古銭のブログをご覧になってお持ちいただきました。紙幣は紙ということもあり状態が査定の大きな要素になります。コイン商で購入したそのままで保管されていたので査定額を精一杯にてご提示しお売りいただきました。古
上の画像は10年程前に奈良県の談山神社を参拝した時のものです。この日はかなり寒い日で、人影は疎らでした。今でこそ「神社」ですが江戸期までは歴史的人物を祭る寺院でした。その人物とは・・・・・・・645年の乙巳の変で蘇我入鹿の暗殺を成し遂げた中臣(藤原)鎌足です。上の画像は暗殺の状況を描いた有名な絵。装束が平安時代を連想させるもので年代的にとても違和感があります。更に赤く囲んだ鎌足はただ見てるだけで入鹿の首を打ち取ったのは後に天智天皇として即位する中大
目次///////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁●紙幣と麻生氏●壬申の乱との不思議な繋がり////////////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁今回の衆議院選挙で、高市首相は圧勝しました。前回の首相指名では、首相の座も危うかったのに、あれよあれよという間に、盤石な座を得ました。会う人会う人が、不思議な選挙と言います。私の最近の記事は、二つの占いの氏族を取り上げてきました。太
太山寺は神戸市唯一の国宝建築があるお寺です。正門で入場料¥300を払い中に入ると正面に国宝本堂がでえ〜んと聳える。奈良時代の霊亀2年(716年)に発願者である藤原鎌足の孫・宇合が創建したとされている古刹。開山(初代住職)は、藤原鎌足の長男・定恵鎌倉時代の建築右手に江戸時代初期の三重塔逓減率が低くちょっとずんぐりむっくり。少し前に行った如意寺の塔と比べると軒の出が浅いのがよくわかる。建築好きだったら見ただけで何時代に建てられたかだいたい分かるようになる紅葉と本堂普段は人出は少な
皆様、ご機嫌YOです!朝廷を牛耳っていた(と言う事になっている)蘇我入鹿を討った後の中大兄皇子(のちの天智天皇)が藤原鎌足と共に政治の実権を天皇に取り戻そうとした。それがいわゆる大化の改新です。中大兄皇子(天智天皇)は皇国史観に染まった薩長の遺物共にとっては英雄とも言える天皇の一人です。…が、彼の実像を冷静に見てみると相当ヤヴァイ御方である事が明らかになってきます。はっきり言って彼が殺した蘇我入鹿など軽く上回るほどの悪党です。そんなわけで今回は中大兄皇子(天智天皇)の軌跡と
黒澤明が1958年に監督した『隠し砦の三悪人』は、初めてシネマスコープ方式のワイド画面で撮った映画で、本作はベルリン国際映画祭の監督賞と国際映画批評家連盟賞、キネマ旬報ベスト・テン脚本賞(橋本忍)、ブルーリボン賞作品賞を受賞しております。貧窮から脱することを願う農民の千秋実(役名:太平)と藤原釜足(役名:又七)は、家を売り払い侍として召し抱えてもらおうと山名藩に向かいます。しかし、秋月藩の落ち武者と間違われた2人は、墓掘りを手伝わされた後、体よく放り出されてしまいます。喧嘩別れした2人
中臣鎌足について何か書いてあったような気がして、井沢元彦「逆説の日本史」を斜め読み・・。まさにこの一族を象徴する逸話が載っていました。なんと中臣鎌足(藤原鎌足)は、「六韜」を愛読していたという。「井沢逆説」によると、この「六韜」、マキャベリズムも真っ青のトンデモ本なのだとか・・。本の中身は、とにもかくにも敵を倒さんがための権謀術策にあふれている。しかも、敵の内部かく乱にフォーカスした書なのです。「六韜」には、たとえば、こんなことが書かれている。「外交使節として隣国か
こんにちは♪くりたまです。先日参拝した談山(たんざん)神社の続きです。『談山(たんざん)神社』おはようございます♪くりたまです。先日、奈良県桜井市にある談山(たんざん)神社へ参拝しました大和七福神八宝霊場のひとつです。鳥居の前にある売店で、豆大福を買…ameblo.jp如意輪観音堂三天(さんてん)稲荷神社の入り口ここから、徒歩5分ほど歩きます。参拝時間は、朝8:30-16:30で、夜間閉鎖されています。な、な、なんだここは?ふらっと山へ入ってみて、びっくり山岳系神様のも
目次/////第一話天岩戸神話の占いの2柱の謎●藤原鎌足と、安井姓●菅原道眞の怨念?●天児屋根命(あめのこやね)と、天太玉命(あめのふとだま)●不思議な藤原氏との繋がり**醒ヶ井と、左女牛第二話菅原と、藤原の不思議なつながり●日置神社の変遷の推測●藤の花との不思議な繋がり●同類の対立と藤の花●三種の神器を守る藤原氏の祖////////////第一話●藤原鎌足と安井姓「読者さん」と言う方から頂いたコメントに、京都の安井金比羅宮が藤原鎌足による創建
はためから見れば、何にもない「畑作地」に見えるが、、、、これが、遺跡だから、大変だ、、、^^;694年12月6日飛鳥宮から「藤原宮」へ遷都飛鳥宮より、遷都この藤原宮に遷都する前の「663年」、、、日本は、朝鮮半島で、、、「日本・百済連合軍」は、「唐・新羅連合軍」に、惨敗した。それまでの「飛鳥京」時代は、ただ単に「宮殿」があるだけの「京」で有った中で、、、唐に負けたことで、唐の長安に似せた都づくりをすることにしたようだ、、、また、白村江の戦いで負けた「百済遺民」も、朝鮮半島
ひとというのは急に当てられたり自分の番が回ってくるととんでもないないことをいってしまうらしい藤原鎌足を藤原の固まりといってしまったクラス友大爆笑さすが頭いいやつは違う本人は受けを狙ったつもりはないらしいがね藤原の固まりには違いないあれから藤原鎌足が藤原の固まりになってみんな伝染して覚えさせられてしまった阿波忌部氏のことをブログにしようと思って中臣鎌足よりも藤原鎌足の藤原の固まりで覚えている私です忌部て珍しいですよね齋田も珍しいと思うけどねいるんよ
今日は冬至ですね。ゆず湯とかぼちゃ🎃はもちろんですが、レイラインも忘れてはいけません日本遺産ポータルサイト日光東照宮という名前は、『聖書』の次の言葉を彷彿させる。「光は東方より」『スカイツリーと日光東照宮と天津甕星の関係』私は以前、別ブログの「バベルの塔の予言」という記事で次のように書いたことがある。■あれから随分と期間が空いたが、以下、その続きの記事であるスカイツリーは地下構…ameblo.jp明日香村にも鎌足生誕の地と伝わる場所があり、鎌足を
2025/11/22奈良県談山神社②今回も好きなだけ写真載せます!ご一緒に紅葉狩り楽しみましょ十三重塔権殿〈末社・比叡神社本殿〉江戸時代重要文化財寛永四年(一六二七)造営の一間社流造、千鳥破風および軒唐破風付、桧皮葺の小社ながら豪華な様式をもつ。立派な御神木でした末社龗神社(龍神社)パワースポット龍ヶ谷の古代「岩くら」と「龍神社」この瀧と岩くらは、古神道の信仰の姿を今に残した、霊地です。古代信仰では、神聖な岩に、天上から神を迎え、祭祀を行いました。
稲荷山浄妙広利禅寺詳名を稲荷山浄妙広利禅寺といい鎌倉五山第五位の寺格をもつ臨済宗建長寺派の古刹です。源頼朝の忠臣足利義兼が1188(文治4)年に創建し初め極楽寺と称しました。開山は退耕行勇律師で北条政子や源実朝にも厚く敬われた高僧。鎌倉時代に造られた「木造退耕行勇禅師坐像」が伝わっており国の重要文化財に指定されています。画像はお借りしました。当初は密教系の寺院であったが建長寺開山蘭渓道隆の弟子月峯了然が住職となってから禅刹に改められのち正嘉年間(1257〜59
◆◆◆くじょうみやび日録第二期◆◆◆またしても、国営飛鳥歴史公園にて、投票を受け付けています。推し飛鳥人総選挙!!!今年2025年は乙巳だったのですね。11月上旬からスタートしておりましたが、気づくのが遅れました。締め切りは今月26日です。推し飛鳥人総選挙-乙巳の変-編→★参考:第一回総選挙についての記事(結果発表)→★ただし、今回は現地投票のみ(投票場所は飛鳥の4か所です、詳しくはリンクを)。エントリーも事件関係者10人というミニ版。よりマニアック度が増したとい
明日香村を後にし、桜井市にある»談山神社(たんざんと読みます)»に向かいますまさかの予想通りの車🚙🚗渋滞知る人ぞ知る、神社⛩️かと思ったのですが(と、言いますか、全く土地勘のない場所においてはお友達にお任せプランでしたので、風まかせです)3連休の良いお天気の日の最終日翌日が雨予報とならば出かけるのは皆、同じそれにしても、なかなか前に進みません山道を上がっていく道路は、上がり坂を談山神社目掛けていく車の行列!途中、左側に駐車場ではないようなのですが空き地に、
紅葉に染まった「談山神社(たんざんじんじゃ)」をめぐります。「談山神社」と称すようになったのは、明治維新後のことで、それまでは「多武峯妙楽寺」と号し、有力な神仏習合の寺院でした。藤原鎌足は、摂津国阿威山に葬られていましたが、長男・僧定慧が、唐から帰朝すると多武峰に改葬し、墓の上に十三重塔を造立します。数年後に三間四面の堂を建立して「妙楽寺」としたのが多武峰の発祥です。あわせて鎌足の御影像を安置するための御殿も創建されます。延長4年(926)国内最古となる惣社を創建し
美しき奈良紅葉めぐりの最後は「談山神社」をめぐるのですが…ここは、「大化の改新」の歴史的舞台となったところでもありますので、社殿をめぐる前に、少しだけ「大化の改新」について触れてみたいと思います。改新の前夜「中臣鎌足(614~669)」が、「中大兄皇子(後の天智天皇)」と知り合った経緯については『日本書紀:皇極天皇3年正月条』に詳しく書かれています。中臣氏は16世紀初めの継体期から勢力を伸張してきた新興氏族で、鎌足は学問に優れていたのみならず、傑出した政治力の持ち主
「大化の改新」の中心人物、藤原氏の祖先である藤原鎌足公と中大兄皇子(天智天皇)が極秘の談合をしたとされる奈良県桜井市にある「談山神社」十三重塔の写真を妹が送ってきてくれた⛩️京都は、あちこち知っているつもりだが奈良は大仏殿くらいしか知らず…😅高市総理の出身地としても注目されている中国の唐の都「長安」をモデルとした日本で初めての本格的な都が作られた奈良にも、ゆっくり行ってみたくなった🦌🔮本日11月28日:金曜日横浜中華街「縁占館」「大通り本店」にて中華街大通りの大きな
令和7年11月23日(日・祝)昨日の土曜日は1日予定があり忙しい日であった。今日の日曜日(勤労感謝の日)も昨日に続き天気が良く、行楽日和にて奈良県の飛鳥地域に行くことにした。談山神社、岡寺、安倍文殊院、廣瀬神社(大社)、霊山寺と巡拝する予定とした。先ずは、談山神社へ向かうことにした。07:00頃自宅を出発(いつもよりちょっとだけ早く出る)↓給油する。↓国道24号線大久保バイパス↓城陽IC〜木津IC(京奈和自動車道)↓国道24号線↓国道169号線⇒県道37号線⇒県道1
2025/11/20談山神社に紅葉を見に行きました。車で大阪から南阪奈道路、大和高田バイパス、国道169号、県道155号で談山神社まで約1時間30分くらいでした。駐車場からの案内看板神社に一番近い駐車場で入口まで徒歩5分くらいです。談山神社(たんざんじんじゃ)奈良県桜井市多武峰に位置する。歴史・創建飛鳥・法興寺で行われた蹴鞠絵(けまりえ)において出会った中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)が、藤の花の盛りのころ、当社本殿裏山で極秘の談合をされました。この談合により
『女医・joyしましょう。AKIKOの面白ヒト語り』歴史は更新される?大化の改新も今は乙巳(いっし)の変と呼ばれています。改新はそれ以降の政治改革であって、あれは「変」つまり事件だったというのです。主役は中大兄皇子と藤原(中臣)鎌足。鎌足は165㎝と当時としては大柄で、狩猟が趣味という行動的な人物。その活発さが災いし、落馬事故を起こしてしまいます。どうやら馬が足をとられ崖から落ちたようなのです。彼の遺体とされる骨のX線写真では、肋骨3本と上腕骨、胸椎の脱臼骨折、
身体の一か所が若返るならどこがいい?▼本日限定!ブログスタンプ「気持ち」かな?精神は肉体に宿る…😅「アンチエイジングの日」日付けは「いい(11)とし(14)」の語呂合わせ老け込まない気持ちを持ちましょうね…「パチンコの日」1966年(昭和41年)通商産業省(現・経済産業省)から正式に認可されたそうです。僕は「ゼロセンタイガー」まででしたね、「777」から辞めました。近年はパチンコ店の閉店も相次いでます。「関門橋の日」1973年(昭和48年)山口県下関市と福岡県北九州市の間
西山厚先生面白くで素敵な方でした帰りはすっかり遅くなってtaxigoで西大寺まで帰りましたびっくりするぐらいすぐ来てくれたので助かりました話しの内容は聖武天皇と光明皇后のこと光明皇后は藤原鎌足の孫なんだって聖武天皇と光明皇后はほんとに仲がよくてダンナさんの遺品を見るとつらいから正倉院に納めたから1300年もたってまだ宝物が見れるということです法華寺が尼寺であること鎌倉時代に叡尊和尚が西大寺や法華寺を盛んにして特に法華寺を尼寺として栄えさせた
11月14日が命日・忌日の有名人・著名人565年満82歳崩御(?)ユスティニアヌス1世陛下東ローマ皇帝669年(天智天皇8年10月16日)55歳没(?)藤原鎌足さん飛鳥時代の廷臣、藤原氏始祖871年(貞観13年9月28日)55歳崩御(?)藤原順子陛下仁明天皇女御、皇太后藤原冬嗣の長女976年(開宝9年10月20日)49歳崩御(?)趙匡胤陛下北宋の初代皇帝1282年(弘安5年10月13日)60歳没(?)日蓮さん日蓮宗各派の祖1726年(享保11年10月2
1993年、直木賞を受賞した、高村薫さんの大ベストセラー、『マークスの山』とても面白い推理小説で、夢中で読んだ記憶があります。確か舞台となったのが、山梨県南アルプスの北岳や夜叉神峠だったと思います。先週は、小説にも出てたかな?南アルプスに流れる早川の上流、奈良田湖手前の西山温泉♨️に行ってきました。8月には上高地の白骨温泉♨️に行ってきたので、秘湯シリーズ第二弾ってわけじゃないですが😅、かなりの奥地ではあります。まだ紅葉🍁の最盛期ではありませんでしたが、部分
紅葉で有名な談山神社(たんざんじんじゃ)で、令和7年11月3日(月)に「けまり祭」が行われます。談山神社の詳しい説明は、こちら↓http://ameblo.jp/narakoto10/entry-11718169509.html談山神社の祭神である藤原鎌足と、中大兄皇子が蹴鞠会(けまりえ)で出会ったという故事にちなんだ行事です。蹴鞠保存会メンバーが古式ゆかしい装束姿で、伝統に則って蹴鞠を披露します。談山神社は、山の中にあるので周りに何もなく、とても雰囲気のある神社です。そこ
こんなところに古典文学が!『万葉集』と「愛の微笑み」「愛のメモリー」いつもご覧くださる皆様、本当にありがとうございます。心から感謝致します。皆様にとって良い事がたくさんありますように!以前の記事を分割して再掲載しています。『愛のメモリー』という曲があります。かなりの方がご存じであろう松崎しげるさんの代表曲です。甲子園の入場曲にも使われました。〇オリジナルバージョンhttps://www.youtube.com/watc
..【中臣鎌足、藤原鎌足の言葉】.『大きなる事を謀るには、輔有るには如かず」「輔」は助けるという意味。大化の改新の中心人物【中臣鎌足】は国家の大事を実行するには部下や味方応援者がいなければ成就できるものではない。助けてくれる人が必要だと。いくら思いが強くても孤独であっては何事もなし得ない。大事を成すには、時勢という味方と心酔する部下とそして多数の共鳴者が必要なのだ。。.:*・゜゚・*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*もっと肩の力を