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江東区亀戸にある香取神社の「勝矢祭」を見学に行きました香取神社は天智天皇4年(665)に藤原鎌足が千葉県の香取神宮の分霊を勧請して創建と伝えられていますご祭神は武功の神さまの経津主神です天慶年間(938~947)に藤原秀郷が平将門討伐の祈願をして戦に勝利し「勝矢」を奉納しています例年5月5日の「こどもの日」に武者行列が行われ武者行列が香取神社に宮入をします近年はスポーツ振興の神様としても人気です鯉のぼりがでています大鳥居勝守ご利益スポーツで勝つ・病気に勝つ・自分に勝つご
これもリハビリしていたころのお話。はたして車で長距離運転はできるのか?試してみたの巻。大阪の四條畷市立歴史民俗資料館に行ってみました。特別展「井戸をのぞいてみれば」。古代の井戸枠やつるべに使った土器、また井戸で行われた呪術的なものまであり、楽しく拝見しました。そしてこの展示で木簡を見て、しばらく木簡見たい熱におかされたのでした。千光寺跡出土の「田原礼幡」の墓碑。千光寺は飯盛城の支城・田原城の城主の菩提寺で、礼幡(レイマン)についてはルイス・フロイスが記しています。これは日本最古の
https://www.instagram.com/reel/DXuAoyWjUEb/?igsh=NzRjaGtsNGRmenR3NicolasHulscheronInstagram:"CRIMINALPROSECUTIONoftopCOVIDofficialshasofficiallybegun.Fauci’stopadvisorwasthefirstdomino.Criminalreferralrequestshavealreadybeen
2026年4/17(金)ツレと友人の3人で木更津市矢那の鎌足公民館に咲く鎌足桜を見てきました。この鎌足桜は約1400年以前に藤原鎌足が木更津市郊外の高蔵寺・高倉観音に来訪した伝説に由来する不思議な桜です。鎌足桜は江戸時代・天保3年(1832年)の「房総志料続編」に、その名が確認される淡桃白色八重咲きのヤマザクラです。雄しべもしくは花弁の一部が細く変形して緑色の鎌の形になるという珍しい特徴が有ります。名前の由来は大化の改新の功臣である藤原鎌足が、高蔵寺・高倉観音を訪問した際、持っていた桜の木の
皆様、ご機嫌YOです!聖徳太子の時代前後に権勢をふるった蘇我氏。その権勢たるや天皇の即位にまで影響を及ぼしたばかりか天皇や皇族をも弑した前科もあるほどの一族ですが、いわゆる「大化の改新」の始まりの狼煙となる乙巳の変で入鹿、蝦夷の親子が葬られ、政治の主流から脱落します。蘇我一族の中では中大兄皇子に与した石川麻呂が生き残りますが、彼も後に謀反の冤罪で誅殺され、以降は細々と生き残るのです。そんな感じで今回は古代におけるキングメーカー、蘇我氏の盛者必衰とも言うべき流れを見ていきましょう。
【起稿2026年4月27日記事】さてさて、「歴史の話(妄想😅)」シリーズ記事「藤原史(不比等)編」の続編でございます🙇前回は史の不遇な少年時代の話でした👇『歴史的解釈(その17史の想い)』【起稿2026年3月9日記事】久しぶりの「歴史シリーズ(妄想😅)」記事の新作です。前作では、所謂「伝承の時代」(神武朝~武烈朝)から歴史時代への橋渡し役の継体…ameblo.jp668年天智帝即位式に父鎌足に連れられ出席して、大海人皇子(37)の目に留まった史(10)でしたが、病がちで衰弱していた父鎌
2023年10月2日、小原神社/大原神社、藤原鎌足生誕地に参りました。奈良県高市郡明日香村小原にあります。写真のみで。
談山神社の神々秀逸。京都滋賀神社ほぼ参ったけど最高級。だが先達はあらまほしけれ。神社西側行かず、そちらから見下ろせば葛城明日香村一望と。残念そう言えば中大兄と鎌足が蘇我氏打倒相談で談山?歩けば石舞台に通じる多武峯で足吊って地元の方に助けられた。#談山神社#藤原鎌足#中大兄皇子—伊和千晶(@iwa_7g3)April21,2026
通常は土曜日日曜日は混雑しているので出歩かないのですが今日は目的があって車で鎌倉へ思った通り鎌倉の駅前や有名観光地は人で溢れかえっていました私は少し離れた浄妙寺でゆっくりしました丁度牡丹と藤が見頃で新緑に映えて美しかったですこの浄妙寺の境内には英国風に庭があるレストラン石窯ガーデンがあって和も洋み楽しめて得した気分です浄妙寺裏山には藤原鎌足が「鎌槍」を埋めたという伝承が残りこの伝承は鎌倉という地名の由来説の一つとしても紹介されますが諸説あるようです鎌倉の浄妙寺の名は、
朝5時からのドジャースの試合を見た後先日いいねしてくださった方のブログに又兵衛桜がきれいだったので行って来ましたが、既に葉桜になっていたー帰りは石舞台方面へ行ったのだけど何故か談山神社へここに来ると高いのだけど必ず入ったホテルのレストランなんか静かだった・・・近い方がいいと思って来たらあの石段130段とてもムリ紅葉の時はきれいでしょうね〜藤原鎌足の墓といわれる十三重の塔です最近は近くのスーパーにしか行かないので久しぶりにちょっと運転した気持ちですさて、メダカに餌をや
#鎌足桜#藤原鎌足に所縁のある山桜。ソメイヨシノが咲き終わる4月の中頃から下旬にかけて満開になる。#高蔵寺にある鎌足桜の祖株に会いに行ってきました。見頃♪近隣の#鎌足さくら公園の若木も花を付けるようになりました。
2月に日銀の貨幣博物館を訪れたオヤジ。あまりにも内容が充実しておりとても一度で見学する事が出来ず3月7日に再度訪れる事にしました。😀フラッシュ撮影すると色が浮かび上がる不思議な展示パネル。↑たぶん紙幣の特殊な印刷技術なのでしょう。という訳で、内容盛り沢山の展示内容から今日は過去に発行された紙幣のお話です。明治15年設立の日銀が最初に発行したのが「日本銀行兌換銀券」です。当時、日本は銀本位制だったので銀と交換可能な「兌換紙幣」が発行されます。初の日
トランクで旅するトランカー®︎YuhKawasakiです!目次談山神社で蹴鞠装飾体験談山神社の歴史まるでジブリの世界!?談山神社で蹴鞠装飾体験奈良にある談山神社へ!Instagramの案件で蹴鞠(けまり)装束着付け体験しました。蹴鞠衣装は数色から選べました。私は明るい色が得意なので、着ているパープルor白くらいしか選択肢はなかったです。上下の色のコーディネートも自分で出来たので、あえての同系色にしました。男女共に同じ衣装でサイズも無かったのですが、なんとか大きすぎる
蘇我の娘の古事記(ふることぶみ)[周防柳]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}蘇我氏が娘を天皇家に縁付けて権力を掌握していたことは理解していますが、その娘を主役にした作品は初めて。何が語られるのかと思ったら…。蘇我氏の滅亡から物語は始まります。中大兄皇子と藤原鎌足の陰謀。母親の皇極天皇が意外と意思があって、お飾りではない天皇として描かれています。そしてそこには神懸かり的な天皇家の存在価値も感じます。大海人皇子の変貌は因果応報。主人公の蘇我
◆◆◆くじょうみやび日録第二期◆◆◆2024年に行われていた国営飛鳥歴史公園企画<推し飛鳥人総選挙>のキャラクターイラストがポストカードになっているのを発見しました!平城宮跡・朱雀門ひろばのいざない館、入口すぐの物販。ほかにも売っているところはあるかもしれませんが、そこで入手できました。そりゃ美しい飛鳥人女性のイラストも欲しいと思いましたけど……やっぱりくじょう的にはこの主従を選ばざるを得ないわけでして。▲天智天皇&藤原鎌足手持ちの写真入れに飾ってみました♡
時は2026年1月下旬、香取神宮にやって参りました。この時、頭の中では鹿島神宮に来ているつもりになっています。香取神宮も鹿島神宮も以前参詣しているので、おぼろげながら違いがわかるはずなのに、気づいていません。参道では朝イチから厄落しだんごに人が並んでいます。参拝してから何か食べることにします。朱塗りの二之鳥居(*1)。この先から亀甲山(かめがせやま)に広がる香取神宮の森(*2)になります。「ごらぁ、この不信心者め。よくぞおめおめと来れたものだ。」「
お気に入りの音楽は?▼本日限定!ブログスタンプ飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)とは?意味や使い方-コトバンク改訂新版世界大百科事典-飛鳥浄御原令の用語解説-日本古代の法典。《日本書紀》に,681年(天武10)編纂に着手し,689年(持統3)に施行されたと伝えるものが,これにあたる。ただしこの《日本書紀》の記事については,古くはこれを,天智天皇が藤原鎌足らに編纂させたといわれる近江令を681...kotobank.jp681年の今日は-天武天皇が飛鳥浄御原令の制
【起稿2026年3月9日記事】久しぶりの「歴史シリーズ(妄想😅)」記事の新作です。前作では、所謂「伝承の時代」(神武朝~武烈朝)から歴史時代への橋渡し役の継体天皇を取り上げさせて頂きました👇『歴史的解釈(その15北の古代強国)』【起稿2025年10月30日記事】※この記事で引用した画像は著作権に配慮し一部を除き削除しましたm(__)m久しぶりの「歴史の話(妄想😅)」は、北の強国「…ameblo.jp今度取り上げるのは、飛鳥~奈良時代の大政治家、「淡海公」こと藤原朝臣不比等公(659
こんにちわ読んでくださりありがとうございます。今回も核心を突く超重要な天武天皇の考察。私も実際の史実は全然知らず・・・幼少期の記録もなく生まれた日も没年齢も不明とは・・・謎だらけですね・・・また歴史にその名が出てくるタイミングの遅さから藤原鎌足が大海人皇子だったという説も可能であったりとキムユシンと金春秋の関係がそのまま大化の改新の焼き直しであるのなら百済最後の王、義慈王の弟の王子(翹岐)が、中大兄皇子という説やその弟の豊璋と
こんにちわ読んでくださりありがとうございますなんだか迷宮に入ってしまったみたいです・・・現在絶賛楽曲製作中でありますが再び歴史について調べています・・・藤原鎌足に生き埋めにされた巫女の記憶にアクセスしてしまったことからそれをテーマに楽曲製作をしていますがここへきて藤原鎌足と金庾信の共通点を指摘する説がありまたもや動揺しています・・・アクセスした記憶では藤原鎌足さんは宇宙の意図を理解してそれに従ったのですが日本の歴史的
横浜市戸塚区、保土ヶ谷区、南区の皆様おはようございます。巡寶堂イオンスタイル戸塚店です🎵公式HP今日も元気に10時オープン致しました!宜しくお願い致します😊😊😊😊まだ2月下旬ですが春のような暖かさですね。🌸通勤時に汗を少しかきました。左和気10円札をお買取りしました。以前の古銭のブログをご覧になってお持ちいただきました。紙幣は紙ということもあり状態が査定の大きな要素になります。コイン商で購入したそのままで保管されていたので査定額を精一杯にてご提示しお売りいただきました。古
上の画像は10年程前に奈良県の談山神社を参拝した時のものです。この日はかなり寒い日で、人影は疎らでした。今でこそ「神社」ですが江戸期までは歴史的人物を祭る寺院でした。その人物とは・・・・・・・645年の乙巳の変で蘇我入鹿の暗殺を成し遂げた中臣(藤原)鎌足です。上の画像は暗殺の状況を描いた有名な絵。装束が平安時代を連想させるもので年代的にとても違和感があります。更に赤く囲んだ鎌足はただ見てるだけで入鹿の首を打ち取ったのは後に天智天皇として即位する中大
目次///////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁●紙幣と麻生氏●壬申の乱との不思議な繋がり////////////////////●令和の「梅」と、高市(奈良)の「藤」の因縁今回の衆議院選挙で、高市首相は圧勝しました。前回の首相指名では、首相の座も危うかったのに、あれよあれよという間に、盤石な座を得ました。会う人会う人が、不思議な選挙と言います。私の最近の記事は、二つの占いの氏族を取り上げてきました。太
太山寺は神戸市唯一の国宝建築があるお寺です。正門で入場料¥300を払い中に入ると正面に国宝本堂がでえ〜んと聳える。奈良時代の霊亀2年(716年)に発願者である藤原鎌足の孫・宇合が創建したとされている古刹。開山(初代住職)は、藤原鎌足の長男・定恵鎌倉時代の建築右手に江戸時代初期の三重塔逓減率が低くちょっとずんぐりむっくり。少し前に行った如意寺の塔と比べると軒の出が浅いのがよくわかる。建築好きだったら見ただけで何時代に建てられたかだいたい分かるようになる紅葉と本堂普段は人出は少な
皆様、ご機嫌YOです!朝廷を牛耳っていた(と言う事になっている)蘇我入鹿を討った後の中大兄皇子(のちの天智天皇)が藤原鎌足と共に政治の実権を天皇に取り戻そうとした。それがいわゆる大化の改新です。中大兄皇子(天智天皇)は皇国史観に染まった薩長の遺物共にとっては英雄とも言える天皇の一人です。…が、彼の実像を冷静に見てみると相当ヤヴァイ御方である事が明らかになってきます。はっきり言って彼が殺した蘇我入鹿など軽く上回るほどの悪党です。そんなわけで今回は中大兄皇子(天智天皇)の軌跡と
黒澤明が1958年に監督した『隠し砦の三悪人』は、初めてシネマスコープ方式のワイド画面で撮った映画で、本作はベルリン国際映画祭の監督賞と国際映画批評家連盟賞、キネマ旬報ベスト・テン脚本賞(橋本忍)、ブルーリボン賞作品賞を受賞しております。貧窮から脱することを願う農民の千秋実(役名:太平)と藤原釜足(役名:又七)は、家を売り払い侍として召し抱えてもらおうと山名藩に向かいます。しかし、秋月藩の落ち武者と間違われた2人は、墓掘りを手伝わされた後、体よく放り出されてしまいます。喧嘩別れした2人
中臣鎌足について何か書いてあったような気がして、井沢元彦「逆説の日本史」を斜め読み・・。まさにこの一族を象徴する逸話が載っていました。なんと中臣鎌足(藤原鎌足)は、「六韜」を愛読していたという。「井沢逆説」によると、この「六韜」、マキャベリズムも真っ青のトンデモ本なのだとか・・。本の中身は、とにもかくにも敵を倒さんがための権謀術策にあふれている。しかも、敵の内部かく乱にフォーカスした書なのです。「六韜」には、たとえば、こんなことが書かれている。「外交使節として隣国か
こんにちは♪くりたまです。先日参拝した談山(たんざん)神社の続きです。『談山(たんざん)神社』おはようございます♪くりたまです。先日、奈良県桜井市にある談山(たんざん)神社へ参拝しました大和七福神八宝霊場のひとつです。鳥居の前にある売店で、豆大福を買…ameblo.jp如意輪観音堂三天(さんてん)稲荷神社の入り口ここから、徒歩5分ほど歩きます。参拝時間は、朝8:30-16:30で、夜間閉鎖されています。な、な、なんだここは?ふらっと山へ入ってみて、びっくり山岳系神様のも
目次/////第一話天岩戸神話の占いの2柱の謎●藤原鎌足と、安井姓●菅原道眞の怨念?●天児屋根命(あめのこやね)と、天太玉命(あめのふとだま)●不思議な藤原氏との繋がり**醒ヶ井と、左女牛第二話菅原と、藤原の不思議なつながり●日置神社の変遷の推測●藤の花との不思議な繋がり●同類の対立と藤の花●三種の神器を守る藤原氏の祖////////////第一話●藤原鎌足と安井姓「読者さん」と言う方から頂いたコメントに、京都の安井金比羅宮が藤原鎌足による創建
はためから見れば、何にもない「畑作地」に見えるが、、、、これが、遺跡だから、大変だ、、、^^;694年12月6日飛鳥宮から「藤原宮」へ遷都飛鳥宮より、遷都この藤原宮に遷都する前の「663年」、、、日本は、朝鮮半島で、、、「日本・百済連合軍」は、「唐・新羅連合軍」に、惨敗した。それまでの「飛鳥京」時代は、ただ単に「宮殿」があるだけの「京」で有った中で、、、唐に負けたことで、唐の長安に似せた都づくりをすることにしたようだ、、、また、白村江の戦いで負けた「百済遺民」も、朝鮮半島