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気持ちよさそうな石製の浴槽。早起きして、暑くないうちの早朝から農作業やガーデニングをこなしたうえで、汗を流し戸外においた石製の風呂を楽しむ・・・なんてちょっと悠々自適というか、風情があるというか、まあひとつの憧れな感があったのです。で、こんな石製の風呂が展示してあるのが、宮崎県都城市にある都城島津邸です。こちらが入口の門入口の門をはいってお風呂の展示してある場所から広いほうに目を移していくと、本宅・剣道場・農芸館・石蔵・都城島津伝承館などを備
昼すぎに鹿児島から身内に不幸が出来たとの連絡が入りました。すぐさま奥さんに連絡を入れ、定時に上がれるのなら神戸発20:20に乗れるからその手筈をしてた最中、奥さんから急患が入り定時に帰れそうもないとのこと。やむを得ず16日7:25発に取り直し。20時過ぎに奥さん帰宅。早朝自宅を出るか迷った挙句、本日ポートアイランドのホテルに宿泊し朝空港に行くことにしました。娘がカレーを作ってくれてたので奥さんそれをかき込んで
今日頂きました🎵焦げないように低温で🎵揚げたて美味しいですね🎵お土産ありがとうございました💕1日1回ポチっとクリックよろしくお願いいたします🎵にほんブログ村
神戸・阪神☆開運占いKAORI(かおり)です。昨夜、鹿児島旅行から無事帰って参りました。初めての鹿児島でしたが、さすが薩摩!歴史ある街。街中の至る所に、薩摩の偉人の銅像や生誕地の案内がありました。そんな旅の最終日は、城山の展望台から桜島を眺めることにしました。しかしその前に、島津斉彬公をお祀りしています照国神社に参拝に。圧倒する大きさの鳥居が目印。島津家の家紋が、印象的な立派な神社でした。参拝のため、主人と拝殿に近づくと、なんと結婚式が執り行われているではありませんか!静か
今夏、思い立って第二の故郷、鹿児島を訪問。議員になって以来、久しぶりの加治屋町、維新ふるさと館へ。知覧特攻平和会館。若き特攻隊員の遺書は涙なくして見られない。日本人なら一度は訪れてほしい。誇りある日本🇯🇵を次世代へ。黒田武志
9月9日(土)薩摩街道保存会の、歩行会西方~阿久根に参加してきました。全行程約13㎞のコースで行われ、参加者30名でした。西方駅8時45分をスタートし、ゴールの阿久根駅到着13時02分でした。実際に歩行して約15キロぐらいは歩いたと思います。しかし、googlemapで距離を測定しましたら、約14kmでした。集合時間8時30分ごろ開会式の様子阿久根大川9時20分頃薩摩大川駅で休憩の様子10時6分頃(
下級武士は殿様と会話できない島津斉彬が西郷隆盛をはじめて登用したのは、嘉永7年(1854)1月です。ペリー艦隊来航という大事件が起きたため、老中の阿部正弘が国元にいた斉彬に早く江戸に戻るよう要請しました。西郷はその供(随行員)に加えられて、初めて江戸の土を踏むことになります。『斉彬「西郷隆盛は評判が悪いから採用!」』で書きましたが、西郷の身分は城下士の最下層だったため、屋敷内では斉彬と直接口をきくことができません。それで、斉彬は西郷を「庭方(庭師)」として採用しました。
薩摩国見聞記ハワード新人物往来社副題が「一英婦人が見た明治の日本」となっていた。明治時代の鹿児島を知ることを期待して借り出したが違っていた。鹿児島はわずかしか出てこない。著者ハワードは島津家の家庭教師だった。「王様と私」とか「サウンドオブミュージック」のような感じだ。島津家は彼女が赴任する前から、英式の生活をしていた。子供たちは洋館に住み。洋食を食べ、英語を習っていた。これを仕上げることが彼女の課題だった。このこと自体が驚きだ。島津家はもう藩主ではないが、伯爵として日本のリーダーに
今日の昼もちまき❗️最後の1本でした(^^)薩摩の武士の方々が日持ちするとのことで戦に持って行ってたとのこと…その当時からきなこってあったのかな❓️来年帰るまではもう食べられないかな⁉️ごちそうさまでしたm(__)m
家庭を持つ「新婚さんいらっしゃい!」見ました。🎉(8/6放送)さて、今回放送の一組目は、ロシア人妻が出演されていました。奥様はバレリーナ(バレーの先生)で、物凄く美しい方でした。碧い眼を見れば、吸い込まれそうです。建前を言えば、ロシアの国家、為政者が問題であって、ロシア人そのものには問題はないのだと思います。日本を好きになって、日本人を好きになってくれればそれでいいです。本音で言えば、私は、単なるデレデレしたおっさんです。そして、もう一つの本音。末永く、お幸
島津斉彬の交際リスト、幕臣の筆頭は筒井政憲薩摩藩の史料というのは意外と残っていません。というのも、廃藩置県時に初代県令の大山綱良が藩の書類を焼却してしまい、民間に残っていた史料も西南戦争で鹿児島が焼け野原となったときに燃えてしまったからです。そこで島津家では久光の遺命によって、幕末維新期における薩摩藩の活動にかんする本格的な調査を明治20年代からはじめました。調査の中でもっとも力を注いだのが島津斉彬の事蹟です。そうしてつくられた調査報告の中に、斉彬と親密な交流があっ
我が社の焼酎のひとつ「薩摩自顕流」は、IWSCで賞をいただいています。■IWSCとは?IWSC「インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション」は、1969年にイギリス・ロンドンで創設された世界で最も歴史のあるアルコール飲料専門の品質、味覚競技会です。現在は世界で最も権威のある酒類コンペティションの1つです。「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)」、「サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ(SWSC)」と並び、毎年その受賞結果が世界
鹿児島のお土産を頂きましたお酒好きの私に焼酎と、かるかん。かるかん饅頭|寿屋(stores.jp)かるかん大好き😘
備忘録続きます。もう一つの神宮、鹿児島神宮へ参詣しました。霧島神宮参拝の時と違い、灼熱の参拝でした。厳粛さを感じました。天井が印象的です。籠山、何となくですが根拠を感じます。個人的に気になっている竹内宿禰が祀られていました。思いもよらぬ鹿児島の地で参拝できるご縁に感謝です。続きます!
2023年7月31日--------------------------------------------言い訳の天才か。2022年7月31日--------------------------------------------この考え方はどうなのだろう。いいのかどうかよくわかりません。愛蔵版戦国名将一日一言Amazon(アマゾン)1,894〜3,410円
こんばんは。前回からの続きで鹿児島のお土産紹介♪お菓子編パート2!まずは虎柄包装紙。カッコ良い!薩摩かるかん。包装紙をめくるとこんなお箱。渋い。お箱オープン♪薩摩菓子処とらやさん。かるかん饅頭とかるかんの2種類入ってる♪ますばかるかん饅頭♪裏にカロリー記載あり1個108kcal半分にして小豆を確認!米粉でできているのでもちもち♪次はかるかん♪1個79kcal小豆が無い分カロリー低め。半分にして小豆なし。皮だけ好きな人向け(笑)私は八ツ橋も皮好
英国人が見た幕末薩摩宮沢真一高城書房幕末に薩英戦争と言うのがあった。その後は急速に接近し、薩英同盟と言われるほどの中になり、幕府を飛び越えて、貿易をしたり、人事交流があったりした。もちろん幕府には秘密だ。このことは明治維新に大きく影響しているはずだ。そしてこの本を古本屋で見つけた。残念ながら歴史書ではなく資料集だった。それでも貴重な絵や写真が多数収録されており、ながめているだけで楽しい。今後の調査の参考になる。
私のご先祖様のルーツ…結構気になる(・∀・)というか、随分前から気になっていた家紋の『薩摩十字』歴史のロマンなるものがあってほしい…(笑)という、ささやかな…希望(笑)
(桜島)数日間の帰郷を取りまとめて御報告します。大阪(伊丹)空港で、鹿児島行きの、双発のプロペラ機に搭乗します。太平洋戦争に従軍した亡父が、陸軍航空隊・飛行第8戦隊(99式双発軽爆撃機(搭乗員4名)隊)に属していた関係で、似たような機体を見ると、つい父を思い出します。晴れた空です。宮崎県の上空?墓地で分骨した父母を、菩提寺で弔います。若住職さんは、九州の大学の御卒業ということで、話が弾みました。それぞれ大棗に納めました。今度こそ、京都へ来てもらいます。鹿児島中央駅前「若
(桜島)鹿児島へ帰郷してきました。今回の帰郷で、私の琴線に触れたのは、「鹿児島示現流兵法」のA先輩とお会いした時、本当に、心が震えるような心持ちで、言葉を交わさずとも、何も語らずとも響き合えることに、お互いに感激して涙ぐみながらお話しました。「郷党」とは心を許し合える、何と素晴らしいものでしょう。戦国時代に10倍以上の人数の敵を撃破してきた実績が多々ある薩摩の軍勢。強かった要因は、いちいち指示されなくとも、大将(司令官)の意図を悟れる(気心の知れた)現場の指揮官に指揮判断を
ほんとはウイスキーを買いに行ったんですけどね。なかなか良さそうなのが見つからず。じゃあまあ日本酒とか焼酎も一応見てみようかと思ってね。そしたら遭遇したのでつい買っちゃいました。こいつは麦焼酎の『くろはち』。こっちは芋焼酎の『かたじけない』。どちらも同じ鹿児島県の『さつま無双』さんというところから発売されているようです。なんでもかんでもコラボすりゃいいってもんじゃないぞ!!と思っていたはずがまんまと買ってしまうあたりチョロいです。私はチョロいんです。普段は麦を好んで飲んでいるの
もう相当前にも、一度ネタにさせて貰ったことが有るが、この南九州の薩摩と旧・都城藩地域には、昔からの風習として、『六月灯(ろくがつどう)・・・』と云う催しが、各地で開かれる・・・!ジジイが小学校の頃までは、産まれ在所の小学校区でも、学校近くの氏神神社に、夜、子供等が造った小ぶりに『灯ろう』が吊るされ、それに蠟燭の灯が点されて境内をほんのりと明るく浮かび上がらせると、近郷から散々後々と連れ立って集まって来る大人たちや、灯ろうを拵えた子供たちも集って、お祭りとは違う佇まいが醸される中、境
昨夜は、日奈久温泉の某旅館に連泊しました。設備は古いですが、部屋は清潔で、料理内容も良かったです。温泉にゆっくり浸かり、熟睡しました。二日とも、昼食用にと「おにぎり」を持たせてくれ、感謝です。お世話になりました。「小田浦交差点」に戻り、出発しました。今日も「田浦の街」の「細い路地」を「路面標示」や「木製道標」に沿って、何回も右・左折して進み、やがて国道3号線に合流し「小田浦阿蘇神社」の先で「佐敷峠」へと入っていきます。左に道標があります。ここから、舗装された坂道を登って行きます。
今や、Baseball発祥の地の全米をも席巻する『ShohTime・・・』の為に、朝5時05分に安物TVの、狂い無いTimerSetingに叩き起こされて始まったジジイの一日は、他所様の『熱中症に、ご注意を・・・!』と云う熱さが嘘のような梅雨寒では、外でも適わず・・・。そんな中で、大谷くんの23号(=大リーグ通算150号)を視ながら、専ら、卓袱台の上のPCくんに戯れ遊んで頂くしか無いのだが、実は、けのふ(昨日)のBlogご訪問の際に、静岡県浜名湖近くにお住いの『浜名湖畔礫
今日(日)映画『ザ・フラッシュ』を観た帰り、鹿児島ラーメン・薩摩さんで数十年ぶりに『薩摩ラーメン🍜』を(何時もは焼肉定食)食べました😋薩摩ラーメン🍜¥660(税込)単品焼肉¥660(税込)
二泊三日の鹿児島旅から、先日帰宅しました今回は歴史とはまったく関係なく行ったのですが思いがけなく「薩英戦争」の史跡を目の当たりにしてきました。数ヶ月前の講座で、薩英戦争のことをやったばかり。今度の講座内でちょっとご紹介しますね対面講座は明後日、11日(日)13時半~ですよ(時間が30分早くなりました。ご注意下さいませ)オンラインでは、17日(土)25日(日)です。そして鹿児島では数年ぶりにこちらへも。天文館むじゃき言わずと知れた?「氷白熊」の本家
久々に、ガイドブックに出て来る王道の鎌倉。頼朝の持仏堂だった白幡大明神の脇の階段を上がると…源頼朝の墓。ここが、頼朝の法華堂が建っていた場所らしい。大きな石の五重塔。これを建てたのは、江戸時代後期の薩摩藩主・島津重豪らしい。(ペリー来航の20年前に亡くなっている。)(※島津の御初代が頼朝の御落胤だとかいう噂を利用して、源頼朝は我が先祖だとするアピール=外様大名は幕政に関与させてもらえないが、我が家は名門だというアピールの為。ただし、御落胤でなくとも、鎌倉時代の御家人で薩摩守護を命じら