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10月15日は神山町の御本社での秋祭です。吉例に倣い、御神前に黄菊白菊の菊花と、「ゆりわ」という器に団子を盛ってお供えし、五穀の豊穣への感謝と氏子崇敬者の平安を大神さまにお祈り申し上げました。併せて、本年は当宮の根本神宝の御綱の箱を修理する為、200年ぶりに御箱から御綱を取り出して仮箱へ御奉遷申し上げる神事も執り行いました。当宮の由緒にもあります通り、天神さまこと菅原道眞公が、無実の罪で九州大宰府への左遷の途次、当地梅田に立ち寄られ、満開であった紅梅の花をご覧になる為、船と陸を繋ぐ艫綱
東京見物の続きですやっと(笑)3日目です浅草からタクシーに乗って湯島に着きました湯島天満宮にお詣りしました。お勉強の神様、菅原道真公が祀られています。孫ボン達が心身共に健康でお勉強に励めますように御守りください。その昔ローバーは子ども達が受験の時大阪天満宮に合格祈願に行っていました。沢山の絵馬が吊るされていて我が子と同じ志望校の絵馬を見つけると不安になって焦って慌てて大急ぎで家路についていたものでしたローバーが受験するワケではなかったのにそして最近の晩
元旦に、多摩地区参拝しました。調布駅を降り歩くと!ねずみ男モニュメント鬼太郎と目玉親父一反木綿とねこ娘ぬりかべ激混みでした拝殿布多天神社布多天神社の創建はあまりに古く定かではありませんが、延長五年(927年)に制定された「延喜式」という法典にその名を連ねる、多摩地方有数の古社で、社伝によれば第十一代垂仁天皇の御代、約1940年前の創建といわれております。文明九年(1477年)に多摩川の洪水をさけ、古天神というところより現在地へ遷座され、その
鎌倉市主祭神菅原道真公1104年、晴天の空が突如暗くなり、雷雨とともに天神の画像(巻物)が降ってきたため、里人たちが恐れおののき、社殿を建てて祀ったのが始まりとされています。その後、1180年に源頼朝公が鎌倉へ入り大倉御所(幕府)を構えた際、幕府の鬼門(北東)を守護する神社として社殿を造営し、篤く崇拝しました。福岡の太宰府天満宮、京都の北野天満宮とともに「日本三古天神」の一つに数えられる、関東屈指の「学問・創造・心願成就」のパワースポットです。境内には、1104年の創建当時からそびえ
日本の歴史は、古代から日本列島のみで展開していると思っている人にこそ、この本を読んでいただきたい。古代の日本の歴史に出てくる人物たちの多くが、実は外国に出自を持っている。YouTuberの考え方の学校のヨシさんもそのような考えの人ですが、ヨシさんは中東まで出自を遡り、中国や朝鮮半島はあまり重視しません。昔、原田代表(原田武夫国際戦略情報研究所)から聞いたのは、日本の本当の歴史は今回のタイトルの通りだということ。東アジアの歴史、特に大和朝廷(大和朝廷の時代は東国は別の国だったので、あえて大
こんにちは!椿誠司です。一昨日は、九段下の築土神社に伺いました。正面の大鳥居をくぐって参道を進み、拝殿でご参拝最後に、世継稲荷神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いしましょう!誠司🌍
福猫守を拝受!榴岡天満宮(つつじがおかてんまんぐう)2026.9.18(金)まだ1ヶ月も経ってないけど、あらためまして、榴岡天満宮に行ってきました鳥居で一礼八幡神社・庚申社妙見宮秋の天神祭いよいよ来週なんですね手水舎が撤去されて、工事中になっていました工事の人に聞いてみたら、年内いっぱいかかるそうです。撫で牛さん唐門参拝させていただきます御祭神菅原道真公優の丑勇の丑授与所の開いてる時間に、お詣りすることができました!一番上の段に並ぶのが、「
護王神社にお詣りしたあと、聖アグネス教会をみてみた立派な教会が見えます平安女学院も2028年度から男女共学化するみたいですこれからは「平女」とは言えないですねこの教会は誰でも入ることができるそうです試しに入ろうとして覗いたら人がいっぱい座っていてミサ?が行われているみたいです入るのを辞めました煉瓦造りの建物は良いですねお隣の菅原院天満宮神社へこちらは牛さん本殿「かしこくなりますように」梅丸大明神さんと和融稲荷大神さんにお詣り菅原道真公産湯の井戸仁丹看板がありました
瀬戸内レモンオフ会の2日目です。強化合宿なので朝は早い。皆5時起きで、朝活スタートまずは、ベルさんお手製のレモン生姜湯で目を覚まします。朝日を見に出発!波が穏やかだからか、光の帯の素晴らしいこと!少し観光です登ります。少し、はぁ~はぁ~頂上からの風景。素晴らしいです。瀬戸内の島々や四国です。御手洗地区へ。菅原道真公が太宰府に流される途中で立ち寄り、手を洗った井戸があることから御手洗と名付けられたそうです。
推しの舞台の翌日から福岡出張でした。『推しの舞台観に行けました!!!』どうしても行きたかった推しの舞台『IMPACT26』、チケット全く取れずで諦めきれずに毎日販売サイトと睨めっこしてましたが、無事観劇できました✨✨同行とい…ameblo.jp実は福岡出張の朝、半覚醒状態のときにとある神社の映像が鮮明に見えたんです。それは、福岡にある恋木神社⛩️実は10年前に当時大好きだった光一くんの舞台を観に福岡遠征した時に訪れたのが恋木神社でした。『宇宙銀行宛領収書でEndress
令和8年10月11日(日)葛井寺から道明寺天満宮へ向かう。近鉄藤井寺駅⇒道明寺駅へ。徒歩5分。葛井寺も道明寺天満宮も駅チカである。〈近鉄道明寺駅〉大坂夏の陣道明寺合戦記念碑。この辺りは、大坂夏の陣の合戦があった場所である。大坂方の後藤又兵衛らが討死した地とされている。駅前にある道明寺歴史年表。今日は、道明寺天満宮の祭礼だった。山車が町衆に勢い良く引かれていた。子供も参加している。河内の方は暴れ山車のようだ。商店街を通り抜けて行く。「登り窯」(復元)がある。古代にこ
今回はJR山陰本線の園部駅にまずは徒歩13分の所の生身天満宮へ生身天満宮【いきみてんまんぐう】生身天満宮は菅原道真公が左遷を命ぜられた延喜元年(901年)に、武部源蔵自らが菅原道真公の御木像を刻み、生祠(いきほこら)を建てて奉齋したのを創祀としています。延喜3年(903年)2月25日空しく無念にも菅原道真公が大宰府で薨じられたため、この生祠を霊廟と改め、途絶えることなく日々神忌に務めていました。菅原道真公の没後は、都で次々と凶変が相次ぎ治まる気配が全くありませんでした。菅原道真
みなさん、こんばんわ!おはようございます、こんにちわ☀️今日は茨城県結城郡八千代町東蕗田に鎮座する「東蕗田天満社」をみなさんにご紹介したいと思います📓🖋️✳️東蕗田天満社✳️古くより「小字本田に小祠あり(口傳)」と伝わっており、当神社は現在の処より北にあったといわれています。✳️参道✳️また、近くに「成就寺」という寺があり、蕗田家の大祖である「元法印正善」は、住職と神官を兼ねていました。✳️二ノ鳥居✳️その後の代の「法印善海」が「東蕗田の地に菅原道真公をお祀りするお社を造るよ
東急田園都市線「用賀駅」から歩いて5分ほど。住宅街の中にある用賀神社へ参拝しました。石鳥居をくぐって階段を上ると、駅近とは思えないほど静かな境内です。大きな木々に囲まれ、落ち着いた雰囲気でした。この日、特に目を引いたのが花手水。色とりどりの花が浮かべられ、境内の素朴な雰囲気の中で華やかなアクセントになっていました。御祭神は応神天皇・天照皇大神・菅原道真公。菅原道真公といえば「学問の神様」として知られていますね。東京の街歩きでは、神社の御祭神を確認してみると、その土地の歴史や信仰が見
少し前になりますが、とあるお願い事があり、久々に湯島天神へ足を運んできました。実は「湯島天神」というのは通称で、正式名称は「湯島天満宮」といいます。2000年に改称されたそうです。子ども達や甥っ子の大学受験の際、合格祈願に行った場所。今回「ガイド目線」で改めて境内を歩いてみると、違った発見がありました。アクセスはメトロの湯島駅からすぐ。JR御徒町駅からも歩いて8分ほどだそうです。御祭神は、力の神様である「天之手力雄命(あめのたぢからおのみこと)」と、学問の神様「菅原
本日、晴天!雲一つない大宰府駅観光案内所大宰府駅の正面左に行くと駐車場右に行くと参道大宰府天満宮右手に案内所あり修学旅行などの団体が多い朝早くからこんなに来るんだ(写真は消しましたが・・・)太鼓橋漢字の「心」を象った池に架かる御神橋└心字池に架かる三つの橋は、それぞれ過去・現在・未来を表している。橋を渡ることで心身を清め、御神前に進む。
菅原道真(すがわらのみちざね)845年8月1日生まれ903年3月26日死没平安時代の学者、漢詩人、政治家。著書には自らの詩、散文を集めた『菅家文草』全12巻。大宰府での作品を集めた『菅家後集』編著に『類聚国史』がある。六国史の一つ『日本三代実録』の編者でもある。忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、右大臣にまで上り詰めたが藤原時平(ふじわらのときひら)の陰謀によって大宰府に左遷され、903年に現地で死去した。(享年59歳)死後は「怨霊」とな
まいどおおきに!Hola¿Que’tal?!こんばんは¿調子どうですか?今回の人事異動は失敗やな店長が変わって大きく流れが変わった一人人員増えてるのに今日何か1号館にはレジの高校生のバイト1人だけうちの主力戦力はパートのあ姉さんのスリートップやねサッカー言うたらクリスチャーノ・ロナウド、メッシロナウジーニョやねワシが後ろでイニエスタの役でキラーパスを出したいディフェンスが居てない
こんにちは!椿誠司です。一昨日は、蔵前駅近くの藏前神社に伺いました。石鳥居をくぐり、拝殿でご参拝最後に、福徳稲荷神社でご参拝をしました仕事の近況を報告してから、感謝の気持ちをお伝えしました読んでいただき、ありがとうございます。このブログがいいな!と思ったら、「更新情報はコチラから受け取れます」感想やメッセージもいただけると励みになります。それでは、またお会いしましょう!誠司🌍P.
こんにちはスタッフの久野です先日、大阪天満宮にお参りに行った日大阪天満宮大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)の公式ホームページです。大阪天満宮は、菅原道真公をお祀りした神社であり、市民の皆さまからは「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれています。毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りとして有名です。osakatemmangu.or.jp突然の雨が・・・雨宿りしようと商店街の外れに素敵なカフェがカフェトキオナ(大阪天満宮/カフェ
『北野祭還幸祭@上七軒その1』今日は北野祭の還幸祭でした。上七軒で御旅所におられた御神輿が北野天満宮に戻ってこられるのを待ちました歌舞練場北門の前あいにくの雨の中行列がやってきました宮本っ…ameblo.jp『北野祭還幸祭@上七軒その2』『北野祭還幸祭@上七軒その1』今日は北野祭の還幸祭でした。上七軒で御旅所におられた御神輿が北野天満宮に戻ってこられるのを待ちました歌舞練場北門の前あいにく…ameblo.jp行列は続きます。(お稚児さんは白塗りのお化粧をなさっているので、その
昨日のバスボム作りは無事に終わりました。合掌🙏そして、今日はチーバくんの鼻先に行ってました😆本当の鼻の先の先は『茨城県猿島郡五霞町』だってご存知でした?私は今日知りましたよ🤯さて、『秩父札所6番向陽山卜雲寺荻野堂』『vol.1300秩父札所8番清泰山西善寺』『横瀬町にて。』『横瀬町へ。』9月25日(金)この週は『駅からハイキング』横瀬の道の週です。土日…ameblo.jp⇧の続きです。札所7番青苔山法長寺です。牛伏堂とも呼ばれています。
こんばんは、春木春日神社へ。九頭神神社。拝殿。春木戎神社。神馬。菅原道真公が気になって大阪天満宮かなと思ったけど、九頭神神社(菅原道真公)が思い浮かんだのでお参り。大阪天満宮の分霊です。天皇陛下が大阪に来るというポスターありました。今日もありがとうございました。
飯野川亀ヶ森八幡神社(宮城県石巻市)『いいのかわかめがもりはちまんじんじゃ』と読む飯野川亀ヶ森八幡神社は、永保・寛治(1083年―1087年)に北上川沿いにある亀ヶ森の山頂に勧請されたと伝えられる神社であり、主祭神は『誉田別尊』『倉稲魂神』『菅原道真公』のようです▼神社入口▼▼一之鳥居▼▲板碑▲▼社号標▼▲扁額/参道▲▼板碑/忠魂碑▼▲参道▲▼案内図▼▲表参道碑▲▲▼参道(石段)▲▼▲遊歩道▲▼参道(石段)▼▲魚魂碑▲▼扁額/二之鳥居▼▲▼参道▲▼
長野県松本市深志に鎮座します深志神社です。「深志」という名前は松本深志高校という高校名で耳にしたことがあり(確か県内有数の進学校?)ますが、松本駅東側一帯の地名を深志と呼ぶらしいです○深志神社・主祭神:建御名方命、菅原道真公・住所:松本市深志3-7-43建御名方命の夢をたびたび見ていた信濃守護の小笠原貞宗が戦勝に感謝し建御名方命をお祀りしたのが始まり。後に天神様を勧請したようです。神社の歴史は四柱神社よりもずっと古く、松本城の鎮守として地域の崇敬を集めてきたとのこと。旧社格は県社
落雷で傷害を負った音響スタッフさんは仮眠している所をスタンガンで襲われたのか?雷神菅原道真公とは関係ない!
天の怒りが落ちてきました。菅原道真公の祟りかも知れません。子どもの頃から勉強もせず、天神様へのお参りだけで御利益を授かろうとしたバツでしょう。くわばらくわばら。
なごみブログへようこそ🌿なごみ整骨院受付です💁🏻♀️太宰府天満宮の奥に行ってみましたよ💨こちらは「梅の種」納め所中を覗くと梅干しの種が入っていて梅の香りが😳天神さまが宿ると言い伝えられている梅の種を粗末にしないよう納められているとか??お次は野見宿袮碑野見宿袮は菅原道真公の祖先にあたり、我が国における相撲の神様✨前にある力石は江戸時代若衆が力自慢したものだとか。松竹梅で重さが違うそうです💪俳人荻原井泉水の石碑がありました。「くすの木千年さらに今年の若葉
はい!というわけで前回の続きです!書き忘れましたが;、前回は南武線の西府駅で降りております~。――そう。夫氏、電車のフットワークが大分軽くなりましてねっ。好機なのでw、某方様にずっとご推薦もらっている大國魂神社も近々行くと思いますわよ(予定の目途は立ってるので!!)今回梯子したのは、同じ南武線で駅近な神社。私の実母の実家が在った所でございます幼い頃は毎年田舎へ帰省という感じに、訪れておりました。夏のお祭りに合わせて行っていた記憶。まさかウン
前回の続きの記事になります。宗像大社で三女神と過ごした翌朝。向かったのは、太宰府天満宮。この日は午後から大分で次の予定があるため、10時には太宰府を出発する予定。朝早く、まだ人も少ない境内へ入りました。前日の宗像大社とは、また違う空気。そしてまずは、道真公のもとへ。道真公に、ご挨拶御神前で祝詞を奏上し、静かにご挨拶をしました。私の感覚では、道真公は、ちゃんとそこにいらっしゃいました。宗像の三女神とは、また違います。人柄のよい、ニコニコとした、とても包容力のあ