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玉置妙憂さんを聞いてからいまだ余韻に浸っている医学では死とは心肺停止、瞳孔反応がない、呼吸が止まるということになっているが、明確な定義はないと言われるしここだという“一点”の話ではないと思う玉置妙憂さんのおっしゃったことをまとめると死とは起こるべくして起こるプロセスという表現になるかもしれない生と死の境界線があいまいになりつつある昨今大切な方が“人生の到着地点”に立とうとしている時何をどのように対応していけばよいのか、そこに日ごろから何を考えて生きていくのかと
우와~ごっつええ政府やお金くれるんや〜そう思ったそこのバカこれは日本政府の国民マイナンバー紐付け奴隷化作戦なんですよ!以下正常な日本国民のコメントこの記事見て流石に奴隷感覚麻痺状態の国民でも薄々これはオカシイと気が付いているのであるここの国は識字率は高いが、読めるだけで意味を理解できない国民が99.9%居るのだ。2020年、東京五輪と共に日本やアジアは臨終の道を歩む事になるだろう。
マーヤのひとりごと臨リン上から見るさまだったら…臨終は終わりを上から見るさまのコト死忌み嫌われているけれどホントは違うと思う誕生も臨終もあちらとこちらを行き来することば同じコト???https://www.instagram.com/p/B1xCnRrjXr3/?igshid=102v2nt7zb9djからだのおそうじ工房サイのゆんたくでセラピーでは死生観についても語ります看取りは?あなたらしい看取り一緒にゆんたくしましょうわかると怖くない
今日、(あ、日付かわってる、昨日か。)犬さんが亡くなって、お姉さんには即座に連絡したものの、私の近親者にも連絡したものの、家族葬だからいいんだけど、そのあと多少あれこれあり。まずは直前までお世話になった会社に連絡。年賀状の、さにゃにゃんの親族ではなさそうな方に連絡(いたよ、ヒトカタ、さにゃにゃんの姪のだんなさま(・・;))←一昨日四十九日の連絡の時に判明(・・;)あーーー。気を使っても、使えてないというか。。。きいてないから、無理っちゃあ無理。昨日きてくれた人は、直前まで働いて
今日はすっかり秋の兆しの午前です。昨夜は某ライブハウスでジャズを聴いていました。父の最期の知らせを受けたとき、実は私はその同じお店でジャズを聴いていたのです。2月13日。お見舞いは一日おき、と決めていました。前日のお見舞いの日父はいつもと変わらず。せん妄もなんとか落ち着き(落ち着かせ)、上機嫌の父は帰りがけに筆談ボードに、「2/14。ウィスキーボンボンが食べたい」と書きました。水すら口にすること禁止の父に、どうしようかと思いながら、バレンタインのお見舞いを予定していました。ファー
仏さまのお話の伝え手渋谷規子です。朝晩、だんだんと涼しくなってきて秋の気配を感じますね。こんな相談を受けました。「もっとプラス思考になれ!」と言われたんですが、どうすればいいのか?彼女は営業部に配属になって8ヶ月なかなか成績が伸びず悩んでいる様子。上司の指示を聞き、行動するがお客様からの忙しい、時間がない、お金がないを素直に受けてしまい結果につながらない様子。そして上司に言われた言葉が「もっとプラス思考になれ!」彼女は、よく言えば慎重で真面
臨終を在宅で看取る家族に向けての説明の中で、一番印象に残ったことは。「日常の中で看取る」病院で亡くなられる方が多い中、在宅で看取るというだけで、力が入ってしまう。私の場合は単身で父の家に泊まり込んで介護をしているので、もうその時点で私の「日常」からはすこし離れてしまってますが。ですが、気持ちだけでも日常として考えていこうって思った。昔は「生まれる」のも「亡くなる」のも日常の中に存在していたんだよなあーって。父にずっと付きっ切りでいることが日常ではないな。それぞれがそれぞれの日常を
今日、訪問看護師さんから説明を受けたことは、「臨終を在宅で看取るために」という資料の説明だった。在宅で臨終を看取るというのは、介護者に大きな不安があるから、それを少しでも軽減できたらという配慮。身体、家族や親戚、本人、訪問看護師、医師などに対して、何にどのようにすればいいのかが書いてある。その場に直面したら、パニックになって戸惑うものだと思うけど、すこしでも情報が入っていたら、多少なりとも心強くなるであろう配慮。これから起こり得る体調の変化と対応のポイントはとても大切なところ。そし
50死を悼む自分が年をとったからか、知っている人が死んだと言うニュースが増えた。それは30年生きていれば当然のことだ。当然葬式に出ることもある。大往生で笑って済ますもものもあれば、早すぎる、子供が小さい、あまりに自分に近いなど悲劇的なものもあり、死んでも残る記憶思い出の類には一定の敬意を払いつつ、それでも自らの死には圧倒的な恐怖を感じる。眠る前の時間。寝室でスマホも手放しいよいよ寝るかというタイミングで考えることやあとは寝るだけだという安心感は実は結構幸せ。眠れなくて焦ることもあるし、でも少
FBのお友達より著者・岡元錬城[日蓮のことば365日]より引用【八月二十日】「悲しい哉(かな)、皆正法の門を出(いで)て、深く邪法の獄(ごく)に入(い)る。愚かなり。各(おのおの)悪教の綱に懸かりて鎮(とこし)へに謗教(ほうきょう)の網に纏(まと)わる。此の朦霧(もうむ)の迷い彼(か)の盛焔(じょうえん)の底に沈む。豈愁(あにうれ)えざらんや、豈苦(あにくる)しまざらんや。」[立正安国論]226「世には、さかさまごとが多い。眼があっても正しく見ず、耳あっても正
続きです。6月30日午前1時半。くぅちゃんがえずいている声が聞こえて目が覚めました。くぅちゃんの元へ近寄りましたが落ち着いている様子だったので一旦素通り。この日はそれほど気温が高くなく、パパの帰宅後はエアコンを止めていたので湿度が高くなって具合が悪くなったのかと思い除湿運転を再開させたんです。そしてまたくぅちゃんを覗き込みましたが部屋が暗くて全く見えなかったので玄関に置いてあるライトを取りに行きました。ライトを点けてくぅちゃんを見ると横に
夜になってチビたん妹が号泣しだした。パパが死んだ事が悲しいらしい。もう会えなくなるのが寂しいと言う。4歳の子でも、犬でも「死」というものを理解できるのだとビックリ。就寝準備だんなの隣に布団を敷いた。誰が、だんなの横に寝るのかチビたん妹が譲ってくれない😥おまけに、臨終の時に立ち会わなかった犬までもだんなの横を陣取ろうとしている。まさに争奪戦😫結局、チビたん妹に譲ってあげた。チビたん妹が寝入ると上の犬が真横に寄り添った。それから、ずっと…今も。何?見張りし
最近、少し‥心身共に落ち着かない状態だった。暑さのせい?それとは違う‥。心がざわつく感じ沖縄の方言では『チムワサワサァ〜』そんな時に思い出したのが、去年受けたあるセッション。自分の『臨終』の時を‥観る。内容を伝えてくれるのではなく、自分で観て状況を語る。えっ!!そんな事を出来るはずがないそう思った‥気持ちを楽にして目を閉じたら‥👀勝手に自分の行動が映像で見えてきた。見えたというより、そこに居た。それが真実なのかそうでないのかは分からない‥変な話だと思ったら
阿弥陀仏は、私達の苦悩の根元は、無明の闇であると見抜かれ、それを一念で晴らし、大安心の幸せに救う、と約束しておられます。救われるのは、生きている平生であり、死んでからではありません。そこは、誤られやすいところですね。私も、浄土真宗の教えを知るまでは、死んだ後の極楽往生を教えたのが、法然上人や親鸞聖人だと思い込んでいました。なんとなく、でなく、教科書や専門書に書いていましたから。しかし、親鸞聖人や蓮如上人の原典を読めば、平生に救われる教えだとはっきりしているんです。また、平生に助からないと、
『浄土真宗浄土真宗では基本的にお盆の迎え火を焚くことはありません。「臨終まつことなし、来迎たのむことなし」という親鸞聖人の教えにより、亡くなった人はすぐに極楽浄土で往生するため、家に帰ってくることはないと考えられているからです。浄土真宗ではお盆の時期に霊を迎えることはありませんが、盆提灯を飾り、仏様とご先祖様に感謝をささげます。』と言われていますが、お墓詣りをしてお迎えしました。大好きだった果物をたくさん飾りました。
2019年8月11日午前6時前。祖母が入院している病院から連絡があった。「容体が悪くなったので、病院に来て欲しい」旨である。排尿、洗顔を済ませ、急いで病院へ向かう。午前6時45分頃に病院に到着し、看護婦さんに案内してもらう。祖母がいる部屋に入ると、速く浅い呼吸をしている。横に設置されている血圧計の機械を見ると、上が50、下が25と表示されている。医者は「現在、辛うじて心臓が動いている」とコメントし、立ち去る。数分後、呼吸のテンポが緩くなる。数秒の間隔
今日は、住ませて頂いている寺務所が、バザーの展示で、賑やかになりました(^O^☆♪早速、お米とぬいぐるみを買いましたよ(^^)買い物も落ち着き、皆さん少し落ち着かれたので、せっかくだから、浄土真宗で教えられる「心の臨終」について、話しました。こんなお言葉があります。「しかれば平生の一念によりて往生の得否は定まれるものなり。平生のとき、不定のおもいに住せば、かなうべからず。平生のとき、善知識の言葉の下に帰命の一念を発得せば、その時をもって娑婆の終わり臨終とおもうべし」平生とは、生きている
そして看病♡は旦那である父が仕事やめて病院送り迎え買い物してたしさ♡独りじゃないやんいつも誰かと一緒やん❣️でみんな優しいやん口では喧嘩っぽく話してたけどなかなか仲良かったんちゃうん?その証拠に臨終前に父はあやの~~~って呼んだで❣️初めて聞いた父があやのって呼んだの聴こえてたやろ~~~…………世の子どもたち母親は結構あれでも幸せです
今日は告別式に参加する。奥さんの方から近づいて来る。「夫があなたの踊り講習会に行けなかったので、8日薬師に教えてもらうのやと言っていました。」と話しかけて下さる。急なことでなぐさめの言葉も見つかりませんと応えて頭を下げる。何の前触れもなく逝かれ、臨終の言葉もかけられずあっけない最期だったようだ。淡々と葬儀が執り行われお別れとなる。仕事も出来る人だったので10年は頑張って欲しかったと言う声も聞かれた。
[追読人間臨終図鑑]歴史の偉人たちの臨終(死に際)が漫画1ページにまとめられた内容です。この人の最後ってこうだったんだとかっこいい人もいればあっけない人もいて、楽しめました。紹介します。#ピタゴラス豆に関するよくわからない言葉を残した#孔子死に関する信頼できる記録なし#釈迦信者が捧げたきのこが原因#キリスト異教徒には理解しがたい#李白最も人気がある詩人の一人#楊貴妃さらしの布で絞殺された#藤原道長化膿性炎症でなくなった#ダンテ神曲は死の直前に生まれた
著者・岡元錬城[日蓮のことば365日]より引用【七月三十一日】「日蓮幼少の時より仏法を学し候(そうらい)しが念願すらく、人の寿命は無常也。出(いづ)る気(いき)は入る気(いき)は待つ事なし。風の前の露(つゆ)、尚(なお)譬えにあらず。………されば先(まず)、臨終の事を習(なろ)うて後(のち)に他事を習うべし。」[妙法尼御前御返事]1535「日蓮十二歳清澄寺に登って仏教の修学に着手。四年後の十六歳、髪を剃りおとして出家、是聖房(ぜしょうぼう)と名のる。登山に
往生には、2種類あります。「臨終往生」と「現生往生」です。「臨終往生」とは、寿命が尽きてあの世に行くことです。「現生往生」とは、生きたまま仏になることであり、「さとり」というものですね。生きたまま「仏になる・さとる」というと、何か難しいように聞こえますね。でも、大事なことだと思うのです。多くの人は、寿命が尽きて死ぬ間際になって、「若い時に、あれをやっておいたらよかった」「あれをやっていないので、まだ死ぬわけにはいかない」などと思うわけです。もう、やり直す時間がない状態なのです。
平成臨終図巻読んでみました夕刊フジの人気連載「ドクター和のニッポン臨終図巻」を大幅加筆医療情報も加味して書籍化亡くなって記憶にも新しい一流スターや文化人が魅せた「命の煌めき」を深く語る著者の長尾和宏先生は尼崎市在住のホスピスや在宅ケア尊厳死についての活動を広くされている先生です一人見開き一ページですから到底語りつくせませんが亡くなった方が病とどう向き合ってきたのか医師の視点から分かりやすく書かれています私が「急に亡くなった」と思っていた
もうすぐ、ダディの5年目の命日です。今の時期は、色々あり過ぎた時期なので、ふと時間が空くと、当時のことをたくさん思い出します。「一日でいいからダディよりも早く死にたい。出来れば、ダディの腕の中で。」元気な頃、そんな話をした事がありました。そんなに夢のような最期なんてないとは思っていましたが、まさか、ここまで早く死に別れる事になってしまうなんて、露ほども思ってもいませんでした。私の願いは一ミリも叶わず、ダディが息を引き取ったのは、私の腕の中でした。思い描いていたような、“優しい別れ”とは程遠
ひまわりのように真っ直ぐな言葉は、胸に突き刺さります。きっと、それは誰しも同じなのではないでしょうか。途中で負けたっていいじゃないの。次に備えればいい。最後に勝てばいいんだから。自分の思い通りの人生を、送って来た人なんているのかい、くらいに考えてさ。人生の途上ではなく、最終コーナーに入ってから、「私は生ききった」と、そう実感できればよい。臨終に、その人の生き様が
明日の七夕は3年前に亡くなった父の誕生日7月7日生きていたら、ちょうど77歳✨亡くなる約1年前に胆管癌が見つかるまで元気すぎるくらいに元気な父だった。そんな父が思いもよらない病気になり大手術のお陰で一旦持ち直しはしたけれどやはり癌の出来た場所が悪く術後半年で転移が見つかった後は主治医の先生の余命宣告どおり半年で逝ってしまった。胆管癌という耳慣れない病名を聞いてネットや本で色々調べていた私は奇跡を信じつつ症状
お葬式をしてはいけない日義母が亡くなり葬儀の準備の際に一番苦労したのは・・・お葬式の日取りでした。私自身のイメージでは、お通夜が臨終の当日か翌日の夜でお葬式はその翌日。本葬儀の後、そのまま荼毘に臥されると思っていました。ですが、実際には・・・昨今、日本では高齢化が著しく多死社会となっていて、火葬の施設が足りない。ですので、火葬場の空き状況に合わせて待機期間が発生することが多く、火葬に合わせてお葬式のスケジュールを組む。つまり、葬
死を考えるヒント。★ケアカウンセリングでは、個体の死ではなく、関係の中でどうその死を受け入れ止めるかを検討します。(品川語録)★悟りとは、如何なる場合でも、平気で死ねる事かと思っていたのは間違いで、如何なる場合でも、平気で生きている事であった。(正岡子規)★たくさん経験をして、たくさん苦しんだほうが、死ぬときに、ああよく生きた、と思えるでしょう。逃げていたんじゃあ、貧相な人生しか送れませんよ。(瀬戸内寂聴)★一粒の麦が地におちて死ななければ、それはただの一粒のままである。しかし、もし死
今日午前11時過ぎ急変を知らせる電話が病院からかかりました。10分後には病室にいた旦那と私、主治医が駆け付け臨終を告げられました。本当に眠るように息を引き取りました。伯父さんの遺言通り、粛々とお見送りをしたいと思います。ピーちゃんへの形見分けです。
2003年。16歳の少女ジェイミーの祖母は、臨終の間際にある重大な秘密を告白し、家族は崩壊の危機に陥ってしまう。実はジェイミーの祖父は、本当の祖父ではなかったのだ。そんな中、ジェイミーは教会で出会った司祭見習いの男の子ルークと親しくなるが……。