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インターン制度撤廃を求めることに端を発した1960年代後半の医学部闘争では、「(封建的な)医局講座制解体」「(若手医師を搾取し縛り付ける)博士号ボイコット」を掲げ、次第に医療の在り方そのものを問うようになりました。それは医学教育が実学教育で、卒後の仕事と直結した教育だからという側面は間違いなくあるのですが、他の学部でも闘争の中で自分の生き方の足元を見つめ直そうとした人たちはたくさんいました。大学の現状に失望して/自分の人生を見つめ直して、中退する人もたくさんいました(医学部ではほとんどいま
もともと同調圧力が強いと言われるお国柄です1)。学生たちは、表面的な「仲良さ」を一番大切にしているのではないかと感じることはあります。(〈2025.12.27「文化が違えば、心も違う?」〉にも書きました。)研修医採用試験のグループディスカッションでは、「この課題文の言うところには問題があると思います」とまず言う学生が多かった(そう感じられるような問題を出していましたから当然です)。けれど、ディスカッションの際には、他の学生の意見によってその主張はぐらつきます。よく言えば、自分の意見
テレビで「選挙が民主主義を行使できる唯一の機会だから」とアナウンサーが言うのを聞いて驚いたのは、もうずいぶん前のことです。(〈2024.2.1〈「もう2月」〉にも書きました。)投票の結果が制度的に適切であれば、その政権から出される政策には従うしかない(従うべきだ/協力すべきだ)という考えは、民主主義とは正反対のものです。このような言葉に出会うと、敗戦で与えられた(人民が闘い取ったものでない)ばかりに、この国では民主主義は定着しにくいのだなと思います。(〈2026.1.29「植民地主
「そもそも、総理大臣に反対意見を言うのは、どうなのかな」「政権に批判的な学生を『空気をよめていない、かき乱しているのが驚き、不愉快』」と言う学生(それも政治学科の学生たち)がいたと白井聡さんが書いていました。(「大学における「自治」の危機」斎藤幸平+松本卓也編『コモンの「自治」論』集英社2023所収)(同じようなエピソードについては〈2023.1.25「医療現場のポリティカル・コレクトネス」〉にも書きました。)学生の、権威(教授)や「正論」に対するある種の「抵抗的/挑戦的」ポーズか
この発言をした人は、別の場で「医療者から聞く話によりますと、患者さんの負担が上限額にとどまるということで、いとも簡単に高額な薬剤を使用する医師がいる」「ある薬局の方から連絡がございまして、患者さんの中には自分が一体どれだけ高額な医薬品を使っているかという自覚がなくて、患者さんの言動からおかしいと思って調べたところ、服用せずに捨てていたという方が自分の薬局を利用している方だけでも複数あった」「高額療養費制度の使用目的で留学している外国人の存在があるということも聞いております」と言っています1)。
「いま、高額療養費制度が「空気」のようになっていると思います。制度が始まったころは、いったん3割などの自己負担額を窓口で支払い、その後に上限を超えた額が戻ってくるしくみでした。このため、制度を利用している実感がありました。現在は上限額までしか窓口で請求されません。自分がどれだけの医療費を使っているのか、自覚しにくくなりました」という記事(朝日新聞2025.11.1)を読んだとき、私は戸惑いました。発言している人が患者を「支援」する団体での活動を続けている人なので、その前後にもっと患者
さて、選挙の結果が色々と出ているみたいですが遮断して、1月の月末に人間ドックを受けてきたわけです結果はいつもの通りなーーーーんにもなく、正にパーフェクトと血液以外はネ血液はね、毎回これも同じで「貧血」と言われちゃうんですよただ血が足らないんじゃなく赤血球数が少ないんですな。これもいつもの様子見で、今回の人間ドックは大学時代の友人のいる個人医院でのドックだったので、一応連絡しておいたら、折り返しあって友人Nはドックの担当ではないらしく会えないが、後日会いたいとのことだった
こうは書いてきたけれど、「疚しさ」「後ろめたさ」「衒い」を込めた言葉を政治の世界で発信することはきっと難しい。言葉を選ぶしかないと思いますが、それも容易ではなさそう。自分の信念を譲る必要はないと思います。けれども、自分の言葉や態度が相手の立場でどう受け取られるかを考えて言葉や行動を選ぶことは、政治家でなくても求められるはずです。それは媚びることでも謝罪を続けることでもありません。台湾の歴史から目を逸らさず、台湾の人たちの心に思いを馳せる言葉があると思います。国家間の歴史も大
お久しぶりです。アメリカでインターンとして勤務を始めて、半年ほどが経ちました。今回は、ACGME-accreditedプログラム在籍中にTemporaryECFMGCertificateの期限が切れそうになったという、かなりニッチなトラブルとその解決方法について共有したいと思います。ネット上に情報が少なかったため、同じ状況に直面する方の参考になれば幸いです。ECFMGCertificateとは?InternationalMedicalGraduate(IMG)がアメリカで医師として
中村安秀さん(小児科医/大阪大学名誉教授/日本WHO協会理事長)は、「日本におけるダイバーシティ推進社会の次世代の担い手の一人として、国際ジュニアに期待して」いると言います。「日本と外国という2つの文化や言語を修得している子どもや青少年の潜在能力は高いです。」(「ダイバーシティ推進社会の子どもを理解するために」チャイルドヘルス28.112025)「日本人ファースト」などという言葉とは全く異なる次元の未来にむけて、着実に歩いている若い人たちがいっぱいいるのだと思います1)。アメリカ
灘中学校の国語の入試問題で、ガザのパレスチナの子どもの詩が2篇出題されたことが話題になっています(問題は、たくさんの人がインターネットにあげています)。「教育は、この段階から始まる」というような意味のことを言っている人がいました。このようなことを考えられる(設問に的確に答えられる)生徒を求め、この試験の段階からこの学校の教育は始まっています。それだけではなく、受験したすべての生徒に、今後この過去問を見るすべての生徒に、このようなことを考えてほしいという教育もしているのだと思います。
1930年代に人類学者グレゴリー・ベイトソン1)は「分裂生成」という概念を提唱しました。「人は、他者との対立を誇張することを通じて、自己を定義する傾向がある。たとえば、二人の人物の間に、最初、ごくささいな政治的意見の相違があったとする。この相違をきっかけにして二人は議論を始めた。やがて、議論が白熱し、互いに相手を徹底的に非難し、相手の立場や主張を強く拒絶しているうちに、気がついたら、二人は両極端の政治的イデオロギーの信奉者になってしまっている、ということがある。一方は、極端な市場原理主
人を貶め攻撃することで自らのアイデンティティを慰めることも、匿名の口撃をすることで快感が増すことも(憂さ晴らし/それで事態が動けば更に快感が増す)、誰の心にもあることです。私にも、もちろんあります。自分の主張を「正義」のものとするためには、どのような理屈を作り出すことも厭いませんし、作り出すことは可能です。それぞれに「理」がないわけではありませんし、それを支持してくれる言説もあります。自分の理屈と合わない言説は見ないようにします(「認知的不協和の低減」です)。人を攻撃するのに「
報道番組(BS・TBS「報道1930」)で保阪正康さんが、「自民党は目先の小さいことの改善を行ってきた政党で、この国では「理念」を訴える政党は大きくはならない」というような意味のことを言っていました(正確ではありません)。与党も野党も減税・補助金ばかりを語る最近の政治も、それゆえなのでしょう。そう考えると、首相の所信表明演説では「物価高対策」や「防衛」「積極財政」についてはいろいろ語っても、「平和」「民主主義」「地球環境/地球の未来」「人権」「“社会的弱者”への視点」などにほとんど触れ
ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの「美しく青きドナウ」演奏前の挨拶で、指揮者ネゼ・セガンは「平和を生み出すのは、思いやりや違いを受け入れる優しさです。音楽が私たちすべてを結びつけてくれますように。同じ星に生きているのですから」と言いました。「奈良の鹿を蹴飛ばす外国人」(実在したのかどうか知りませんが)のことを話してもいけないとは思いませんし、現実の政治は「きれいな言葉」に納まりきるものではないでしょう。それでも、「平和を生み出すのは、思いやりや違いを受け入れる優しさです」といった
柴犬との暮らしがもう30年を越しました(今の犬は2代目/12歳)。犬のお蔭で、毎日散歩が欠かません(豪雨の日でも嵐の日でも散歩しているのは柴犬が圧倒的に多い)。おかげで、高齢者である私には程よい運動になっています。犬に介護をしてもらっていると実感する日々です(老々介護です)。それに、同じマンションで犬を飼っている人たちと知り合いになり、散歩でもたくさんの人たちとお知り合いになれました。散歩はたいてい決まった時間にする人が多いので、いつしか犬連れの「お集まり」が公園でできるのです
明けましておめでとうございます。77歳の1年も、特に感慨もなくあっという間に終わってしまいました。本当はあっという間ではないのだけれど、ぼおっと生きているので時間が早いと感じているだけなのでしょう。昨年は運転免許証を更新しましたが、次はどうなるでしょう。年末は恒例の東フィルの第九を聞きにいきました。31日は「東急ジルベスターコンサート」を見て年を越すのも例年のことです(以前は、何度もホールに足を運んでいましたが、さすがにこの齢になると深夜の外出はしんどくなりました)。
「先生や看護師さんは忙しそうで、自分のつらいことなどはとても話せなかった」という病院宛の投書がありました。医療者が忙しいのは事実です。だからと言って、「あんまり話さないで」という雰囲気を身体から滲みだしていたのだとしたら、プロとしては恥ずかしい。(〈2022.10.15「どんなに忙しくても暇そうにしていなさい」〉〈2024.5.15「医者のオーラ?」〉にも書きました。)「あんまり話さないで」という雰囲気を感じれば、患者さんは「こんなことを話してもいいのだろうか」と迷い、話の軽重の判断
北山忍さんが『文化が違えば、心も違う?文化心理学の冒険』(岩波新書2025)で次のように書いています。「(現代西洋社会において)自己は、そして人は独立した存在であるとする文化の常識は、自分の目標を優先にし、目標に最も関係したものごとに注意を集中するように促す。結果、もろもろの文脈的要素は、無視される傾向がる。対照的に、自己を、そして人を協調的存在とする文化の常識は、周囲に対してより幅広い注意をふりわけるよう促す。その結果、東アジア人は、ヨーロッパ系アメリカ人と比較して、包括的な認
ヤヌシュ・コルチャック1)が著した【子どもの権利大憲章】というものがあります。これは、1989年11月20日、国連総会において採択された『子どもの権利条約』に繋がっています。第1条子どもには愛を受ける権利があります。第2条子どもには尊重される権利があります。第3条子どもには最適な条件の下で成長発達する権利があります。第4条子どもには現在(いま)を生きる権利があります。第5条子どもには自分自身である権利があります。第6条子どもには誤りを犯す権
医者の世界では、ガイドライン、クリニカルパスなどによる医療の標準化が進められています。EBM/エビデンスという言葉は、日常語になりつつあります(何かというとエビデンスと言う人たちが増えました)。AIはこの傾向に拍車をかけそうです。このおかげで医療の質が担保されるようになったことは確かですが、「それ以上」のことを考えなくなる医者を創っているのではないかと気になります。大病院と地域の医療機関とが連携して継続的に診療にあたる仕組み(医療連携システム、ネットワーク)が作られ、患者さんが療養
新しい病院では、全ての病室にスマートベッドシステムや、マットレスに敷くだけで睡眠状態を把握できる「眠りSCAN」が設置されていました。バイタルサインや眠りに関する情報を電子カルテに連携する(情報が電子カルテに「飛ぶ」)ことで、院内迅速対応システム(RRS)に対応するとともに、職員の負担軽減を目指しているとのことでした。さらに、重症患者・集中治療患者に対しては、「見守りカメラ」とモニターで観察するそうです。重症患者・集中治療患者なのだから「見落とし」「見過ごし」がないよ幾重にもにも態勢を整え
1981年に完成した病院運営マニュアルの文章はすべて私が起草し、それを4人で検討しbrushupしていきました。以下は「はじめに」の文章です。当院は創立以来、赤十字の愛の心に支えられて、病む人をかけがえのない存在とした尊重する医療をつねにめざしてきた。新しい病院はこの伝統をふまえて、ほんとうに病む人の心に沿った医療を行いたいという願いの上に、衆知を集めてつくられたものである。医療はなによりも病む人の苦しみから免れたい、よりよく生きたいという願いにこたえるための行為であり、その
※「BPから何日目の記録」記事は過去に書いたものを予約投稿している形式ですので、現在と時間軸に差があります。体調が安定しないためです。リアルタイムで投稿したブログ記事は現在の状況となりますm(__;)m私は…残念な醜態を晒しつつ、日々、生きています。BPから173日目の記録3回目のエムガルティから24日目202512月15日(月)6時前に起きたと思う。洗濯機を回し始めた。サンドイッチセットを2つ作った。頼まれて駅まで車で送る。往復1時間。朝の時間は通学の自転車が多くて恐ろし
10月23日にマッチングの結果が発表され、来年に武蔵野赤十字病院で初期臨床研修をする学生が決まりました。例年のことですが、最後の関門である国家試験(卒業試験もあるけれど)に通ってねと切に思いながら春を待ちます。「国家試験なんて誰でも通る」などと言う人がいますし、落ちた人を軽侮するような人もいますが、事情を知らないだけです。9割の合格率ということは、医学部8校分の医学生が不合格になるということです。そんなに「勉強できない」学生がいるわけがありません。武蔵野赤十字病院では、臨床研修
研修医採用試験の願書を見ると、そこに書かれていることはたいてい似通っています。武蔵野赤十字病院について「褒めどころ」を書いているのだから当然かもしれません。それに願書記載の手引書はあるでしょうから、どの病院にも大差ないことを書いているのかもしれません。いくつかのパターン(テンプレート)が用意されていて、そこから志望する病院に合ったことをいくつかを選び、見学の時の経験などを付け加えているのかもしれません。武蔵野赤十字病院の場合、「当院のローテーション・システムが良い」「救急医療が充
AIと話しても人の“体温は感じられません。表情も語感もないし、言い間違いも言葉がつっかえることもない。AIよりも“冷たい”医者も少なくなさそうですが、それは医者の問題です。(〈2022.11.20「これまでの人生で一番強い痛み」?〉にも書きました。)一般論として言えば、突っ込みどころもないような“完全無比”な人とつきあっても楽しくないと思いますが,患者さんにとっては突っ込みどころだらけの医者とつきあうことは“悲惨”です(このような比較にはあまり意味がないと思うけれど)。でも、自分の言動
〈2023.1.9「模擬患者はもう不要?(1)」〉の続きです。「医療面接の演習はAIのほうが上手くできそう」と言う人たちが出てきました。模擬患者(という口うるさいかもしれないシロウト)とつきあう手間が省けるという“誘惑”にも心惹かれるものがあるのかもしれません。そのように考える人は、医療の場のコミュニケーション/医療面接を「言葉のやりとり」だと考えているのではないでしょうか。言葉のやりとりだけに限定すれば、AIのほうが生身の医者より敬語も正しく使えそうですし、言い落しや言い間違
いきものがかりの歌は「笑顔」という題でした。それでというわけでもありませんが、〈2022.9.30「患者さんの笑顔に」〉を再掲させていただきます(一部加筆)。----------------------------------------------------------------------------------------------患者さん(家族を含みます)の「楽しいこと」「うれしいこと」(それは、ささやかなものかもしれない)を一緒に楽しませてもらうということを大切に
前回引用した山田悠史さんの言葉は、シシリー・ソンダースさん(1918-2005:近代ホスピスの母)の言葉に通じています。「あなたはあなたであるから大切なのです。あなたは、あなたの人生の最後の瞬間まで大切な人です。そして、あなたが平穏に最後を迎える手助けだけでなく、あなたが最後まで生きられるように、私たちは私たちにできること全てをします。」(〈2025.3.30「あなたのACPは「生きる希望の灯を灯しているか」?(4)」〉にも書きました。)あなたがどのような選