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今日は、さくらの花びら(白い点々)が舞っているこの写真より少し北側(左)の風景より...わたしの住んでいる場所は高知県の中央部で、海からもかなり離れた平野部です。ですが、日頃から防災、南海トラフ地震という言葉を見聞きしない日はなく、周囲の防災意識もとても高いと感じています。今回の県西部の地震で、さらに人々の防災意識は高まったのではないかと思います。まだ田植えの真っ最中ですそのすぐそばでも住宅の建設が次々と!ひと以外のいきものも一生懸命家をつくっている
4月13日撮影分。今までと違う風景を求めて、茨城県桜川市へ遠征。常よりも春辺になれば桜川波の花こそ間なく寄すらめ紀貫之の「後撰和歌集」に桜川の桜がこのように詠まれているとか。「西の吉野、東の桜川」と並び称される里山の山桜が有名・・・ここまで知ると行かなきゃね。櫻川磯部稲村神社に到着、筑波山の北側です。空が青いのと満開の桜が美しい。桜情報を入手し、車で登っていきます。これが山桜で有名な高峰。ここから先は車が入れないのでハイキング。天気が良くて、最初のうちは気分良
2024年4月19日(金)昨夜のTV報道で紹介されていましたが、この記事は今朝の朝日新聞です。藤原定家の自筆の古今和歌集注釈書『顕注密勘(けんちゅうみつかん)』の原本が、冷泉家時雨亭文庫で130年ぶりに発見されたという。定家の血筋を継ぐ冷泉家では、かっては歴代当主が一生に一度開けて秘伝を受け継いできたが、明治期以降忘れられてきたという。古今和歌集は905年ごろ醍醐天皇の命によって紀貫之らが撰んだ最初の勅撰和歌集で、約1100首、全20巻。「日本の美意識の根幹とされ」、国文学に
紫式部は夫の藤原宣孝が逝去したのを契機に「源氏物語」を執筆した、というストーリーが定説となっている。ところが紫式部は宣孝と結婚する以前にもある男性と家庭を持っていた、とする説が近年、注目されている。紫式部が宣孝と結ばれる以前に、別の男性と結婚していたとする、もうひとりの夫説を、詳しく見ていこう。紫式部は貧しい中流貴族・藤原為時の娘と生まれたため、なかなか結婚出来なかった。そのため彼女は20代半ば過ぎに、親子ほども年上の藤原宣孝と結婚したというのが定説になっている。ところが国文学者の上原
今日から3泊4日の旅行。今年は運良くお花見できるかも!という期待を胸に出発した。すごく小さなスペースに散り際の桜を発見。風が吹くたびに花びらがはらはらと舞う様子は美しい。私が桜吹雪を好きになったのは紀貫之のこの歌。桜花散りぬる風の名残には水なき空に波ぞ立ちけるお天気の良い桜吹雪の季節を写し取った歌。久しぶりにこの歌そのままの情景に出会えた。明日も桜を探す旅は続く。
菜種梅雨を思わせるような雨あがりの午後、静まり返った公園には、鳥達のさえずりが響き、桜の花びらについた雨滴が、そよぐ春風にのって煌(きら)めいていました。樹々の下には、薄いピンクの花びらが折り重なり合って、見頃の終わりを告げているようでした。『さくらさくらさくら咲き初め咲き終わりなにもなかったような公園』俵万智(たわらまち)『散るという飛翔のかたち花びらはふと微笑んで枝を離れる』
母親のマイナンバーカードの申請で市役所へ…帰りに寄り道😘しました😟おの桜堤回廊です今日はものすごい強風で"桜散る"と言うより"飛ばされる"‥と言った感じ“”私も飛ばされそうになりながら散歩しました薄着で行ったので寒かったです桜散る木のした風は寒からで空にしられぬ雪ぞ降りける紀貫之桜花散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける紀貫之今年より春しりそむる桜花散るといふことは習はざらなむ紀貫之花さそふ嵐の庭の雪ならで
被災者の皆様が早く日常に帰れますように🙏#おからだお大切に#能登半島地震#台湾東部沖地震#停戦#人道#人質開放#民間人保護#報道記者保護#ガザ#助けて#飢餓危機深刻化#反ネタニヤフ派#StopWar#PrayForUkraine🇺🇦#StopPutin#反プーチン派#核戦争阻止#バイデン派🇯🇵🇺🇦20240410(水)仏滅こちら新居浜市は晴れの予報あっおはようございます〜良き1日を〜🇯🇵🇺🇦🌸桜花散りぬる風のなごりには水なき空
ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ~紀貫之~東京もようやく桜満開となりましたいや~、今年の開花は遅かった〜生憎の曇り空‥‥しかも時おり雨のパラつく冴えない天気ですが、ドール連れて満開写真撮りに行ってきましたお供には最初ロクイチナインさんを‥‥と考えたのですが、お着替えさせるのがメンドーになりエドモン・ダンテス氏を起用おーーーー桜とエドモンなかなかじゃね難点は10㌢にも満たないフィギュアなので、足を掴んで撮ると変な感じになっちゃうってコトかといっ
雨降れば色去りやすき花桜薄き心も我思はなくに(紀貫之)三色団子🍡ThreeAmigos.#桜#なかよし#三色団子#猫#catpic.twitter.com/2eSv07qecj—simabossneko写真集「島にゃんこ」発売中(@simabossneko)April8,2024※simabossnekoさん団子猫の写真ありがとう。雨降れば色去りやすき花桜薄き心も我思はなくに紀貫之pic.twitter.com/Hy7
前回の桜を詠んだ歌は、春霞と共に詠まれたものでした。そこで、この2つの景物を組み合わせた名歌はないだろうかと、ネットで検索しましたら、紀貫之の和歌がヒットしました。春霞なにかくすらむ桜花ちるまをだにもみるべきものを古今和歌集春下七九《歌意》春霞よ、どうして桜花を隠すのだろうか。花が散る間でさえ、風情があって見るべきものであるのに。紀貫之の歌は、春霞に包まれてしまい、桜の散る様子ー落花の時
◆◆◆くじょうみやび日録第二期◆◆◆周防柳さん『逢坂の六人』を読みました。古今和歌集撰者・紀貫之が語る、<六歌仙>の思い出のおはなし。かつて『蘇我の娘の古事記』が話題になっていた気がしますが、例によって初読みの作家さんと思います。◆思わぬ広がりのある歴史物語?純粋に物語として夢中で読めました、面白い!ほかの作品は知りませんが、この小説は創作色強め。作風でしょうか。まったく知らない人が<史実>として信じてしまうとちょっと……。「小説ですので!」と思って楽し
本当にいい天気だ。今日は午後から用事があるから昼前にアーチェリーに向かう。マンションの敷地内にモミジがあって、見事な新緑だった。紀貫之の歌を思い出すね。ほかに百人一首でモミジと言えば、この度は幣もとりあえず手向け山とか、奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿のなんかが有名だけど、どっちも秋の歌だよねぇ。この季節、久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらん、これが一番しっくりくる。ま、花はないけど。昼過ぎの一時までアーチェリー場で練習。ボスとサリーちゃん、メルモち
ちょっと前からコンビニのガラスに貼ってありましたが川瀬巴水・・・誰なの?なんて読むの?で、その絵はなに???と思っていて今朝ポスターをよく見ていたらその絵は「浮島柳縄1936年12月」となそれじゃー観て来るかなと稲敷市立歴史民俗資料館に行って来ました。作品の保護のため照明は暗かったです。説明文を読むにしても疲れました。作品はキレイで良かったです。浮島の風景は1936年12月の作品で柳縄と戸崎展示されていました。19
巡禮記の個人先達のご依頼をいただき南滋賀へ行って参りました。この辺りはたくさんの古墳群があります。おくどさんもありました。歌仙ゆかりの土地。大伴黒主さま、紀貫之さまが、祭神になっておられる大伴黒主神社と福王子神社⛩️志賀八幡神社はとても氣の澄んだ素晴らしい神社⛩️さんです。こちらは日吉大社の木の根っこに埋もれたお地蔵さまです。日吉大社にも春がとにかく美しい場です。日吉大社の祈りのしくみはお参りのご先達をしていていつも感心します。祈る人にも神様にも開かれている感じ。
今年のテーマは、藤原氏紫式部も藤原氏春日大社の摂社へ向かいます。御間型燈籠。遥拝所。振り返って。一童社(三輪神社)。若宮神社に到着。八房藤。巻きついてますねぇ。若宮神社本殿、写真禁止です。若宮紅梅。紀貫之若宮神社は1135年(長承4年)関白藤原忠通公により創建された春日大社摂社の一つです。第三神(天児屋根命)と第四神(比売神)の間にお生まれになった若宮・天押雲根命がご祭神で、五穀豊穣、健康長寿、学問芸能の神として今も多くの信仰を集めています。若宮さまを里宮(お旅所)にお迎え
紀貫之の和歌「袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つ今日の風やとくらん」(古今和歌集)。夏に水辺ですくった水が、秋を過ぎ冬になると凍ってしまった。いま春の風がその氷を解かしている、と四季の循環がダイナミックにうたわれる。春の訪れを祝福したい気持ちになるよね。
庭の梅が咲き始める朝、まず一羽で偵察にやって来るヒヨドリです。一旦いなくなったと思ったら、今度はカップルでやってきて、梅の枝をゆさゆさ揺らし口の周りに黄色い花粉をいっぱいつけて仲良く蜜を吸っています。初めに偵察にやってくるのは、彼女でしょうか、それとも彼でしょうか。ヒヨドリ達が去ると、今度は目白のカップル達。梅の庭は、賑やかです。人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける紀貫之古今和歌集紀貫之は、もしかしたら、梅にやってくる鳥のカップルを見て、「人の心はどうだろうか。このふ
最近に横浜市民ギャラリーで、第71回書作展が開かれました。そこでの入選作のうち、漢字かな混じりの短歌の書で、かつ現代語の書き下し文が付いていなかった3作品について、読んでみました。<作品1>「吉野川岸の山吹吹く風に底の影さえ移ろいにけり」、紀貫之(きのつらゆき)の短歌で、古今和歌集に所収の歌です。「吉野川の岸辺に咲く山吹の花は、風に吹かれて川底に映っていた影までも一緒に散ってしまったものだ」という意味になります。変体仮名で書き下しますと、「よし能可者きしのやまふ支不
袖ひぢてむすびし水の凍れるを春立つ今日の風やとくらむそでひぢてむすびしみづのこほれるをはるたつけふのかぜやとくらむ紀貫之紀貫之のこの和歌は巡る四季を詠んだもので私も好きな和歌なんですよ。(о´∀`о)♡3月は1年の区切りの月で、卒業や、企業など決算月でもありますね。春分の日もあります。春分点とは、黄道と天の赤道との2つの交点のうち、黄道が南から北へ交わる方の点のことで、黄道座標や赤道座標の原点です。この点が赤経0時と黄経0度であるとき、太陽が通過する瞬間を春
東京の今年の桜の開花は、3月22日。当初は、そう予想されていたものの、このところ真冬の寒さがぶり返して、大幅に遅れています。裸の枝には、ぷっくらと膨らんだツボミが、お日様が照ったら開きますよ~と、いわんばかり。いつ咲くのかな。楽しみです。去年、若いSちゃんと、お花見をしながら、そぞろ歩いていると。ひとりごとのように、和歌を口づさんでいる姿が、とてもステキでした。その一つに。「さくらばな散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける」湖に
西尾祐里です。オトナの超高抽象BAR「詩禅美」の店長として出演しているYouTube東京美学ちゃんねる。第三回の動画では、紀貫之の言葉を通して、日本語の美しさや奥行き、まことの美、「真美」との関係などについて語り合っています。今回取り上げたのは「やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」古今和歌集仮名序の冒頭に紀貫之が綴った言葉です。↓第三回動画はこちら↓みなさんはこの歌を読んで、どのような感想を持たれますか?
若宮紅梅は、長谷寺にあった「紀貫之」ゆかりの梅の木を接ぎ木する形で若宮神社境内に献上したものとされており、鳥居の南側で美しい梅を咲かせています。なお、当初の木は昭和期に一度倒れてしまったものの、根元から成長した木が現在は再び奥ゆかしく美しい梅を咲かせるまでに復活しています。画像引用元春日大社若宮神社の梅(youtube.com)
くろごませんべいですこんばんはかつていろは歌に関心がありながら書物が手に入らずやっと手に入りましたこちらは品切れが続き、中古では2万円を超してます大ボリュームの内容です。百科事典の情報量なので買って満足だと思われます謎のいろは歌知られざる歌聖・物部良名の知略[光田慶一]楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}いろは歌はダイイングメッセージが込められてますまずは数年も前に書道番長様が記事にしております『いろは歌は実は怖い意味
今回は、梅の花を詠んだ名歌中の名歌であり、百人一首(三五番)にも選ばれているので、皆さんもよくご存じでしょう。高校の古文でも、必ず学習するのではないでしょうか。僕は高校生の頃(嗚呼、はるか昔!)も怠け者だったのですが、うっすらと学んだ記憶はあります。当時はこの歌の価値は正直分かりませんでした。今はさすがにかみしめられますが。人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける紀貫之春上四二《歌意》さあどうでしょうか、人の心というものは分かりません(変わってしまいます)。でも昔なじん
ブログにお越しくださりありがとうございます。いいね、フォローをありがとうございます。スッキリ晴れました。いくらか暖かかったですね。明日からまた冬の気温らしい…3月号の仮名上級課題。チラシと濃淡がまたまた難しいです。「袖ひぢてむすびし水のこおれるを春立つ今日(けふ)の風やとくらむ」=夏の頃袖を濡らしてすくった水が冬の寒さで凍っているのを立春の今日の風が解かしているのだろうか=by紀貫之【変体仮名】「そ天飛ちてむ春ひし水能
『三才女』作詞〜芳賀矢一(1867〜1927)一、色香も深き紅梅の枝に結びて勅なればいともかしこしうぐいすの問わば如何(いか)にと雲居まで聞こえあげたる言の葉は幾代の春かかおるらん◇平安貴族の女性達が詠んだ歌を賞賛した歌『三才女』から一番を。村上天皇は紅梅の木が枯れたので従者達に代わりの木を探すよう命ずる。従者達はある家に紅梅の木を見つけ、勅令であることを告げた上で掘り起こし持ち帰ろうとする。するとその時、その家の召使が梅の枝に短冊
君がため我が折る花は春遠く千歳をみたび折りつつぞ咲く紀貫之訳あなたのために私が折った花は春を遠く待ちながら三千年に一度咲くという花です。私の好きな紀貫之の桃の花の和歌です。キュンとしてしまう素敵なんですよ。(*´∀`*)我が家に咲いた桃の花切り花ですけどね。(о´∀`о)花屋さんに行ったときに、桃の花が売っていたので、なんとなく買ってしまいました。家に帰ってから、あ、もうすぐ桃の節句だからか〜って、気が付きました。時間が経つのがホントに早いですね。(;´∀
こんにちは。少しずつブログを見てくださる方が増えて本当に嬉しく感激しています。自分の内なる声を発信することの大切さを改めて感じております。一語一語思いを紡ぎ文字に託すことで最初は理解できなかった母でさえ、今では心強い応援団になりました。言葉は音🟰『言霊』✨日頃当たり前に使われている言葉『言の葉』でいう葉の文字『和歌(大和歌)は人の心を種として葉っぱのように生い茂っている言の葉である』古今集の中で紀貫之は、このように
鹽竈百人一首の71番です。院主であった源融公がなくなられて以来、塩を焼く煙が絶えてしまいました。塩竈を象ったこの河原院も、塩竈浦の風情のように、うら寂しく見渡されることですよ。塩がまのうら(塩竈浦)塩竈神社の末社である御釜神社の藻塩焼神事