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直方から福北ゆたか線(筑豊本線)に乗り、折尾に向かっております。まもなく筑前垣生に着きますが、右側の下り線のレールが錆びてて雑草も生えて使われていない感じ。遠賀川橋梁を渡ります。まもなく中間に着きますが、やはり下り線は雑草に埋もれてます。調べてみると、遠賀川橋梁下り線の補修工事のために鞍手~中間間が単線になっていたそうな。折尾の手前で左にカーブし、新設された折尾トンネルに入ります。かつては画像右を直進して折尾に向かっていましたが、その線路は
黒崎駅前から筑豊電鉄に乗り、筑豊直方に到着しました。筑豊直方駅は二面二線の高架駅。電車が停車しているのが2番のりばで、通常はこちらのみの使用。終端部はこんな感じで、車止めの奥には通路があります。通路の奥にはさらに車止めがあります。高架がブツッと途切れたような筑豊直方駅。JR直方駅までは約500mほど離れており、そこまでの延伸計画があるようですが、一向にその様子はありません。では歩いてJR直方駅まで行きます。途中に商店街がありま
折尾駅の筑豊本線ホームに停車中の普通列車当時の折尾駅は1階が筑豊本線、2階が鹿児島本線のホームの立体交差の駅でした現在は、筑豊本線のホームが高架化され、立体交差は解消されました手前の車両はキハ58の非冷房車両、当時のJR九州では少数車両で珍しかったと思います上の写真の反対側(若松駅側)から撮影キハ52+キハ23+キハ58の編成は当時は珍しい編成でしたこちらは2階の鹿児島本線ホームに停車中の423系普通電車当時の折尾駅のホームには「かしわうどん」のお店があり訪問時にはよく立ち
筑前植木駅近くの陸橋から撮影写真はキハ200形気動車撮影当時のキハ200は博多~直方間を中心に運用されていましたが、一部は直方以北も運用されていましたこちらはキハ47形気動車屋根のベンチレータを見ることができますこちらはDD51+50系客車列車写真左上に筑前植木駅が見えます電化前は障害物も少なく撮影しやすい場所でした
直方駅から筑前植木駅へ列車で移動筑前植木駅近隣で走行する列車を撮影写真はキハ58系の普通列車手前の車両は急行塗装のキハ58-5000番台で1993年3月まで急行えびの号で使用された車両だと思いますこちらはキハ47の普通列車この頃の筑豊本線は、直方以南はキハ200やキハ66.67をよく見かけましたが、直方以北はキハ47を多く見かけましたまた、屋根にあるベンチレーターも健在でした
筑豊本線を走るキハ47+キハ45の普通列車田川後藤寺行きの列車だと思います写真の右側は平成筑豊鉄道の線路です本年3月に平成筑豊鉄道はバス転換される方針となりました廃止時期は決まっていませんが、数年後になくなるのではないかと思います上の写真の反対側(勝野側)から撮影手前の車両はキハ45-22キハ45の中で最後まで活躍した車両でしたこの頃、非冷房車両であるキハ23、キハ45、キハ53などの廃車が進んでいましたので、走行する列車を見ると嬉しくなりましたまた、この頃の筑豊本線は、キ
飯塚駅構内に停車中の50系客車を撮影当時の筑豊本線は朝夕を中心に客車列車が設定されており、昼間は飯塚駅や門司港駅などの構内で50系客車を見ることができましたこちらはDD51ディーゼル機関車50系客車の牽引機関車です筑豊本線で牽引するDD51はJR貨物所属の機関車がほとんどでした飯塚駅を発車する博多行き「赤い快速号」飯塚駅構内からボタ山を背景に列車を撮影できましたが、撮影していませんでした撮影できていればよかったのですが・・・
おはようございます。その3の続きです。原田駅に来ました。1番線に、原田線で発生した踏切事故の救援に向かっていたキハ40形が到着しましたが、前面の行先字幕が「桂川」と表示されていました。回9***D回送・原田行きキハ40-8063踏切事故で動けなくなっていたキハ140形は、原田方からの救援車両を連結しなくても運転ができたようで、原田線は事故の発生から約9時間ぶりに運転を再開しました。そのため、原田駅まで回送されていたキハ40形は、桂川行きの普通列車として運転されました。原田線の列
おはようございます。その2の続きです。原田線桂川〜上穂波間に来ました。この日の7時40分頃、同区間にある長尾踏切で、原田行きの普通列車(1両編成)と軽乗用車が衝突する事故が発生しました。事故の影響で、当該車両(キハ140-2041)は自走ができなくなったようで、別の車両を連結して救援するとの情報が入りましたので、急遽現場に向かいました。現場に到着した際、桂川方には直方車両センターから救援に来たと思われる、キハ40-8052が既に連結されていました。車両の前面に損傷が見られます。救
飯塚駅から徒歩で移動鉄道雑誌に掲載された場所で、ボタ山を背景に撮影できるため訪問してみました車両はキハ58系気動車こちらはキハ200気動車撮影当時は博多~直方間の快速列車を中心に運用されていました列車名も車体の塗装にあわせて「赤い快速」と名乗っていたと思います撮影場所を移動して順光線で撮影してみました
「福北ゆたか線(筑豊線・篠栗線)」の使用車両と言いますと、これまでもご紹介しておりますように、上の画像にもありますように817系電車・813系電車、そして昨年9月改正より821系電車も運行されておりまして、特に上の2系列に関しましてはこの路線では中心的な存在となっております。運行自体も、普通列車・快速列車と運行されておりまして、編成も817系電車に存在します2両編成から、813系電車に存在します3両編成、そして画像1・以下画像の817系電車同士で運行されます4両編成まではワンマン列
2011年3月25日に福岡県の筑豊本線直方駅近くで写したJR九州「OMNIBUS」です。このオムニバスがバスの語源だそうです。
2011年3月25日に筑豊本線直方駅で写した817系と813系のツーショットです。左=817系V106編成右=813系R014編成
早よ出ろと態度でおぢさんに促されたので、余韻に浸れず、退場となりましたアッチは仕事だからなぁ趣味とは違う古い建物があちらこちらに残されていますごんぞう小屋!ビートTけしが、ごんぞーってむかしやってたのはこのごんぞうからなんでしょうかね?カッコいい神社のまえには通り道があります跡地です♪駅に入ると歴史が学べます筑豊本線(若松線)のでんちゃコチラは自動運転してません出発!架線がない複線が折尾まで続きます到着するとパンタグラフ上昇!ふつうの電車になって、直方を目指し
2015年3月22日に写したJR九州筑豊本線直方駅です。駅前には直方市出身の元大関魁皇の銅像があります。最後の2枚は昔の直方駅です(逆光で見にくいですが)
冷水峠を走る客車列車を撮影するため訪問DD51と50系客車の組み合わせの編成を撮影1995年4月のダイヤ改正で筑豊本線の飯塚から原田間の客車列車が気動車化される情報を得て同地を頻繁に訪問していた時期でした多くの鉄道仲間の中に混じって撮影していた記憶があり、列車を待つ間は鉄道談義で盛り上がっていた記憶があります
おはようございます。1日目その4の続きです。2月10日(火)は、朝から直方駅に来ました。「ChooChoo西九州TRAIN」は前日の夜に、南福岡車両区竹下車両派出から直方車両センターに回送されてきましたので、留置されている様子を撮影します。前日は方向幕が白票で運転されていましたが、この日は「回送」と表示されていました。「ChooChoo西九州TRAIN」はこのあと直方車両センターを出区し、小倉総合車両センターに入場しますので、追っかけながら撮影していきます。折尾駅に来ま
21.折尾の乗り換えと福北ゆたか線で直方へ予定を変更して筑豊直方まで行かず、黒崎駅前まで戻って鹿児島本線で折尾まで行き、ここから福北ゆたか線に乗り換えるルートに変更した。楠橋での取材を終えて撤収し、13:29発で黒崎駅前に戻る。ここでJR鹿児島本線に乗り換える。14:03発の区間快速羽犬塚行に乗り込み、2つ先の折尾まで行く。折尾到着は14:08で、まずここで駅舎取材する。折尾駅は筑豊本線通称若松線が相対式2面2線の地上ホーム、鹿児島本線は単式1面1線と島式1面2線の高架ホー
もう二ヶ月経っていますが、年末に福岡、熊本に行ってきました。目的は歴史旅ということで、後漢書や魏志倭人伝、そして飛鳥時代の古代城址を巡ってきました。今回はその3回目です。一回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12954556684.html二回目の記事はこちらです:https://ameblo.jp/shanehashi/entry-12955959579.html二日目の宿泊地も西鉄久留米駅前のホテ
飯塚市の勝盛公園です。D6046のSLがありました。D60型蒸気機関車は昭和26年~31年に製造されたもので、昭和41年に廃車が始まり若松機関区を配属筑豊本線で走っていたようです。
筑豊本線筑前山家~筑前内野1968年3月PentaxSPSuper-Takumar135mm/f3.5TXここは冷水峠という有名撮影地なので、九州を訪れる度に立ち寄りました。当時すでに珍しかったC55やD50の他にD60も頻繁にやって来て、急行・雲仙などには後部補機まで付いて後押しをするのですから、正にパラダイスでした。こういう光景を自分の目で見てしまうと、昨今のようにイベントとして走るSL、ましてや架線の下を走るSLは撮りに行く気が全くしなくなります。
2026/2/15(日)また間が開きましたが、キハ66,67の製作の続きです。筑豊本線仕様にしたいので、パーミル工房さんから、専用のパーツセットを取り寄せしました。箱の中身です。まず、側面のフィルターから。側面のフィルターを取り出して、貼り付けました。キハ66,67の大きな特徴である屋根上のラジエーターパーツです。これがキハ66,67の最大の特徴かと。ペーパー製の配管のパーツです。取り出して、屋根に付けました。ラジエーターパーツの配管類も3Dプリント製です。細くて折
県内、特にネタも無いようなので九州へ!BIGEYE初撮影先ずは筑豊本線からスタート試9636D試9635D日田彦山線へ移動香春岳バックで撮影キハ47試9934D通過10分前から降雨。。。残念しかし、門司港方は可愛らしいお顔をしていますね(^^♪
こんばんはhatahataです。少し事情があって更新をお休みしておりましたが、再開でいたします。しかし最近は鉄活が出来ていないのでお蔵入りになっていたネタをご紹介いたします。2024年7月に行った九州遠征分です。この時は広島に勤務しており、関西からの地元の友人と合流し、前日に銀釜等を撮影した翌日です。梅雨の真っただ中でこの日も大雨警報がでて列車の運休が相次いだ日でした。鹿児島本線側は大雨で運休になる中、筑豊本線の折り返し列車を待ちます。普通原田行キハ40西日
筑豊本線桂川駅1967年3月PentaxSPSuper-Takumar135m/f3.5TX冷水峠での撮影を終えて、筑前内野から飯塚に向かう列車はC55の牽くものでした。走行中の撮影、しかも暗い車内の望遠レンズではブレる可能性があるため、途中駅で僅かな停車時間にこのカットを撮りたくて、走行中に客車のドアーを開けておき撮影したのを覚えています。このC5546とは49年後の2016年に、保存されている大分の公園で再会しましたが、あまりの懐かしさに思わず涙ぐんでし
筑豊本線中間~筑前垣生1973年7月PentaxSPSuper-Takumar135mm/f3.5TXC55特有の大きなスポーク動輪を綺麗に抜いて撮影したくて、この河川敷でパースペクティブを潰して真横から望遠レンズで撮影する事を考えました。翼を広げたように美しいデフレクターが綺麗に見えるように、また肝心の3つの動輪が鉄橋の柱に掛からないように、そして、その狙った場所の柱も手前と向こうが揃う位置構えて、正に手に汗を握りながら息を止めて「ここしか無い!」という位置で
間が開きましたが、先日の続きです。サボ受けを取り出して、付けました。2両分同じです。妻面に取り付ける3Dプリントパーツを取り出して、見にくいですが、妻面の右下の方に付けました。ランボードのパーツを取り出して、2両分付けました。今日は、ここまでです。チマチマとしか進めないサラリーマンモデラーです。
上の画像の大分車両センターに所属しております415系電車は、現在は全車1500番台のステンレス車となっておりまして、14編成56両が所属しております。九州における415系電車は、令和4年9月改正に伴いまして、大分車両センター・鹿児島車両センターに所属しておりました鋼製車が全車運用を離脱、現在は徐々に小倉総合車両センターにおきまして解体が行われておりますし、ステンレス車の1500番台に関しましては南福岡車両区所属車が全車大分車両センターに所属、集中配置の形が取られるに至っております。
おやっとさぁ!6日の地震で撮れなかった仇討ちをタコで有名なとこへ。人の多さで、おったまげー!でした。チャンスあったら、長玉持って出かけたい場所でした。さて、ちょっと駅を探索!鹿児島本線から筑豊本線若松方面は、別ホーム。ちょっと離れてるから、乗り継ぎ時間が4分以上みとかないといけないよう。そんな筑豊本線の若松方面、若松線っていう愛称になってる。筑豊本線も福北ゆたか線とかになってるし。そんな筑豊本線「若松線」のホームから若松行が発車のよう。乗務員氏が車外に出て、何かの確認。
今日から模型製作記の投稿を始めます!時折、サボるかもしれません。それでもご笑覧頂ければ幸いです。さて、今回は、お題の通り、パーミル工房製の16番のキハ66,67です。たまたま量販店で見つけたものです。パッケージの表はこれです。この気動車、随分昔、筑豊本線と久大線で乗ったことがあります。それだけに製作してみたいなと思った次第です。ちなみにペーパーモデル製作経験は、ゼロ。初心者です。ブラスロコ製作、レジン製機関車製作、プラ製機関車改造などは、経験ありますが、ペーパーモデルは、今回が初の挑戦