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チューリップの「心の旅」に続くのは、「銀の指環」でしょう(^^♪⇧1974年にリリースされました。ハリウッドでの録音です。チューリップは、福岡の伝説のライブハウス「照和」から出て来ました。九州の有名なトコロはここから出てるんですね~。きょう、使うレコードはベスト・アルバムを使いました。⇧1977年にリリースされた「チューリップ・ガーデン」です。それでは、姫野クンのボーカルで「銀の指環」(^^)/「銀の指環」1974年(
きょうは、私には想い出の多いチューリップです。チューリップの花の時期は、少し過ぎたようですけどネ(^^;。⇧1973年にリリースされた「心の旅」。「あ~、だから今夜だけは~♫」です。この歌、好きでした。8トラのテープに録音してクルマでも聞いていました。で、調子の乗って飛ばしていたら、山道でスッテンコロリン(笑)。路肩から滑り落ちて一回転してしまいました。夜中だったのでクルマは放置して翌日、車屋さんと引き揚げに行ったら・・・・付けたバッカシのマーシャルのランプを盗られ
誰が言ったか「太田裕美の青春ソング三部作」(笑)。きょうは、「木綿のハンカチーフ」「赤いハイヒール」に続く第三弾!「君と歩いた青春」です(^^)/「君と歩いた青春」は⇧1976年にリリースされたあの名盤「12ページの詩集」に収録されています。ただ、シングルカットはされず待つこと5年。⇧1981年に再録音されアルバム「君と歩いた青春」としてリリースされました。シングルも同時期に発売されています。それでは「太田裕美の青春ソング三部作」の最終章、1981年
前回の太田裕美の「木綿のハンカチーフ」に続いてきょうは「赤いハンカチーフ」です(^^)/。私が勝手に名付けた「太田裕美/青春ソング三部作」の第二弾でアリマス(笑)。「赤いハンカチーフ」は、Wikiさま曰く松本隆・筒美京平をして「これ以上の良い曲は書けない」と言わしめた曲であ~る。だそうです。「赤いハイヒール」は、1976年に太田裕美5枚目のシングルとしてリリースされました。この歌も太田裕美の可憐な歌声が炸裂します(笑)。⇩「赤いハイヒール」197
きょうは、私が若い頃に仲間内で圧倒的に人気のあったボクらのマドンナであり、妹のような太田裕美です(^_^)/~↑レコードは3枚目のアルバム「心が風邪をひいた日」を使いました。1975年にリリースされています。↑豪華な作家陣に恵まれた太田裕美です。きょうは名曲「木綿のハンカチーフ」を録りました。「木綿のハンカチーフ」1975年(太田裕美20才、私22才)作詞:松本隆作曲:筒美京平編曲:萩田光雄歌:太田裕美※イヤホン又はヘッドホンでお聞
おはようございます。こんにちは。こんばんは。副業系、マーケティング系、明らかにフォロワー数を稼ぎたいだけのブログ、あまりにワタクシのブログと共通点のない方からのフォロー申請は削除しています。と載せてもフォローしてくるってどういうこと??ロクに読んでないのでしょう。PCへの迷惑メールだけでなく・・・たまにスマホの方にもこのような電話が掛かってくるようになりました。
加藤和彦からサディスティック・ミカ・バンドへと続けました。と、いうことで・・・ミカバンドと云えばコレ!1974年にリリースされたアルバム「黒船」です。↑ナカナカ凝った構成ですが、唯一、馴染みやすいのが「タイムマシンにお願い」でしょうね(笑)。きょうは、LPではなく先行販売されたシングル盤を使いました。いつも出て来る国際犯罪組織のようなメンバー紹介から(笑)。↓それでは「時間のラセンをひとっ飛び」してみましょう(^_^)/~「
天才、加藤和彦氏はソロとなって「スーパー・ガス」を出したあとに念願のレーベルを立ち上げてしまいました。その名は「THEDOUGHNUTRECORD1973」(^^)/そして、同時にグループも結成しています。サディスティック・ミカ・バンドを!1972年には「サイクリング・ブギ」をリリースしています。↑「サイクリング・ブギ」は、ミカの甲高い「レッツゴー、ドーナッツ」で始まります。で、この「サイクリング・ブギ」はレーベル初のアルバムの先行発売だったらし
おはようございます。こんにちは。こんばんは。RCAケーブルをモガミに替えてから・・・・・エアコンを入れ替えてから・・・・・満足な音が鳴っています。(全ての音源が・・・ってワケではありませんが。)高望みしなければこれで十分です。機器の性能はそれなりに引き出せているのでは?!と思うほど。なので・・・あのケーブルを使ってみたい、あのフィルターはどうなん
「空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!あっ、スーパーマン」「そうです、スーパーマンです。力は機関車よりも強く、高いビルジングもひとっとび彼は、クラーク・ケントと名を名乗りホニャララホニャララ・・・」(笑)大平透さんの名調子に私を含む当時の良い子は夢中になりました。と、いうことで「あッ、スーパーガスだ!!」(爆。そうです、スーパーガスです(^_^)/~きょうも加藤和彦を続けます。1971年にリリースされた加藤和彦のアルバム「SUPARGAS」。レコードは多少の年季が入
今日は、4月7日です。1971年の4月5日にあの名曲がリリースされています。↑加藤和彦と北山修の「あの素晴らしい愛をもう一度」です。この名曲が出来た経緯は、北山修氏がレコードジャケットの裏に記しています。う~~ん、感動的ですね。名曲の裏には美談あり!(笑)と、いうことで「あの素晴らしい愛をもい一度」(^^)/「あの素晴らしい愛をもう一度」1971年(加藤和彦24才、北山修25才、私18才)作詞:北山修作曲:加藤和彦歌:加藤和彦と北山修
先日の「ロックンロール・デイドリーム」から2年。松田聖子が放ったロックンロール第二弾。聖子ちゃんにはロックンロールが似合います(^^♪1982年にリリースされたアルバム「Candy」。英国の名車ラーレイに颯爽と跨ってます。松田聖子の声は、初期のどこまでも伸びる高音と声量。これが魅力ですがそして喉を潰した後の少しカスれたスキーボイスが魅力ですね。その声は、アルバムタイトルの「Candy」からキャンディボイスと呼ばれたらしいです。このアルバムに収録されている「Rock
コチラ熱帯光市は、暖かいけど桜の開花が遅いです。何でも年中ボ~ッと暖かいコチラの気候よりも寒暖差のある方が、桜もヤル気を出すんですってね。と、いうことで(笑)聖子ちゃんです。1980年にリリースされた松田聖子の1stアルバム「SQUALL」です。「裸足の季節」や「青い珊瑚礁」が収録されています。B面のTOPを飾っているのが「ロックンロール・デイドリーム」きょうは、コレを録りました。初期の聖子ちゃんなので、リミッター無しの高音&声量。エンジン全開で来てま
YouTube様よりアカウントを没収され振り出しに戻った私の大事な動画たち。きょう、復帰二発目「フランシーヌの場合」です。例の「3月30日の日曜日~♫~」です。きょうは、月曜日ですけど許してチョンマゲ(^^;↑1969年にリリースされた「フランシーヌの場合」です。たしか赤塚不二夫のマンガでは「フランス犬の場合♬」とバカボンのパパか誰かが歌っていました(笑)。それでは、英語ならともかく仏語が出て来るところは、チンプンカンプンですが(^^;「フ
や、やられた~(ノД`)シクシク…老人会等の2つの会計を纏める作業とEXELがウィンドウズ10のままだと言うことを聞かないのでパソコンを買い替え、立ち上げて・・・・etcそんなこんなで、ちょっと目を離している隙に「寝首を掻かれた」(笑)。YouTubeのアカウントを没収されてしまいました。なので、私のチャンネルはスッカラカンになりました(^^;。多分、アレがYouTube様の逆鱗に触れたんでしょうね。察しは付きます、性懲りがないもんで(爆。会計等でクソ忙しい中、
ガソリンが値上がりしてますねぇ。じきに下がるらしいですけどね(^^;。こういう話になると私が二十歳の頃のオイルショックを思い出します。例のトイレットペーパーが消えた騒動です。1972年に入社し、オイルショックは1973年でした。上司からは「通勤は、なるべく車を使わないように」「乗り合わせたり、自転車、バスで」「土日は、車を使わないノーカー運動に協力しましよう」そうこうしているうちに工場は操業停止して、訓練調整給付金をいただき、工場内に木を植える毎日(笑)。交代勤務もな
日本全国3連休ですね。朝一で国旗掲揚、そして墓参りを済ませました。と、いうことで先日に続いてミッシェル・ポルナレフです。1972年にリリースされた「愛の三連休」もとい「愛の休日」です(笑)。「愛の休日」1972年(ミッシェル・ポルナレフ28才、私19才)作詞・作曲:ミッシエル・ポルナレフ歌:ミッシェル・ポルナレフ※イヤホン又はヘッドホンでお聞きください。★再生機器☆プレーヤーシステム・キャビネッ
今日は、懐かしいミッシェル・ポルナレフさん。↑愛とロマンのスーパースター+ミッシェル・ポルナレフ+です。↑言うまでもありませんが「月よりの使者」でありません(笑)。↑当時の企画モノのベスト・アルバムから「シェリーに口づけ」を選びました。それではフレンチ・ポップスの雄、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーの口づけ」を(^^)/「チュ、チュ、ポマ、シェリー♫」ちなみに、印象的なベースが刻まれますが後にレッド・ツェッぺリンに加入したジョン・ポール
と、いうことで気候も良くなったので「なごり雪」でも(笑)。まぁ、毎年のようにアップしておりますが(^^;。ひとつ、おさらいしておきましょう。イルカの歌う「なごり雪」も好きですがヤッパシ、私はかぐや姫の「なごり雪」が好きです。↑1974年にリリースされた名盤「三階建ての詩」。当時の彼女からの貰い物(^^;。しかし、私もそうでしたが細いですねぇ。何、食ってたんだろう(笑)。栄養?ラッパのジーパンなので、そう見えるのかな。それでは、正やんがリードボーカル
先日、田山雅充の「春うらら」を出したついでに田山雅充の作品から私の好きなのを一曲(^^)/↑それは、太田裕美の名盤「12ページの詩集」に収録されています。1976年にリリースされた奇跡の名盤、、、だと思います(笑)。↑帯を拡大しました。あの頃のフォークやニュー・ミュージックのアーチストさんがズラリ!ありましたね。田山雅充さんの名前。すべて、シングルカットしても良さそうですが1976年当時、シングルで発売されたのは「最後の一葉」の一曲のみでした。それで
少し前にASUKA電源機のご縁でオーディオ仲間になる事が出来た、ギタリストの鈴木さんに教わりながら、Direttaシステムを整えました。まだ未完ですが、既に今までの演奏音を遥か彼方に置き去りにしてしまいました。プレイヤー的には完全にPC操作なので、ファイル選択時等、視覚的には味気ない感じは少し有ります。しかし、それを補って余りあり過ぎの演奏音です!大きなポイントは再生ソフトにメモリープレイヤーというDiretta専用の物を使う事です!これは一旦PCメモリーにソースを読込みして、再生ソフ
きょうは、懐かしい田山雅充の「春うらら」です。知ってました?田山雅充は、子役で映画に出ていたってこと。それも「モスラ」。wikiさんを見てビックリです。↑1961年に上映された東宝映画です。↑今は、ワクワクさんのようになってます(^^;。↑凄いですねぇ。ピーナッツに話しかける役だったんですね。と、いうことで田山雅充の「春うらら」です(笑)。↑1976年にリリースされた1sアルバム「風裸風裸」に「春うらら」は収録されています。「春うら
前々回に続いて前回も松本隆が作詞した作品が続きました。これは、偶然でした(^^;。こうなると必然的に今日も松本隆の作品を取りあげるしかない訳です(笑)。松本隆作詞の名曲としては↑聖子ちゃんの「赤いスイートピー」は文句のないところでしょうね。で今日は吉田拓郎の「外は白い雪の夜」!を(^^)/これ、松本作品の中でも名曲だと思います。↑「おい!違うど!!」とお叱りを受けそうですが右隅にコッソリとありますね~。↑控えめですねぇ。B面だからか小ちゃい表記で「外
きょうは、あの懐かしいザ・リリーズの二人です。ザ・リリーズは「ズバリ!当てましょう」のアシスタントとして有名ですね。↑1975年、司会の泉大介さんと共に。ザ・リリーズは北海道出身の双子のアイドルさん。同年にリリースした「好きよキャプテン」がヒットしました。↑向かって右が妹の燕真由美さん。2023年に亡くなりました。向かって左が姉の燕奈緒美さんです。二人共、可愛らしいですね~。このレコードは、先日ハードオフにてお買い上げしてしまいました。このレコードが発売された頃
ウチの二人の娘。中学校はセーラー服で通いました。親バカですがとっても似合っていたと思います(笑)。↑薬師丸ひろ子ちゃんの「セーラー服と機関銃」。よ~くお似合いと思いますが、ウチの娘達を除いたら似合うのは、、、、この人!!と、思う(爆。↑柏原芳恵ちゃん。レコードは1983年にリリースされた「春なのに」です。全曲、中島みゆき作品のアルバムです。それでは、アルバムタイトルと同じ「春なのに」を(^^)/編曲も素敵ですねぇ。「春なのに」1983年(
二月は逃げるとは本当によく言ったもんです。ボ~ッとしてたら明日から3月ですからねぇ。きょうは、青春ソングを数多く作詞した松本隆さんの名曲を。”はっぴいえんど”に在籍していた頃の左上が松本隆さん。この頃は太鼓を叩いていましたが、解散後作詞家になってからの活躍は御承知のとおり。数多くの名曲群の中から私が勝手に名付けた卒業や旅立ち等に絡む「青春のわかれ歌、三部作」(笑)。↑1985年2月にリリースされた斉藤由貴の「卒業」。↑1982年1月にリリースされた赤いスイー
おはようございます。こんにちは。こんばんは。日本の将来が不安過ぎてガンバる気も無くしかけてる・・・・・しゅうちゃんです。。。。。。最近のマイブームはジャンルを問わず女性ヴォーカルと、🎻ステファン・グラッペリさんです。【凄!!JAZZ】リユニオンAmazon(アマゾン)Skol[12inchAnalog]A