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診療内科に行ってた彼が結婚してた。事実をしって二カ月くらい立つ。私断捨離を強化メイク、ファッションに意識が行ってるまだ衣類が沢山ある。メルカリ出品していく。ボロボロの衣類も売れてびっくり(・・;)農業は私の出番はなくシソの実を収獲して冷凍保存。私の生き方に集中出来る様になった。何歳まで生きるか知らんし。今、何をすべきか考えて小さい目標を作る様になった。髪を染める歯医者に行くのも目標。いつか、、と先延ばししてた事が沢山ある小学校のランドセル出てきた。どうしたらい
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。娘の部活のことで、いろいろと考える出来事がありました。先輩との関係や、周りの子たちとの人間関係。娘がつらそうにしていると、やっぱり心配になります。実は、中学1年生のときにも、人間関係が原因で部活を辞めた経験がありました。だからこそ、今回もまた同じことになるんじゃないか。大丈夫だろうか。何とかしてあげられないだろうか。そんな気持ちがありました。でも、今回の出来事を通して、娘のことだけでは
最近、思ったことを呟きましょう…さっき、うたた寝して起きたら…珍しく、フジテレビの8チャンネルがついていて歌番組でしたけど…今、2026年だよねと思うくらいの…それぐらいの古臭さを感じました(歯に衣着せない発言)フジテレビ…日曜日昼の「ノンフィクション」は楽しみに見てますが踊る大捜査線…GTO…救命病棟24時…もう、新しいのを作れる方がいないんでしょうか「オレたちひょうきん族」時代の…あの飛ぶ鳥を落とす勢い…時代を知ってるだけに一言で言い表せない寂しさというか
ご覧いただきありがとうございますKumiです。今日は、自分の中にある「足りない」という感覚について、ちょっと深掘りしていました。私は、意味のあることに時間やお金を使うのはいいけれど、意味のないことに時間やお金を使うのはダメ。何かをするなら、結果につながることをしたい。時間もお金も使ったのに、何も残らなかったら、もったいない。そんな考えが、まだ自分の中にあることに気づきました。そして、その奥にあったのが、「私は何かが足りない」
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。前編では、私が呼吸瞑想を始めた頃のお話を書きました。今回は、その続き。自分の気持ちをノートに書いてみたり、声に出してみたり。そうやって、自分の中にあるものを見ていくようになったお話です。⁻⁻「なんで私ばっかりーーー!」⁻⁻楽しい予定をいろいろ入れていた頃。予定が全部終わったら、疲れちゃって。しばらく予定を入れないようにした時期がありました。そんな頃に湧いてきたのが、
ご覧いただき、」ありがとうございますKumiです。前回の記事で、「自己概念はどこで作られたの?」というお話を書きました。今回は、じゃあ、実際にどうやってここに私は辿り着いたのかを書いてみようと思います。結論から言うと、自分を整えること。といっても、最初から自分と向き合おう!なんて、立派な気持ちで始めたわけではありませんきっかけは、エゴでしたおうち教室の集客がうまくいく!有名になるんだーーー!はい。これが
私はこれまでの人生、比較的品行方正に生きてきたと思っています。もちろん、聖人君子のような人間ではありません。失敗したこともあるし、間違った判断をしたこともあります。それでも、基本的にはルールを守り、危ないことには近づかず、真面目に生きてきました。そして、人生を振り返って思うんです。結局、こういう生き方が一番得だったな、と。世の中には、自分がどんなに気をつけても避けられない不幸があります。でも、自分の行動次第で避けられる危険も、たくさんあると思うんです。例えば交
私は自然派、健康志向で口うるさく子どもの気持ちを聞くという概念がなかった父母に育てられましたですが幼少期の私にとっては、親の意に沿わないと、物が飛んできたり破壊されたり、怒鳴りつけられたり、今だったら虐待親と言われるような行為も自分が困って何かを訴えて「話して良かった」と安堵した記憶はゼロというか幼い頃から親と触れ合ったり、優しくされたり手をつないだとか笑顔を向けられた経験がなかったため、自分の事情を聞いて
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。⁻⁻自己概念は、どんな環境の中で形づくられていくのだろう?⁻⁻自己概念は、さまざまな経験や人との関わりの中で形づくられていきます。特に、幼少期から思春期にかけては、身近な大人の言葉や態度、家庭や学校での経験などから影響を受けやすい時期です。その中でも、親や養育者の存在は大きなものかもしれません。親がどんな言葉をかけてくれたのか。どんなときに褒めてくれて、どんなときに叱られたのか。
《完璧を手放して気楽になった日》⭐️気楽に業者の方を迎えられましたこの日は朝から息子と娘と一緒にゆっくり朝ごはんを食べました。午前10時頃にはガス機器設備の点検の方が来られました。今までの私だったら家の中に業者さんが入ると分かっている日はあらかじめ部屋を片付け外出できるほど身支度を整えて身構えていました。でも、この日はキッチンの片付けこそ終えていたものの洗濯が途中だったり物が少し乱雑に置いてあったりしても細かいことを気にせずに対応することができました。
毎日が流れるように過ぎていき、いつのまにかもう10月だった。驚き。いつのまにか、なんとなく秋の気配。まだ暑いけど、なんとなく夏とは違くて戸惑う。大人になったら自由になれる気がしていた。実際大人になってみたら、子供より不自由だった。私の生き方がそれを選んでいたのかな。少しずつでいいから、自分らしく自由に生きていこう。多分、普通一般的な(その感覚さえ定かじゃないんだけど)当たり前みたいなものからかけ離れた感覚で生きてる人なんだと思う。私。だからなのか、あんまり他人との感覚が一緒に
働きながら精神疾患と付き合う生活の中で、自分の生き方をどう理解すればいいのか、長く迷ってきました。最近、学生時代の物理の同級生の指摘をヒントに、サクリ(サクリファイス)とリニア(一直線性)という二つの軸で生き方を整理する方法を思いつきました。サクリとは自分を削ってでも何かを達成しようとする「自己犠牲」の傾向です。私は理学部出身で、医学部のようにサクリを前提とした専門性を持っていません。だから、サクリを続けるほど精神がすり減り、病識が強まることを経験してきました。リニアとは一直線に進もう
夫が教えてくれたこと。「希灯ちゃんは俺のこと凄い、私にはできないって言ってくれるけどさ、俺は希灯ちゃんが当たり前にしてることができないし、凄いと思う。皆、同じだよ。苦手なものを補い合って、上手くいくんだよ」その言葉を聞いて、私は心から納得した。私はずっと、できないことが多い自分をダメだと思ってきた。人と比べては落ち込み、できない自分を責めてきた。でも、そうじゃなかったんだね。私にできないことが、夫にはできる。夫にできないことが、私にはできる。お互いの苦手を補い合い、得意なこと
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。これまでの記事の中で、私は「自己概念」という言葉を使ってきました。今回は、少しだけ説明しておきたいと思います。難しそうに聞こえる人、すでに理解されてる人もいるかもしれないけれど、実は私たちの日常にも深く関わっているものなんです。⁻⁻自己概念・信念・ビリーフって何?⁻⁻心理学などでは、言葉を分けて使うこともあるようですが、私は今、自分自身への認識という意味で自己概念という言葉を使っています
自分大好きな生き方しましょう周りが気にならない他人と比べないやりたいことを行動にする何の根拠もなく自分を信じている今この瞬間を楽しんでいるすぐ忘れる自分のご機嫌は自分でとります周りに期待しないいつもいつも全てに有り難うで生きている謙遜も罪悪感もゼロあるのは感謝だけ閃いたら即行動私はいつも宇宙とひとつ全ては愛で生きている以上自分大好き私の生き方でしたあなたはいくつ当てはまりましたか?今日も生まれ変わったようにワクワク楽しみましょう
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。前回の、「行動すること=頑張ること」になっていた記事を書いてる中、ふと昔を思い出しました。「行動しなきゃ!」「もっと頑張らなきゃ!」「結果を出さなきゃ!」そう思うだけで、なんだか身体に力が入る。そもそも私は、いつから「頑張らないと結果は出ない」と思うようになったんだろう?そこで思い出したのが、小学生の頃の運動会でした。私は、徒競走が大好きでした。
信じていた人に裏切られた私は今まで相手の立場や気持ちを考慮し何度ものみ込んできたその中で自分と向き合い自分の弱いところも嫌なところも喜びだけでなく怒りや悲しみも見たくない部分から目をそらさずに苦しくても逃げずに頑張ってきたそして自分を成長させてきたけれど相手は私から逃げ自分からも逃げ私を傷つけ突き放しそして裏切った傷つけてしまうことは誰にでもあるけれど裏切るということは違うそこには意思があるそして“この人は裏切っても離れない”
ご覧いただき、ありがとうございます💗Kumiです。前の記事で、自己概念(信念・ビリーフ)↓思考・感情↓行動↓結果という流れについて書きました。そして、そのことを書いていて、「あれ?」となったんです。私、「行動」という言葉にも、何か思い込みがあるかも。そう思った瞬間、身体が……ギュッ。と硬くなりました。私の中で、「行動する」というのは、汗水垂らして頑張る。歯を食いしばっ
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。最近、自分の中で、「あーーー!これだったのか!!」と思うことがありました。それは、自己概念【信念、ビリーフ】が、人生に与える影響。私が今、自分を理解するために捉えている流れは、自己概念(信念、ビリーフ)↓思考・感情↓行動↓結果というもの。そして結果を見て、「やっぱり私はこうなんだ」と、もとの自己概念がまた強化される。そんな循環があるんじゃな
こんばんは~ぽよです🌸今日は本紹介です。9年前、第2の人生を歩もうとした時、『自分らしく好きなことを仕事にして生きていきたい』そう思い、正社員から派遣やアルバイトに働き方を変えました。宮本佳実さんは憧れの一人で、全ての本を読んできました。自分の好きなこと、行きたい場所、1日の時間の過ごし方、人生全般においての過ごし方、人としての在り方などなど。たくさんのワークをやってきて、私は『自己分析ワーク』が大好きなんだと気づき
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。「人の数だけ、正しさがある」そんな言葉を耳にして、「確かに!」と思った。例えば、休日。朝から予定を入れて、あちこち出かけたり、やりたいことをどんどん片づけて、時間を有効に使いたい人もいる。一方で、予定を入れずにゆっくり寝たり、家でゴロゴロしたり、何もしない時間を楽しみたい人もいる。「せっかくの休みなんだから、出かけなきゃもったいない」と思う人もいれば、「せっかくの休みなんだから
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。「それは違うでしょ」「普通はこうするよね」「なんでそんなことするの?」私の中に、こういう「正しさ」って結構ある。もちろん、自分が大切にしていることや、「これは違う」と思う軸があるのは、悪いことじゃない。でも、ふと思った。「私が正しい!」って強く思うとき、その奥で私は何を守っているんだろう?もしかしたら、「私は間違っていない」「私はちゃんとしている」「私は悪くない」そん
「これが自分の生き方だ」なんて言えるものはないだってそんなに氣負っても何かにぶつかってしまうだけ😅そのつもりがなくたって譲り合った結果ぶつかることもあるそれはただぶつかってしまうことが必然だったんだろう🙄(意図せずに写った自撮りの写真…何が写った⁇)決してそれは悪いことじゃなく新たな発見にもなるよね♪私は今日まで生きてみました時には誰かの力を借りて時には誰かにしがみついて私は今日まで生きてみましたそして今私は思っています明日からもこうして生きて行くだろ
こんにちは。通院とカウセリングうけて帰って来ました。採血結果は、肝臓数値全部狂ってて、禁酒レベルだと怒られました。。職員不在だったので、とりあえず引き続き1日2本飲めますが、ラムは帰ってこないし,飲めないし。1日350ml3本許可は飲めないし,お酒全解除は程遠い。。禁酒レベルと言っても、過去の事採血データと比較したら、当時のほうが肝臓数値悪くて、それでもアルコールフリーだった。1日350ml3本飲むのはやっぱりおかしいのかな。休肝日設けるのが当たり前なのか
今までの人生で、いろんな経験をしました。楽しかった経験もたくさんありますがしんどかったな、、と思う経験もそれはそれはたくさんで。自分で望んで経験したこともあれば(これがやりたい!この仕事がしたい!とか)家庭環境のように、望んだつもりはないけれど・笑生まれた場所がその環境で、そこで経験したことがある。否定したくなるようななかったことにして消したくなるような過去もあるけれどでも今の私がつくられているのはその経験の全てがあったからこそなんですよね。ひとつでも欠けていたら
皆さんの中に、「天敵」のような人が存在する、という人が少なからずいることと思います。それは長期間にわたって自分を苦しめ、人生まで狂わせたような人です。私にもいました。私が時々おじゃまする読書ブログがあります。そこである小説の登場人物の解説を読んで、「天敵」に関する記憶がよみがえりました。その人物が少し私に似ていましたので。そもそも私、人が色々な理由で弱ったりしていると、それまでその人に無関心だったり、余りいい印象がなかったりする場合でも、何だか気の毒になって応援したくなるという
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。前回、自分責めには、自分を守る役割があるのかもと書いていて、またふと思ったこと。「なんで私はできないんだろう」「もっとちゃんとしなきゃ」「私が悪かったのかな」って、自分を責める。そして……自分にそんなに厳しい人って、人にも厳しくならないのかな?って。たとえば、「なんで私はこんなこともできないんだろう」って思っている私が、「なんであの人は、こんなこともできないの?」って思うことって、ない?私
私ゆるりは親のこと、あーだこーだ言いながらも、『親に嫌われたくない』その気持ちが捨てきれないよ…甘ちゃんだ…と言われてもしかたねえなこれまで私の人生は、『親が基準』だった〜『親が良いと言えば良い、親が悪いと言えば悪い』ようやくさ、『自分なりの考えで生きましょう!』と思ったのにさ、私の言動に、親がイヤな顔するのをみるのがツライんだ…私のやることを、「そうか〜やってみなされ!」とみていてほしいだけなのに…あまりにもたくさん言われ過ぎて…『私の生き方を変えるつもりは、もう
ご覧いただき、ありがとうございますKumiです。自分のことを見つめていて、ふと思ったことがあります。私って、けっこう自分を責めてたなーって。「なんでできないんだろう」「もっとちゃんとしなきゃ」「私が悪かったのかな」そんなふうに。でもね。ふと、「自分を責めることって、もしかして自分を守っていたのかも?」と思ったんです。例えば、人から何か言われた時に、(私の感覚ですが、好みじゃない発言を聞いたとき、現象が起きた時)「そうだよね、私が
居合と人間形成―桜三里を越えて意志が肉体を超えた日々松山商業陸上部に身を置いた若き日、私は選手になることを夢見て、ひたすら走っていた。根性という言葉が、まだ当たり前に通用していた時代であった。ロードでは一日二十キロを走り、競技場では千メートルのインターバルを十本、四百メートルを二十五本、二百メートルを五十本。千メートルを三分、二百メートルを三十秒という設定で、己の肉体を極限まで追い込んだ。マネージャーの告げる秒刻みの数字を追い、次の一本へと向かう。肉体は悲鳴を上げている。それでも走る