ブログ記事74件
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:くんぷうじなんらい解説:新緑の香をはらんだ初夏の爽やかな風が南から吹いてくる。その涼味が煩悩を吹き払ってくれる。この禅語は、「薫風、南より来る」と読むこともあるそうですが、「くんぷうじなんらい」と読むのが習慣的なんだそうです。この禅語のエピソードとして、唐の文宗皇帝がはじめに句(起承の句)を作り、詩人の柳公権が転結の句を作り、その結句がこれになるんだそうです。五月晴れの五月、野外に出て薫風を
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:すいじゅふうようをふくむ(翆樹、風葉を含む)解説:新緑の木々の木陰を吹き抜ける風が、葉を揺らしている。爽やかで、清らかな情景。この禅語は、「翆樹含風葉葉涼(すいじゅかぜをふくんでようようすずし)」ともいうそうです。本書では、魅力的な人の条件の上位に挙げられるものとして、清らかさ、清潔感があるのではないか、それは服装に限らず、所作にもあてはなるから、”清らかさ”を日々の実践テーマに掲げて取り組ん
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:にゅうなんしん解説:自我、執着、偏見・・・などから離れた自由な心柔軟心とは、柔らかい心、とらわれのない心を言います。自我、執着、偏見に囚われた硬くなってしまった心から離れることで人間関係も円滑に運べるようになり、視野も広がるその心の持ち方の大切さを説いた禅語です。まずは自分がその柔軟な心を身に着ける。そこから始めていくことが大事なんだと思います。禅ごよみ365日:毎日に感謝したく
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:ぎゃくふうにほをはる(逆風に帆を張る)・ぎゃくふうちょうはん解説:逆風でも帆の張り方しだいで、前に進むことができる。逆境に活路を開く。本書の解説では、人生に順風が吹く時期などそうそうあるものではありません。逆風が吹くとき、すなわち逆境にあるときは、そのマイナスをプラスに転じなさいとするのが禅で、逆境だからこそできること、それを精いっぱい、確実にやっていきましょうとあります。逆境だからこそできること
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:しゅんみんあかつきをおぼえず(春眠、暁を覚えず)解説:春の夜は心地よく、朝になったことも気づかず、つい寝過ごしてしまいがちである。孟浩然の漢詩「春暁」漢詩の一説に由来する禅語、中学のときに教科書でみたことがある言葉です。本書では、この禅語について、現役時代は一定の時間に起きるべきで、朝をどう過ごすかで、その一日が決まる。だからこそこのような寝過ごす生活ではないように戒めの禅語として紹介されています
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:はるはせんりんにいるしょしょのはな(春は千林にいる処々の花)解説:春風が林のいたるところを吹き抜け、木々は芽吹いて花を咲かせている。真理が満ち満ちている様子。この禅語は、「春入千林処々花秋沈万水家々月」という対句になっているんだそうです。(春は千林に入る処々の花、秋は万水に沈む家々の月)処々とは、いたるところを意味し、春風がいたるところに吹き渡るように、仏の慈悲が公平無私で広大無辺のものである
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:じんかんいたるところせいざんあり(人間、至るところ青山あり)解説:自分が骨を埋めるべき場所は、故郷に限らず、どこにでもある。この禅語の”青山”は墓地を意味しています。この骨を埋めるべき場所というには、自己実現をして生きる場面、状況ととらえること、その青山において、つまらないとおもうことであれ一生懸命に取り組んでみることで、おもしろくもなり自己実現につながる。そうするかしないかは自分自身だと説明されてい
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:うしのむみずはちちとなりへびののむみずはどくとなる(牛の飲む水は乳となり、蛇の飲む水は毒となる)解説:同じ水でも、牛が飲めば乳になり、(毒)蛇が飲めば毒になる。同じものでも、使い人、使い方次第で、有意義にも毒にもなる。情報にしろ、技術にしろ、有効に使うこともできれば、悪用することもできる。その教えを説いたのがこの禅語です。自身の言動や行動についても、この禅語の意味をかみしめて、毒を吐くの
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:かりさりつばめきたる(雁去り、燕来る)解説:雁が去っていく時期になると、燕が飛来する。自然の移り変わりには、はからいごとがなにもない。毎年、当たり前のように繰り返されること、その作為のない”当たり前”が真理そのもので、自分も当たり前のことが、作為なく当たり前にできているのかを見つめ直す禅語のようです。当たり前って、何が当たり前なのか?それが難しいところがあります。自分が思う当たり前、人が思う当た
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:はっけいなおみがくべし(白珪、なお磨くべし)解説:完全無欠の白い玉であっても、さらに磨き続けることを忘れてはならない仕事でもプライベートでも、自分が思った通りの結果を得られたら、そこで満足してしまいがちになるのを、禅はさらにその先を見据えて、努力を続けなさいと説いています。それがこの禅語です。なし遂げた後の努力こそ大事!至言です。資格試験に打ち込んで3つ獲りました。しかし、まだただそれだけです。そ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:いっしょうすればせんざんあおし(一笑すれば、千山青し)解説:どんな困難も笑い飛ばしてしまえば、道が開けてくる。人生の難局において、心が細くなる。そんなときに笑えれば道が見えてくるかも、笑えない状況でも笑う努力をすることはできる。まずはそのために大きく深呼吸して、縮こまった心を解きほぐそうと解説されていました。笑うことは、日常生活においても健康にいいと言われています。その笑うを大変なときこそ、いかに
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:ゆききえてさんこつあらわる(雪消えて、山骨あらわる)解説:雪が解けてきて、岩肌があらわれるように、煩悩が消えると、内なる仏性が明らかになってくる。「もう少し寝ていたい」と思う心を封じるために決まった時間に起きることを徹底するなどで、煩悩を消すこと、そういった一つ一つの積み重ねが自身の仏性を明らかにしていくことを表している禅語とのことです。なにかしら一つでもいいので、自分の何かを徹底すること、それを
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った禅語についてです。読み:かしおのずからたんちょう(花枝、自ずから短長)解説:さまざまな花に同じような春が来ている。しかし、その枝には短いものも、長いものもある。平等と区別が調和した世界。差を認めなければ、調和のある平等はない。それぞれが立場をわきまえて接するところに、調和が生まれる。「親しき仲にも礼儀あり」が大切とありました。宋代の禅僧、圜悟克勤の語録にある言葉なんだそうです。春色無高下花枝自短長
私の好きな禅語や四文字熟語についてです。読み:ぜんごさいだん解説:過去や未来との対比として現在をとらえるのでなく、絶対の今の一瞬一瞬ととらえて、刻々を大事に生きる。私がこの言葉を知ったのは、臨済宗の沢庵禅師が『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』という書物でです。この言葉は曹洞宗の道元の『正法眼蔵現成公案』の次の一文にもある言葉だそうです。目標を設定して、それに向けてどう進んでいくのかを決めて進んでいくのも当然大事です。その進んでいく毎日の取り組みにおいて大事なのが、この前後
今回は、いつもの禅語の本からではなく、2026年の目標の言葉です。読み:うんがいそうてん解説:雲の外には青空が広がっている。困難を乗り越えた先には明るい未来が待っている。2024年秋から、いろいろある中で2025年5月末で会社を退社しました。そこから次の展開を模索している現在において、2025年に引き続きですが、今年の目標としてこの言葉を掲げて、新たな展開に向けて努力していきたいと思います。2025年5月末の退社は、これまでの経験を資格に変換しようということで、宅建士や複数の資格
おはようございます⛅️もぅ何年も新聞コラムの書き写しが日課だったが六月で購読をやめた。その後何かそれに代わるものはないかと探して『禅ごよみ365日』の本に出会ったのが九月以来毎朝楽しみながら書き写してる📖🖊️今日の禅語は『人生一夢中』じんせいいちむのなかこの一年を振り返ってみるとこの禅語が小晦日にしみてきた昨日29日の話になるのだが…大好きなYouTube「山名家の日常」芸人「アキナ」の山名さんが手づくりしめ縄を作る動画内で人間と"9"の不思議なリズム(9の倍数
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:はそうあい解説:履き古して破れ、路傍に打ち捨てられた草鞋。悟りに奢ることなく、役にも立たず、人に見向きもされず、しかし、邪魔にならず、平々凡々、淡々と生きる。本書の解説では、禅僧の理想の生き方と書いてありました。過去の栄光、実績、地位や肩書を自身で誇らしいと感じるのは構わないけども、自らそれを吹聴するものではないですねと、破れるくらいに草鞋で人生を歩んできたことを自身で感じればいいということなのかなと思
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:あんかんぶじ解説:安らかな気持ちで、平穏に過ごすとき、心はどこまでも自由である。そんな一日に無上の幸せがある。おもしろかった!刺激的だった!という日もいいのです。しかし、そのベースにあるのは”安らかに過ごせる日”だと思います。不安なくリラックスして過ごせる日があるからこそ、おもしろい!と楽しめるのだというのを改めてこの年末にかみしめています。平穏に過ごせる毎日こそ、かけがえのないものだなと思います
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:さくじつのしょうねんこんにちはくとう(昨日の少年、今日白頭)解説:ついこの前まで少年だと思っていたら、もう白髪の老人になっていた。時の過ぎるのは早く、人生にはかぎりがある。中国の許渾という人が書いた漢詩「秋思」に、この言葉があります。光陰矢の如しではないのですが、私も50代となり、「まだまだ先がある」と考えずに、時間をどう使うのかを考えて行動していかなければいけないと思いました。禅ごよみ365日
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:せんしん解説:心の塵や埃を洗い落とす。心に積もった煩悩を払う。文字通り、心を洗うという禅語です。この言葉は、『易経』の「聖人以此洗心、退藏於密、吉凶與民同患」という一節に由来しているんだそうです。煩悩をいかにして払うか、本書では”心晴ればれ、心地よさ充満”がポイントだとあります。また、一人静かな時間をもって、心の内を見つめるのも洗心法として挙げられていました。日ごろ、仕事などのやることに追わ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:むしんだいどうにきす(無心、大道に帰す)解説:はからい心なく、作為なしに、物事に当たれば、そのことと一体(ひとつ)になることができる。はからい、ちょっとした欲得が思わぬ失言や行動で墓穴を掘ってしまう経験が私にはあります。無心になることは難しいのですが、それでも集中して一つのことをやっている無心なときは、それをやり終えたときに爽快に感じることもありました。その爽快に感じることを思い出して、物事を行う
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:ぶっぽうすいちゅうのつき(仏法、水中の月)解説:仏の法(おしえ)は。水に影を落とす月のようだが、水面の月を掬おうとしても掬えないように、真の法に触れることも、また、難しい。本書の解説として、仏の法・真のおしえに触れるには、「人のために何かをすることの喜びを知る」ことであり、大事なのはそれを”たまたま”の経験ではばく、自身をいつでもそうあり続けることができるようにすることだと書いてありました。「人の
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:しゅうろしろきことたまのごとし(秋露、白きこと玉のごとし)解説:葉の上に宿る秋の露は、美しい玉のようである。たなびく風によって、左右に動くさまは。自由無碍であり、葉の色によって玉の色が変わるのは、無我の境地である。露は、融通無碍(自由無碍)であり、無我である。葉の色によって色を変えることができるように、どんな状況でも融通無碍に美しく輝ける。そんな人になることができたら素敵なことなんだな~と思う禅語です。
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:やましぐれこうようをあらう(山時雨、紅葉を洗う)解説:紅葉の時期の時雨は、山並みを洗うように清めてくれる。雨上がりの山の景色は。ひときわ輝くを増す。秋の紅葉のシーズン、時雨がさったあとの山のその洗い清められた紅葉が、より一層美しく、輝きを増すように、人の心もその心が洗われることで輝きが増すということだそうです。心を洗ってくれるものといえば、”感動”が大事。他人のちょっとした心遣いや親切、思いやりか
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:せんしゅうばんぜいをたのしむ(千秋、万歳を楽しむ)解説:千年、万年の長寿を楽しむ千秋とは、長寿を意味しています。長寿を慶賀する禅語ですが、この言葉をあえて自分に向けて、自分が生かされていることに感謝してはどうかという提案が本書でされていました。確かに、生かされているという思いをもって、命に感謝する。忙しい毎日でそういった思いを忘れてしまいがちです。時にはこの禅語からあえてこの思いをもって、自分の日
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:みちにここんなし(道に古今なし)解説:人として学び、究め、守るべきことに、新しいも、古いもない。道理は不変である。確かに、その通り!という言葉だと思います。道理は不変。端的に喝破するかのごとく、そのことを教えてくれることが禅語のありがたさだと思いますその道理とは何なのか、それを自分自身の中でしっかりと考え、分かっておかないといけないんだということも表しているんだと思います。禅ごよみ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:ちくえいしゅうげつをはらう(竹影、秋月を掃う)解説:月明りがつくる竹の影が、風に揺れ、何度も月を掃うが、月が動くことはない。月も無心、竹影も、また無心。10月に入り、秋を感じることができる気分なんで、前回に続いて今回も風流さを感じるような禅語を選んでしまいました。揺れる竹の”動”と動かない月の”静”のコントラストは、一幅の水墨画を見ているような気持になります。竹も月もその情景について目論見があるわ
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:つきにふしはなをえいじくもにねむる(月に臥し、花を詠じ、雲に眠る)解説:大自然の中、月の光を浴びて横たわり、花を眺めながら歌を詠み、森の雲をまとって眠る花鳥風月とともに暮らす豊かさこの6文字をはじめみたとき、私も本書の解説のように、とても風流な感じを受けました。悠々自適な感じのする言葉だと思いました。日常生活において、ときにはこの禅語のような境地で秋を楽しみ味わうことが大切なんだなと思いました。し
『禅ごよみ365日:毎日に感謝したくなる』より印象に残った開語についてです。読み:くちゅうらくありらくちゅうくあり(苦中楽あり、楽中苦あり)解説:苦しさの中にも楽しさはあり、楽しさの中にも苦はある。この言葉を見ているときに、四文字熟語で「苦中作楽(くちゅうさくらく)」という言葉を知りました。苦しい中でも、自ら努めて楽しみを求める。苦しみの中でも楽しさを作り出すという言葉です。苦中楽と同じく、その中でもいかに楽しめるかが大事であり、楽中苦ありは油断しないようにという戒めなんだろう