(湛海律師は)京の都へ行き、ある儒学者のもとに身を寄せて詩書や六経(りくけい、儒教の経典)を学びました。そこで3年を過ごす間、毎月24日には断食を行い、裸足で険しい西の峰(西嶽)に登りました。その山はまことに寒冷で、冬の季節には肌が凍えてひび割れるほどでしたが、師は金をちりばめた高い下駄を履き、険しい岩道を何とも思わずに(難色を示さずに)往復されました。そして心の中で『心経(般若心経)』を千巻、唱えられたのです。このようにして三季(一定の修行期間)が満ち、最後の時には山に籠もって穀物を一切絶ち、