ブログ記事669件
野田市横内にある妙泉寺の、1808(文化5)年の普門品塔
墨田区押上2丁目にある飛木稲荷神社の、1914(大正3)年の鳥居
万葉文化館から歩いてすぐの飛鳥寺へ。日本最古の大仏があるらしい。そして、そこから80mくらいのところに、蘇我入鹿の首塚。へーーー。次は、酒船石。上面に不思議な模様の溝がら掘られた古代石造物。用途は不明。そして、益田岩船へ。ここは、駐車場がないし、山登らなくちゃいけなくて、ちょっと大変だった。飛鳥の石造物の中でも最大を誇る巨石。「いざいざ奈良」という広告で、鈴木亮平が、この岩にもたれているのを見て、行きたくなった。もっと観光地化される価値のあるところ。色々知らないところたく
国道293号、数年前コンビニ(セーブオン)~ローソンになったところ、栃木県佐野市赤見町、反対側、山側斜面に石造物があります。青面金剛像か馬頭観音像?少し掘ってみました(笑)通行量が多いので恥ずかしい💦(笑)三面のようです。六臂合掌
墨田区向島4丁目にある秋葉神社の、1823(文政6)年の秋葉塔
墨田区東向島3丁目にある法泉寺の、1689(元禄2)年の熊野塔
この前お正月をお祝いしたのに、もう3月が見えて来ましたね。時間が経つのは早いです。そこで今日は、春になったらぜひ行きたい明日香村について書いてみようと思います。奈良県明日香村(飛鳥)に点在する巨石群は、古代のロマンと謎が詰まった非常に魅力的なスポットですよね。誰が、何のために、どうやって作ったのか。いまだに解明されていないミステリーが多く、その「異形」の姿は見る者を圧倒します。ではこんな巨石たちを、ご紹介してみます。まず石舞台古墳(いしぶたいこふん)です。ここは明日香村で最も有名
墨田区墨田2丁目にある正福寺の、1661(万治4)年の念仏塔(阿弥陀如来)
2026年になってからのとある休日、遠出をしてみたんですが(と言っても高知市から約1時間ほどで行ける場所ですが…😅)せっかく来たんだからちょっと散歩🚶をしてみようと思い散歩した事の無い場所でしたが散歩をしてみる事にしました…😅その散歩中に見た風景です😃この風景、いいですね😊これは使われなくなったビニールハウスでしょうか…こちら、わずかに石造物が見えますが石造物を周りの木が覆っているように見えますね…石造物が鳥居⛩️のようにも見えたのでよく見てみたら地面に神社を示す
墨田区立花6丁目にある北向地蔵尊の、1654(承応3)年の供養塔
桜台駅再開の功労者!桜台駅北口前広場にあった桜台駅再開に尽力された功労者の石碑である”柳の仁八碑”!現在は行方不明!△現在の桜台駅北口広場石造物の概要は?種類:記念碑型:---総高:69cm造立年:昭和38年(1963年)詳細は?△現在の桜台駅北口広場〈上部棹石部〉[正面]仁八碑[背面]伊藤仁八君ハ昭和二十年櫻台駅再開ニ盡力(読方=じんりょく)セラレ地域発展ノ功労者テアル仁八君愛好ノ柳ヲコノ駅前広場ニ植
生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるです飛鳥のミステリアスな石造物を巡るシリーズ、第8弾をお届けします。今回は、竹藪から飛び出して、冷暖房完備の「飛鳥資料館」へここでしか会えない、とってもユニークで美しい「本物の石」をご紹介します。資料館の顔!ロビーで迎えてくれる「石人像」飛鳥資料館に入ってすぐ、ロビーで釘付けになったのがこの「石人像」です。鼻の高い異国風の男性が椀をすすっていて、その右腕に女性がぴったり抱きついているんです……。1400年前のものとは思えないほど、独創的
生まれも育ちも奈良県で、明日香が大好きなみくるですこれまで大切に温めてきた、飛鳥の「謎の石造物」を巡るシリーズ。第7弾となる今回、アメブロでもこの不思議で魅力たっぷりな世界をお届けしていくことにしました!記念すべきアメブロ初投稿(シリーズ第7弾)でご紹介するのは、私が飛鳥の中でも特に「ハイテクな美しさ」を感じる「酒船石(さかふねいし)」です。住宅街の奥、静寂の竹藪に横たわる巨石万葉文化館のすぐ近く、住宅街の端にある小さな入り口から、竹藪の階段をトコトコと登っていきます。階
こんばんは🤗一昨日の続きですヽ(=´▽`=)ノ✨✨菅原神社の境内にはたくさんの石造物がありました(人´∀`).☆.。.:*・゚✨✨まずは手水鉢からこちらの手水鉢を奉納したのは上片山の方です(≧∇≦)b上片山は町の西側に位置するエリアで、近くには「大島富士」と言われる618.5mの嵩山(だけさん)がありますよヽ(=´▽`=)ノ✨嵩山山頂からは瀬戸内海の多島美が一望できます(〃∇〃)ポッ奉納時期は昭和八年です(≧∇≦)bこちらには社殿再建記念碑ですヽ(=´▽`=)ノ✨建てられのは
【鹿鷺山笠置寺…巨大弥勒磨崖仏を本尊とし平安以降弥勒信仰の聖地となった約1300年の歴史を刻む古刹】【京都府・相楽郡笠置町】鎌倉時代の建久四年(1193)、興福寺の解脱上人僧貞慶(藤原貞慶)が隠棲し、六角堂や十三重塔を建立するなど本格的に寺院を整備し、弥勒信仰を広め隆盛した。鎌倉時代末期の元弘元年(1331)、第96代後醍醐天皇が倒幕計画を図って失敗し笠置寺に立て籠もって挙兵(元弘の変)した。その後、攻め寄せる鎌倉幕府軍との1か月間の攻防を繰り広げ、兵火で49の塔頭を含む笠置山全山が焼亡、弥
こんばんは🤗昨日の続きを書いていきますねヽ(=´▽`=)ノこの長い石段を一段一段ゆっくりと登っていきました(;´Д`)ハァハァ登る事約5分…………………………💦(階段はまだ辛いなぁ😅)やっと拝殿が見えて来ましたヽ(=´▽`=)ノ✨✨こちらが菅原神社です(≧∇≦)ノ✨✨あ・味のある扁額ですね(*´∀`*)綺麗な文字ですが誰が書いたのかわかりませんね😨まずは参拝(ー人ー)パンパンむかし使った子供神輿がありましたよ(人´∀`).☆.。.:*・゚✨私の資料には神輿庫があったので
江戸川区一之江7丁目にある感應寺の、1819年の題目塔
道祖神調査のまとめに入っている。川崎唯一と言われている双体道祖神を調査。近くに双体像石造物を発見。こちらは最近作られたもので道祖神ではないらしい。
生石神社(おうしこじんじゃ)昨年(2025)の桜の頃に訪れた神社。今までの神社とはチョッと変わった感じの神社です。「石の宝殿」と呼ばれる巨大な人工?石造物が御神体。つまり自然石の形状の「石」ではなく人口的に造られた形状なのです。それも、チョッと形状の意味がわからない?(自分的に)です。また、ネット情報によると「日本三奇」と言う物の一つだそうで、因みに、宮城県鹽竈神社の末社、御釜神社の四口の神釜(よんくのしんかま)鹽竈神社には行ったけど、ここは行っていない。あと霧島の有名
昨年の岐阜県瑞浪市滞在中、前回と前々回の記事『瑞浪紀行(4)小里(おり)城跡』岐阜県瑞浪滞在二日目の昨年十二月十三日、ホテルで朝食を済ませた小生は路線バスに乗って郊外へ向かった。この日の最初の目的地としたのは小里(おり)城跡。小里城は、…ameblo.jp『瑞浪紀行(5)鶴ヶ城跡』昨年十二月十三日、前回記事『瑞浪紀行(4)小里(おり)城跡』岐阜県瑞浪滞在二日目の昨年十二月十三日、ホテルで朝食を済ませた小生は路線バスに乗って郊外へ向かっ…ameblo.jpで取り上げた二つの城跡
1/17江戸の富士塚巡りの続きへ出かけました。今回も立派な富士塚があり、登ったり眺めたり楽しんできました。特に鳩森八幡宮の千駄ヶ谷富士、護国寺の音羽富士などは規模も大きいし、よく手入れ管理されていて清々しく、大変ありがたく感じました。詳細はこちら。『江戸の富士塚、城北編①千駄ヶ谷富士から』昨年の暮れから着々と江戸の富士塚を巡っています。今回は城北編ということで8ヶ所、電車+歩きでやってみたいと思います。本日のプランニングマップですが、これは徒歩…ameblo.jp『江戸の富士塚、城北編②
常総市内守谷町にある大杉神社の、1827(文政10)年の雷神
神足神社の次に現れた勝龍寺城にも寄ってみました経路の関係で北側から入りました堀の周りには模擬塀が建てられています北門跡周辺で発掘された野面積みの石垣遺構一石五輪塔や石仏などの石造物本丸西辺の土塁正門虎口の「雲龍石柱」中国寧波市より友好都市締結20周年を記念して寄贈されたものなので城とは無関係のようです勝龍寺城の入り口と天守跡に作られた勝竜寺公園管理棟管理棟の1階は休憩室、2階は展示室になっていて無料で利用できます北東の模擬櫓続く
常総市内守谷町にある鹿小路交流センターの、1800(寛政12)年の読誦塔
【鳥形山飛鳥寺…飛鳥時代に蘇我馬子が建てた(伝)日本最古の寺で、最古の仏像”銅造釈迦如来坐像”を安置】【奈良県・高市郡明日香村】仏教受容派の蘇我馬子の発願で、排仏派の物部守屋を倒した翌年の第32代崇峻天皇二年(588)に造営を開始し、第33代推古天皇四年(596)に創建された。創建時は、塔を中心に東西と北にそれぞれ金堂を配した日本最初の本格的な寺院で、その周りに廻廊を巡らし、廻廊の外に講堂がある壮大な伽藍だった。日本の仏教の出発点となった飛鳥寺は、寺号を「仏法を興す寺」の法興寺とも元興寺と
常総市内守谷町にある大杉神社の、1993(平成5)年の大杉搭
「路傍の石」は「石」を題材にしたものではない?山本有三という作家が1937年頃から執筆しだした「路傍の石」は、私が子供の頃に当時の文部省推薦もあって映画を見た記憶が残っていて、石造物の調査をするようになってからも頭の隅に残っていた。しかしながら、この「路傍の石」というものは一人の少年が辿った人生を描き出しているもので、映画の場面でも最初の頃に子供たちが集まる場所に馬頭観音らしいものが登場するだけで、映画の中心として描かれていない。これが今でも気になってしょうがなかった。「路傍の石」の
利根町立木にある蛟蝄神社奥宮の、1856(安政3)年の文間明神祠碑(蛟蝄神社由来碑)
利根町立木にある蛟蝄神社奥宮の、1818(文化15)年の中臣一万度行事塔
こんばんは🤗本日の新聞記事でこんな記事をみつけましたヽ(=´▽`=)ノ💞💞この前私が書いたこちらのブログの狛犬です(≧∇≦)ノ💞💞💞https://ameblo.jp/it1035656/entry-12953325675.html『昨夜の英雄たちの選択を観て』こんばんは🤗昨夜放送された「英雄たちの選択」戦国大名のおもてなし戦略〜大内義興の野望〜を観てひとつの点が薄い線になって来ましたよヽ(=´▽`=)ノ💞💞日明貿易…ameblo.jpそして私が発見したこちらの狛犬https://